2010/2/28

北海道新聞「編集委員報告」掲載  掲載雑誌・新聞

2010年2月27日『北海道新聞』夕刊に、K編集委員による報告記事「故丸木夫妻の「原爆の図」 占領下の巡回展どう開催 調査進める美術館」が掲載されました。

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この学芸員日誌でもたびたび紹介している、1951年から52年にかけて北海道各地を巡回した「原爆の図展」の調査に関する内容です。
《原爆の図》初公開の後、都内数か所で展示して、広島から本格的な全国巡回展が始まったこと。当時はGHQによるプレスコードがあったが、印刷物ではない芸術品であることが公開を可能にしたこと。主催者は記録を残さず開催の足どりがわからないように工夫していたため、巡回展の関連資料が乏しいことなどが紹介されています。

美唄市在住の歴史研究家Sさんの、「当時、一般市民にとって原爆の恐ろしさを目の当たりにできる機会は原爆の図の巡回展以外になかったのではないか。大勢の人々が衝撃、感銘を共有した。占領下の巡回展の全容を明らかにすることは、その後の日本の平和運動の流れを考える上で意義のあることで、核兵器廃絶への関心をあらためて呼び起こす契機となる」というコメントも紹介され、巡回展の情報提供を呼びかけています。

さっそく、記事をご覧になった方から、美唄の「原爆展」について証言が寄せられています。
北海道に限らず、まだ記録が発掘されていない展覧会は、全国にたくさん存在しているはず。
今回の記事が契機となって、1950年代「原爆展」調査に、新たな展開が生まれることを期待しています。
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2010/2/27

檜画廊「丸木位里・丸木俊二人展」  館外展・関連企画

毎年、神田神保町の檜画廊で開催されている「丸木位里・丸木俊二人展」。
今年は2月22日から27日までの会期で行われました。

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最終日のこの日、ようやく足を運ぶことができました。
「街・人々」をテーマにした小さな展覧会。
位里さんが描いたナザレの地引網や市場の絵が生き生きとしていてとても面白かったです。

   *   *   *

午後には朝霞市博物館で開催されている「丸沼芸術の森25周年記念 所蔵コレクション展」に行き、主宰S氏の講演会とO学芸員のギャラリートークを聞かせて頂きました。
朝霞市にある「丸沼芸術の森」は、若手芸術家を中心としたアトリエ村と、豊富な美術品コレクションで知られています。
今回の展示でも、ベン・シャーンの絵画をはじめ、佐藤忠良の彫刻など、丸木夫妻とも関わりのある芸術家の作品が紹介されていました。

午前中には東京国立博物館の「没後400年 長谷川等伯展」にも足を運びました。
3つの展覧会をまわり、充実した一日になりました。
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2010/2/21

「丸木俊展」一部展示替え  ボランティア

好評開催中の「没後10年丸木俊展」。
会期もなかばを過ぎ、一部作品の展示替えを行いました。
ボランティアをして下さったのは、越生のYさん、川越のMくん。

南洋作品と、油彩画の母子像、外国の風景画の一部を新しく掛け替えました。
後期は《ヤップ島》や《アンガウル島へ向かう》という、俊さんの代表的な南洋の作品を展示しています。

また、2階の丸木スマ作品展示室も全点展示替えを行いました。
冬らしく、《初雪》や《白椿》などの作品をならべてみましたので、どうぞお楽しみください。
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2010/2/20

美術館クラブ「わらから素敵な置物が」  ワークショップ

今回の美術館クラブ工作教室は、鈴木好子さんの案内で「わらから素敵な置物が」。
会場の野木庵は土間があるので、こういうときに土間を使えるのはいいですね。

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今回使用した藁は、先日の桜山小学校でもワークショップに使った「原爆稲」の藁なのです。

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参加者は土間に下りて、藁を束ねて短く刈ります。
その束にきれいな布を捲いて紐で結い、彩色した竹の上に乗せると……

