2012/6/30

『読売新聞』にて「池田龍雄展」紹介  掲載雑誌・新聞

2012年6月30日付『読売新聞』夕刊に、“震災や原発事故を描く 池田龍雄氏の個展”との見出しで、丸木美術館で開催中の「池田龍雄展」(7月7日まで)が紹介されました。
以下、記事からの一部抜粋です。

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……2011年の3連作のうち、「蝕―津波―」「壊―原発―」は、灰色に赤みも帯びた津波や崩壊した原発施設を想像させ、不気味な怪物めいた印象も与える。一方、ほのかな玉虫色を帯びた「萌―復興―」は、再起する生命力をほうふつとさせる。

 17歳の時に特攻隊員だった池田氏は、非業の死を遂げた戦友への悼みと、戦中戦後の理不尽な権威が横行する社会への疑問を胸に、戦争や人間の精神世界を観念的に表現し続けている。その鋭い批判精神は、作品に深みと説得力を与えている。


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取材に足を運んで下さったI記者に、心から感謝です。 
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2012/6/30

ニュース発送/新井卓写真集納品  書籍

丸木美術館ニュース第110号の発送作業日。
16人という大勢のボランティア(うち初参加1人)が来て下さったおかげで、午後の早い時間に作業が終わりました。
皆さま本当にありがとうございます。

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そして、この日は、7月14日(土)からはじまる企画展「新井卓銀板写真展」にあわせて刊行する新井卓さんの初の写真集『Here and There ―― 明日の島』が納品されました。

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A4変形という大きなサイズの写真集。
手にとって頁をめくると、思っていた以上に写真の迫力が伝わってきます。
私も「銀板に刻まれた光痕を抱えて」というテキストを書きました。
丸木美術館では特別価格1050円、100冊ほどの限定販売となる予定。
歳月が流れていくなかで、「あのとき」の記憶に立ち戻って考えるために、手もとにおいて眺め続けておきたい一冊です。
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2012/6/29

『神奈川新聞』などで池田龍雄展紹介  掲載雑誌・新聞

今日は午後から一宮市立三岸節子美術館のS学芸員とカメラマンの方々が来館されて、丸木俊の作品写真撮影。秋に同館で企画される「生誕100年 丸木俊展」の準備です。

企画展「池田龍雄展」の会期もいよいよ残り少なくなってきて、今日は池田さんがご家族で来館。美術評論家のMさん、舞踏家のIさん、写真家のIさんらも来館。
丸木美術館にしては、本当に美術関係者が多く来館される展覧会です。さすが池田さん。

池田さんからお知らせ頂いたのですが、2012年6月22日付『神奈川新聞』の文化欄に、共同通信の取材による池田さんの記事“再び声高に叫ばなければ”が掲載されました。
静岡や新潟でも掲載されているようです。

以下に、記事の一部を抜粋いたします。

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 特攻隊員として17歳で敗戦を迎えた池田にとって「原発事故は違った形の戦争」。非戦闘員である多くの一般市民の命を奪った原爆も、人間には制御できない原子力を「平和利用」した原発も、ともに「あってはならないもの」だ。

 3連作のうち「壊」は原発事故を描いた。がれきの山と化したグレーの大地に亀裂が入る。中央にうがたれた漆黒の闇には「原子力の炎」が浮かび、無数の赤い線が放射線状に飛び交う。

 押しては返す波の破壊力を描いたのは「蝕」。全てをのみ込まんとする引き波の先に黒い穴がぽっかり口を開けている。復興への希望を込めた「萌」は、草木の芽が燃え立つ印象がある。

 良くも悪くも自然の力を描いた「蝕」「萌」の2作品にはない不気味さが「壊」には漂う。3連作の少し後に制作した作品も原発事故が主題。「人間の技術に対する傲慢さをギリシャ神話のイカロス墜落になぞらえた」。鳥の羽根をロウで固めた翼が、調子に乗って太陽に近づき、溶けてしまう物語だ。

 「原爆の被害を受けた日本が原発を造ったことが間違い。人間が造った機械が永久に壊れないことは絶対にあり得ない。戦争体験者として、戦時中のようなひどい状態を再びつくってはいけないと思う」と力を込めた。


