2011/4/30

針生展搬出/ポレポレ東中野/EXPOSE死の灰  館外展・関連企画

午前中は針生一郎展のための集荷作業。
ボランティアのHくんと針生さんのお孫さんのKさんが梱包作業を手伝って下さいました。
今回の企画では追悼の意味を込めて、ゆかりの作家の作品のほかに、針生さん愛用の帽子や万年筆、そして煙草の焦げ跡のある草稿(おそらく最後の原稿となったと思われる、町田市国際版画美術館「中里斉展」のもの)などを展示することにしています。
針生さんの「生」の痕跡を少しでも感じて頂ければ思っています。

   *   *   *

午後2時からはポレポレ東中野にてスライド上映『ひろしまを見た人―原爆の図丸木美術館―』(構成:土本典昭/写真:本橋成一/音楽:佐藤允彦/ナレーター:小室等)を鑑賞。
急いで駆けつけたので昼食をとる時間がなかったのですが、やはり無理しても観ておいてよかったです。
会場には、丸木美術館のボランティアのM木さんやM園さん、M山くん、A森さんも来ていました。
心を打たれたのは、今まで“口承”で伝えられてきた丸木美術館の団体用の館内説明の原型が、このスライドにほとんどすべて凝縮されていたことです。
「映画の撮影のように資料を準備していた」(本橋さんの証言)という土本さんの作品構成の見事さに感銘を受けるとともに、《原爆の図》に注がれた方々の思いが現在まで脈々と受け継がれてきていることに、あらためて気づかされました。

スライドは『チェルノブイリいのちの大地』(構成:西山正啓/写真:本橋成一/音楽・ナレーター:小室等)との2本立て。上映後は写真家の大石芳野さんと本橋さんのトークも行われました。
イベントの後には本橋さんと少しだけ立ち話。本橋さんは、「あらためて観るととても良いスライドだから、ぜひ丸木美術館でも上映して下さい」とおっしゃっていましたが、そのときには本橋さんをお迎えして撮影の思い出などを詳しく語って頂きたいと思いました。

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午後5時には三軒茶屋のKENに駆けつけました。
KENは、粟津ケンさんが立ち上げたスペースで、現在は「EXPOSE 死の灰」という興味深い企画を開催中です。
この日は、合唱曲「原爆小景」などで知られる作曲家・林光さんのピアノ演奏+第五福竜丸展示館の安田和也さんとのトークが行われました。今年80歳を迎えられるという林さんですが、映画『第五福竜丸』(1959年、新藤兼人監督)の主題歌「出航の歌」をはじけるように弾きこなすエネルギーには圧倒されました。
今回お伺いしたもうひとつの目的は、粟津ケンさんの御父君のグラフィックデザイナー・粟津潔さんの阿部定をモチーフにした版画作品を「針生一郎展」のためにお借りすること。この作品は、針生さんがコミッショナーを務めた1977年のサンパウロ・ビエンナーレの出品作で、針生さんが「民衆のイコン」として高く評価されていたものです。
とても気さくで行動的な粟津ケンさん。これからも、いろいろな企画を立ち上げていく、とのことですので、いっしょに活動させていただく機会がありそうです。

結局、夜10時過ぎに帰宅するまで昼・夕食をとる余裕がなく、家にたどりついたときにはフラフラでした。
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2011/4/28

トークショー「ぼくたちの見たチェルノブイリ」  館外展・関連企画

5月3日からはじまる企画展「チェルノブイリから見えるもの」の準備が、着々と進んでいます。
今回の展示の中心となるのは、故・貝原浩さんの《風しもの村》14点連作。チェルノブイリ原発事故によって放射能に汚染されたベラルーシのチェチェルスクに生きる人びとのつつましくたくましい暮らしぶりを丹念に描いた、叙事詩のような壮大な絵巻です。その他にも《ベラルーシの婆さまたち》を題する墨絵の大作や、美しい少女を描いた小品など関連作品も展示を予定しています。