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藁のお雛様のようにも見えますね。
参加者はいつもより多く、15人ほどでした。
久しぶりに天気も良く、小さな子どもたちは外へ出て陽だまりで気持ちよさそうに飛び跳ねていました。
工作の後は、妻T差し入れの苺のシュークリームでお茶休憩。

次回の美術館クラブは3月13日、画家の草薙静子さんの御案内で「面白額シリーズ」です。
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2010/2/19

北海道新聞取材など  1950年代原爆の図展調査

昨年12月に、この学芸員日誌でも報告しているのですが、1951年から52年にかけて北海道を巡回した「原爆の図展」についての情報を、現在、発掘しようと動いて下さっている方々がいます。
GHQ占領下において検閲の厳しかった時代、新聞などでもほとんど報道されなかった「原爆の図展」を、記憶している人がいるうちに明らかにしておこうという試みです。

http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1281.html
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1295.html

今日は午前中に、登別市にお住まいの画家Sさんからお電話がありました。
Sさんのお兄さんは、1951年10月26日から28日まで室蘭労働会館1階で行われた「原爆の図展」の実行委員の一人だったとのことです。
Sさんも展覧会に行き、「俊子さんに声もかけられずに、2時間も立ち尽くしていた……」とのこと。
展覧会は日本製鋼の労働組合や新日本文学の仲間が中心になって動いたとのことですが、当時はレッドパージが吹き荒れていたため、実行責任者は室蘭市立中央図書館の高内智海館長が務められたそうです。
Sさんの証言によれば、駅前で大規模なデモを行い、デモのどさくさにまぎれて「原爆の図展」を開催したとか。それだけたいへんな時代だったのでしょう。

今月末の『北海道新聞』に、当時の北海道における「原爆の図展」の動きを取材した記事が掲載される予定です。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1307.html
また、美唄市教育委員会のS委員長が、次号の『丸木美術館ニュース』(2010年4月10日発行予定)に、三菱美唄「綜合原爆展」の記憶/記録が発掘されるまでの流れを詳しく紹介して下さいます。

三菱美唄での「綜合原爆展」については、元労組文化部長H氏がご自身のアルバムを撮影して制作されたDVD映像『炭鉱のうたごえ:語り部ビデオ』のなかの“最終編18(一)「ヤマとの別れ・回想」=ダイジェストその1”に、展覧会場へ向かう学生たちの行列(山内全小中学生=約5,300人が参観したそうです)や、主催者たちの記念写真など4点の写真が収められています。

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ちなみにこのDVDは“最終編18(一)”とあるように、当時の美唄炭鉱に関する膨大な資料が納められた貴重かつ恐るべき資料です。
また、三菱美唄炭礦文学会文芸誌『炭炎』第5巻第8号(1952年9月1日発行)にも、「原爆展をみて<感想文集>」が特集されているそうなので、興味深いところです。
S氏のご教示によれば、小学生の感想文の一節に「そんなことを考えながら最後の三部作(水)の所を見た。」との記述があるそうで、美唄展には三部作が展示されていたことが推測されます。

   *   *   *

午後には『北海道新聞』文化部のB記者が「没後10年丸木俊展」の取材のため来館して下さいました。
こちらの記事は、1950年代「原爆の図展」とは別に、3月のはじめに掲載されるとのこと。
丸木俊さんは北海道の出身なので、没後10年の今年は、『北海道新聞』としても継続的に丸木夫妻を取り上げていきたい、と心強い言葉を頂きました。
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2010/2/18

出張ワークショップ in 桜山小学校  ワークショップ

午前中、東松山市立桜山小学校へ出張ワークショップに行ってきました。
出張ワークショップは、地元の唐子小学校に続いて2校目になります。
実は、この企画を御膳立てして下さった市役所環境保全課のK藤さんと桜山小学校の校長先生は、小中学校を通じての同級生。
しかも、校長先生は以前唐子小学校の教頭先生をされていて、丸木美術館の出張ワークショップを経験済み。
そういう意味では、非常に企画の通りが良かったのです。