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今日は、この記事をご覧になった方が新潟からも駆けつけて下さっています。
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2012/6/28

東京学芸大学児童文学研究部機関誌「あかべこ」の表紙  作品・資料

午後、東京学芸大学卒業生のNさん、Mさん、Tさんが来館されました。
皆さんは、同大学の児童文学研究部のご出身で、丸木俊のデッサンが表紙に使われた機関誌『あかべこ』を持ってきて下さったのです。

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左から、第22号(1962年5月30日発行)、第23号(1963年6月30日発行)、第24号(1963年9月1日発行)です。
当時はガリ版刷りなので、俊さんのデッサンがもとになっているのですが、よく見るとそれぞれ微妙に線が違っています。学生さんたちが一所懸命に版を切っていたのでしょうね。

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『あかべこ』60号発行記念特別号(1991年7月23日発行)によれば、『あかべこ』の創刊は1952年4月。そして第3号発行の際に、表紙絵を俊さんに依頼しにいったのだそうです。

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 第三号から少しずつ雑誌の体裁が整ってまいりました。平野秀哉小島四子男が編集に意欲を出しはじめたことが大きかったようです。
 表紙も画は赤松俊子さん、題字が丸木位里さんと、当時の「あかべこ」にとっては飛び上るほどうれしいことでした。
 記憶がおぼろになってしまいましたが、いきさつを思い出してみます。
 時期はおそらく昭和二十八年の一月ころでしょう。第三号発行を目の前にして、表紙絵を原爆の図の作者として、また絵本作家として有名な赤松俊子さんにお願いしてはどうかという案が出たのです。
 誰の発案か忘れましたが、多分石島篤でなかったかと思います。石島篤はそのころ日本子どもを守る会で積極的に活動していたので丸木夫妻とつながりがあったのでしょう。
 石島篤は、淀橋区立(現新宿区)戸塚第二小学校の五年生の時の同級生で、東京空襲、疎開で別れ別れになり、八年ぶりで再会を喜びあった仲です。
 彼は第四号から編集に加わるとともに、後に、児童文学サークル協議会、全国教育系大学ゼミナール等、「あかべこ」の対外的な活動に重要な役割を持つことになります。
 誰と行ったかは覚えていませんが、赤松俊子さんのお宅(場所は失念)アトリエに使っていた座敷に通され、表紙に赤松さんの絵を使わせていただきたいとお願いしました。赤松さんは快く承諾してくださり二十数枚のデッサンを出してくれたのです。その中から芝崎泰弘ちゃんの絵と、赤松さんの自画像の二点を選びました。赤松さんの話では、戦災のため不幸な境遇となり、ある施設に入っていた恭弘ちゃんに心をひかれて描いたということで、これが表紙画として適当だろうとご助言をいただきました。
(自画像の方は、今も私の手許にあります。恭弘ちゃんの絵の原画は、創刊号、坪田譲治先生、壷井栄先生の「あかべこ」への激励の手紙とともに大切に保管していたはずなのに、しまい忘れてしまいました。探すつもりでいます。)
 選んでいるさなか、ふすまをあけて丸木位里さんが出てこられ、そういうわけだったら題字を書いてやろうということで、その場で書いていただきました。丸木位里さんが、著名な書家
(原文ママ)であることを、うかつにもその時まで知らなかったのは恥ずかしい話でした。
 当時の印刷技術、特にガリ版ではこの絵の感じは出ないということで、別の印刷所に発注しました。
 ところが今の技術とちがい鉛筆で描かれた原画をそのままというわけにはいかず、だいぶ感じがかわってしまって落胆したのを覚えています。
 この表紙が第三号、第四号でのみ使われたのは、資金がなく、これらの号の分しか印刷できなかったからです。


(森田時夫「『あかべこ』のはじまり」 東京学芸大学児童文学研究部機関誌『あかべこ』第60号pp.97-98より)
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上の回想にあるように、第3〜4号で俊さんのデッサンが表紙に使われたあと、約10年の歳月が過ぎて、今度はガリ版刷りで第22〜24号に再び俊さんのデッサンが使われたということです。