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また、チェルノブイリの事故がもたらした“死”と“破壊”に鋭い視点で切り込むフォト・ジャーナリストの広河隆一さんの写真から10点、汚染された大地に生きる人びとの営みに“希望”と“再生”を見出す映画監督・写真家の本橋成一さんの『ナージャの村』、『アレクセイと泉』などの写真集から15点の写真を選び、それぞれの表現者の視点によって25年前の原発事故から見えてくる現実をとらえるという試みになります。

もちろん、今このときにわたしたちが向けるチェルノブイリへの視点には、その先に“フクシマ”の姿が重なることでしょう。今回の企画でも、広河隆一さんの福島原発事故写真を4点ほど特別展示することになっています。

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今日は、午後7時から東中野のポレポレ坐へ行き、小室等さんと本橋成一さんのトークショー「ぼくたちの見たチェルノブイリ」に参加しました。

小室さんと本橋さんと貝原さんは、1992年にともにチェルノブイリに足を運んだ仲間だそうです。
現地の人たちにすぐに溶け込み、家に招かれては「サマゴン」と呼ばれる密造酒を飲んでばかりいる……という、二人の貝原さんに対する思い出話を聴きながら、会場に展示された《風しもの村》の温もりのある描写の背景に流れている精神を感じたような気がしました。

「かつて画家は技術を売る職人だった。酒と食事さえもらえば、その場でどんな絵も描いてみせる。貝原さんは、そんな良い意味での画家としての伝統を受け継いでいる」とは小室さんの発言。「原発事故で大切なのは、放射能の数値ではない。人間のいのちをどう見ていくか。雑多で豊かな人間の関係をどう作り直していくか」という本橋さんの言葉とともに、心に深く沁みました。

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現在、ポレポレ東中野では、特集上映として「25年目のチェルノブイリ」を開催中。
http://www.mmjp.or.jp/pole2/

本橋さんがチェルノブイリの映画を撮るきっかけになったのは、一人の牛飼いの老人アルカジイ・ナボーキンさんの次の言葉だったと言います。
「どこへ行けというのか。人間が汚した土地だろう」
この言葉は、今回の企画のひとつの大切な核になるような気がします。

トークショーの最後には、小室さんがロシア語で「ベラルーシの少女」を歌って下さいました。
小室さんは5月5日に丸木美術館でコンサートをして下さいます。
また、5月15日には本橋さんも丸木美術館でトークをして下さいます。
どちらも、とても楽しみです。

メディアの反響も大きく、5月3日の企画展初日には展示の紹介とともに本橋さんのインタビューがNHK総合テレビのニュースで放送される予定です。
また、NHKのラジオ第一放送(全国放送)やFMラジオ(埼玉県内向け)、ケーブルテレビ局の取材依頼も次々に来ています。
東松山ケーブルテレビでは、「丸木美術館に行列ができるくらい、県内各地のケーブルテレビ局に情報を配信するように!」との指示が出ているとのこと。本当にありがたい限りです。
ぜひ多くの方にこの企画を知って頂き、足を運んで頂きたいと思っています。
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2011/4/24

ボランティアの日/「原発やめよ 命が大事」  ボランティア

丸木美術館は5月5日の開館記念日に向けて周辺の整備をする「ボランティアの日」。
参加者はちょっと少なめでしたが、M木さん、A森さん、K藤さんが参加して下さって、周辺道路のゴミ拾いや竹林整備、臨時駐車場の草刈りなどを行いました。

   *   *   *

そしてこの日は、都内の芝公園で原子力資料情報室の主催による「チェルノブイリ原発事故から25年 くり返すな!原発震災 つくろう!脱原発社会4・24集会&デモ」が行われました。
丸木美術館からも、K寺理事長やK岡常務理事、T田常務理事、N野事務局長、そして友の会の皆さんなど大勢の方が参加しました。

