2011/7/31

雨の「ボランティアの日」  ボランティア

8月6日のひろしま忌に向けて、ボランティアの皆さんが丸木美術館周辺を整備して下さる恒例の「ボランティアの日」。
今年は、小雨の降り続く中、それでも大勢の方が参加して草刈りやごみ拾いなどの作業をして下さいました。

参加したのは、M山くん、M園さん、Y口さん、M木さんらの常連グループに、久しぶりに参加してくれた大学生のT岡くん、中学生のM子ちゃん、草刈り機を持参して初参加して下さった友の会のI野さん。
学芸員実習生のM口くん、N村さん、Y田さん、Sさんや事務局スタッフもそれぞれ草刈りやごみ拾い、館内の磨き掃除などを行いました。

今年は雨続きのため、丸木美術館隣の都幾川も増水して、「ひろしま忌」のとうろう流しは難しいかも知れません。
8月6日に向けて、川の水量を注視しながら、安全性を第一に考えてイベントの内容を判断していきたいと思います。
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2011/7/30

「3.11以降のアートとアトム」シンポジウム  講演・発表

午後3時より、銀座会議室にて「画廊からの提言 新世代への視点2011」という企画の一環として行われたシンポジウム「3.11以後のアートとアトム」に、パネリストとして参加しました。

このシンポジウムは、ギャラリーQの上田雄三さんと美術評論家の岡部あおいさんがアドバイザーを務めながら、武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科の3人の学生がスチューデント・キュレーターとして企画したものです。
「3.11以後のアートとアトム」という難しいテーマ設定だったこともあり、事前の打ち合わせやメールのやりとりでは学生たちの苦悩する様子も感じられましたが、そうした過程を経た分、内容は深いものになったのではないかと思います。

   *   *   *

シンポジウムは、第1部で上田さんと学生の挨拶の後、パネリストとして石黒敦彦さん(武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科非常勤講師)、私、沢山遼さん(批評家)の順で「アートとアトム」をテーマにした活動報告を行い、第2部では3人の学生からの質問にパネリストが答えるというかたちで討議が進みました。

私は丸木夫妻の被爆体験と《原爆の図》の制作過程を紹介しました。
他のパネリストの方からは、グリューネヴァルトの《イーゼンハイム祭壇画》の磔刑図や、チェルノブイリ原発事故後の奇形昆虫の緻密画を描いたコルネリア・ヘステホーネッガー、そしてベン・シャーンやパウル・クレー、ヤノベケンジ、吉村芳生、山本作兵衛らについて言及がありました。

個人的に興味をひかれたのは、沢山さんの発した「可視/不可視の問題をいかに乗り越えるか」という問いかけでした。
パウル・クレーは「芸術は見えないものを目に見えるようにすること」という言葉を残しています。放射能のもつ「目に見えない」性質は、こうした芸術の根底に深く関わる問題だということに、あらためて気づかされました。
また、放射能それ自体は見えないけれども、時間が立てば(被害は)可視化される、という指摘も興味深いものでした。
私の発表でも、原爆の図第8部《救出》の余白から放射能へ想像力を広げる、という話をしたのですが、この「可視/不可視の問題」は、もう少し掘り下げて考え続けたいと思います。

石黒さんの「《原爆の図》は、グリューネヴァルトの磔刑図のように、100年、200年先に意味を持つだろう」という発言にも励まされました。
グリューネヴァルトは16世紀に活躍したドイツの画家で、代表作の《イーゼンハイム祭壇画》の磔刑図は、かつて聖アントニウス会修道院付属施療院にあり、死に直面する患者たちが自らの肉体の苦痛を十字架上のキリストの苦痛と重ね合わせ、救済を得るという目的で掲げられていたそうです。
しかし、その後人びとの記憶から忘れ去られ、19世紀の末に再発見されて、現在はドイツ絵画史に欠かせない重要な存在として位置づけられています。

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沢山さんが「芸術はどこかで忘れ去られる。関心があるのは、どのように復活するのか」と発言されていたように、《原爆の図》も、さまざまな時代の波をくぐり抜けながら、新たな視点によって真価を定められる日が来ることでしょう。
いま、自分が少しずつ積み重ねている仕事は、来たるべき時代の人たちに作品の持つ意味を理解してもらうための準備なのだということは、心のどこかで感じ続けていたことです。

