2009/7/29

まちなかキャンドルナイト  館外展・関連企画

夜7時から東松山市のウォーキングセンター前で「まちなかキャンドルナイト」のイヴェントがありました。
市民による手づくりのイヴェントは、参加した小学生が廃油を再利用してつくったエコ・キャンドルに照らされて行われ、丸木美術館からは事務局のY子さんが出演。紙芝居『天人の羽衣』の読み聞かせをしました。

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この『天人の羽衣』、俊さんが絵を描いている貴重なもの。
絵本と違って、紙芝居は消耗品でほとんど現存しないのですが、丸木美術館にはこの作品だけが保存されています。制作年などの情報がまったくわからないのが残念です。
Y子さんは物語の舞台をさりげなく東松山に移しながら、臨場感たっぷりに演じていました。
ところが、途中から突然雲行きがあやしくなり……

紙芝居終了直後に滝のような雨が。。。
本当に紙一重で紙芝居が中断されるところでした。
イヴェントもそのまま終了となり、急いで家路に着く家族連れ。
わが家も家族で参加したのですが、帰り道は東松山の駅までY子さんの車に乗せてもらい、とても助かりました。
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2009/7/28

映画『水俣の図・物語』上映  館外展・関連企画

現在、東京国立近代美術館フィルムセンターで「ドキュメンタリー作家 土本典昭」展が開催されています(8/30まで)。

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昨年亡くなられた映画監督の土本典昭さんは、長年水俣病をテーマに撮り続け、1981年には《水俣の図》を制作する丸木夫妻の姿をとらえた映画『水俣の図・物語』を制作しました。
今回の展覧会では、写真や遺品を中心とする展示のほかに、小ホールで実際に映画の上映会も行っています。
鉄道ドキュメンタリーの傑作『ある機関助士』(1963年)から、国内外の観衆に大きな衝撃を与えた『水俣 患者さんとその世界』(1971年)にはじまる「水俣」シリーズなど、計23本の作品が上映されます。

『水俣の図・物語』の上映は8/16(日)午後3時からと、8/27(木)午後2時からの2回になっています。詳しくは、以下のHPをご覧ください。
http://www.momat.go.jp/FC/TSUCHIMOTO/index.html
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2009/7/26

館外整備ボランティアの日  ボランティア

8/6に向けて、美術館外まわりの整備作業をするボランティアの日。
直前まで参加者が集まらず、ちょっと心配していたのですが、地元のDさん、越生のYさん、小川町のK林(M)さん、浦和のAさんなど、頼れる男手がそろって、とても助かりました。
宋銭堂の周辺や美術館北側の道路などの草を刈り、ずいぶんすっきりしたように思います。

また、明日集荷のある原爆の図文京展のための貸出作品の梱包も無事に終了。
一日じゅう汗を流して下さったボランティアの皆さん、そして昼食のまかないを用意して下さった川越のMさんご夫妻、どうもありがとうございました!
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2009/7/25

アトミックサンシャイン展ギャラリートーク  館外展・関連企画

夕方、事務局員のNさんといっしょに茅場町にあるGallery MAKIへ行き、“「アトミックサンシャイン」沖縄展の検閲に抗議する美術展”のギャラリートークを聞きました。
この企画は、2009年4月沖縄県立美術館で開催された「アトミックサンシャインの中へ in 沖縄―日本国平和憲法第9条下における戦後美術」展で、大浦信行さんの《遠近を抱えて》全14点が展示拒否された事件に抗議するために開催されたものです。
過去に丸木美術館の企画に出品して下さった美術家の方々も多数参加されています。
http://www.gallery-maki.com/

