2010/4/29

NHKニュース「OKINAWA展」放送  TV・ラジオ放送

いよいよゴールデン・ウィークに入り、丸木美術館の入館者も少しずつ増えてきました。
NHK総合テレビの午後8時45分からのニュースでは、開催中の企画展「OKINAWA展」が紹介されました。
放送の内容は、NHKさいたま放送局のHPでご覧いただくことができます。
(期間限定、たぶん1週間ほど)

http://www.nhk.or.jp/saitama-news/20100430110246_01.html

25日に沖縄で普天間基地の移設問題に対する大規模な県民大会が開かれ、28日に日本政府から辺野古修正案と徳之島移設の方針が浮上してきた矢先のタイミング。直前には、第五福竜丸で被曝した大石又七さんがNTP再検討会議のために渡米するニュースも放送されました。

「OKINAWA展」紹介の時間も長く、TVをご覧の方に強い印象を残したのではないかと思います。
取材して下さったH記者らスタッフの皆さま、どうもありがとうございました。

皆さま、ゴールデン・ウィークは「OKINAWA展」を観に、ぜひ丸木美術館へお運びください!!
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2010/4/28

沖縄タイムス「丸木・佐喜眞作品交換」  掲載雑誌・新聞

2010年4月28日付『沖縄タイムス』に、「作品交換 反戦の輪 個人館活性化 独自の試み」という見出しで、丸木美術館と佐喜眞美術館の交換企画展の記事が掲載されました。

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記事の内容は、沖縄タイムスのHPに掲載されています。
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-04-28_6086/

全国的に文化施設が苦境に立たされている中、個人美術館同士のコレクションを交換するという独自の工夫で活性化を図る試みが注目されています。

すでに丸木美術館の「OKINAWA展」がはじまっていますが、佐喜眞美術館の「丸木位里・丸木俊・丸木スマの世界」展は4月28日から開幕します。
沖縄でも多くの方にご覧頂きたいと思います。
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2010/4/27

埼玉新聞「OKINAWA展」取材  来客・取材

午後、『埼玉新聞』のA記者が来館され、「OKINAWA展」の取材をして下さいました。
実は今展の出品者のひとり、近田洋一さんは『埼玉新聞』編集委員の室長を務められた方なのです。

近田さんは1938年に当時日本の委任統治領だった「南洋群島」ロタ島に生まれました。敗戦後は、母の郷里の沖縄県石川市(現・うるま市)で育ち、琉球新報社に入社。
ジャーナリストとして活躍する一方、1960年には演劇集団「創造」を結成、舞台美術を担当するなど、芸術の分野でも精力的に活動しました。
1973年に東京支社へ転勤したのを機に退職し、画家への道を志しますが、1975年に埼玉新聞社に入社し、再びジャーナリストとして活動を再開。1984年度日本ジャーナリスト会議奨励賞を受賞するなど、『埼玉新聞』の看板記者として活躍されました。

今回展示しているのは、その近田さんが2007年に制作した《HENOKO 家族の肖像》という作品。
2005年に亡くなった妻君が眠る辺野古にV字形滑走路ができる計画を知った近田さんが、滑走路の延長上に妻の墓があることから、抗議の意味を込めて制作したコラージュ作品です。

近田さんは2008年に突然亡くなられました。
その死を悼むたくさんの方がまとめた追悼文集『ジャーナリスト近田洋一の仕事―こどもたちの未来を信じ』を今展期間中に丸木美術館入口ホールで扱っています。
近田さんが丸木夫妻の《沖縄戦の図》について書かれたコラムも収録されています。

   *   *   *

今日から学芸員実習もはじまりました。
一橋大学大学院生のKくんです。
5月1日からは日本女子大学のIさんも加わります。
5月5日の開館記念日に向けて、さまざまな準備などを手伝ってくれます。
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2010/4/25

ボランティアの日  ボランティア

5月5日の開館記念日に向けて、美術館内外の整備をする「ボランティアの日」。
参加者はY浅さん、M口くん、M岡くん、Y口さん、M年山さん夫妻、Dさん、Cさんなど。
美術館周辺の道路のゴミを拾ったり、草を刈ったり、竹林の整備をしたり、館内で使わなくなったものの解体処分をしたり……と、たくさんの作業をしてくれました。