丸木夫妻が《原爆の図》の発表をはじめたのは、原爆投下から5年後のこと。
そして、その本当の価値が理解されるのは、まだまだ数百年先かも知れません。
アートの果たしうる役割/力というのは、それだけ長いスパンのものなのだということです。

若い学生たちにとっては、アートは災害に直面した人たちに「癒し」を与える役割があるのではないか、との意識もあったようですが、最後に会場に来られていた池田龍雄さんから、「アートは決して心を癒すものではない。そう思ってもらっては困る」との厳しい発言がありました。
「芸術は政治や社会を直接的に変えることはないけれど、人の心を変えることはできる。遠回りかも知れないけれども、人の心を良い方向に変えることが、世界を変えることにつながる」
特攻隊員として戦争を体験し、敗戦後は前衛画家としてさまざまな時代を見つめて来られた池田さんならではの、非常に重い発言でした。
この言葉は、そのまま、丸木美術館の存在意義に重なるようにも感じます。

このシンポジウムは、企画した学生たちにとって貴重な体験になったことでしょうが、私自身も、投げかけられたさまざまな問題について、これからの丸木美術館の活動を通して真摯に応えていかなければいけないと、考えさせられる機会になりました。

パネリストに呼んでくださった上田さん、そして3人のスチューデント・キュレーターの皆さんに、心から御礼を申し上げます。
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2011/7/29

学芸員実習初日/毎日新聞「キャンパる」取材  来客・取材

今日から学芸員実習生として、武蔵野美術大学のNさんとYさん、中央大学のSさんの3人の女子学生が丸木美術館で働いています。
初日の今日は午前中に館内の説明を行い、昼過ぎからとうろう作りの準備を行いました。
これから8月6日に向けて、来館者の方に呼びかけながらとうろうを作っていくのですが、今年は川の状態が悪く、雨も多いので、無事にとうろう流しができるかどうか、ちょっと心配です。

   *   *   *

午後からは、『毎日新聞』金曜日の夕刊で学生記者が編集を行っている特集記事「キャンパる」の取材として、立教大学のHさん、津田塾大学のIさん、自由学園のSくんが来館しました。
8月の戦争特集として、丸木美術館を紹介して下さるとのことです。

中心となって取材を企画したHさんは、高校時代に校外授業で丸木美術館を訪れたとのこと。
こうした形で学生が丸木美術館に“帰ってきて”くれるのは、とても嬉しいです。
《原爆の図》や丸木美術館の活動についても事前に詳しく調査をされていたようで、非常に内容の濃い質問をたくさん受けました。

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写真はとうろう作りの手を休めて取材を受ける実習生と学生記者たち。
とても良い記事ができそうで、掲載日が楽しみです。
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2011/7/25

《原爆の図》搬出作業/東京新聞寄稿  館外展・関連企画

午後、長野県松本市浅間温泉の神宮寺で展示される原爆の図第2部《火》、第5部《少年少女》、第8部《救出》と、貝原浩さんのチェルノブイリスケッチ《風しもの村》の搬出作業を行いました。

8月1日(月)午後6時からは、神宮寺で高橋卓志住職と「『原爆の図』をひも解く」と題して対談を行います。卓越した話術を持つ高橋さん。一応対談とはいえ、私が話をする隙はあるのかな……とちょっと心配です。

今年の夏は、7月30日(土)午後3時から銀座会議室でシンポジウム「3.11以後のアートとアトム」にパネラーとして参加。8月6日(土)に丸木美術館で「ひろしま忌」を行った翌日、8月7日(日)午後5時からは川越スカラ座で『祝の島』の映画監督・纐纈あやさんと対談……と7月の終わりから8月にかけて予定が立て込んでいます。
そうした事情もあって、明日から3日間、早めの夏休みを頂くことにしました。
次の出勤日は7月29日(金)となります。

今日の最後の仕事は、『東京新聞』から依頼されていた寄稿文の校正でした。
原爆の図第8部《救出》の余白から、ヒロシマとフクシマのつながりを想像するという1200字ほどの文章です。掲載は8月3日の予定です。
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2011/7/24

絵本づくりワークショップ「○△□で描くワタシの絵本」  ワークショップ

午後2時から、企画展「丸木位里・丸木俊 絵本原画展」の関連企画として、絵本づくりワークショップ「○△□で描くワタシの絵本」が行われました。
講師は画家の奈良幸琥さんです。

事務局長Nさんの「夏休みに絵本づくりのワークショップをやりたい!」という発案で、今年が初めての試みとなった絵本づくり。
どれだけ多くの子どもたちが参加してくれるのか、少々不安もありましたが、F市のボーイスカウトがグループで参加してくださったので、とても賑やかな楽しい会になりました。

