2011/5/26

『埼玉新聞』に「反原発 夫妻の思い受け継ぐ」記事掲載  掲載雑誌・新聞

2011年5月26日付『埼玉新聞』に、“反原発 夫妻の思い受け継ぐ”との見出しで、丸木美術館を紹介する記事が掲載されました。
記事は全文を以下のHPでご覧になることができます。

http://www.saitama-np.co.jp/news05/26/10.html

記事にもありますが、丸木夫妻は原発を「ゆっくり燃える原爆」と表現して反対し、1989年には原発分の電気料金の支払いを拒否したため、美術館への送電が止められたことがありました。
当時、『丸木美術館ニュース』などに俊さんが記していた文章を読むと、そのまま現在の福島原発事故を連想する内容が多々あります。

原発分の電気料金支払い拒否をはじめたきっかけが福島原発の事故だったことも、今から振り返れば複雑な思いがします。
もちろん、当時、原発について危険性を指摘していたのは丸木夫妻だけではなく、多くの方が反対の声をあげていたわけですが、そうした声がことごとく無視され、大きな事故が起きるまで「安全神話」が語り続けられていたことは、本当に残念です。

以下は、記事からの一部抜粋です。

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 電気料金の不払いは、89年1月に起きた東電福島第2原発のポンプ損傷事故がきっかけだった。丸木夫妻は同年4月25日、東電の原発設備率から算出した24%分の電気料金の支払いを拒否。東電からの支払い要請に、俊は「水力発電と火力発電の分は払う」と答えたという。東電は同年5月12日、美術館への送電を止めた。送電停止は1年以上続き、夫妻は自家発電機で対抗。来場者は裸電球の薄明かりの中で絵を観賞した。

 同美術館の学芸員岡村幸宣さん(36)によると、丸木夫妻は美術館を建設したときから、電気を極力使わないことを考えていた。九つある展示室のうち、1階にある二つの展示室以外は天窓が設置され、自然光が入る構造になっている。夫妻の遺志は今も受け継がれており、電気使用量をできるだけ抑えている。岡村さんは「絵を見ることに大きな支障はない」と話す。

 自然のままの環境で絵を観賞してほしいと、エアコンも設置されなかった。夏場は都幾川の川風と扇風機でしのぐ。震災後、来場者の理解がより進み、美術館は今後もエアコンを設置する予定はないとしている。

 「地震と津波は天災だけれど、原発は人災だ。止められなかったことは残念で悔しい」。俊のめいで夫妻の養女の絵本作家丸木ひさ子さん(55)は、俊が福島の事実を知れば、そう言うのではないかと考えている。ひさ子さん自身は原発事故後、「時代に流された」と反省しているという。原発には反対だったが、現実的には電気が必要なことも分かっていた。「原発は国策だった。国が自然エネルギーを進めていたら」と思う。

 事故後に社会全体で節電が言われ始めた。「なぜ以前からやってこなかったのか。子どもたちのことを思うと、私たち大人の責任。俊先生は怒っているだろう」


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