2011/2/23

『中国新聞』に“大道あやさんをしのぶ”掲載  執筆原稿

2011年2月23日『中国新聞』朝刊文化欄に、“大道あやさんをしのぶ 明るい絵 根底に被爆体験”との見出しで、岡村の記した1200字ほどの追悼文が掲載されました。

先日の大道あやさん死去のニュース騒動の際にD記者より依頼され、その日のうちに書きあげた文章です。
いち早くあやさんの死を伝えた『朝日新聞』の記事のなかで、「肉親のあやさんが、『原爆の図』に最も本質的な批判をしている点が興味深い。ある意味、『原爆の図』が神聖化されることからも救った」という自分のコメントが紹介されていたことがちょっと気になっていたので、追悼記事ではそのあたりのところを、もう少し丁寧に書くことにしました。
以下は、追悼文からの一部抜粋です。

 兄夫妻の《原爆の図》に、一貫して批判の目を向けていたことも知られている。彼女自身、爆心地から2.5キロの地点で被爆し、「私はありのままを見とる」ため、《原爆の図》は「ちいとちがう、あれは絵じゃからね」と語った。一方、被爆市民の描いた絵には「ああ、このとおりじゃ」と共感を寄せた。1950年秋、完成した《原爆の図》三部作を広島で公開した兄に対しては、「原爆の図は広島へは持って来てくれるな」と厳しい言葉をかけたという。
もちろん、8月6日に広島にいた人のみが“被爆者”ではなく(丸木夫妻は数日後に駆けつけた“入市被爆者”である)、体験者の描く絵のみを“真実”ととらえることも問題はあるだろう。しかし、米軍占領下の時代にいち早く原爆の被害の実態を伝えたことで、ともすれば伝説化されがちな《原爆の図》に、身近な立場から厳しい批判を与えたことは、丸木夫妻の深く複雑な自省の意識を生んだという意味で、重大な影響を与えていたのではないか。あや自身も、90歳を過ぎてからテレビ局の企画で原爆の絵に取り組んだが、結果的に絵は破綻し、「描けない」ことで被爆体験の重みを伝えることになった。


母親であるスマの絵とともに、明るく生きるよろこびにあふれていると指摘されるあやさんの画風ですが、その根底には原爆の惨禍に直面した経験が深くひそんで糧になっていることを忘れてはいけないと思います。
このことは、小沢節子さんが原爆文学研究会や栃木県立美術館などの発表の際にも指摘されていますし、以前、NHK日曜美術館の収録でアーサー・ビナードさんと語り合ったときにも話題になったことでした。
深い悲しみから出発しているからこそ、明るい絵がより明るく輝いて見える。
そんなことを思いながら書かせていただいた追悼文です。
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2011/2/23

「第五福竜丸事件」展展示  企画展

日曜日には、ボランティアのM年山さん夫妻、Y浅さん、Y口さん、M園さん、M木さん、K藤さん、M口さん、M山くん、そして初参加の大学生T口さんとたくさんの方々が参加して下さって、スタッフとともに「冬のみんなのアート祭り」、「大逆事件特別展示」の撤去作業と、26日からはじまる「第五福竜丸事件 ベン・シャーンと丸木夫妻」展の展示作業を行いました。

次回企画展の見どころは、第五福竜丸事件を題材にした丸木夫妻の原爆の図 第9部《焼津》、第10部《署名》と、ベン・シャーンの「ラッキードランゴン・シリーズ」の対比。
ところが、広い企画展示室に両者の作品を並べると、サイズの大きさがあまりに違うので、どうしてもベン・シャーンの作品が目立たなくなってしますのです。

N事務局長から「展示の場所を変えることができないのか」との意見があり、「う〜ん、しかし、同じ空間で比較することが今回の企画の趣旨なので……」と3日間悩み続けたのですが、やはり作品の見やすさを優先した方がいいと、思い切って、本日、スタッフだけで大幅な展示替えを断行しました。

企画展示室には丸木夫妻の《焼津》と《署名》、そして第五福竜丸の復元模型や大漁旗(複製)、解説パネルなどを展示。

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珍しい展示品としては、俊が手がけた原水爆禁止世界大会の第1回大会(1955年)と第4回大会のポスター(現物資料)も紹介しています。

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そして、手前の2つの小さな部屋には、ベン・シャーンの「ラッキードラゴン・シリーズ」と水爆実験反対のリトグラフポスターを並べました。
「こっちの方がずっと見やすい。すごく良くなった!」とN事務局長も絶賛です。

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また、2階のアートスペースには、特別展示として大川美術館のご協力でお借りしてきたベン・シャーンの作品19点を展示。これが非常に見応えがあるのです。
特に、1968年にライナー・M・リルケ『マルテの手記』の挿画として制作されたリトグラフの連作が素晴らしく、心を動かされました。今回は、24点のうち7点を選んでお借りしてきたのですが、ぜひご注目頂きたいシリーズです。

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午前中にはNHKさいたま局のH記者が「第五福竜丸展」取材の打ち合わせのために来館されました。
午後には『埼玉新聞』のA記者が大道あや逝去に関する取材で来館。
ばたばたと慌ただしい日々が続いています。
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