今回のテーマは「原爆稲」。
桜山小学校の5年生は、去年、長崎で被爆した稲の二世を育てました。
「原爆稲」を提供して下さったのは、栃木県上三川町で農業を営む上野長一さん。
授業では、その上野さんのお話のあとに、丸木美術館から駆けつけた選りすぐりの女性ワークショップ隊が、子どもたちと「原爆稲」を使って工作を行いました。

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まずは「ホタルの里」でとれた竹にきれいにやすりをかけます。
それから「原爆稲」の藁を束ねて、はさみできれいに切りそろえ、その上に着物の生地を捲いて組紐で結ぶのです。

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きれいに結べたら、束ねた藁を竹の土台に乗せてできあがり。

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「昔の人たちは、この藁束の上にいろんなものを差して、飾っていたんですよー」とワークショップのリーダーのM年山さんが紹介すると、「原爆稲」の上野さんはニコニコ笑いながら、その藁束に差して飾れるように、棕櫚の葉で器用にバッタを作って下さいました。

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できあがりはこちら。本物そっくりです。

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そのあと、バッタより簡単に作れる亀の作り方を教えてもらって、子どもたちは大喜び!
昔の子どもたちは、身のまわりにある自然のものを利用して器用に遊んでいたのだなぁと、あらためて感心しました。

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こうしてできあがったのが、M年山さんと上野さんの見事なコラボレーション。

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まったく打ち合わせもしていないのに、思わぬ展開に仕掛け人のK藤さんもびっくりです。

   *   *   *

ワークショップの後は、5年生の教室に招待されました。
教室に入るとくす玉が割れ、花吹雪が舞い落ちます。
胸に折り紙で作られたブローチをつけてもらって、上野さんも丸木美術館のワークショップ隊も環境保全課の方々も、照れながら子どもたちとならんで着席。
美味しい給食をいっしょに食べました。

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写真は、子どもたちといっしょに給食を食べる環境保全課のK島さんとK藤さん。
K島さんは、しっかり「おかわり」もしていました。

素晴しい歓迎をしてくれた5年生の子どもたちに、心から感謝です。
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2010/2/17

ホタルの里の整備事業  自然・生きものたち

今日はうっすらと雪の残るなか、事務局のN野さんといっしょに上唐子地区の「ホタルの里」整備事業に参加しました。

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竹を伐り倒し、池の底の泥をかき出し、崩れた畦を作り直し……
池のなかのアカガエルの卵をすくい出して泥かきのあいだだけ避難させたり、畦の崩れの原因となるアメリカザリガニの穴を調べたり、小さな生きものたちの生態もいろいろと学びます。

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写真は畦を作り直す作業の様子。
泥田のなかに足をつっこみながらの作業なので、足の指先が冷えて痛くなりますが、地域の皆さんとの共同作業は心があたたかくなります。

夏には去年よりたくさんのホタルが飛んでくれるかな……と願いつつ、たっぷり汗を流しました。

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最後はそろって記念写真。
上唐子の皆さま、市役所環境課の皆さま、おつかれさまでした。
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2010/2/13

映画「タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド」上映会  イベント

雪のような小雨の降りしきる寒い一日。
連続映画上映会の第2回目、『タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド』(2008年米国/アレックス・ギブニー監督)の上映が丸木美術館となりの野木庵で行われました。

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この企画は、小川町在住のボランティアのK林(M)さんが中心になって準備を進めてきました。
熱心な広報活動の甲斐あって、悪天候にもかかわらず参加者は約30人。
小さな会場はほぼ満員となって、とても熱のこもった上映会となりました。

