2010/6/26

谷英美さん朗読会・石川翠さん講演会  イベント

65年前の6月23日に終結した沖縄戦の犠牲者を追悼する企画として、谷英美さんの朗読会と石川翠さんの講演を行いました。
事前に新聞などに取り上げられ、そして谷さんが主宰するアローン・シアターのスタッフの方々が広報に協力して下さったこともあって、会場には200人に迫ろうかというたくさんの方々が集まって下さいました。

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はじめに、丸木夫妻の絵本『おきなわ島のこえ』絵本原画6点の前で、谷英美さんが絵本の朗読を行いました。
小さな展示室なので、立ち見にもかかわらず、部屋には人が入りきれません。
人いきれと蒸し暑さで息が詰まりそうな状態のなか、谷さんの凛とした声が響き渡ります。
絵の前を動きながら、演劇的要素も取り入れた朗読に、皆引き込まれて聞き入っていました。

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その後、企画展示室に移動し、谷英美さんと親交のあった故・近田洋一さんの作品《HENOKO 家族の肖像》の前を舞台にして、沖縄戦の「集団自決」(強制集団死)で息子を手にかけた母親が回想を語る作品『ウンジュよ』の朗読を行いました。

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周囲の人が次々と自ら命を絶っていく絶望的な状況に追い込まれるなか、最愛の息子を呼び寄せる母親。息子も決意したように母親のそばに歩み寄り、愛するゆえに母みずから息子の首を締めあげる……

その緊迫の場面では、朗読を聞いていた会場のお母さんと男の子が、思わず互いに抱きしめあい涙を流すという情景も見られました。

心を揺さぶられる朗読に惜しみない拍手が降り注がれたあと、谷さんは会場に来られていた近田洋一さんの息子の和生さんを紹介。近田洋一さんから「平和を生む」という意味の名前をつけられたという和生さんも、急きょ挨拶をして下さいました。

   *   *   *

その後、芸術批評家の石川翠さんが「〈原爆〉と〈沖縄〉から視る戦後日本―「OKINAWA―つなぎとめる記憶のために」にふれて―」と題する講演を行いました。

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丸木夫妻の《原爆の図》や、沖縄戦を主題にした作品が日本で正当な評価を得ないのは、日米安保に原因があるのではないか。もし安保の傘の外で丸木夫妻の仕事を観たら……という石川さんの鋭い指摘は、会場からも「眼から鱗が落ちる思いがした」とたいへん好評でした。
石川さんは、同趣旨の論文を『丸木美術館ニュース』102号に執筆して下さっています。
友の会会員の皆さまには7月上旬にお送りしますので、お聞きになれなかった方はお楽しみに。
『丸木美術館ニュース』102号には、谷英美さんのリレー・エッセイも掲載しています。
美術館受付でも100円で販売いたしますので、ご来館の方はぜひご覧になって下さい。
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2010/6/25

学芸員実習初日/谷英美さん朗読会場設営  学芸員実習

今日から千葉大学のYさんの学芸員実習がはじまりました。
期間は7月3日(土)までとなります。
3年前の秋に北海道旅行をご一緒するなど、たびたびお世話になっている史学科I先生の教え子です。

今日は初日ということで、館内の説明や丸木美術館における学芸員の仕事についてのレクチャーなどを行いました。丸木夫妻の映像も少し観てもらいました。
沖縄戦の記憶をいかに伝えるか、ということを研究のテーマにしているというYさん。
現在開催中の企画展が、何か参考になるとよいのですが。

   *   *   *

明日は谷英美さんによる朗読会と石川翠さんによる講演会が行われます。
今日は夜8時まで谷さんのスタッフが朗読会場の設営を行いました。
照明、音響など、かなり入念な準備を進めています。
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2010/6/24

美術館ニュース102号入稿  美術館ニュース

丸木美術館ニュース第102号の編集作業がほぼ終わりました。

今回の表紙は、丸木位里の絵本原画『赤神と黒神』から。このたび新しく丸木美術館の所蔵品となった作品です。
ニュースでも触れていますが、友の会会員として長く関わってこられた星健一さんが亡くなられ、ご遺族から多額の寄付を頂きました。その寄付によって、貴重な丸木夫妻の絵本原画約380点を購入したのです。
7月11日から9月4日まで、その絵本原画の一部を特別展示としてご紹介いたします。この機会にぜひご覧ください。

ニュースの原稿は、明日S印刷所に入稿する予定です。
納品予定日は7月2日(金)。ニュース発送作業は7月3日(土)です。
ニュース発送ボランティア募集中!!