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そして、第60号発行記念特別号の表紙も、またもや俊さんのデッサン。
見たところ、このデッサンがもっとも原画に近いのではないかと思います。
この「第60号」の題字は、第2〜3号に使われた位里さんの筆によるものだそうです。

残念ながら、東京学芸大学の児童文学研究部はついにその長い歴史に幕を閉じ、『あかべこ』のバックナンバーは現在は同大学の図書館が管理されているのですが、卒業生たちの同人誌『牛』は今でも活発に活動を続けているそうです。
児童文学の歴史のつらなりをあらためて感じさせる、たいへん貴重な資料を見せてくださったNさん、Mさん、Tさんに心から感謝です。
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2012/6/27

丸木スマ画集刊行!  書籍

午後、埼玉県立近代美術館の会議室をお借りして、O学芸員、デザイナーのYさん、M印刷のSさんとともに『丸木スマ画集』の色校正を行いました。
小学館から長年刊行されていた『丸木スマ画集 花と人と生きものたち』が絶版になったため、2008年に埼玉県立近代美術館で開催された「丸木スマ展」の際の図録を、画集として再編集して刊行することになったのです。

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1頁ずつ図版を丹念にチェックしながら、Yさんは手際よく「M(赤)もっと強く!」とか、「Y(黄色)のキラキラ感を……」といった具合に指示を書きこんでいきます。
前回の図録で使用した紙がなくなってしまい、今回の画集はやや黄色がかかった(ナチュラルな)紙を使っています。そのため、図版にも紙の色が微妙に影響し、やや印象が変わってしまう作品もありました。
とはいえ、よっぽど丁寧に比べてみなければ、色質の違いには気づきません。
そこを鋭く追及してチェックを入れていくYさんの眼は真剣そのものです。

丸木美術館では画集を作ることは滅多にないので、Yさんの厳しい視線を見ながら、私はもっぱら勉強のつもりで立ち会いました。

画集の納品は7月18日の予定です。
夏休みに入るので、多くの方にご覧頂けると嬉しいです。
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2012/6/26

6月も慌ただしく過ぎてゆく……  来客・取材

今年から丸木美術館は公益法人に移行したため、会計の仕組みが大幅に変わりました。
この日はK会計事務所のYさんが来館、事務局のNさんやYさん、M子さんは総出で会計の作業に取り組んでいましたが、本当にたいへんそうです。

私の方は午前中から都内私立女子校の団体相手に館内説明を2回。
新聞社から依頼された原稿と、別の連載原稿のコンテを書き上げ、『丸木美術館ニュース』の最終校正を送り、こちらも入稿が迫っている『丸木スマ画集』の色校正を行うなど、こまごまとした仕事をして一日が終わりました。

「池田龍雄展」の会期終了が近づいてきたので、この日はGallery58のNさん、渋谷区立松濤美術館のM学芸員、美術家のOさんが来館。
M学芸員には、「水木さんから池田さんへの展示の流れがよかったです。やっぱりルポルタージュには目玉が必要ですね。あらためていい美術館だと思いました」との感想をいただきました。
じわじわと嬉しくなるお言葉でした。

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下関市立美術館から「生誕100年 丸木俊・絵本原画展〜いのちへのまなざし〜」のチラシが届いています。

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会期は2012年7月26日(木)〜9月9日(日)。
俊の絵本原画を中心にした展覧会で、原爆の図第11部《母子像》も出品されます。

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また、ピースあいちからも2012年7月28日(土)〜8月31日(金)の日程で行われる「丸木位里・俊 『原爆の図』展」のチラシとポスターが届きました。

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こちらは原爆の図第5部《少年少女》と第12部《とうろう流し》が出品されます。
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2012/6/25

東京学芸大学にて特別講義  講演・発表

休館日でしたが、午前10時30分より東京学芸大学にて「丸木美術館から―人権・平和への視座」と題して特別講義を行いました。

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昨年から、同大学で法学を担当されているS先生にお誘いを受け、年に一度の特別講義をさせていただいているのです。
昨年の講義の報告はこちら。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1646.html