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地元ボランティアのDさんとCさんは、美術館の敷地から道路側に伸びていた木の枝をすっきり刈ってくれました。
車の通行の妨げになると、以前から市役所に注意を受けていたので、とても助かりました。

美術館の新館ロビーも久しぶりにすっきりして、窓の外の竹林がよく見えるようになりました。

5月5日の開館記念日、どうやら天気もよさそうです。
ぜひ多くの方にお運び頂きたいと思います。
当日のスケジュールはこちら。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/event/100505/100505.html
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2010/4/23

中村正義の美術館/世田谷美術館「川上澄生展」  他館企画など

午前中、中村正義の美術館で開催中の企画展「中村正義 創造の原景」を観に行きました。

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昨秋に丸木美術館で開催した「中村正義展」は、自分にとっても思い入れの深い展覧会。
今回の展覧会にも、そのとき展示した作品が何点もかかっていて、少し前のことなのにとても懐かしく感じます。
企画展は、正義の作品の原景を、デッサンと本画を比較しながら検証していくという興味深い内容で、とりわけ、雑木林を描いたいくつかの作品が印象に残りました。
館長のN子さんの話によると、正義は(普通の画家なら画面から外してしまうような)雑木とか電信柱が好きだったそうで、わざわざ大胆に画面の中央に雑木を描き足すこともあったようです。
この正義の樹林の作品を、ぜひ丸木美術館の自然光の入る空間に置き、自然光で岩絵具で描かれた木肌がキラキラ輝く様子を見たいと思って展示したところ、来館されたN子さんがすぐに意図に気付いて下さったことを思い出します。
小さな美術館なのですべての作品を見るのにそれほど時間はかからないのですが、N子さんと話し込んでしまったので、ずいぶん長い時間館内で過ごしました。

   *   *   *

午後からは世田谷美術館に移動し、開催中の「川上澄生展」を観ました。

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川上澄生は栃木県で長年学校の先生を務めながら、独学自習で木版画の世界を開いた版画家。棟方志功に大きな影響を与えたことでも知られています。
今回は栃木県立美術館のコレクションが展示の中心ですが、鹿沼市には川上澄生美術館も開かれています。
展覧会の担当をしたのが旧知のN学芸員ということもあって、会場を観た後はN学芸員と久しぶりにゆっくり話をしました。

このところ「OKINAWA展」にすっかり入れ込んでいたので、都内の美術館をめぐって気持ちをリフレッシュさせることができたように思います。
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2010/4/21

NHKさいたま局「OKINAWA展」取材  TV・ラジオ放送

午前中、NHKさいたま局のH記者が来館され、「OKINAWA展」を取材して下さいました。

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沖縄局勤務の経験もあるというH記者。
現在注目されている普天間基地の移転問題にも強い関心を寄せ、今回の「OKINAWA展」にもいち早く反応して下さいました。
丸木夫妻の《沖縄戦―きゃん岬―》や近田洋一さんの《HENOKO 家族の肖像》、比嘉豊光さんの《島クトゥバで語る戦世》、照屋勇賢さんの《結 You I》などを丁寧に撮影し、来館者や学芸員のインタビューも収録。
予定では今日のニュースで放送するはずでしたが、編成の都合で急きょ放送は後日に変更されました。それでも、あらためて長めの時間をとって放送して下さるとのことで、ぜひ多くの方に見て頂き、美術館に足を運んで頂きたいと思います。

また、埼玉県内向けのFMラジオ放送(周波数85.1:秩父は83.5)で本日午後6時50分頃から企画展の情報を流して下さるそうです。
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2010/4/21

【沖縄出張2日目】福州園/新聞社巡り/沖縄県立博物館・美術館  調査・旅行・出張

沖縄出張2日目は、佐喜眞さんとの待ち合わせの前に、ホテルの近くにある福州園という小さな庭園を訪れました。
前日に佐喜眞美術館の方々から勧められるまでこの庭園の存在を知らなかったのですが、福州園は、1992年に那覇市と中国・福州市の友好都市締結10周年記念事業として建設されたとのこと。かつて福州人がこの地に渡来したことを記念し、福州市産の資材を用いて、福州市の建築様式がそのまま復元されたそうです。

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園内に入ると、そこは那覇の住宅街とは思えない別世界が広がります。