今回のニュースの内容は以下の通りです。

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丸木美術館ニュース第102号(発行部数3,000部)

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〈主な記事〉
表紙の絵 丸木位里・絵本原画『赤神と黒神』 …… p.1
8月6日 丸木美術館ひろしま忌のご案内 …… p.2,3
追悼 針生一郎 (市川 一郎、万年山 えつ子) …… p.4
5月5日開館記念日・佐喜眞道夫講演抄録/荒川少年少女合唱隊コンサート報告(大村 みさ子) …… p.5
「OKINAWA ―つなぎとめる記憶のために―」展にふれて (石川 翠) …… p.6,7
連載 丸木位里・丸木俊の時代 〈第4回〉 (岡村 幸宣) …… p.8,9
美術館の日常から (中野 京子) …… p.10
丸木美術館情報ページ …… p.11
リレー・エッセイ 第34回 (谷 英美) …… p.12

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リレーエッセイを執筆して下さる俳優の谷英美さん(実は谷さんの原稿のみ週明け入稿というタイトなスケジュールになっているのですが……)は、26日(土)午後2時から沖縄戦をテーマにした朗読会を行われる予定です。
先日の『朝日新聞』の紹介によって、美術館には多くの反響が来ています。
それほど広い会場ではないので、当日はかなりの混雑が予想されます。
丸木美術館は冷房がないので、ご来館される方は極力(!)涼しい服装でご来館下さい。
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2010/6/22

朝日新聞「谷英美さん朗読」掲載  掲載雑誌・新聞

2010年6月22日付『朝日新聞』朝刊の埼玉欄に、“「集団自決」朗読10年 川越在住の谷英美さん 沖縄の苦しみ「伝えたい」”という見出しで、26日(土)午後2時から丸木美術館で朗読会を行う俳優・谷英美さんの記事が掲載されました。

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今回谷さんが朗読する作品「ウンジュよ」は、沖縄戦が舞台。
主人公の母親が自決を迫られ、「愛する子は自分の手で死なせてあげたい」と小学生の息子を殺害、自らも自殺を図るが米軍に助けられて一命をとりとめるという内容です。数十年後に母親が記憶をたどりながら当時を回想するという設定になっています。

沖縄戦の歴史をひきずる基地移転問題が社会的に関心を集めている現在。記事には、「沖縄への差別はいまだに続いているのではないか。無力かもしれないけれど、私の公演が何かの力になれば」という谷さんのコメントも紹介されています。

さっそく今日は、「記事を見ました」という方から電話の問い合わせが相次ぎました。
当日は、午後3時から芸術評論家・石川翠氏の講演「〈原爆〉と〈沖縄〉から視る戦後日本―「OKINAWA―つなぎとめる記憶のために」にふれて―」も行われます。
明日6月23日は沖縄戦終結から65年という節目の日。今週末もぜひ多くの方に、丸木美術館にお運び頂ければと思います。
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2010/6/20

日本平和学会発表  講演・発表

午後0時20分より、お茶の水女子大学で開催された日本平和学会・2010年度春季研究大会の「平和と芸術」分科会にて、丸木美術館での体験を中心とする発表を行いました。
会場には、平和学会会員のT理事も姿を見せ、何となく小学校のときの“父母参観”を思い出したりしましたが、丸木美術館の存在意義や常設展、企画展の意味などを40分ほどお話しすることができました。

   *   *   *

今回の発表では、地方の小さな美術館から文化を発信することの重要性について触れました。
今回の「OKINAWA展」を企画しながら考えたことでもありますが、同じ沖縄がテーマになっていても、国立美術館が主催する沖縄展では、丸木夫妻をはじめ沖縄戦を正面から取り上げた作品は選ばれません。
もちろん、「公」と「民」の視点が違うことはあっていいと思いますが、長引く不況のなかで、地方の民間美術館が行き詰まり、大きな後ろ盾がある中央の美術館だけが生き残るようになると、文化/芸術への視点もひとつの方向に狭まっていく危険性が生じます。
文化とは本来、それぞれの土地に生きる人の生活のなかから自然発生的に立ちのぼってくる多種多様なもの。
丸木美術館は丸木夫妻が暮らし、制作をしたという“現場”であり、そこへ足をのばすことでしか知ることのできない感覚もあるでしょう。