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まずは奈良さんからの説明があり、画用紙や両面テープを使って絵本を貼り合わせます。
そして、真っ白なページに、「○」と「△」と「□」を使って、まず、「自分の顔」を描くのです。
「まる、さんかく、しかくしか使っちゃいけませーん!」と言う奈良さんに、子どもたちは「えーっ!!」「むずかしい」と悩みながらも、ペンを手にとります。

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あまり自分の顔に似せようと思うと、かえってうまく描けないようです。
発想を変えて、大胆にかたちを組み合わせていくと、面白い「顔」ができあがりました。

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次のページには、「未来の自分の顔」。そして「笑った顔」、「怒った顔」……。
子どもたちは、それぞれの作品を見て大きな声で笑いながら、楽しい時間を過ごしたようです。

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最年少の参加者、幼稚園年長組の男の子も、お父さん、お母さんといっしょに楽しく絵本づくりに挑戦していました。

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絵本づくりワークショップは大成功。
講師の奈良さん、それからお手伝いをしてくれたボランティアのKさん、学芸員実習生のMくん(今日から実習がはじまりました)、どうもありがとうございました。
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2011/7/23

館内説明と第8部《救出》  来客・取材

午前中は三多摩ヒロシマ子ども派遣団、午後には大東文化大学教育学部の学生が来館。
それぞれ《原爆の図》の前で館内説明を行いました。
どちらの団体も毎年続けて来館して下さっています。

丸木美術館の館内説明は、基本となる形はあるのですが、そのときどきの社会状況や団体の構成などを考慮して、初めて絵を観る人がどうすれば作品理解を深めることができるのか、少しずつ内容を変えて工夫をしながらお話しています。
そのため、何度か説明をお聞きになっている方は、「今回は前の説明と違ったので、新しい発見があった」とおっしゃって下さることもあります。

近ごろは、原爆の図第8部《救出》を導入にお話をすることが多くなりました。
なぜ《救出》なのかというと、この作品の左半双部分には、原爆投下数日後に広島市内へ救援活動に入った「入市被爆者」が描かれているのです。
炎が燃えさかるわけではなく、余白の多い、一見静かな画面なのですが、この余白の部分には、目に見えない放射能があったはずです。
この余白から想像力を広げれば、ヒロシマと現在のフクシマがつながっていきます。

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その上で、丸木夫妻がどれほどの思いで《原爆の図》を描く決意をしたのか、丸木夫妻に悲しい記憶を語った人たちがどんな願いを込めたのかとお話すると、60年前に描かれた作品が、ぐっと身近に感じられるようです。

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夕方には、7月26日から行われる長野県松本市浅間温泉の神宮寺での《原爆の図》展示に合わせて、館内の一部展示替えを行い、丸木スマの作品計16点を展示しました。

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このところ大がかりな企画が多かったので、丸木スマの展示室ができるのは久しぶりです。
代表作《簪(かんざし)》や《内海の魚》をはじめ、《めし》、《おんどりめんどり》といった色鮮やかな生きものたちの作品、季節にあわせた《夏みかん》などがならぶと、部屋が急に明るくなったような気がしました。
「ひろしま忌」に合わせて、スマが原爆を描いた作品《ピカの時》も展示しています。
この展示は、神宮寺から《原爆の図》が戻ってくる8月8日までご覧いただけます。
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2011/7/22

本庄市《原爆の図》紹介映像撮影  来客・取材

午前中、本庄市役所職員のKさんたちが来館。
秋に本庄市内4中学校を巡回する《原爆の図》3部作原寸大複製画の紹介映像を撮影しました。

この試みは、2006年に「非核平和都市宣言」を行っている本庄市において、子どもたちに非核平和を学ぶ機会を作ろうというKさんたちの熱心な取り組みによって実現したものです。
予算や学校のカリキュラムなどの制約があり、いろいろ苦労があったとのことですが、最終的には各学校を巡回しながら《原爆の図》原寸大複製画を展示し、そこで5〜6分程度の紹介映像を流して鑑賞の手引とすることになりました。