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写真は、チェルノブイリ原発事故の頃に、俊さんがみずから描いた「原発やめよ 命が大事」の横断幕(写真提供:片岡健氏)。
長年、丸木美術館のプレハブ倉庫のボール箱のなかに眠っていたのですが、この日の午前中に、N野事務局長とともに“発掘”したのです。
やや色あせてはいますが、それでも、俊さんらしい大胆な筆づかいと鮮やかな色彩感覚が素晴しく、何より、福島原発事故を見とおしたような言葉が、今は心に響きます。
この横断幕は、5月5日の開館記念日にも丸木美術館に掲示しようと思っています。
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2011/4/23

Art Center Ongoingにてトーク  講演・発表

突然の強い雨風という不安定な天候でしたが、午後6時より吉祥寺のArt Center Ongoingにてトークショーを行いました。
昨年丸木美術館のアートスペースで個展を開催した平川恒太くんと、友人の高田冬彦くんによる二人展の関連企画です。

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今回は、これまで呼んで頂いたトークのなかでも一番参加者が少なかったのですが、東京藝術大学の大学院生が中心。
丸木夫妻の《原爆の図》や大道あや、丸木スマの原爆の絵を紹介しながら、体験/非体験と主題の問題を表現者とともに考えるという、なかなか興味深い機会となりました。
もちろん、現代の20代の若者たちと丸木家の画家たちとでは、時代も異なり、表現の方法も当たり前のように違うわけですが、しかし、丸木家の画家たちの作品は、彼らの心に強く響く“強度”を持っているということを、あらためて実感しました。

かつて丸木美術館で学芸員の実習を行ったAくんやYさんも参加して下さいました。
特にAくんに会うのは久しぶり。皆さん、それぞれ活動の幅を広げているようで、本当に嬉しい限りです。
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2011/4/21

『東京新聞』に原爆展関連記事掲載  掲載雑誌・新聞

2011年4月21日付『東京新聞』「TOKYO発 見つめ直す首都」欄に、“自粛 自粛 自粛 「被災者配慮」祭り、展覧会、花火…”との見出しで、目黒区美術館の「原爆を視る 1945-1970」展の中止と、丸木美術館の企画「チェルノブイリから見えるもの」展が取り上げられました。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/thatu/list/CK2011042102000080.html

 原爆投下直後の広島に入り、人々の苦しみの姿を描いた丸木位里・俊夫妻(ともに故人)の代表作「原爆の図」は、展示の目玉だった。作品を貸し出す前日に中止の連絡を受けた「原爆の図丸木美術館」(埼玉県東松山市)の岡村幸宣学芸員は「公立施設として意欲的な企画で期待していた。中止の連絡を受けたときは、信じられなかった」と話す。後援に名を連ねていた広島県原爆被害者団体協議会の木谷光太事務局長も「美術館側から中止の説明を受けて、事情は理解できるとお答えしたが、今だからこそ、開催した方が良かった」と残念がる。
 中止への批判に対し、目黒区美術館の田中晴久館長は「今は、福島原発事故の観点が強調されてしまう。落ち着いた状況で見ていただきたい。『政治的な配慮や圧力があったのでは』との指摘も受けたが、それはありえない。あくまでも美術館の運営上の問題」と説明する。来年度の開催に向けて、理解を求めている最中だ。
 中止を残念がるばかりでなく、丸木美術館は、独自に「チェルノブイリから見えるもの」と題した展覧会を、緊急開催した。五月三日から六月十一日までの予定で、原発事故後のチェルノブイリのスケッチや写真、福島第一原発周辺の写真を展示する。自粛ムードに対抗して「東日本大震災を契機に、さらに核廃絶と原発反対を訴えていきたい」(岡村学芸員)と言う。

 (以上、記事の一部抜粋)

自粛ムードに対抗して……というくだりには若干の補足の必要(もともと秋に予定していたチェルノブイリ25周年の企画を「今このときに見てもらいたい」と時期を早めたので、“対抗”と言われるとちょっと違う気がする)を感じないわけではなかったのですが、大きく紹介して下さったのはありがたいことです。