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あらためて、琉球王国と中国との交流の歴史の深さを感じさせる庭園です。

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首里城などの琉球文化を感じさせる史跡も良いですが、こうしたさまざまな国との交流の歴史を知ることのできる施設も大切ですね。
入園無料なので、ちょっと時間の空いたときに、息抜きに訪れてみるのも良いかもしれません。

   *   *   *

午前10時、琉球新報社の入口ロビーで佐喜眞さんと待ち合わせ。
6階に上がり、文化部のT記者にご挨拶をしました。目的は、佐喜眞美術館「丸木位里・丸木俊・丸木スマ展」と、丸木美術館「OKINAWA展」の紹介です。
丸木夫妻、とりわけ位里さんの作品が初めて本格的に沖縄で紹介されることの意義とともに、われわれは、両館の“交換展”の重要性を強調しました。

先日の『朝日新聞』に、全国の博物館施設が次々と閉館している現状を伝える記事が大きく掲載されていました。もちろん丸木美術館も他人事ではありません。
その背景のひとつには、予算規模の大きい施設ばかりが作品を動かして人を集める企画を行う一方、小さな施設は細々と所蔵品を展示することしかできないという硬直化した構造があるのではないか……とは、昨夜、佐喜眞さんと話したばかり。

このままでは、文化活動は中央発の情報を地方が受けるだけの、一方通行になってしまう。
文化は人びとの暮らす現場から立ちのぼるもの。
既存の理念をなぞるのでなく、それぞれの地域に根付いた文化が縦横に連帯できるように、小さな美術館は工夫を凝らす必要があるのではないか。
丸木夫妻も沖縄の芸術家たちも、現在の美術史のメイン・ストリーム(本流)に位置付けられてはいない、いわば“辺境”の芸術家。けれども、そうした“辺境”にこそ、普遍的な文化の源流があるはず。今回の“交換展”は、そんな可能性を秘めた展覧会だ……2人で大いに熱弁をふるった甲斐あってか、文化面と社会面で2回記事を載せてもらえることになりそうです。

その後訪れた沖縄タイムス社でも、文化部の記者を相手にわれわれは再び熱弁をふるい、こちらもどうやら文化面と社会面で取り上げてもらうことになりそう。
沖縄の新聞なので、丸木美術館にとっては直接入館者に影響が出ることはないでしょうが、しかし、われわれの活動を沖縄の方々に知ってもらうだけでも、大きな意味があると思います。

   *   *   *

昼食後に佐喜眞さんご夫妻と別れて、今度は沖縄県立博物館・美術館へ。
以前の「南洋群島展」などでお世話になった学芸員さんにご挨拶して、「OKINAWA展」の紹介をさせていただきました。

美術館の常設展は展示中で見ることができませんでしたが、博物館の企画で「石川直樹写真展『ARCHIPELAGO』」を開催していたので、じっくり鑑賞しました。
 
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世界七大陸最高峰登頂の最年少記録を塗り替えた冒険家・写真家の石川直樹さん。現在は多摩美術大学芸術人類学研究所研究員として、人類学、民俗学などの領域から自然と人間の共生を見つめ続けています。
南はトカラ列島から奄美、沖縄、宮古、八重山、台湾へ、北は北海道からサハリン、クイーンシャーロット島へと続くARCHIPELAGO(群島/多島海)の写真群は、島のつらなりとして日本をとらえ直すという非常に印象的な展示でした。

   *   *   *

今回の沖縄滞在は1泊2日という慌ただしい日程でしたが、非常に充実した内容になりました。
お世話になった皆さまには、心から御礼を申し上げます。
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2010/4/19

【沖縄出張1日目】沖縄大学・佐喜眞美術館  調査・旅行・出張

丸木美術館は休館日でしたが、出張で沖縄に来ています。

「OKINAWA展」は、沖縄の佐喜眞美術館と丸木美術館の所蔵品の“交換展”によって実現した企画です。輸送費を抑えるため、1台のコンテナを借りて、佐喜眞美術館の作品を丸木美術館に運んだ帰りに丸木美術館の作品を佐喜眞美術館に運ぶ、という工夫をしました。
もちろん、低予算の輸送にはリスクも伴います。そのため、佐喜眞美術館に到着した丸木美術館作品の梱包を開き、輸送後の状態を正確にチェックする、という必要があるのです。長い船旅を経た作品に、もしものことがあっては一大事なので、ひとつひとつしっかり確認をしなければなりません。