見る人に多様な価値観を提示し、異なる背景を持つ人への想像力を働かせること。
それが文化/芸術が本質的に抱える“平和”への視点なのだと、そんなことを話したつもりです。

   *   *   *

司会の宿谷さん、コメンテーターの杉浦さんをはじめ、参加者から次々と発言もあり、短い時間ながら充実した分科会になりました。
東京学芸大学で教えられている宿谷さんには、さっそく「コミュニティから生まれてくる芸術・文化」という視点で、大学で講義をして欲しいとのお誘いを頂きました。嬉しいことです。
お世話になった皆さまに心から御礼を申し上げます。
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2010/6/19

美術館クラブ「新聞を楽しくコラージュするよ」  ワークショップ

毎月一度の丸木美術館クラブ工作教室。
今月は、画家の小林政雄さんの案内で、「丸木位里さん俊さんが読んだ新聞を楽しくコラージュするよ」という内容でした。
丸木位里さん、俊さんの読んだ新聞……って何? と思われる方もいるかもしれません。
実は丸木夫妻がアトリエに使っていた小高文庫に、1980年頃の『琉球新報』がまとまって保存されていたのです。
もちろん、丸木夫妻のことが描かれた記事は大切にスクラップしていますが、残りの新聞の一部を企画委員の万年山さんがもらい受け、こうしてワークショップに利用しているというわけです。

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新聞を四角くきれいに張り合わせた画面に、別の記事をコラージュします。
昔の映画の宣伝や、生き物の写真なども、切り取ったり貼ったりすると面白いですね。

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できあがりはこちら。みんな画面に『琉球新報』という新聞タイトルも貼り付けて、珍しい“資料的価値の高い”?作品ができました。
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2010/6/18

日本平和学会2010年度春季研究大会  講演・発表

6月20日(日)に、お茶の水女子大学で開催される日本平和学会の2010年度春季研究大会の「平和と芸術」分科会にて、「《原爆の図》のある空間から―丸木美術館で考える芸術と平和」と題し、発表を行います。

分科会K:平和と芸術
時間:12:20〜14:20
責任者:奥本京子(大阪女学院大学)
報告:岡村幸宣(原爆の図丸木美術館・学芸員)
「《原爆の図》のある空間から―丸木美術館で考える芸術と平和」
討論:杉浦幸子(京都造形芸術大学・世界アーティストサミットコーディネーター)
司会:宿谷晃弘(東京学芸大学)


丸木美術館での日々の体験から考えることを中心に、現在開催中の「OKINAWA展」についても、少しお話ができればと思っています。
参加者の皆さまにとって有意義な討論になると良いのですが。

日本平和学会の会員でない方でも、事前の予約なしに聴講することができるようです。
その際は、当日会場の受付にて、資料代500円をお支払いいただき、住所(所属)・氏名を登録いただくとのことです。
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2010/6/16

毎日新聞「OKINAWA展」掲載  掲載雑誌・新聞

2010年6月16日付『毎日新聞』埼玉版に、「OKINAWA展」の紹介記事が掲載されました。

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http://mainichi.jp/area/saitama/news/20100616ddlk11040227000c.html

取材をして下さったO記者は、館内の展示をたっぷり時間をかけて見ていって下さいました。
どうもありがとうございます。

おかげさまで「OKINAWA展」は多くの新聞やテレビ・ラジオにご紹介頂き、とても好評です。
まだまだと思っていた会期も、7月10日(土)まで、残すところ3週間ほどとなってきました。
ご覧になっていないという方は、ぜひ丸木美術館までお運びください。

   *   *   *

先日、『丸木美術館ニュース』(7月上旬発行予定)に掲載予定の、芸術評論家の石川翠さんによる「OKINAWA展」評が手もとに届きました。
そこには、「現代日本が避けては通れない思想的課題を、わたしたちに正面からはじめて問いかけられた美術展として長らく記憶されることだろう」という一文が記されています。
展覧会を企画した側の人間としても、あらためてこの展覧会の意味をかみしめながら、残りの期間を過ごしていきたいと思います。
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2010/6/13

「武田美通展」作品写真撮影  企画展

次回企画展「武田美通展」の準備のため、鳩山町在住の鉄の造形作家・武田美通さんのアトリエにお伺いして、全作品の写真を撮影しました。
65年前の戦争で命を奪われていった日本兵たちの姿を、等身大の骸骨で表現した武田さんの作品。
とにかく作品が重く……アトリエから作品を運び出すだけで、もはや格闘技のようです。
さいわい、空手の心得を持ち、週に6回ジム通いをしているという武田さんの長男が手伝いに来て下さり、たいへん助かりました。