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今回の企画「チェルノブイリから見えるもの」は、まだ開催まで2週間近くあるにもかかわらず、とても多くの反響が寄せられています。
新聞、雑誌のほか、テレビ、ラジオなどの取材の申し込みもここ数日次々と来ています。
貝原浩さんの絵、本橋成一さんや広河隆一さんの写真など、見応えのある企画になりそうなので、ぜひ多くの方にご覧頂き、今このときだからこそ感じられるものを受けとめて頂ければと思っています。
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2011/4/20

『北海道新聞』“卓上四季”より  掲載雑誌・新聞

2011年4月17日付『北海道新聞』1面の“卓上四季”欄に、「原発を止めないと原発に殺される」という丸木俊さんの言葉が紹介されました。
コラムを執筆された編集委員の方から丸木夫妻が原発を語っている言葉について取材があったのが1週間ほど前。先ほど、掲載紙が届きました。
以下は、前半部分の抜粋。

「原発を止めないと原発に殺される」。画家の故丸木俊さん(空知管内秩父別町生まれ)がこう書いたのは20年も前のことだ。夫で画家の故丸木位里さんともども原発の危険性を訴えていた▼夫妻は原爆の悲惨を描いた「原爆の図」の共同制作で知られる。「戦争では原爆が破裂する。平和になれば原発に化けて放射能で人を殺す」。夫妻と親交のあった佐喜真美術館(沖縄県)の佐喜真道夫館長は俊さんが語っていた言葉を思い出す▼「原爆の図」がある埼玉県の丸木美術館には2人が絵筆をとった「水俣・原発・三里塚」が展示されている。有機水銀、放射能、開拓農民から大地を奪った成田空港の建設。大作の画面には現代文明への警鐘と憤りが漂う

コラムの全文は、『北海道新聞』のHPで読むことができます(たぶん期間限定)。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/fourseasons/286622.html

「チェルノブイリクラスの事故のときは日本列島、太平洋の島々、隣接する国々へと放射能は広がっていきます」という俊さんの言葉も紹介されています。この言葉に限らず、原発に向けた二人の視線は、今回の福島の事故を見とおしていたかのようです。
そうした警鐘が結果的に生かされなかったことは本当に残念ですが、一方で、二人の残したものが、今あらためて見直されつつあるということも実感しています。

コラムを締めくくる「この先を決めるのも私たちだ」という言葉が、深く胸に響きます。
核兵器に“抑止力”を見出すことも、原子力エネルギーに生活を委ねることも、一度暴走したら制御できない怖ろしい力に寄り添うという点は同じです。
その危うさを目の当たりにした私たちこそ、“核の時代”からの脱却を決断する責務があるのではないかと、強く思うこの頃です。
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2011/4/19

4/23 吉祥寺Art Center Ongoingにてトーク告知  講演・発表

昨年、丸木美術館のアートスペースで個展を開催した平川恒太くんが、吉祥寺のArt Center Ongoingにて2人展を開催しています。

第2回道徳展
企画:Art Center Ongoing
協力:island、Bambinart Gallery、ターナ色彩株式会社
会期:2011年4月13日(水)〜4月24日(日) 月火休み
開廊時間:12:00〜21:00
会場:Art Center Ongoing
TEL/FAX :0422-26-8454
住所:〒180-0002 東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7
入場料:400円(セレクト・ティー付き)
http://hirakawakenkyujyo.blog104.fc2.com/blog-entry-361.html

4月23日(土)午後6時からは、岡村も会場でトークを行うことになっています。
(参加費:1000円、ワンドリンク付き、先着30名様、要予約 ※入場料含む)

平川くんは、今春、多摩美術大学を卒業し、4月より東京藝術大学大学院に進学。美術と社会の関わりに関心を寄せながら、多数の個展・グループ展を開催するなど精力的な活動を行っている注目の若手作家です。
丸木美術館のボランティアとしてもたびたび活躍してくれています。
ご興味のある方は、ぜひこの機会にお運びください。
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2011/4/18