昨年は3月11日の震災・原発事故を受けて、66年前の原爆と現在の状況をつなげていくことに焦点を当てた内容でしたが、今年はそれに加えて、この1年間丸木美術館が取り組んできた企画展を軸に、さまざまな意味で「見えない」核を「見える」ように表象する芸術活動―広島を描いた《原爆の図》から、ベン・シャーンの《ラッキー・ドラゴン・シリーズ》、水木しげるの原発イラスト、貝原浩のチェルノブイリ絵巻、そして新井卓の銀板写真まで―を紹介することにしました。

授業の後で、学生たちの感想を読ませていただきましたが、広島・長崎や福島出身の学生も多く、「核問題は今までたくさん聞いてきたが、こうしたアプローチは初めてだった」という感想が目につきました。
いつも貴重な機会を与えてくださるS先生に感謝です。

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昨年、国分寺駅から大学へ向かう途中で目にした紫陽花は、今年もきれいに咲いていました。
個人的には、東京学芸大学といえば紫陽花、というイメージになりそうです。
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2012/6/24

第五福竜丸展示館「ヤノベケンジ×椹木野衣」  他館企画など

午前中に、原爆文学研究会でお世話になっている広島大のKさんが来館。
企画展「池田龍雄展」や特別展示「福島原発の闇」を観るために、わざわざ広島から横浜の研究会に来たついでに立ち寄って下さったのです。
ありがたいことです。

   *   *   *

夕方4時半からは、都立第五福竜丸展示館へ移動して、企画展「第五福竜丸からラッキードラゴンへ」に特別出品中の《サン・チャイルド》をめぐる現代美術家ヤノベケンジさんと美術評論家椹木野衣さんのトークイベントに参加しました。

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ヤノベさんはもともと、自作の放射線感知服「アトムスーツ」を着てチェルノブイリを訪れるプロジェクトなど、核を主題にした社会性のあるメッセージを込めた作品で知られていました。

そこに着目した第五福竜丸展示館のY学芸員が2004年に同館で開催された現代美術展「コラプシング・ヒストリー」に出品を依頼し、ヤノベさんも《森の映画館》を出品。そんなきっかけから、炎を吹いて大阪の川を走りまわる巨大な竜の船《ラッキー・ドラゴン》を制作するなど、第五福竜丸とも深く関わる作品を展開されているのです。

今回のトークでは、昨年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故の後、《サンチャイルド》の制作にいたるまでのヤノベさんの思いが語られました。

「自分が表現してきたものが現実になってしまった以上、(アートはシニカルな方が良いと思いながらも)目の前の現実をはね返すようなポジティブな作品を作らざるをえなかった」

ヤノベさんが自分の存在意識を明確にするために昨年3月16日に書かれたというメッセージ「立ち上がる人々」のなかに、次のような言葉があります。

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今ここに芸術が必要か?の問いにはっきりと答えたい。
今でこそ必要だと。

絶望の嵐の中に敢然と足を踏ん張り、前を見据え立ち向かう力を
芸術は与えてくれる。

勇気と希望に溢れるクリエイティビティは生きることへの尊厳を意味する。

私たちは芸術の機能に信頼と誇りを持って「生きつづけよう」と
思える魂を育てなければならない。

想像しよう。廃墟の向こうにあるそれぞれの理想郷を。


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ヤノベさんが、《サン・チャイルド》について「恥ずかしいものを作ってしまった」と自覚する一方で、災厄を予見するような作品を作ってはいけない、次の未来を切り拓くメッセージを贈らなければいけない、という気持ちになったというのは、わかるような気がしました。

その一方で椹木さんは、ヤノベさんの作品について尊重はするけれども批評的にならざるを得ない、と前置きし、「起きてしまった事故への対応ではなく、これから起こりうるであろうことへの想像力をたくましくする必要がある」と根本的な揺らぎを抱えている現在の社会への問題意識を示していました。
「サバイバルがリアリティを増している」との言葉も印象に残りました。

   *   *   *

とても聴き応えのあるトークとサンセットライブの後は、夕闇迫るなか、《サンチャイルド》の右手の太陽がライトアップ。

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展示館の建物の黒い大きな影とのコントラストが見事でした。

