2011/7/2

「絵本原画展」初日・ニュース発送  企画展

いよいよ今日から「丸木位里・丸木俊 絵本原画展」がはじまりました。
午前中には、さっそく地元の東松山CATVが取材に来て下さいました。

今回の企画展では、2階1部屋、1階3部屋の計4部屋を使って絵本原画を展示しています。
2階のアートスペースでは、國學院大學栃木学園からお借りしてきた『日本の伝説』(1970年、講談社)の絵本原画19点を展示しています。

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『日本の伝説』は、児童文学者の松谷みよ子さんが収集した各地の伝説に、丸木位里・丸木俊が共同制作で挿絵を手がけたもので、1971年のブラチスラヴァ国際絵本原画展(BIB'71)でゴールデンアップル賞を受賞しています。

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誰もが知っている伝説の挿絵としては、「浦島太郎」(写真上)や「金太郎」などがあります。

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他にも、小泉八雲の『怪談』で知られる「耳なし芳一」(写真上)の挿絵も展示しています。

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興味深いのは、丸木美術館の地元・東松山の伝説を描いた作品が含まれている点です。
その作品とは、「白米城」(写真上)。
舞台となったのは、吉見百穴のとなりの武州松山城。
武田信玄に攻められ、水不足に苦しむ松山城主の太田資正は、その弱みを敵に悟られないために白米で馬を洗うよう家来に命じます。しかし、「こうじ屋のばあさま」の証言で武田軍に窮状を知られてしまい、松山城は陥落。その後、城兵の恨みによって松山のこうじ屋は繁盛しなくなったと伝えられているそうです。
「白米城」伝説は、激しい攻城戦のあった全国各地に残されており、東松山の伝説もそうした例のひとつと言えるでしょう。
物語には「市の川」など地元の地名も登場します。

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1階の企画展示の最初の部屋では、8月6日まで『ひろしまのピカ』(1980年、小峰書店)の絵本原画を展示しています。

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続く展示室には、『みなまた 海のこえ』(1982年、小峰書店)と『おきなわ島のこえ』(1984年、小峰書店)の絵本原画を展示。
『おきなわ島のこえ』も8月6日までの展示となります。
(8月11日から福岡県嘉麻市の織田廣喜美術館で丸木俊絵本原画展が開催されるため)

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一番広い展示室には、壁面全体に2段掛けでたっぷりと絵本原画をならべました。

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それぞれの原画の前には、実際に刊行された絵本も展示したので、原画と印刷を比べたり、物語を楽しんでいただくことができます。

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『ヤシノミノタビ』(1942年、帝国教育出版部)など、戦時中に俊が手がけた絵本の原画も展示しています(戦時中の絵本は残部希少のため閲覧はなし)。
これらの作品は、日本が統治していた「南洋群島」を主題に描かれたもので、後に俊が当時の国策に協力したと指摘される原因にもなりました。
しかし、南洋滞在体験を生かし、現地に暮らす人々の姿を彼らの視線で生き生きと描いた画家は他になく、その表現の鮮やかさは今の時代から見てもとても魅力的に映ります。

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位里が単独で手がけた絵本は、生涯に『ねずみじょうど』(1967年、福音館書店)と『赤神と黒神』(1969年、ポプラ社)の2作しかありません。
今回は、そのうちの1作、昨年新たに丸木美術館所蔵となった『赤神と黒神』を展示しています。
自由に絵を描きたい位里は、俊とは対照的に、出版社から細かい指示の入る絵本の仕事があまり好きではなかったようです。
とはいえ、大胆で力強い表現は前衛画家・位里ならではのもの。
神々のたたかいによって大地が音をたてて裂け、海の水がしぶきをあげて流れ込むという描写からは、東北地方の荒々しい自然の迫力を十分に感じることができます。

   *   *   *

そして今日は、午前中からニュース発送作業も行われました。
初参加のN島さんを含め、M山くん、Jさん、T中(S)さん、K松さん、Y浅さん、T田さんら11人の方が参加して下さり、順調に作業が終了しました。
川越のM年山さんご家族の用意して下さったお昼御飯も美味でした。
皆さま本当にありがとうございました。
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