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この日撮影した武田さんの作品は以下の通り。

1.白骨街道
2.飢餓地獄
3.一瞬の閃光が少年と犬を貫いた
4.残された数秒の母子のいのち
5.茨木のり子の詩「木の実」に寄せて
6.帰還兵
7.軍馬は還らず
8.特攻兵士の問いかけ
9.陸軍兵士の問いかけ
10.出陣学徒兵士の問いかけ
11.靴を食う兵士
12.遥か祖国を目指して
13.歌い継ぎ語り継ぎゆかん沖縄戦の地獄を
14.いまなおジャングルの奥深く
15.別れ、餞別に一口の水を
16.別れ、餞別は自決用手榴弾
17.飢えて土を掘る
18.いまなお太平洋の底深く
19.一滴の水を求めて
20.生きて虜囚の辱めを受けず
21.水ヲクダサイ


7月17日からの丸木美術館の企画展では、これらの作品と、先日撮影した《被爆、そして黒い雨が……》の計22点が展示されます。
きっと、圧倒的な迫力の展示になることと思います。
15日にはNHKのH記者が武田さんの制作の様子を撮影されるとのことですので(放送は展覧会開幕後の予定)、多くの方に興味を持って頂きたいと思います。
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2010/6/12

栃木県立美術館「イノセンス」展のお知らせ  館外展・関連企画

2010年7月17日(土)より9月20日(月/祝)まで、栃木県立美術館にて「イノセンス―いのちに向き合うアート」と題する企画展が開催されます。

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以下は、チラシに掲載された文章より。

 正規の美術教育を受けたわけでもないのに、ただ自分の内なる衝動に従って、まったく独創的な造形芸術を生み出す人たちがいます。かれらは、知的障がいや、心の病を患い、孤独な、社会不適応を抱えた人たちであったりしますが、その創り出す世界は独特の魅力を放ち、見る者に深い衝撃を与えます。こうしたハンディキャップを抱えた人たちや、独学で絵を描き始めた人のアートの中には、わたしたちの心をとらえて離さない純粋な魅力を湛えているものがあるのです。
 本展では、障がいのある方や独学の画家の作品を紹介するとともに、障がいを抱える人のアートに興味を持って積極的に関わるアーティストや、いのちに向き合う表現を志向して制作する現代のアーティストたちの作品も区別することなくともに展示し、芸術の本質や役割を問い直してみる機会にしたいと思います。これらの作品を鑑賞するなかで、生きることの意味を再考するとともに、社会の中に根ざしたアートの役割を、いきいきと実感することができるでしょう。


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難波田史男、草間彌生、奈良美智、田島征三ら著名な芸術家とともに、丸木スマ、大道あやの絵も出品されます。
第V章「身のまわりの世界」にスマの《白い鳥》、あやの《花火》など。
第W章「痛み・怒り・恐怖・記憶」にスマの《原爆の図デッサン》、あやの『ヒロシマに原爆がおとされたとき』絵本原画など。

また、8月22日(日)午後1時30分からは、小沢節子さんによる講演「命の花咲く地獄―丸木スマと大道あやの絵画世界」(仮称)と出品作家の井上廣子さんによる講演「現代美術による記憶と不在の表現」が行われます(定員100名、先着順)。

非常に興味深い展覧会になりそうで、楽しみです。
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2010/6/11

6月26日沖縄戦追悼イベントについて  イベント

現在開催中の「OKINAWA展」の関連イベントとして、6月26日(土)午後2時より、埼玉県在住の女優・谷英美さん(アローンシアター)の朗読会を行います。

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谷英美さんは、童謡詩人金子みすゞの生涯をテーマにした一人芝居をライフワークとして全国的に活動されており、今回のイベントでは、丸木夫妻の絵本「おきなわ島のこえ」、“集団自決”によって子どもを手にかけた母親の一人語り「ウンジュよ」を朗読して下さいます。照明や衣装なども念入りに準備した本格的な公演になりそうですので、どうぞご期待下さい。

また、同日午後3時から予定していた針生一郎館長の講演は、針生館長の逝去にともない、美術評論家の石川翠氏の講演に変更となります。演題は「〈原爆〉と〈沖縄〉から視る戦後日本―「OKINAWA―つなぎとめる記憶のために」にふれて―」となります。