『埼玉新聞』「第五福竜丸展」紹介  掲載雑誌・新聞

2011年4月18日付『埼玉新聞』に“第五福竜丸事件見つめ直す”との見出しで、現在会期を延長して4月30日まで開催中の「第五福竜丸事件展」が紹介されました。
取材をして下さったのは、いつもかならず展覧会に足を運んで下さるA記者です。
どうもありがとうございます。
以下は記事からの一部抜粋です。

 丸木夫妻は、第五福竜丸が被ばくした翌年の55年、同事件をテーマにした原爆の図第9部「焼津」を発表。続けて56年には東京・杉並から全国に広がった原水爆反対署名運動を主題にした同第10部「署名」を発表している。
 一方、ベン・シャーンは57年から58年にかけて物理学者ラルフ・ラップが月刊誌に連載した第五福竜丸に関するルポルタージュに挿絵をつけており、絵画連作「ラッキードラゴン・シリーズ」に発展させている。
 会場には丸木夫妻の作品「焼津」「署名」と、ベン・シャーンの同シリーズから20点を展示しているほか、漁港で原子マグロの検査に使用された放射線測定器の実物、第五福竜丸事件の解説パネルや大漁旗なども合わせて紹介している。
 岡村幸宣学芸員は「57年前の被ばく事件が、3月11日に発生した東日本大震災、福島第一原発事故に直接つながるような状況に変わってきた。今の放射能問題を考える一つの材料になれば」と話している。


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週末には、埼玉県内に避難されている双葉町など福島県の方が何人も来館して下さいました。
なかには、半日ほどゆっくり美術館で過ごして下さる方もいらっしゃいました。
丸木美術館では、被災者の方には無料で館内の展示をご覧頂いています。
どうぞお気軽にご来館ください。
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2011/4/17

日・中・韓平和絵本  書籍

この4月から童心社の創業55周年記念事業として「日・中・韓平和絵本」の三か国共同出版という興味深い取り組みがはじまりました。

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日本、中国、韓国の3か国の絵本作家が4人ずつ、平和を主題にした絵本を描き、それぞれの国のそれぞれの言語で12冊の絵本を共同出版するという“絵本史上初めて”の試みだそうです。
第1期の今回は、浜田桂子作『へいわって どんなこと』、姚紅作(中由美子訳)『京劇がきえた日』、イ・オクベ作(おおたけきよみ訳)『非武装地帯に春がくると』の3冊が刊行されました。

先日、来館して下さった『日本児童文学』のNさんから企画の話を伺い、丸木美術館で今年の夏に開催予定の「丸木位里・丸木俊絵本原画展」に合わせて、何らかのかたちで、この「日・中・韓平和絵本」の紹介をできないか、と模索しているところです。
現在は試験的に、丸木美術館入口ロビーにて3冊の絵本を置いています。

2011年4月17日『朝日新聞』朝刊書評欄の「本の舞台裏」に、この企画の紹介記事が掲載されました。以下はその記事からの抜粋。

「子どもの心に直接届く絵本を通して、国を超えた理解と交流の大切さを伝えたい」と、日本の作家が中国の作家に呼びかけたのが2005年。翌年には韓国にも呼びかけ、07年には中国・南京に12人が集まり、具体案を持ち寄って会議が行われた。童心社の広告・宣伝担当の高間順一さんによると、「平和観とは、戦争観でもある。作家主導で、合宿のように活発な意見交換が行われました」。

非常に興味深い試みであり、文化の果たす役割とは何なのかを考えさせられます。
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2011/4/16

美術館クラブ工作教室  ワークショップ

午後2時から、丸木美術館隣の野木庵で丸木美術館クラブ工作教室を開催。
今回は、画家の谷口幹郎さんの案内で「コルクを使って電車や車を作ろう」でしたが、震災以後、ワインの需要が減ってコルクが調達できなかった……という理由で、急きょ材料変更。
船の模型用の小さな木片ピースを使うことになりました。

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きれいに赤、青、緑に塗り分けられている板は、部屋壁用の板材です。

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その板の上に、木片ピースを自由に置いて、接着剤で固定していきます。

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作業をはじめると、子どもも大人もすっかり夢中になっていました。