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ふだん、学校団体が来館されたときに絵の前で説明する際の標準時間は15分から20分。
しかし、今回はどうしても1時限だけしか学習時間を確保できなかったため(Kさんたちは2時限を希望されていたそうです)、私が《原爆の図》の概要を説明する時間も要点をしぼって3分間にまとめました。
丸木夫妻が原爆投下直後に広島に駆けつけたこと、未来の平和な時代に生まれてくる子どもたちにも戦争の悲惨さを知ってもらうために《原爆の図》を描く決意をしたこと、夫婦共同制作の作品の先には、無数の被爆した方々の悲しみや祈り、願いが注ぎ込まれていることなど……。
そして、第1部《幽霊》、第2部《火》、第3部《水》のそれぞれの作品の見どころを1分間ずつ紹介し、最後に美術館の入口で15秒ほどまとめの挨拶をしました。

本当は、丸木美術館で本物の絵に向き合って頂きたいのですが、いまの教育現場では、先生がそれを希望してもなかなか実現できないことがあります。
こうした状況のなかで、複製画の出張展示+紹介映像の貸出(あるいは、川越西高のように複製画展示+出張授業)という方法は、新たな可能性を広げてくれそうです。

「せっかく埼玉県内にこれほど素晴しい作品があるのだから、子どもたちに知ってもらわないともったいない!」と熱く語るKさん。
その思いに、私たちもさまざまな工夫で応えていかなければならないと胸が熱くなりました。
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2011/7/21

『子どもの本棚』8月号に原稿掲載  執筆原稿

子どもの本の月刊書評誌『子どもの本棚』No.514(2011年8月号、子どもの本棚社、日本子どもの本研究会編集)の特集“放射能ってなに?”に、「チェルノブイリからフクシマへ 芸術がもたらす想像力」と題する岡村の文章が掲載されました。
3月11日の大震災・原発事故以後の、丸木美術館の企画展の取り組みをまとめた2,400字程度の原稿です。

編集委員のKさんからの依頼で書かせて頂いたのですが、今号の特集は、安斎育郎さんの「『放射能リテラシー』を鍛えるために」、青梅市立西中学校・石川勝巳さんの「中学校で放射線の授業をしてみました」、原子力資料情報室スタッフ・渡辺美紀子さんの「汚染ときびしく向かい合い、原発を止める力に―市民科学者 高木仁三郎さんとともに」、福島原発事故について思うこと(柳澤桂子さんへのインタビュー)と、さまざまな視座から放射能を問いなおす、読み応えのある内容になっています。

原発事故後、テレビや新聞などで放射能をめぐる問題が取り上げられない日はありません。
しかし、大きなメディアの報道に頼るのではなく、小さなメディアから発信されている情報にも触れ、その上で自分で判断を下していくことの重要性も、今回の事故であらためて感じました。
「子どもの本棚」の放射能特集は、そうした判断のための大切な道しるべのひとつになるのではないか、そして、私たちと放射能をめぐる未来を少しずつ変えていくのではないかと、頁をめくりながらしみじみと考えています。
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2011/7/18

川越スカラ座『祝の島』上映/纐纈監督との対談企画のお知らせ  川越スカラ座

先日、大好評のうちに『100,000年後の安全』の上映を終えた川越スカラ座で、今度は山口県の上関原発計画に30年近く前から反対を続けている祝島(いわいじま)の人びとの暮らしを記録した映画『祝の島』(2010年、纐纈あや監督)の上映が急きょ決定しました。
上映日程は7月30日(土)から8月12日(金)まで。



『祝(ほうり)の島』は、島での生活や人間のつながりを大切にして生きる人々の様子が丹念に撮影された映画で、原発に依存する生活とは対極にある暮らしの深みが伝わってきます。
原発とはエネルギー問題ではなく、人間の生き方に関わる問題だったのですね。
3月11日以前から公開されており、私もすでに観ているのですが、原発事故後の今このときにあらためて観返すことの意味は大きいのではないかと思います。

8月7日(日)午後3時の回の上映終了後、午後5時からは、この映画が初監督作品となる纐纈(はなぶさ)あや監督をお迎えして、岡村が対談のお相手をすることになりました。
http://event.k-scalaza.com/?eid=1264282
監督自身は、3.11以後の視点でみずからの作品をどのようにとらえているのか、ぜひ掘り下げて話をお聞きしたいと思っています。
詳しくは川越スカラ座049-223-0733までお問い合わせください。
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2011/7/18

丸木アンブレラ・プロジェクト  その他

今年は陽射しの強い日が続きますが、丸木美術館の庭には新たな試みが導入されています。
現代美術家クリストの「アンブレラ・プロジェクト」(1991年に太平洋を挟んで日米両国に約1,300本の傘を設置した芸術プロジェクト)をちょっとだけ思い起こさせる3本の日傘です。