   *   *   *

2002年12月1日、アフガニスタンのタクシー運転手ディラウォルは3人の客を乗せたまま、「テロ」容疑者として米兵に拘禁されました。バグラム空軍基地の施設に収容された彼は、拷問を受け、5日後に死亡します。映画は、この事件を軸に、バグラムやイラクのアブグレイブ刑務所、キューバのグアンタナモ収容所で拷問が正当化された過程を追い、ブッシュ大統領以下の指揮系統に基づいて行われていた事実を浮き彫りにします。
2008年の第80回アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞したという作品です。

映画上映のあとは、アムネスティ・インターナショナル日本の川上園子さんが現在の状況を詳しく解説して下さいました。

次回、連続上映会の第3回目は、3月13日(土)午後1時から丸木美術館内小高文庫にて『沖縄戦の図 命どぅ宝』(1984年/前田憲二監督)を上映します。
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2010/2/11

朗読と即興演奏でおくる俊の世界  イベント

2月11日は丸木俊さんの誕生日。
1912年の北海道・秩父別は極寒の日だったそうですが、この日の丸木美術館も冷たい雨の降る寒い一日となりました。

昨年もこの日に《原爆の図》の展示室で朗読イベントを行った二人組、青柳秀侑さんと高瀬伸也さんが、今年も午後1時から「朗読と即興演奏でおくる俊の世界」と題し、俊さんの文章や絵本を朗読して下さいました。

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フルートを演奏されているのが高瀬さん、朗読をされているのが青柳さんです。
プログラムは以下の通り。

   *   *   *

『あそびましょ』
『言いたいことがありすぎて』(「半生の記」より)
『女絵かきの誕生』(「石狩平野:チップベツの寺」より)
『おしらさま』
『女絵かきの誕生』(「プロレタリアート」)
『女絵かきの誕生』(「女絵かき誕生:代用教員」より)
『女絵かきの誕生』(「女絵かき誕生:はじめてのモスコウ」より)
(休憩)
『つつじのむすめ』
『女絵かきの誕生』(「戦争:ひろしま」より)
『ひろしまのピカ』
『女絵かきの誕生』(「都幾川:熊笹とコジュケイ」)
「没後10年 丸木俊展」作品リスト

   *   *   *

イベントの告知が直前になり、参加者はやや寂しい状況でしたが、深々と冷え込む館内に響く朗読とフルートやリュートの音色は、たしかに聴く人の心に伝わってきました。

お二人は来年も2月11日に朗読会を行いたいとのことです。
俊さんの誕生日に、丸木美術館に響く俊さんの言葉。
ぜひ一度、耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
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2010/2/10

武田美通さん工房見学  企画展

午後、鳩山町にある鉄の造形作家・武田美通(よしとう)さんの工房を訪問しました。
武田さんは、今年の夏に丸木美術館で企画展を開催する予定。そのための打ち合わせにお伺いしたのです。

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写真は工房の外観と仕事場の説明をする武田さん。

武田さんは、ここ数年、「今日の反核反戦展」に、60数年前の戦争で命を失った“戦死者”たちの姿を骸骨で表現した鉄の造形作品を出品して下さっています。
3年前は《靴を喰う》と題する餓死直前の兵士の像、一昨年は《一瞬の閃光》と題する原爆で焼かれる市民と犬の像、そして昨年は《飢餓地獄》と題し、再び餓死直前の兵士の像……

もともとジャーナリストとして、新聞やテレビの報道に関わっていた武田さんは、60歳を機に鉄を素材とする造形作家の道を志し、職業訓練所で溶接を学びました。
やがて「再び日本が戦争への道に踏み出したなら、誰よりも嘆き悲しむのは、あの理不尽きわまる戦争に駆り出され死んでいった人々だろう」との思いから、“戦死者たちからのメッセージ”と題する一連の造形作品に取り組むようになります。
これまで文京シビックセンターや町田市国際版画美術館などで個展を開催し、そのたびに大きな反響を呼んできました。