   *   *   *

今回、那覇について最初に訪問したのは、沖縄大学。
小図録に寄稿して下さった沖縄大学法経学部の若林千代先生に、ご挨拶に伺いました。
ちょうどお昼時だったので屋嘉比収先生の研究室に案内され、そこで若林先生ら数人の方とお弁当を食べることに。そこには沖縄の近現代文化史を精力的に調査されている新城栄徳さんもいらっしゃいました。
新城さんはネット上で「琉文21」と題する研究報告をされている民間の沖縄文化研究者。「ワタシは大学の先生の使う言葉はわからんヨ」とニッコリ笑う恰好の好い“オジィ”ですが、近現代の沖縄文化については、超人的ともいえる綿密な調査をされています。
その新城さんが発行された『琉文手帖 4号「沖縄近代文化年表」1868−1945』(1999年)を頂きました。

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巻頭の「編集にあたって」という文章をご紹介します。

△私は「むんじゅる節」で知られる粟国島で生まれ、小学4年のとき父の呼びよせで那覇に来た。そして中学を終えると集団就職で東京に出た。翌年の1965年、浅草の中華料理屋の出前持ちを皮切りに放浪生活が始まった。
△1970年2月、京都駅新幹線八条口の近鉄名店街にある京料理店に就職した私は4月に大阪梅田地下街をうろついて「デイゴの会」のポスターを目にし事務局を訪ね「沖青友の会」を知った。友の会活動に参加し、出会った連れあいがウチナーンチュ(表紙・金城あけみ)であるのは自然なことであった。
△本年表は以上の経歴と大阪梅田地下街でうろついていたときコンパクトに沖縄の文化、ウチナーンチュが住み書いている関西や東京、世界の流れが分かるモノが欲しいと感じていたこと、沖縄近代文化の開拓者・末吉莫夢の足跡(飯倉照平氏資料提供)で成り立っている。表紙の題字は国吉真哲翁、裏表紙のカットは金城安太郎翁


こうした方々と話をしながら、何か東京とは異なる知識の土着性というか、沖縄固有の知識体系のようなものを肌で感じる思いがしました。大学の昼休みという短い時間ではありましたが、とても濃密な体験をさせていただきました。

   *   *   *

夕方には宜野湾市の普天間基地に面して建つ佐喜眞美術館へ。
佐喜眞美術館では、現在「島武己作陶展」と「ケーテ・コルビッツ展」を開催中。

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このあと、4月28日から6月14日まで「丸木位里・丸木俊・丸木スマ展」が開催されるのです。
閉館後の館内で、さっそく梱包を開く作業をはじめました。
次々と姿をあらわす位里さんの《三陸》や《昆明石林》といった水墨の大作には、思わず佐喜眞館長はじめスタッフの皆さんも息をのみます。
「これは、沖縄での丸木位里の見方が変わりますね……」と佐喜眞館長。
佐喜眞美術館の落ちついた空間に、これらの作品がどう展示されるのか、とても楽しみです。

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作品の確認作業を終えたあとは、スタッフの皆さんといっしょに浦添市にある米軍住宅を改装したお店rat&sheepに行きました。店長のタイラジュンさんは、佐喜眞美術館の新スタッフ・松本太郎さんとともに季刊写真雑誌『LP』を編集・発行されている方です(『LP』は「OKINAWA展」開催中に丸木美術館でも販売中)。
そこで夜が更けるまでよもやま話。山羊のカレーやポテトソーセージピザ、自家製パンなどの料理もとても美味しくて、楽しい時間を過ごすことができました。

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明日は佐喜眞館長といっしょに、沖縄の新聞社に企画展の挨拶まわりをしてきます。
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2010/4/18

中国新聞など「『原爆の図』掲げNYで反核訴え」掲載  掲載雑誌・新聞

先日取材された共同通信T記者の記事が配信され、本日、『中国新聞』や『埼玉新聞』など数紙に、「『原爆の図』掲げNYで反核訴え」との見出しで、画家の増山麗奈さんの記事が掲載されました。

