2011/12/27

『毎日新聞』夕刊に“Chim↑Pom展”記事掲載  掲載雑誌・新聞

2011年12月27日付『毎日新聞』夕刊文化欄に、“Chim↑Pom:東京で個展 「騒動」バネに「ヒロシマ」と「フクシマ」結ぶ”との見出しで、丸木美術館で開催された個展の報告記事が掲載されました。

http://mainichi.jp/enta/art/news/20111227dde018040039000c.html

以下に、記事の一部を抜粋します。

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 今月中旬、埼玉県東松山市の「原爆の図 丸木美術館」で開かれたチン↑ポムの展覧会「LEVEL 7 feat.広島!!!!」は、メンバーの意志を改めて示す内容だった。しかも、3年前の「騒動」と重なり合う形で。

 3年前の「騒動」とは、映像作品にするのを目的に、広島市の上空に飛行機雲で「ピカッ」の文字を描いたこと。市民らの批判を浴び、メンバーは被爆者団体に謝罪した。作品を発表予定だった広島市現代美術館での個展は中止に。その後は、「騒動」を多角的に検証する本を出版し、完成させた映像作品も東京と韓国で3度公開している。

 丸木美術館での展覧会は、昨年死去した美術評論家、針生一郎との縁で実現した。同館館長だった針生は検証本にも寄稿し、メンバーを応援していたのだ。チン↑ポムは当該映像のほか、8月6日夜に同館が行った灯籠(とうろう)流しの残り火(平和の火)を譲り受け、その火で燃やした板絵を壁一面に並べた「平和の日」など新作を発表した。さらに、会期中に東京地検から戻ってきた「付け足し」の絵画や、事故後の福島で撮影した映像作品も展示。同館所蔵の丸木位里・俊の代表作「原爆の図」(1950年)と、現代の目で捉える「ヒロシマ」の記憶、そして放射能によって2011年の「フクシマ」がつながっていることを示した。

 最終日に開催されたトークには、若い世代を中心に大勢が集まり、隣室にあふれるほど。関心の高さをうかがわせた。広島出身で、検証本への寄稿を拒否した明治学院大の山下裕二教授は「付け足し」について「礼賛する気はないが、意味のある『ひんしゅくを買うこと』は、現代美術家の重要な役割だ」と指摘。チン↑ポムのリーダー卯城竜太さんは、表現規制があった時期に描かれた「原爆の図」について、「『それでも描く』というものすごい情念を感じた。僕らの絵と共通する」と語った。


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取材して下さった文化部のK記者は、「ピカッ」作品の“軽さ”は否めないとしながらも、〈メンバーが「騒動」から逃げず、核や平和について考え続けてきた力が今、表現に生かされたと言えるのではないか〉と結んでいます。

「ヒロシマ」と「フクシマ」がつながった特別な年の締めくくりに、丸木美術館で個展を開催することができたのは、彼らにとっても大きな意味があったのだと、記事を読みながら考えました。
震災の前に個展の話が持ち上がった当初は、「ピカッ」作品を中心とする「ヒロシマ」の展示を行う構想だったのですが、結果的には「フクシマ」の作品とともに展示することで、「ヒロシマ」作品もより説得力を増していたのではないかと思うのです。
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