丸木美術館の展覧会では、過去に制作したすべての作品をならべる大規模な個展になる予定です。会期は7月17日(土)から9月4日(土)まで。
初日の17日には、武田さん自らトークもして下さる予定で、どんなお話が聞けるか、今からとても楽しみです。
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2010/2/9

ポポタム「丸木俊・スマ展」など  館外展・関連企画

午前中に埼玉県立近代美術館「小村雪岱展」を観た後、池袋のブックギャラリーポポタムで開催されている「丸木俊・スマ 絵筆のある生活展」に行ってきました。

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http://www6.kiwi-us.com/~popotame/shop/archives/2010/02/post_81.html

ポポタムさんは小さな古書店ですが、店の奥に展示スペースがあり、ここ数年丸木夫妻に関連する企画を続けて開催して下さっています。
2月5日(金)には俊さんの姪の丸木ひさ子さんがトークを行いました。

展示は小品のかわいらしいものが多く、俊さんが描いた「スマおばあちゃんとねこ」のデッサンが味わい深くて良かったです。

ポポタムさんは書籍のラインナップもなかなか面白く、今回は藤宮史さんの木版漫画『パラソルの微風』『黒猫堂商店の一夜』『セメント樽の中の手紙』『蜜柑』を見つけて購入しました。
藤宮史さんは木版画で限定少部数の漫画などを制作している作家さんで、その前時代的なぬくもりが感じられる本造りにとても感銘を受けました。
http://www.interq.or.jp/tokyo/kuroneko/f.htm

その後は新宿に出て丸木美術館でも企画展に参加した増山麗奈さんの映画『桃色のジャンヌ・ダルク』試写会に参加。
丸木美術館で行ったパフォーマンスや、イラク人芸術家カーシム・サブディ氏を連れて《原爆の図》を見学した様子が紹介されていました。
この映画は3月27日よりユーロスペースで公開される予定です。
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2010/2/5

NHK FMラジオ「丸木俊展」紹介  TV・ラジオ放送

今日は午前11時20分頃から、NHK FMラジオに6分20秒ほど電話で生出演して「没後10年 丸木俊展」の紹介をしました。
放送の内容は、以下のHPから再生できるようになっています。
(1週間ほどの期間限定です)
http://www.nhk.or.jp/saitama/program/lunch/index.html#d0201

約1年ぶりという久々の出演。
以前の放送のときはHPでの再生サービスはなかったので、一発勝負の気楽さというか、後から聞きなおす心配もなかったのですが、技術の進歩はオソロシイですね。
それでも、このところ立て続けに「丸木俊展」の取材を受けていたこともあり、落ち着いて企画展を紹介することができたように思います。

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「丸木俊展」は今月21日に一部の作品を展示替えして、3月6日(土)には栃木県立美術館の小勝禮子さんをお招きして講演会も行います。まだまだこれから盛り上がりを迎えるのですが、私の方はすでに次回の企画展に向けての準備を進めています。
4月17日から行われる「OKINAWA ―つなぎとめる記憶のために―」という企画展。
沖縄戦を描いた丸木夫妻の絵画をはじめ、儀間比呂志、比嘉豊光、金城実、近田洋一、オサム・ジェームス・中川、嘉手川繁夫ら沖縄の芸術家による絵画、彫刻、写真、映像など60点ほどを紹介します。
開催要項がようやくまとまり、出品作品の選定、会場の見取り図作成、搬出入の打ち合わせ、イベントの出演交渉、小図録の準備など、今がまさに準備の佳境のときです。
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2010/2/4

毎日新聞「丸木俊展」掲載  掲載雑誌・新聞

本日、2010年2月4日付の『毎日新聞』朝刊埼玉版に、「原爆の図の画家、丸木俊 無名時代の2点初公開」との見出しで企画展の紹介記事が掲載されました。

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http://mainichi.jp/area/saitama/news/20100204ddlk11040255000c.html