この日のギャラリートークは、『「原爆の図」描かれた〈記憶〉、語られた〈絵画〉』の著者で戦後日本美術史研究者の小沢節子さんと、富山大学の小倉利丸さんによって行われました。
事前に小沢さんから丸木夫妻と沖縄に関する資料についての質問があったこともあり、《沖縄戦の図》についての新しい論議が起こるのだろうと期待していたのですが、意外にも会場の質問は《原爆の図》に集中しました。
主な質問は、残酷な描写に立ち止まってしまう《原爆の図》よりピカソの《ゲルニカ》のようなモダニズム的な表現の方が普遍性を感じさせるのではないかという内容や、被爆市民の絵画との比較についてなど。
8月6日に丸木美術館で講演をして下さる予定の加納実紀代さんも会場に見えられて、「自分は被爆者だが、1953年に《原爆の図》を初めて見たとき、とても違和感があった。自分たちが素材にされている、という気持ちがした。大道あやさんが《原爆の図》に違和感を覚え、のちに被爆市民の絵画を見て共感したというが、自分もその通りだと思った」と、聞き手がドキリとするような発言をされていました。

今回のトークのなかで小沢さんは、前田憲二監督の映画『命どぅ宝』の映像を流しながら、沖縄戦体験者から丁寧に話を聞く丸木夫妻について、「敬虔」「謙虚」という言葉を印象的に使われていました。おそらくは、昨年秋に沖縄を訪れ、沖縄の人びとに案内されて戦跡を巡った自身の体験(私もごいっしょしましたが)を重ねあわせていたのではないかと思います。
丸木夫妻は、沖縄戦に限らず、広島の原爆を描く際も、たくさんの直接体験者から話を聞き、その記憶を作品のなかに注ぎ込んでいます。おそらくは、そのときにも「敬虔」「謙虚」に耳を傾けたことでしょう。
本当は、どれだけ想像力を広げて《原爆の図》を描いても、直接体験者の“経験の壁”を越えられないことは、誰よりも丸木夫妻自身が痛感していたのではないか。だからこそ、二人の話を聞く姿は、「敬虔」「謙虚」に映るのではないか。
トークを聞きながら、あらためてそんなことを考えました。

距離があるから描けることもあれば、距離があるから共有できない思いもある。
原爆を描くことが、良かったのかどうか。その葛藤を胸に抱えながら、それでも体験者の声に耳を傾け、表現し続けた丸木夫妻の作品が、周囲の人からどのように評価されようとも、二人にとってはそれほど重要なことでなかったのかも知れません。
小倉さんは「《原爆の図》が、モダニズム的な美術史観に評価されず、社会主義リアリズムの側からも『現実をそのまま描いていない』と否定されたことは、結果的には良かったのかも知れない」とおっしゃっていましたが、簡単にひとつの評価で読み解くことができず、いまも賛否の渦中にあることは、逆説的に二人の仕事の奥の深さ、意味の大きさをあらわしているのでしょう。

トークの後は小沢さんら数人と近くのバーに寄って歓談。久しぶりに真夜中近くに帰宅しました。
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2009/7/23

ハーモ美術館と京都アートフルライフ展  館外展・関連企画

午後、長野県の諏訪にあるハーモ美術館のS館長とA学芸員が来館されました。
ハーモ美術館は、アンリ・ルソーやグランマ・モーゼス、カミーユ・ボンボワなど、いわゆる素朴派と呼ばれる画家たちのコレクションに力を入れている美術館です。
ぼくはまだ訪れたことはありませんが、世田谷美術館の企画などでときどき所蔵作品を拝見しています。

そのハーモ美術館、今年の秋にグランマ・モーゼスと塔本シスコ、丸木スマという「三人のグランマ」展を企画中とのこと。詳しくは後日お知らせできるかと思いますが、グランマ・モーゼスと丸木スマの名前がならぶ展覧会はおそらく初めてなので、非常に楽しみです。

   *   *   *

ところで、現在、京都造形芸術大学のギャルリー・オーブで、丸木スマの作品を出品している「マイ・アートフル・ライフ ―描くことのよろこび―」展が開催されています(8/30まで)。

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http://aube.kyoto-art.ac.jp/index.html

