2011/9/8

「さようなら原発」講演会  他館企画など

午後6時半から日本青年館大ホールで行われた「さようなら原発」の講演会に、事務局のNさん、ボランティアのM園さん、M山くんといっしょに参加しました。
会場には約1,300人が参加。客席で何人もの顔見知りの方にお会いしました。

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講演会では、「さようなら原発」一千万人署名の呼びかけ人であるルポライターの鎌田慧さん、作家の大江健三郎さん、落合恵子さん、経済評論家の内橋克人さんのお話のほか、落合さんによる詩の朗読、崔善愛さんのピアノ演奏が行われ、賛同人の山田洋次さんも駆けつけてお話をして下さいました。

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心に残ったのは、大江健三郎さんの言葉でした。
大江さんは、広島と長崎の原爆投下を経て戦争が終わった後、民主主義と不戦の誓いが盛り込まれた新しい憲法が制定されてからずっと守ってきたと思っていたものが、福島の原発事故によって「終わってしまった」と感じたそうです。

「今回の原発事故で、子どもたちは放射性物質を体内に取り入れてしまったために、将来苦しむことになるだろう、と専門家は言っています。さらに、爆発を起こした原子炉やこれまでの発電を通じて作り出された大量の放射性廃棄物の後始末は私たちの生きているうちにできるものではない。私たちは次の世代に、ただ苦しいだけの、危険なだけの重荷を背負わせることになるわけです。こういうことをわれわれがやってしまったということは、あの大きい被害体験、または加害体験に根ざして、新しい国、新しい国民としての自分たちの生き方を決めた、その決意をすっかり無駄にしたということではないだろうか、と私は思うのです」
淡々と語る大江さんの言葉は、しかし、深い説得力を持って会場に響きました。

そして、最後に、大江さんが深く感銘を受けた言葉として、『世界』9月号に掲載された肥田舜太郎さんのインタビュー「放射能との共存時代を前向きに生きる」を紹介されました。

以下は、その『世界』のインタビュー記事から、一部を抜粋します。

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 一つは放射線の出る元を絶ってしまうことです。これが肝心です。
 それからお母さん方が集まる場で必ず出てくる質問は、もう放射能が入ってしまったようで、症状と思われるものがあるがどうしたらいいかということですが、世界中のどんな偉い先生でもこうしなさいとは言えません。治すためにどうすればいいかは分からないのです。でも私にはアメリカで教わったスターングラス博士が、自分が被曝したと思われる犠牲者にこう伝えなさいと教えてくれたことがあります。どういうことかというと、そういう被害をもう受けてしまったのなら、腹を決めなさいということなのです。開き直る。下手をすると恐ろしい結果が何十年かして出るかもしれない、それを自分に言い聞かせて覚悟するということです。
 その上で、個人の持っている免疫力を高め、放射線の害に立ち向かうのです。免疫力を傷つけたり衰えさせたりする間違った生活は決してしない。多少でも免疫力を上げることに効果があることは、自分に合うことを選んで一生続ける。あれこれつつくのは愚の骨頂。一つでもいい。決めたものを全力で行う。要するに放射線被曝後の病気の発病を防ぐのです。


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広島で被爆し、長年にわたって被爆者治療に従事した肥田さんの言葉は、豊富な経験と知識に基づいたもので、たいへんわかりやすく、リアリティがあります。
丸木美術館でも10月22日(土)に肥田さんの講演会を行いますので、ぜひ多くの方にお聴き頂きたいと思います。

9月19日(月/祝)には、東京・明治公園で「さようなら原発 5万人集会」も行われます。
http://sayonara-nukes.org/2011/09/110919_s-2/
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2011/9/8

『東京新聞』の嬉しい投書  掲載雑誌・新聞

7日は「丸木位里・丸木俊 絵本原画展」で借用した絵本原画19点を國學院栃木学園に返却。
「追悼 大道あや展」の展示作業や「絵本原画展」の後片付けなど、ここ数日慌ただしい日々を送っています。
21日午後6時からはNHKさいたま局で埼玉県内向けFMラジオ放送「日刊!さいたま〜ず」に出演して「大道あや展」のご紹介をさせて頂くことになりました。
見応えのある大作がそろった展覧会なので、ぜひ多くの方にご来館頂きたいと思っています。

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2011年9月8日付『東京新聞』朝刊「ミラー」欄に、“丸木夫妻に心動かされ”という見出しで、嬉しい投書が掲載されました。
東京都千代田区の翻訳業Dさん(74歳)の投書です。
以下に、一部を抜粋してご紹介いたします。

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 戦後六十六年間に、原発に異議を唱えた者はいなかったのか。八月三日の貴紙夕刊に掲載された記事、丸木美術館学芸員の岡村幸宣氏による「余白にこもる思い『原爆の図』」で、画家の丸木位里・俊夫妻も異議を唱えた数少ない人物であることを浮かび上がらせてくれた。
 記事に促されて八月末日に同美術館を訪ねた。原爆投下数日後にヒロシマに入り、目にした惨状を描いた丸木夫妻の連作は、声無き阿鼻叫喚の図であり、目をそらしたくなる。
 同美術館のミニガイドブックの年譜によれば、一九八九年に電気料金の原発分24%を不払いしたため、美術館は送電を停止されたとある。科学者でもなく、政治家でもなく、実業家でもない市井の画家夫婦が起こした行動は、私の心を強く揺さぶっている。


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8月3日付『東京新聞』夕刊の記事については、以下の日誌で紹介しています。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1677.html

こうしたかたちで、新たなきっかけから丸木夫妻の仕事に「心を強く揺さぶ」られる方が増えることは、本当に嬉しく思います。
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