その後は、第五福竜丸展示館スタッフと、ヤノベさん、椹木さん、関係者たちと打ち上げ。
「Chim↑Pomはまだうちの館に来ないんだ。一度会ってみたいのに」というY学芸員に、電話でChim↑PomのメンバーのIくんを紹介。
どうやら彼は第五福竜丸が現存する、ということ自体を知らなかったようなので、ぜひ一度この木造船の存在を身体で実感するように、とお勧めしました。
ヤノベさんの《サンチャイルド》展示は、7月1日まで。
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2012/6/23

朗読+即興演奏「彼女/彼/彼の感傷旅行」  イベント

午後1時半から、青柳秀侑さんの朗読と高瀬伸也さんのギターやリュートの即興演奏による企画「彼女/彼/彼の感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)〜50年前の「アラフォー」をとおして60年安保と今とを結ぶ〜」が行われました。

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いつもの通り、極少人数のなかでの実験的な企画。
田辺聖子の『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)』(文藝春秋新社 1964年/ポプラ社 2009年)をはじめ、樺美智子の「結婚観」(1954年/『人知れず微笑まん』永絵夢出版局 2011年)、田中美津の「永田洋子死刑囚の死に」(『朝日新聞』2011年2月25日)などが朗読され、企画者の高瀬さんの問題意識が、60年安保などの社会闘争における女性の解放に向かっていることはよく伝わってきました。
なぜか最後まで残っていた聴衆と出演者は全員男性でしたが、非常に興味深い企画でした。

配布資料によれば「60年安保も、68年世代の、男主体の社会闘争とは(それが新旧どちらの左翼であろうが、党派内の主流派であろうが反主流であろうが)、女の解放にとっては、ほとんどスカだったのではないか」というのが3つのテキストから読みとれる結論とのこと。。。
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2012/6/22

朗読+即興演奏企画のお知らせ  イベント

6月23日(土)午後1時30分より、朗読+即興演奏でおなじみ高瀬伸也さんと青柳秀侑さんの企画が行われます。
田辺聖子の『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)』を題材に、“50年前の「アラフォー」をとおして60年安保と今とを結ぶ”という、いつも通りひねり過ぎ(失礼!)の企画。
どんな世界が生まれてくるのか、楽しみ、ではあります。

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「全文朗読+ちょっと演奏」による田辺聖子
彼女/彼/彼の感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)
〜50年前の「アラフォー」をとおして60年安保と今とを結ぶ〜

主人公の「恋多き女」、森有以子は37歳の放送作家。彼女が選んだ新しい恋の相手は誰?
彼女の「親友」の「ぼく」は、彼女と新しい彼との恋愛に巻き込まれ、「親友」の座から滑り落ちるという危険な領域に入り込みかねないことになってしまう。
今回は、田辺聖子が1963年の芥川賞を受賞した作品=『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)』をとりあげ、50年前の「アラフォー」ともいえるこの小説の主人公をとおして60年安保と今を照射します。

2012年6月23日(土)午後1時30分−3時30分(途中休憩あり)
テキスト:田辺聖子『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)』
    (文藝春秋新社/1964)(ポプラ社/2009)
出演:青柳秀侑(朗読)、高瀬伸也(演奏:ギター、ルネサンス・リュート)
公演場所:丸木美術館1階新館ロビー
観覧料:無料(ただし美術館入場料は必要です)
内容についてのお問合せ先:高瀬伸也(たかせ しんや)
    e-mail: ici-aillurs@an.em-net.ne.jp


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2012/6/22

『美術館ニュース』第110号入稿  美術館ニュース

『丸木美術館ニュース』の編集作業が終わり、なんとか入稿することができました。
発送作業は6月30日(土)、ボランティア募集中です!