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この日傘は、事務局長のNさんの発案で設置しました。
傘の影に椅子を置いて川風にあたると、たいへん涼しく心地よいです。
電力をなるべく使用しないように、という理由で、もともと館内に冷房のない丸木美術館。
そのため、展示室はどうしても蒸し暑くなりがちですが、ぜひ庭の「丸木アンブレラ・プロジェクト」でゆっくり涼んでいただきたいと思います。
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2011/7/17

朗読と即興演奏「フクシマからの風」  イベント

午後2時から新館ホールの《水俣・原発・三里塚》の絵の前で、朗読と即興演奏「風の名前:フクシマからの風」が行われました。
朗読は青柳秀侑さん、松川充さん、演奏(ルネサンスリュート、フルート)は高瀬伸也さん。

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最初の出し物は、「日本の原発54基の炉型とプラントメーカーの確認」。
フルートによるバッハのヴァイオリン曲演奏がキッチンタイマーで計られた時間で分断され、原発の名前を北から順番に、電力会社、原発名、炉型、メーカー(運転開始から30年以上経っている原発は営業運転開始年月も)の朗読が挟み込まれるという内容でした。

続いての朗読は大江健三郎『ピンチランナー調書』(新潮社、1976年)。
休憩をはさんだ後には、ルネサンスリュートの演奏と宮澤賢治『風の又三郎』、『東京新聞』の「風向・風力」記事が複雑に交錯する実験的な朗読も行われました。
「風」という言葉が台本から消されて、何度も訪れる一瞬の沈黙。
その不自然さが、かえって「風」の存在を考えさせます。
高瀬さんが配布資料に記しているように、“福島の原発事故以来、「風」ということばの意味は変わってしまった”ようです。

さらに辻征夫『風の名前』、最後に“針生一郎さんへ勝手にdedicate”(配布資料より)として井上ひさし・山元護久『わしの心はお花畑だった』が朗読されました。

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次回の高瀬さん・青柳さんによる朗読・即興演奏は8月20日(土)午後2時から。
「終戦」から5日たって:1945/8/20」と題し、1945年8月20日の新聞記事や文学者などの日記、書簡を朗読するという、こちらも興味深い試みです。
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2011/7/16

美術館クラブ「面白額縁シリーズNo.4」  ワークショップ

毎月1回開催している丸木美術館クラブ工作教室。
今月は、画家の草薙静子さんの案内で、「面白額縁シリーズNo.4」。
工作教室を主宰するM年山さんが集めたジーンズのポケットやロゴマーク、ボタンなどをコラージュして、面白い壁かけを作るという内容でした。

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隣町から2歳の女の子がお母さんといっしょに初めて参加してくれましたが、楽しく作ることができたようです。

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できあがりはこんな感じ。なかなか楽しい作品がそろいました。

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工作のあとは、妻T差し入れのコーヒーゼリー(子どもたちはプリン)をみんなで食べました。
M年山さん一家が淹れてくれたアイスコーヒーも美味しかったです。
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2011/7/15

神宮寺「いのちの伝承」のお知らせ  館外展・関連企画

長野県松本市浅間温泉の神宮寺は、1998年以来、毎年、8月上旬に「いのちの伝承」という企画を組み、《原爆の図》を展示して下さっています。

今年は、7月末に松本市で国連軍縮会議が行われるため、「いのちの伝承」も例年より盛大に開催されます。
7月27日(水)から8月5日(金)まで、《原爆の図》の連作のうち、第2部《火》、第5部《少年少女》、第8部《救出》の3点が展示され、その他に、丸木美術館「チェルノブイリから見えるもの」展でもご紹介した貝原浩さんの絵画《風しもの村》も展示される予定です。

8月1日(月)午後6時からは、神宮寺住職の高橋卓志さんと岡村が「《原爆の図》をひも解く」という対談を行うことになりました。
毎年8月は丸木美術館もイベントの準備などで忙しく、なかなか「いのちの伝承」に伺う機会はなかったのですが、今年は貴重な機会をいただいたので、参加させていただくことにしました。
神宮寺では他にも豪華イベント満載です。以下に、その日程をご紹介いたします。
お問い合わせは0263-46-0096神宮寺まで。