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できあがり作品は、こちら。
すでにあるかたちを使って、別のものを作り出す、という発送の転換が面白いですね。

次回は5月5日開館記念日。
本当は今回が丸木美術館クラブ工作教室通算第100回という節目の回になるはずだったのですが、3月に震災の影響で一度中止になってしまったので、次回が第100回になります。
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2011/4/16

5/21豊田直巳さん緊急スライド&トーク告知  イベント

5月21日(土)午後2時より、福島原発の事故発生直後から現地で取材を重ねているフォト・ジャーナリストの豊田直巳さんによるスライド&トークを開催することが決まりました。

2003年9月に丸木美術館で写真展「戦火の下の子どもたち」を行っている豊田さん。これまでにもたびたびイラク戦争などをテーマにトークショーを開催して下さっています。
今回は、現在もなお進行中の福島原発事故について緊急報告をして下さるのですが、今後の事故の状況によっては取材のためにトークが中止となる可能性もありますので、ご了承ください。

【豊田直巳さんスライド&トーク】
日時:2011年5月21日(土)午後2時
場所:原爆の図丸木美術館
※参加自由(当日の入館券が必要です)

【豊田直巳さんプロフィール】
1956年、静岡県生まれ。1983年よりパレスチナ問題の取材を始める。1992年より中東の他、アジアや旧ユーゴスラビア、アフリカなどの紛争地を巡り、そこに暮らす人々の日常を取材。主に新聞、雑誌、テレビにて作品を発表。日本ビジュアルジャーナリスト協会(JVJA)会員。写真集『イラクの子供たち』(第三書館、2002年12月)、写真集『パレスチナの子供たち』(第三書館、2003年4月)、『世界の戦場から イラク 爆撃と占領の日々』(岩波書店 2003年10月)など著書多数。
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2011/4/14

チェルノブイリ写真展/女たちの戦争と平和資料館/ポレポレタイムス社  調査・旅行・出張

早稲田奉仕園スコットホール・ギャラリーではじまった広河隆一さんのチェルノブイリ写真展へ。

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広河隆一 チェルノブイリ写真展
4月14日(木)〜4月26日(火)12時〜19時
休館日=4月20日(水)、日曜日と最終日は18時まで
会場=早稲田奉仕園スコットホール・ギャラリー
(地下鉄東西線早稲田駅2番出口より徒歩5分)

『DAYS JAPAN』編集長で、1986年4月26日の原発事故以来、チェルノブイリ被災地への取材を重ねている広河隆一さんの最新取材報告を含む写真展。東日本大震災・福島原発事故の写真も展示されていました。
4月23日(土)午後2時には牛込箪笥区民ホールでチェルノブイリ最新報告とチャリティコンサートが開催されます。
詳しくはチェルノブイリ子ども基金のHPをご覧下さい。
http://www.smn.co.jp/cherno/

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スコットホール・ギャラリー隣のAVACOビル2階には、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」があります。

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戦時性暴力の被害と加害を記録し、学び、語り合い、行動を起こしていく記憶と活動の拠点として2005年8月に開館したこのミュージアムでは、第8回特別展「女性国際戦犯法廷から10年」を開催中(6月26日まで)。2000年の女性国際戦犯法廷や「慰安婦」問題の資料パネルを軸にしながら、「慰安婦」問題についてのNHK番組改変裁判の記録などを紹介している小さいけれども見応えのある内容でした。
時間の都合で短いあいだしか展示を見られなかったのが残念でしたが、以前から訪れたいと思っていた施設だったので、ようやく訪れることができたのは嬉しかったです。

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午後2時からは東中野駅前のポレポレタイムス社へ。
写真家・映画監督の本橋成一さんとスタッフのOさんに面会し、丸木美術館の企画展「チェルノブイリから見えるもの」のための出品写真についての打ち合わせを行いました。
本橋さんは、これまで『無限抱擁』、『ナージャの村』、『アレクセイと泉』の“チェルノブイリ三部作”写真集を刊行されています。今回の展示では、これらの写真集から16点ほど作品を選んで展示させて頂く予定です。