今回の表紙の絵は、丸木俊の絵本原画《うみのがくたい》。
2号続けて俊さんの絵になってしまいましたが、今年は生誕100年なのでご勘弁下さい。
この絵本原画は下関市立美術館の企画展にも出品されるので、前宣伝の意味でもあります。

7月14日から銀板写真展を行う写真家・新井卓さんの文章「福島から遠く離れて」や、沖縄「復帰」40年によせた沖縄県立博物館・美術館の豊見山学芸員の文章「たったひとつの命のために」もとても読み応えがあります。

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丸木美術館ニュース第110号(発行部数2,500部)

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〈主な記事〉
8月6日ひろしま忌のご案内 …… p.2,3
5月5日開館記念日報告 丸木美術館の先駆性と未来性を感じた一日 (杉田 明宏) …… p.4
丸木美術館市民共同太陽光発電まもなくスタート (小寺 隆幸/中野 京子) …… p.5
沖縄「復帰」40年 たったひとつの命のために (豊見山 愛) …… p.6
福島から遠く離れて (新井 卓) …… p.7
連載 丸木位里・丸木俊の時代〈第11回〉 位里の投稿詩/児玉貞子との結婚 (岡村 幸宣) …… p.8,9
美術館の日常から (中野 京子) …… p.10
丸木美術館情報ページ …… p.11
リレー・エッセイ 第42回 (山口 和彦) …… p.12
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2012/6/21

堀越千秋さんとの再会  来客・取材

丸木美術館ニュース、そして2つの企画展チラシの入稿がいよいよ迫ってきたこの日。
午後、銀座の画廊香月のKさんから、突然のお電話がありました。
これから、池田龍雄さんや堀越千秋さんといっしょに来館されるというのです。

スペイン在住の画家・堀越千秋さんとお会いするのは、なんと15年ぶり!
まだ丸木美術館で働きはじめる前に、マドリードで2日ほどお世話になったことがあるのです。
そのときは、F館書店の編集者のMさんの紹介でした。

堀越さんは絵も文章も自由で放埓でとても魅力的な方です。
おまけにフラメンコの歌い手でもあります。
丸木夫妻と縁の深い神保町の檜画廊とも古いつきあいとのことで、これまで何度も展覧会でお会いできる機会があったはずなのですが、いつも逃してしまい、今日まで来てしまったのです。

堀越さんも池田さんも、最近、画廊香月で個展を開催されたばかり。
そのため、連れだって丸木美術館を訪れるという計画が立ちあがったようなのです。

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せっかくなので、堀越さん、池田さん、Kさんはじめ御一行と記念撮影。
仕事の方はかなり……だったのですが、とても嬉しい再会でした。
引きあわせて下さった画廊香月のKさんに、心から感謝です。
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2012/6/20

「マクリヒロゲル、粟津潔の世界」展お知らせ  講演・発表

いつもお世話になっている粟津ケンさんの企画が、代官山のヒルサイドフォーラムで開催されることになりました。
没後3年「マクリヒロゲル、粟津潔の世界」展です。

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戦後日本を代表するグラフィック・デザイナーの粟津潔(1929-2009)。
さまざまなジャンルを横断して活動し、社会的な問題にも積極的に関わっていったスケールの大きな表現者です。

非常に興味深い粟津潔の作品の展示はもちろん、多彩な企画が目白押し。
7月14日(土)午後5時からは、写真家の新井卓さんと批評家の竹内万里子さんのトーク「写真と言葉 ひとりづつで立ち上がるために」が行われます。
岡村も、7月21日(土)午後5時から、第五福竜丸展示館の安田和也学芸員とともに「ベン・シャーン、丸木位里、俊、粟津潔と・・・・ 今、ぼくたちが思うこと」と題してトークを行うことになりました。

ぜひ、多くの方にご来場いただきたいと思っています。
企画の全体像は以下の通りです。

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没後3年「マクリヒロゲル、粟津潔の世界」展 代官山にて開催決定!

私は総ての表現の分野に、その表現の境界をとりのぞくだけではなく、階級・分類・格差・芸術に現れた上昇と下降の表現も、とりのぞいてしまいたいと決断する。それを、「マクリヒロゲル」!