石川翠氏は今回の企画展について、『沖縄タイムス』に素晴しい展評を執筆して下さいました。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1403.html
講演では、〈原爆〉と〈沖縄〉というふたつの悲劇をもとにして、戦後日本の美術史の構造と、戦後日本の政治/言説空間の構造の〈類似性〉について考察されるとのこと。鋭い批評眼をお持ちの方なので、とても楽しみです。

イベントは参加自由(当日の入館券が必要です)。
午後1時30分に東武東上線森林公園駅南口に美術館の送迎車も出る予定です。
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2010/6/9

第五福竜丸とベン・シャーン  企画展

午後、風邪気味の身体を引きずりながら、東京・江東区の都立第五福竜丸展示館へ。
来年3月に開催する「第五福竜丸事件―ベン・シャーンと丸木夫妻―」展(仮称)に向けて、Y事務局長と打ち合わせを行いました。
すでに朝霞市の丸沼芸術の森からベン・シャーンの“Lucky Dragon”シリーズを12点ほど借用することが決まっていますが、第五福竜丸展示館も同シリーズの作品を6点ほど所蔵しているので、今回の展覧会でお借りすることになると思います。

ベン・シャーンの“Lucky Dragon”とは、1957年から58年にかけて米国の『ハーパーズマガジン』に掲載された、物理学者のラルフ・ラップによる第五福竜丸に関するルポルタージュののために、ベン・シャーンが描いた挿絵と、その後に描かれた11点のタブローのシリーズです。

Yさんからは、その他にも新藤兼人監督の映画『第五福竜丸』(1959年)の複製ポスターや、ヘルベルト・アイメルト(Herbert Eimert,1897-1972)の電子音楽『久保山愛吉の墓碑銘』(1961年)のCDなどを教えて頂きました。

まだ少し先の展覧会なので、どういう内容に絞っていくか、ゆっくり考えていきたいと思っています。
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2010/6/9

『遥かなる屯田兵 もう一つの北海道民衆史』  1950年代原爆の図展調査

この頃のハードスケジュールがたたったのか、昨日は突然熱が出て寝込んでしまいました。
そのおかげで、ネットで購入したばかりの書籍『遥かなる屯田兵 もう一つの北海道民衆史』(1992年、高文研)をじっくり読むことができました。

著者の金倉義慧(かなくら・ぎけい)氏は、『画家 大月源二 ―あるプロレタリア画家の生涯―』(2000年、創風社)の著作で名前を知っていましたが、実は丸木俊さんと同じ北海道の秩父別の出身。しかも、俊さんの著作『ちび筆』(1954年、室町書房)や『幽霊』(1972年、朝日新聞社)に登場する、原爆の図秩父別展に尽力した町内の“高徳寺の住職”(『ちび筆』には“東の寺の住職金倉さん”と名前が出ています)の息子さんだったのです。

『遥かなる屯田兵』の序章には、「秩父別と『原爆の図』」と題して、1951年11月10日から12日に行われた秩父別原爆の図展の様子が、著者の回想と俊さんの文章の引用によって描かれています。
その回想からは、当時の原爆の図展が、いかに大きな出来事だったのか、金倉氏というひとりの少年に、人生を変えてしまうほどの衝撃を与えたのかが、感動的に伝わってきます。
以下に、金倉氏の文章の一部を引用します。

 もう五十年近くも前のことになる。私がまだ小学生の頃のことだった。寺の住職であった父は法要や布教で出かけるごとに、よく私に童話や絵本を買ってきてくれたが、それが楽しみで私は一キロほどある駅まで父を出迎えにいったものだった。
 そんな父が、ある日私に買ってきてくれた童話の絵本の表紙に、あかまつ・としこ絵、とあった。
 そして、そのときに限って、その絵本を開いてみせながらにこにこ顔で父の解説が入った。
 これは、ほら、一丁目の善性寺さんの、あの赤松さんの人で、函館の叔母さんと同級生だ、旭川の女学校を出てから東京の絵の学校に行って、それから外国にも絵の勉強に行って、こんな絵本を描くまでになったんだ――そう父は得意げに教えてくれた。
 それが、子どもの私にも印象深かったのであろう、今になってもおぼろながらそう話す父の姿や口調までも思い浮かべることができる。
 その後も何度か、父が赤松俊子さんの絵本を買ってきてくれたように記憶しているのだが、絵本を描くような偉い人があの善性寺さんの人なのかと、どことなくエキゾチックな表情の絵のなかの少女の印象とともに、赤松俊子さんの名は、私の胸の中に棲みついた。
 かつては赤松俊子さんであり、今では丸木俊さんであるその人は、父にとってはもっとも身近な有名人であった。父の部屋には「俊子さん」の絵があったし、何冊かの丸木俊さんの本も居間の書棚に大事に飾られていた。父にとって秩父別出身の、しかも同じお寺生まれの丸木俊さんは大きな誇りでもあったのである。