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2003年のイラク戦争の反戦デモに“桃色ゲリラ”としてピンクのビキニ姿で参加し、一躍注目された増山さん。
今回は、5月にニューヨークで開かれる核拡散防止条約(NPT)再検討会議にあわせて、丸木夫妻の原爆の図第2部《火》のレプリカを路上で掲げて反戦デモに参加する予定です。
記事には、「きのこ雲の写真より、落とされた側の視線で一人一人描いた絵の方が訴えかける力が強い」と直感したという増山さんの、「次の時代でかわいそうな赤ちゃんを出さないよう、国境を超えて核廃絶のうねりを起こしたい」という言葉も紹介されています。
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2010/4/17

「OKINAWA展」初日  企画展

いよいよ今日から「OKINAWA ―つなぎとめる記憶のために―」展がはじまりました。
会場風景の一部をご紹介いたします。

第1室には儀間比呂志さんや新垣安之輔さん、金城満さんたちの作品を展示。

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第2室は照屋勇賢さんの作品《結 You I》の鮮やかな紅型の着物が目を引きます。
よく見ると、沖縄の伝統的な花や生き物の模様のなかに、戦闘機やヘリコプターなどが染められています。

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第3室はジェームス・中川さんの写真と丸木夫妻の共同制作による「ガマ(洞窟)」や「バンタ(断崖)」の対比を中心に、近田洋一さんや仲里安広さん、嘉手川繁夫さんの大作がならびます。

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「OKINAWA展」なのに、なんと早朝に雪が降るという悪天候のスタート。
冷え冷えとした会場に、三線の音色がむなしく響きわたります。
そのせいか、来館者は少なかったのですが……
午前中の東松山ケーブルテレビの取材を皮切りに、午後は『琉球新報』の委託を受けた美術ライターのアライ=ヒロユキさんが来館され、さらに『沖縄タイムス』の委託を受けた美術批評家の石川翠さんも来館して下さいました。

石川翠さんは、欧米型モダニズム美術の視点に一元化されてしまった日本美術の現状を厳しく批判する論考を書かれていて、私がひそかに一度お会いしたいと思い続けていた方です。
今回、ついに念願がかなったわけですが、その石川さんが「非常に重要な企画だと思います」と感想を聞かせて下さったので、とても嬉しく思いました。
石川さんによれば、中央からの統制に束ねられない“辺境”的な表現をしたのが、沖縄の作家たちであり、丸木夫妻であり、そして、(私は今回ご教示頂いて知ったのですが)小口一郎という栃木県の木版画家であるとのこと。石川さんはその“辺境”性をとても重要視されているようです。この問題については、またあらためてゆっくり考えてみたいのですが、ともあれ「OKINAWA展」が、こうした鋭い論考をされる方々の紹介によって、多くの人に注目される展覧会に育って欲しいと、今は期待と不安の入り混じる思いでいっぱいです。
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2010/4/16

川越スカラ座「戦場でワルツを」豊田直巳スライド&トーク  川越スカラ座

あいにくの小雨となりましたが、午後5時半から川越スカラ座にて、『戦場でワルツを』上映記念企画としてフォト・ジャーナリスト豊田直巳氏のスライド&トークが行われました。

『戦場でワルツを』は、1982年のレバノン戦争におけるパレスチナ難民虐殺(サブラ・シャティーラの虐殺)事件にイスラエル兵として加担したアリ・フォルマン監督が、当時の兵隊たちを取材しながら、失われた自らの記憶を取り戻していくという物語です。
実は少し前にスカラ座スタッフのIさんから、この映画を上映するにあたり、ゲスト講演者についての相談を受けていました。
そこで、イラク戦争やパレスチナ問題をたびたび現地取材し、丸木美術館で何度も写真展や講演をして下さっている豊田さんを推薦したのですが、実は豊田さんがジャーナリストになるきっかけとなったのが、まさにそのサブラ・シャティーらの虐殺だったということを知り(詳しくは、岩波ジュニア新書の豊田さんの新刊『戦争を止めたい フォトジャーナリストの見る世界』をお読みください)、偶然のつながりに驚いたのです。

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平日の夕方、しかも悪天候という条件にもかかわらず、会場には約40人ほどの参加者が集まって下さいました。
私は司会を担当し、歴史の“記録”からこぼれ落ちてしまう人間的な“記憶”の重要性(これは、現在開催中の「OKINAWA展」のテーマでもあります)に触れつつ、戦場に生きる人びとの暮らしを撮り続ける豊田さんを御紹介しました。