1950年代にデビューし、以後半世紀におよぶ旺盛な創作で世界のグラフィック・デザインを牽引した奇才・粟津潔(1929-2009)。指紋、地形図、はんこ、海亀、烏など多様なモチーフを駆使して一世を風靡した粟津のデザインは、ヒルサイドテラスのバナーやタイルなど、代官山のまちにも足跡を残しています。粟津潔はデザイナーの枠を飛び越え、建築・美術・映像・演劇・音楽とあらゆるジャンルを横断して活動した稀有なアーティストです。また1960年代、70年代には、『デザイン批評』『季刊フィルム』誌の編集などを通して、過渡期のメディア・社会・芸術をめぐる言論にも大きな影響を及ぼしました。没後3年となる今年は、粟津作品約2800点を収蔵する金沢21世紀美術館より、多様な作品とネットワークを集大成したカタログが発行され、越後妻有大地の芸術祭でも「粟津潔文庫」がオープンします。その業績に改めて注目が集まるいま、粟津潔の作品世界を紹介し、その豊かなひろがりが示す今日的な意味を確かめる展覧会+イベントを開催します。

会場:ヒルサイドフォーラム
   東京都渋谷区猿楽町18-8 ヒルサイドテラスF棟
会期:2012年6月26日(火)〜7月22日(日)
   11:00〜19:00 月曜休
   *7月16日(祝)はオープン、翌17日(火)休
   入場無料 (イベントは有料、以下参照)
主催:粟津デザイン室 協力:現代企画室/ヒルサイドテラス

展示:ポスター、版画、素描、写真、映像、書籍など粟津潔の作品と関連資料

関連イベント:

◎コンサート 料金:3,000円 *書籍購入者への特別割引あり

「マクリヒロゲル箏 沢井一恵」 7月14日(土) 19:00〜20:30 出演:沢井一恵(箏弾き)×長谷川将也(尺八吹き)

◎トーク 各回料金:1,000 円(1drink)

「粟津潔の博物誌的な好奇心」 7月3日(火) 19:00〜20:30 北川フラム(アートディレクター)

「映像、ファッション、グラフィティ̶̶グラフィズムの現在進行形」 7月8日(日) 17:00〜18:30 荏開津広(ライター/ DJ)×河合政之(ヴィデオアーティスト)×中島敏子(『GINZA』編集長)

「写真と言葉 ひとりづつで立ち上がるために」 7月14日(土) 17:00〜18:30 竹内万里子(批評家)×新井卓(写真家)

「ベン・シャーン、丸木位里、俊、粟津潔と・・・・ 今、ぼくたちが思うこと」 7月21日(土) 17:00〜18:30 岡村幸宣(丸木美術館学芸員)×安田和也(第五福竜丸展示館学芸員)

「デザインの批評・横断・自律」 7月22日(日) 17:00〜18:30 古賀稔章(編集者)×大西隆介(direction Q)×高田唯(オールライトグラフィックス)×橋詰宗

*コンサートとトークは、すべて定員80名・要予約。
予約先:現代企画室(TEL:03-3461-5082)

◎ワークショップ 参加費:2,000円(材料費含む)

「みんなで擂りマクリヒロゲル粟津潔 シルクスクリーンでT シャツ、版画をプリントしよう!」
7月8日(日)/16日(祝) 14:00〜17:00(時間内に随時受付・ご予約不要)
協力:田川セリグラフ

【問合せ先】現代企画室(担当:小倉) Tel. 03-3461-5082 / Fax. 03-3461-5083


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2012/6/19

『毎日新聞』夕刊に「写真の現在4」記事掲載  掲載雑誌・新聞

今週は、『丸木美術館ニュース』110号の入稿と、次回そして次々回企画展のチラシの入稿が重なり、かなりせっぱつまった状況が続きます。
待ってもらっている原稿が2本と資料校閲が1件あり、週明けの月曜日には東京学芸大学で授業を行うので準備もしなくてはなりません。
そんなときではありますが、嬉しい記事の掲載があったので、紹介します。

2012年6月19日付『毎日新聞』夕刊の美術記事。
東京国立近代美術館「写真の現在4 そのときの光、そのさきの風」の展評です。
http://mainichi.jp/feature/news/20120619dde018040085000c.html

この展覧会には、7月14日から丸木美術館でも企画展を行う銀板写真家の新井卓さんが出品されています。そして、記者会見の際に、丸木夫妻と第五福竜丸について発言したそうなのですが、それが記事のなかで次のようにまとめられていました。