昨年春に川口市立アートギャラリーで企画された展覧会の京都巡回版です。
石山朔、塔本シスコ、丸木スマという、人生の半ばを過ぎてから花開いた3人の画家たちによるパワフルな展覧会。お近くの方はぜひご覧になって下さい。
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2009/7/22

桐蔭学園展より作品返却  館外展・関連企画

神奈川県の桐蔭学園で行われていた「爆心地の記憶」展が18日に終了し、原爆の図《虹》《救出》《母子像》はじめ、貸し出していた作品が無事に返却されてきました。
19日間の会期中、入館者は3,909人だったそうです(1日平均205.7人)。

担当学芸員の方がまとめて下さったアンケートから、いくつかの感想を抜き出してみます。
●原爆の図はどの人の顔にも生気が宿っていないくすんだ色なのに、人の血だけは鮮やかな赤であった。そこから原爆が人々から奪っていったものの大きさが分かるような気がする。水墨画と水彩・油絵という対のスタンスを持つ丸木位里氏と丸木俊氏だからこそ描ける色使いだと思った。(高校)
●私が高校で美大を目指しているときに、担当の国語の先生から、『朝日新聞社刊の丸木位里・俊さんの「原爆の図」の話の載っている本を読んでみなさい』と渡され、とても感動した思い出がある。今回30年経ち我が子のお世話になっている桐蔭メモリアルアカデミウムで現物を観ることができ、再びこの当時の気持ちを思い出した。幸せな自分、美大を受験させてもらえる環境に感激したものだ。息子や娘にも話をし、是非見に行くように言った。(父母)
●娘が高校にいたので友の会に入っている。このたび丸木さんよりご連絡をいただき、伺ったが2000年女子美術大学同窓会で100周年記念に丸木さんのビデオ制作の責任者だった。改めてこのホールで見てビデオ制作の時何回も美術館に行き、何十回も絵を見たが、素晴らしい仕事だと思った。この学校で展示していただきとても嬉しい。不思議な縁を感じた。(一般)
●中2の子どもが遠足で丸木位里・俊美術館に行き、学校からすぐ近くでも見れますよという案内をいただき、足を運ばせていただいた。絵の大きさ、迫力……何か叫び声が聞こえてきそうだった。とても良い絵をたくさん見られて、改めて戦争について子どもと話しをしてみたいと思う。(一般)

今回の展覧会は、学校主催というこれまであまりない形式の企画でした。
立派な展示施設を持つ私立校だから可能な企画でしたが、多くの方に見て頂き、地域の方にも好評だったとのこと。
尽力して下さった学芸員のOさん、Kさんのお二人には心から感謝いたします。
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2009/7/21

グリーンカーテン  自然・生きものたち

現在、丸木美術館では、新事務局員のNさんの発案で、2階のベランダにゴーヤを植えて「グリーンカーテン」を育てています。
地元のボランティアのK林(T)さんが美術館の竹林から竹を伐り出し、素敵な柵を作って下さいました。

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青々と育った「グリーンカーテン」。立派なゴーヤの実もなっています。

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このゴーヤはどうなるんでしょう?
8月6日のひろしま忌にみんなで食べるのかな?
ちょっと気になります。
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2009/7/19

REDS WAVE 出演  TV・ラジオ放送

正午から午後2時まで、浦和地域に流れるラジオ放送REDS WAVE(FMうらわ 78.3MHz.)に生出演し、丸木美術館の活動と丸木夫妻についてのお話をしてきました。
以前、丸木美術館でもコンサートをして下さったことのある6弦ギタリストの重廣誠さんの番組、「しげひろまことのkikiミミ・ダンボ 〜美ら海ちゃんぷる〜」という番組に呼んで頂いたのです。