トークの前に映画をご覧になった豊田さんは、銃を向ける側の人間は、記憶を封印、あるいは正当化せずにはその後の精神の安定が保てないのだろうとしながら、しかし、銃を向けられた側は記憶を永久に封印することができないのだと指摘します。
そして、映画では語られなかった歴史的背景の説明――なぜパレスチナ難民が生まれたのか、なぜレバノン戦争がはじまったのか――について、映像を使いながらとてもわかりやすく説明して下さいました。スカラ座スタッフのNさんの言葉を借りれば、それは“「世界一受けたい授業」を彷彿とさせる感じ”だったようです。

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とりわけ強く印象に残ったのは、「耐えられない」というのが映画のテーマであるけれども、サブラ・シャティーラの虐殺はかたちを変えて今も続いている、という話でした。
虐殺は、加害の側にも記憶を閉ざすことでしか「耐えられない」恐怖を生み出す。
しかし、そうして記憶を閉ざした結果、どうなったのか。
ますます虐殺を続けなければならなかった。
「耐えられない」恐怖を抱えて、戦争はずっと続いていく。
だから、記憶を閉ざしてはいけない。
相手と向き合わなければ、相手の姿が見えなければ、相手は皆テロリストに見える。

こうした視点はもちろん、イスラエルとパレスチナ難民だけの問題ではなく、東アジアにおける私たちの立場にも重なることでしょう。

豊田さんの報告によれば、イスラエル国内にも、難民になって逃げなかったアラブ人がいるとのこと。破壊されてはいるけれども、彼らの村もあるそうです(現在、イスラエル国内のアラブ人は約2割ほどいるようです)。
イスラエルとパレスチナの共存は可能……という考え方を「イスラティナ構想」というそうですが、豊田さんは、「これは人種や宗教の問題ではない。現実に彼らはすでに共存しているんですよ」と言いました。
2000年も戦争を続けている根深い問題……という“常識”が本当に事実なのかどうか、しっかりと見極めることが大切だということを、あらためて痛感させられました。

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数日前にコソボやボスニアの取材から帰国されたばかりで、週末は大阪でトークの予定が入っているという豊田さん。たいへんお忙しいなかにもかかわらず、川越スカラ座に駆けつけて下さり、トークのあともスタッフたちと気さくに打ち上げに参加して下さいました。
心から感謝申し上げます。
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2010/4/16

朝日新聞「OKINAWA展」紹介  掲載雑誌・新聞

2010年4月16日付『朝日新聞』朝刊埼玉版に、「絵画が語る沖縄戦の記憶」との見出しで、明日からはじまる「OKINAWA展」の紹介記事が掲載されました。

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出品作のうち、丸木夫妻の共同制作《沖縄戦―きゃん岬》(1986年)の画像とともに、「展示作品を鑑賞する中で、普天間基地の移設問題で揺れる沖縄からの魂の声を実感し、一般の人びとが語り継ぐ『記憶』の意味を再考することができるのでは」と企画展の内容を紹介しています。

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今回の企画展は、すでに地元TV局や沖縄のメディアなどからも取材の申し込みが続々と入り、社会の関心の高さを感じます。
基地問題で揺れる沖縄・宜野湾市にある佐喜眞美術館のコレクションがこれだけの規模で首都圏で紹介されるのも初めてのことなので、ぜひ多くの方に注目して頂きたいと思います。
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2010/4/15

和泉舞さん来館/公演情報  来客・取材

午後、久しぶりに舞踏家の和泉舞さんが来館されました。
和泉さんは《原爆の図》の舞踏化をライフワークにされています。
丸木美術館でも、2005年8月6日に第3部《水》の公演を行ってくださいました。