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 最も空間・時間を取り込んだ展示をしているのは、新井だろう。原爆を描き続けた画家の丸木位里・俊の姿勢に影響を受け、福島第1原発事故以前から第五福竜丸にまつわる作品を手掛けてきた。新井が用いるのは「ダゲレオタイプ」。19世紀に世界で初めて発明されたこの写真技法は、1分〜数分間露光して、被写体を銀板に焼き付ける。今回の展示は、11年から毎日1枚写しているという6センチ四方の小さな作品と、東日本大震災や原子力をめぐる作品で構成した。露光と同じ時間だけ照明がともり、その作品を照らす。露光時に録音した音も、同時に流れる。露光に時間のかかる技法ならではの発表方法と言える。

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記事の最後は、「5人に共通しているのは、自作を発表する、つまり社会に問う際の環境へのこだわりではないか。写真作品に限ったことではないが、現代における芸術は、他者が見ることによって初めて成立する。そんな事実を、改めて実感させる企画になっている。」とまとめられていますが、芸術と社会とのかかわりを考える際に、丸木夫妻の仕事が若い世代によって、新たな視点から“再発見”されていくことは、今後ますます重要になっていくように思います。
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2012/6/18

第五福竜丸展示館サンチャイルド展示とたこやきパーティ  他館企画など

休館日でしたが、夕方から家族そろって都立第五福竜丸展示館へ。

都立第五福竜丸展示館では、現在、建造65年記念として「第五福竜丸からラッキードラゴンへ ―核なき世界への航海を―」という企画展を開催中(7月1日まで)。
現代アーティスト・ヤノベケンジさんの作品《サンチャイルド》が展示館前の広場に出現するなど、斬新な展示を行っています。

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展示館を背に、青空に向かってそびえ立つ《サンチャイルド》は、防護服を脱いでも生きてゆける世界を希求する祈りとメッセージが込められている「魂の喜びを謳いあげる希望のモニュメント」。
胸のガイガーカウンターは0を示し、防護用ヘルメットをはずして素顔をさらしています。
右手には希望の光『太陽』を抱えています。
この迫力には、子どもたちもびっくり。

そして館内の第五福竜丸の船上には、アトム・スーツを着たたくさんの少年たち、そして猫やネズミがあふれていました。

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「私たちは第五福竜丸に乗っている」という、昨年3月5日のアーサー・ビナードさんと大石又七さんのトークイベントの際の言葉を、ふと思い起こしました。

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彼らとともに未来へこぎ出す第五福竜丸の航海は、いったいどこに向かうのでしょうか。

2012年6月24日(日)午後4時半からは、ヤノベケンジさんと美術評論家・椹木野衣さんの緊急トーク、サンセットライブを開催するとのこと。
午後6時からはサン・チャイルドがライト・アップされるそうです。
参加費は1000円(予約制70人)。詳しいお問い合わせは第五福竜丸展示館まで。

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月曜日は第五福竜丸展示館も休館日でしたが、なぜ家族で訪れたのかというと、銀板写真家Aさんの呼びかけで、たこやきパーティが開かれたからです。

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参加者は、たこやきの“師匠”であるグラフィックデザイナーのUさんとそのご家族をはじめ、三軒茶屋のスペースKENを主宰するAさんご家族、第五福竜丸展示館のY学芸員、I学芸員、顧問のYさん、写真評論家のTさん、ピアニストのCさん、バイオリニストと画家のTさん姉妹、『ニューズウィーク』編集者のKさん、カメラマンのPさん……という多彩な顔ぶれでした。

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息子RとAさんの娘Cちゃんも、たこやき師匠Uさんに弟子入り。
さすがに本場関西仕込のたこやきは、サクサクふっくらでとても美味しいたこやきでした。

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最後は船の前で集合写真を撮りました。異業種交流による“チーム第五福竜丸”。
このところ、慌ただしい日々が続いていましたが、とても楽しい時間を過ごすことができて、良い気分転換になりました。
また、この仲間たちによる新たな企画も、次々と立ち上がっていくことになりそうです。
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