記事には、今展が初公開となる《女性像》(1935年頃)、《モスクワ アパートへ向かう並木道》(1938年頃)の2点が詳しく紹介され、《女性像》を寄贈して下さった版画家の内田真理さん(俊さんが代用教員をしていた当時の校長先生のお孫さん)の「物心ついた時には自宅に飾られ風景の一部だった。美術館の方が多くの人に見てもらえ、作品のためにも良い」というコメントも紹介されています。

   *   *   *

今回の「没後10年 丸木俊展」は、これまで朝日新聞(2回)、毎日新聞、埼玉新聞、テレビ埼玉、NHKさいたま放送局が取材に来館して下さり、紹介をして頂きました。
丸木美術館にとっては、なかなかないことです。
没後10年というタイミングと、無名時代の作品の初公開が重なったことが大きいようです。

明日は、NHKのFMラジオ(埼玉県内向け 周波数85.1:秩父は83.5)で企画展紹介があります。
午前11時20分頃から放送される予定です。
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2010/2/3

朝日新聞「丸木俊 没後10年展」掲載  掲載雑誌・新聞

本日、2010年2月3日付『朝日新聞』夕刊の「beアート」欄に、「明るさと葛藤にじむ 丸木俊 没後10年回顧展」との見出しで、現在開催中の企画展の記事が掲載されました。

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http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201002030244.html

今展が初公開となる《女性像》(1935年頃)の写真が掲載され、起伏に富んだ俊の人生が紹介されています。
以下は、その記事より抜粋。

 多民族・多文化に接したモスクワ、「女ゴーギャンになる」と渡った南洋群島の作品には時代が背負う暗さも一部にひそむが、全体に異文化を積極的に吸収した伸びやかな姿が浮かぶ。
 一方「戦後、そうした自らの明るさを許せないと葛藤もあったようだ」と同館の岡村幸宣学芸員。47年の「裸婦(解放されゆく人間性)」は、花咲く大地とそれを踏みしめる女性の豊満な肉体に、人間に対する希望や信頼を感じさせるが、展覧会出品後は、俊の死後まで公開されなかった。
 絵本の挿画も多い。原爆の図などの制作費を工面する必要もあったようだが、例えば読み継がれる「かさじぞう」の画面に漂うおおらかさと優しさは、俊の根っこにあったものではないだろうか。


取材をして下さったのは小川雪記者。
寒い館内にもかかわらず丁寧に展覧会を鑑賞し、記事をまとめる際にも熱心に電話で質問をして下さいました。ありがとうございます。
記事にもあるように、今回の展覧会を通して、俊さんの根っこにある“おおらかさと優しさ”を多くの人に感じていただけると、とても嬉しいです。
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2010/2/3

ネットマガジン「知の木々舎」  執筆原稿

東京都立川市の女性グループが立ち上げたインターネットマガジン「知の木々舎」(横幕玲子代表)に、今年のはじめから丸木美術館が連載をさせて頂いています。
このネットマガジンは、立川市を中心とした歴史や文化について市内外の執筆者が寄稿し、月2回の割合で更新しています。
執筆者は写真家や大学の先生、宗教家、作家、元市長など多彩な顔ぶれで、被爆者でエッセイストの関千枝子さんも執筆されています。
http://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/

丸木美術館の連載は「都幾川のほとり通信」と題し、事務局のN野さん、Y子さん、岡村の3人で交替で文章を書いています。

第1回目はY子さんが担当し、丸木美術館の概要を紹介。
http://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2009-12-27-14

第2回目はN野さんが美術館の周辺を紹介して下さいました。
http://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2010-01-14-3

2月上旬号の第3回目は岡村が、原爆の図第1部《幽霊》の紹介と、1952年8月に立川で開催された原爆の図展についての記事を書きました。
http://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2010-01-28-1

連載は今後も原爆の図を紹介しながら、しばらくのあいだ続く予定です。
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