生前の丸木夫妻とも親しく交流し、写真集『ふたりの画家』も撮影されている本橋さん。
じっくりとお話しするのは初めてでしたが、丸木夫妻や丸木美術館への深い思い入れが言葉の端々から伝わってきて、心を打たれました。5月15日の丸木美術館でのトークでは、そうした本橋さんの思いもお話し頂けるのではないかと思います。

福島原発事故の状況を憂慮しつつも、「人が生きるには希望が必要だ」という本橋さん。
企画展「チェルノブイリから見えるもの」も、来館された方に“希望”の種を持ち帰って頂けるように展示を組み立てたいと、あらためて考えさせられました。
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2011/4/13

桜とタンポポ  自然・生きものたち

青い空に、桜の花が満開です。
今年はやや遅めですが、丸木美術館の南側斜面の桜は今が見頃。

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来館者の方も、流々庵でくつろぎながら桜の花を見上げています。
足もとを見ると、すっかりあたたかくなった地面に、タンポポの花が咲いていました。

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今年は特に、春の訪れ―小さな生命の息吹が、しみじみと嬉しく感じられます。
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2011/4/12

web広島文学資料室「峠三吉―愛と平和に生きた詩人」  作品・資料

広島市立図書館ホームページ内に、web広島文学資料室第3弾として「峠三吉―愛と平和に生きた詩人」が公開されました。
1990年に遺族から寄贈された峠三吉関係の草稿類、書簡、メモ等約3000点を中心に、同館が所蔵する資料を紹介するたいへん充実した内容です。
画像アーカイブ」のコーナーでは、丸木夫妻に関連する以下の資料も公開されています。

「丸木位里・赤松俊子原爆の図によせて」(草稿) 年月日不明 ペン書・鉛筆 B4原稿用紙 1枚 両面
詩「希い−原爆の図展によせて−」(草稿) 1945年 ペン書 A4原稿用紙 1枚
詩「希い」(草稿) 年月日不明 鉛筆書 B4原稿用紙 1枚 両面
「原爆詩集」表紙原画 丸木俊画 年月日不明 画用紙
「原爆詩集」カバー原画 丸木俊画 1952年 画用紙

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峠三吉は、1950年10月5日から9日まで広島市爆心地付近の五流荘で開催された原爆の図三部作展を世話するなど丸木夫妻と親交がありました。
同サイト内の「はじめに」のコーナーでも、1950年10月6日に描かれた丸木俊による峠三吉の肖像が紹介されています。
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2011/4/9

5/15本橋成一さんトーク告知  イベント

5月3日よりはじまる緊急企画「チェルノブイリから見えるもの」展の関連企画として、写真家・映画監督の本橋成一さんが5月15日にトークショーを行って下さることになりました。

企画展で紹介する《風しもの村 チェルノブイリ・スケッチ》を描いた画家の貝原浩さんとともに、チェルノブイリ原発事故で汚染された村チェチェルスクを訪れている本橋さん。
今回のトークでは、そうした現地の体験談とともに、福島原発事故に対する思いなども語って下さることと思います。

【本橋成一さんトークショー】
日時:2011年5月15日(日)午後2時
場所:原爆の図丸木美術館
※参加自由(当日の入館券が必要です)

【本橋成一さんプロフィール】
1940年東京都生まれ。1962年自由学園卒業。1964年東京綜合写真専門学校卒業。1963年上野英信と出会い、九州や北海道の炭鉱の人々を撮りはじめる。以後、生身の民衆像を追い続け、大衆芸能、サーカス、上野駅、魚河岸などが主要なテーマとなる。1991年事故後5年を経たチェルノブイリに行き、1997年映画「ナージャの村」で初監督となる。2001年映画「アレクセイと泉」監督。「炭鉱・ヤマ」で1968年第5回太陽賞、1995年「無限抱擁」で第45回日本写真協会年度賞、1998年「ナージャの村」で土門拳賞受賞。
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