(略)

 生前、私の父が「生涯で自分をかけたことが三度ある、一度目は郷里の詩人、吉田迪男の詩歌集をガリ版刷りで出したとき、二度目は丸木俊さんの『原爆の図』のとき、そして三度目は学力テスト問題のときだ」と話していたことがあった。
 父にとって、丸木俊さんはいつまでたっても赤松俊子さんであったが、さすがにこのときはそうした素朴な感情を越えていたようだった。しかし、怒りをぶつけるにしてもどこにそれを持っていけばいいのか、それすらわからない、ほんとうに突然の、でありながらウムを言わせない中止指令であった。
 たしか、そのとき父は村長をはじめ村の主だったところからほとんど寄付を集めてきていたように思う。


(略)

 私はこの「原爆の図」展のとき三度、善性寺に通った。実際に自分の目で見ての衝撃の大きさからであった。とくに「少年少女」になってくると、絵巻を前にしてからだのなかから何かが湧き立ってきて、もうからだ全体がどうしようもなく金しばりにあってしまった。
 だから、もう一度行った。今度はすこし冷静に見ることができた。最後は「原爆の死者追悼法要」であった。父に気づかれないように寺に入り、終わるとそっと寺を出た。
 平和を守る、ということが、私にとって終生の生き方にまでなるほどの衝撃、決定的といえる影響を与えたのは、このときの「原爆の図」展であった。父は恐らく、そのことには気づいていなかったであろう。しかし若さもあって私が、自分の生を、日本の歴史にかかわって生きていきたいと思うようになったのはこの時点からであった。


   *   *   *

金倉氏の著作『遥かなる屯田兵』は、秩父別をはじめとする屯田兵村の歩みが非常によくわかる興味深い一冊です。屯田兵とアイヌ民族の問題や、日露戦争との関わり、開拓から水田立村への転換などの歴史が、丁寧に検証されています。
次号の『丸木美術館ニュース』(7月発行)に執筆する「丸木位里・丸木俊の時代」の俊さんの少女時代、そして背景としての秩父別の描写に、大いに参考にさせてもらおうと思っています。
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2010/6/6

NHK日曜美術館にて「OKINAWA展」紹介  TV・ラジオ放送

先週のNHK日曜美術館教育テレビ「長谷川潾二郎」特集(再放送6/6)で、故・針生一郎館長の最後のインタビュー映像が放送されましたが、6月27日(日)午前9時からの日曜美術館のアートシーンのコーナー(9時45分から)で、現在丸木美術館で開催中の「OKINAWA展」が紹介されます。
作品紹介のみの短い放送になりそうですが、ぜひご覧ください。
6/2(水)には、写真家のOさんがボランティアで「OKINAWA展」の出品作品を丸木夫妻を中心に撮影して下さいました。
ちょうど良いタイミングだったので、さっそく画像データをNHKに送ることにしました。
1点でも多く紹介されることを願っています。

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2010/6/4

ヨシダ・ヨシエさん講演  イベント

毎年恒例となっている都内の私立女子高校が来館し、今年も新館ホールで美術批評家のヨシダ・ヨシエさんによる講演が行われました。

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82歳という年齢を感じさせないヨシダさんの若々しい姿に、女子高生も「かわいい!」と声をあげます。
20歳の頃に丸木夫妻のアトリエに出入りし、《原爆の図》を文字通り背負って全国を巡回したというヨシダさん。
「若い子たちは戦争と言われても想像できないかも知れないが、絶対に二度としてはならないこと。私は命がある限り戦争に反対し続けます」と力を込めて語られていました。

講演がはじまる前は、「今年が最後になるかも知れない……」と弱気な発言もありましたが、講演の後で女子高生と記念撮影をして大よろこびのヨシダさん。
「来年もまたお願いします」という先生方の言葉に、にこやかに頷いていました。
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