今回は、5月15日に東京ビッグサイトの「デザインファスタ」で公演を行うとのことで、そのために使う映像資料を探しに来られたのです。

東京ビッグサイトの「デザインファスタ」……これまでの和泉さんの公演のイメージとは大きく雰囲気の異なるイベント(なにしろ、呼び文句が“8,500人を超えるアーティストが世界中から大集結!インターナショナルアートイベント!”なのです)からの出演依頼に、周囲のスタッフは「大丈夫か」「思い切り浮いてしまうのではないか」と心配し、和泉さん自身も「依頼を断ろうかと、ずいぶん迷った」そうですが、今までと違う年齢層、おそらく興味の対象もまったく違う若者たちの中で、和泉さんの舞踏がどのように受け止められるか、ちょっと興味深い気もします。
スクリーンを使って、原爆の図第2部《火》の画像も映写しながら、従来同様、とても繊細に作り込んだ舞台になることと思います。
興味のある方は、ぜひ足をお運びください。

   *   *   *

和泉舞 舞踏独舞公演《原爆の図》
原爆の図シリーズから抜粋、短編に再構成した新作(主に第二部火より抜粋)

5月15日(土)15:00〜15:40
東京ビッグサイト ミニシアター(デザインフェスタ Vol.31)
http://www.designfesta.com/index.html

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追記:この企画は、リハーサルの時間が充分にとれないため、中止になったと和泉さんから連絡がありました。(5月6日)
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2010/4/14

着々とOKINAWA展進行中…  企画展

元実習生で画家のM岡くんに手伝いをお願いして、昨日は豊島区の画廊さんへ俊さんの油彩画を返却。そして今日は飯能市吾野の嘉手川繁夫さんのアトリエまで、「OKINAWA展」出品作品をお借りに伺いました。
大きな平面作品3点と、古鉄を再利用した立体作品4点です。

M岡くんは嘉手川さんの美術大学の後輩。搬出のあいまに囲炉裏をかこんで語った芸術談義は、とても勉強になったようです。
それにしても、春の吾野の自然の豊かなこと。
嘉手川さんのアトリエは吾野の里を見下ろす高台に建ち、周囲には自然の野草や嘉手川さん御夫妻が丹精した植物などがいっせいに芽吹いています。

われわれも、帰りにコゴミ(別名クサソテツというそうです)の新芽をお土産に頂きました。

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また、ミツマタやレンギョウの花も頂いて、さっそく美術館に飾らせて頂きました。

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古民具収集家としても知られる嘉手川さん。ご自宅のなかに飾られた古民具の数々も見応えがあるのですが、野にさりげなく置かれた野仏たちにも心がなごみます。

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作品の展示は、ボランティアのK江さんやJさんも手伝って下さり、無事に終えることができました。土曜日の初日に向けて、着々と準備が進んでいます。
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2010/4/11

企画展展示替え「OKINAWA つなぎとめる記憶のために」  企画展

晴天に恵まれた日曜日。
丸木美術館は絶好のお花見日和です。

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昨日「没後10年 丸木俊展」が好評のうちに終了し(最終日には、千葉大のI先生や元さいたま文学館のDさんも来館して下さいました)、今日は次回企画展「OKINAWA つなぎとめる記憶のために」に向けての展示替えです。
ボランティアには、常連のY口さん、M山くん、M岡くん、M川さんのほか、家具職人のH多さん、高校生のM子ちゃん、初参加のT田さん、H越さん、K江さん、N村さんとたくさんの方々が来て下さいました。

冬の間に交替で休ませていた《原爆の図》も、久しぶりに全14部そろって展示しました。
「OKINAWA展」の展示は、一昨日佐喜眞美術館から搬入された作品と、写真家ジェームス中川さんの作品を次々と展示室にならべていきました。
展示をしながら、これは見応えのある企画展になるなぁ……と思わず武者震い。
辺野古をテーマにした近田洋一さんの《HENOKO 家族の肖像》の展示には、ご遺族のWさんがわざわざ駆けつけて、作業を手伝って下さいました。

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最終的には、週明けの水曜日に飯能の嘉手川繁夫さんのアトリエに作品を取りにうかがって、すべての作品がそろいます。
4月17日からはじまる「OKINAWA展」、期せずして「基地移転」「密約問題」などタイムリーな話題も多く、沖縄をとりまく近現代史をあらためて“沖縄の人たちの視点から”再考する貴重な機会になりそうです。

展示作業のあとは、美術館となりの流々庵でボランティアの皆さんといっしょに“お花見”。
ただいま午後7時をまわり、すでにあたりは真っ暗ですが、ライトをつけて賑やかに酒盛りが続いています……
皆さん本当にお疲れさまでした。
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