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【いのちの伝承2011 日程】

7月27日(水)午後6時 映画「戦争と平和〜非暴力から問う核ナショナリズム」(監督:アナンド・パトワルダン)
7月28日(木)午後6時 映画「運命と選択」(監督:ツィビ・ラインベンバッハ)
7月29日(金)午後6時 映画「ゆんたんざ沖縄」(監督:西山正啓)
7月30日(土)午後6時 映画「HELLFIRE・劫火―ヒロシマからの旅―」(監督:ジャン・ユンカーマン)/映画終了後 対談 ジャン・ユンカーマン(映画監督)×高橋卓志
7月31日(日)午後2時 「癒音(IOTO)コンサート」Dai(ピアノ)Lata(エスラジ)/午後4時 映画「原発切り抜き帳」(監督:土本典昭)
8月1日(月)午後6時 対談 「《原爆の図》をひも解く」 岡村幸宣(丸木美術館学芸員)×高橋卓志
8月2日(火)午後6時 対談「貝原浩とチェルノブイリ」 名取弘文(おもしろ学校理事長)×高橋卓志
8月3日(水)午後6時 「いま、被災地へ……祈りを」 Candle JUNE Lata 高橋卓志+お坊さんたち/対談 Candle JUNE×高橋卓志
8月5日(金)午後6時 「原爆忌」 魂宮時(コンテンポラリーダンス) YUKIE(インド舞踊)
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2011/7/15

板橋区立美術館学芸員来館/ピースサイクル  来客・取材

午後から、板橋区立美術館H学芸員が来館。
2011年11月19日(土)から2012年1月9日(月/祝)まで板橋区立美術館で開催予定の「20世紀検証シリーズNo.3 決定版!池袋モンパルナス」のため、丸木位里・丸木俊(赤松俊子)の作品調査に来られたのです。

今回は、戦前・戦中期の「池袋モンパルナス」に焦点を当てながら、新たな事実も掘り起こして紹介するとのこと。
H学芸員の企画は、これまで「新人画会展」、「福沢絵画研究所展」など、綿密な調査に定評があるので、どんな展覧会になるのか楽しみです。

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夕方には、自転車を使って全国を走る平和運動「ピースサイクル」の皆さんが丸木美術館に立ち寄って下さいました。
「ピースサイクル」は、毎年、6月から8月にかけて、沖縄をスタートしてヒロシマ・ナガサキ・六ヶ所村に向けて、日本全国をサイクリングしながら核兵器の廃絶をはじめ平和・環境・人権などをアピールしているのです。
とても暑い一日でしたが、皆さん元気いっぱいに自転車をこぎ、笑顔で「乾杯」をしていました。
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2011/7/14

あや作品寄贈/俊作品修復/文学座取材  作品・資料

午前中は大道あやさんの作品調査のため、毛呂山町のHさんのお宅にお伺いしました。
Hさんは1980年にあやさんが描いた《解放》という作品を所蔵されているのです。

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小屋の扉が開かれて、ニワトリたちが一斉に庭に飛び出していく様子を生き生きと描いた、微笑ましい作品です。

Hさんはあやさんが越生に住んでいた頃にたびたび訪問し、親しく交友されていたとのこと。
《解放》を購入した後は、ご自宅の壁にかけて、モーツァルトのクラリネット協奏曲を流しながら鑑賞するのが楽しみだったとおっしゃっていました。

《解放》は2008年から翌年にかけて渋谷区立松濤美術館などを巡回した「生誕100年記念 大道あや展」にも出品されていない貴重な作品で、Hさんの御厚意により、丸木美術館に寄贈して頂くことになりました。
今年9月6日(火)から10月15日(土)まで丸木美術館で開催予定の「追悼 大道あや展」には、新収蔵作品として展示紹介する予定です。

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夕方にはいつも絵画の修復をお願いしている株式会社ディヴォートのY野さんが来館。
先日、あらたに寄贈された油彩画《母と子》、第4回原水爆禁止世界大会のポスターと原画、そして傷みの激しい油彩画《田中君》という丸木俊作品をお預けしました。
これらの作品は、修復・額装をした上で、来年2月11日からはじまる「生誕100年 丸木俊展」に出品する予定です。

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夜は、丸木美術館ボランティアで、文学座で舞台演出の勉強をしているK田(N)さんと、彼女の先輩の脚本家・役者のY谷さんが自宅に来訪。
Y谷さんは、戦後の占領下の時代と現代を舞台にした、学芸員の登場する脚本を構想中とのことで、学芸員の仕事についていろいろと取材を受けました。
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