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ちなみに左側に写っているのは、理事のMさんです。ラジオなのになぜかピエロ姿です。
きっちりとスケジュールの決まっているNHKのラジオ放送では緊張するのですが、今回のFM放送はまったく緊張しませんでした。話す内容もほとんど自由でいいと言われて気が楽でした。そのかわり、途中に曲が入ったり、地域情報が入ったりして、どのタイミングで話したらいいのか、きっかけがつかめずはじめはちょっと困りました。
それでも重廣さんの高いテンションと気配りに助けられ、丸木美術館の魅力や《原爆の図》をはじめとする作品の意味、スマさんの絵の伸びやかさなどを、楽しく話すことができたように思います。もちろん、8月6日のひろしま忌のこともしっかり宣伝してきました。

重廣さんは今後も情報を送れば番組のなかで紹介して下さるとのこと。
ラジオは浦和地域の方しか聴けないのが残念ですが(インターネットでも生放送されているらしいけれど)、ぜひこれからも多くの方に知って頂けたらと思います。
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2009/7/18

NHKアーカイブス「被爆体験を語り継ぐ」  館外展・関連企画

沖縄アトミックサンシャイン展のシンポジウムや、H館長と語る会などのいくつかのイベントが重なってしまったこの日、埼玉県川口市のNHKアーカイブスで行われた講演会「被爆体験を語り継ぐ 〜アメリカの若者たちと対話〜」に参加しました。

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出演者は、長崎での被爆体験を書き続けている小説家の林京子さんと、アメリカの大学で原爆表現を教えているダンスアーティストの尾竹永子さん。

はじめに話をされたのは林京子さん。
林さんは、長崎高女在学中の14歳のとき、三菱兵器製作所に動員されて長崎の原爆を体験されました。
その記憶を30年後に小説『祭りの場』として発表し、芥川賞を受賞されています。
今回のお話は、長崎被爆の様子を丁寧に繰り返され、それは『祭りの場』の内容と非常によく似ているように感じたのですが、林さんは「わたしは記憶のなかにある事実を話すので、作品を読まれた方は同じことを言っていると思われるかも知れません。それでも私は同じ話をすることに意味があるのだと思うので、繰り返します」とおっしゃっていました。
「324人の同級生のうち、9月末までに52人が死にました。3人の先生のうち、2人は即死し、1人は郊外に出かけていたのですが生徒を探して爆心地に行き、9月7日に原爆症で死にました。3人とも30歳前後の独身の先生でした。有名な人の死は歴史に残るけれど、彼女たちの死は残らない。彼女たちがこうして生きて死んでいった証を残したいというのが、私が8月9日を書き続ける理由のひとつです」と語る林さん。
1988年にはアメリカに行き、ニューヨークの大学で被爆体験の話をされたそうです。
後遺症の恐怖に苦しみながら生きる林さんに「それでも生きていてよかったか。これから世界はどうなると思うか」と学生から質問があり、林さんは「生きていてよかったと即答できます。これから世界がどうなるかはわかりませんが、私は人間を信じます。いまここにいるあなたたちを信じます」と答えたとのこと。アメリカの学生も青い目を真っ赤にしながら話を聞いていたそうです。

   *   *   *

続いてお話をされた尾竹永子さんは、土方巽のカンパニー出身で、ダンス・デュオ「Eiko & Koma」としてアメリカで20年以上活動されている方。アメリカでは非常に評価が高く、1996年にマッカーサー賞を受賞するなど数々の賞に選ばれています。
尾竹さんは、みずから舞踊活動を行う一方、アメリカの大学で「原爆と表現」を教えているそうです。峠三吉や原民喜、大田洋子、林京子などの文学、初期の黒澤明や新藤兼人らの映画、丸木夫妻の絵画などを学生といっしょに見て、その感動、心の動きをレポートにまとめさせ、最後にそれぞれの「表現」に結実させるという授業です。
とはいえ、学生は理工系や人文系の、これまで表現とは無縁だったという人ばかり。それでも彼女は、時間をかけて内容を深めれば良いものが生まれてくる、と真摯に指導をされているのでしょう。原爆写真をコラージュして作り上げた“MANGA”や、一人では描けないけど……と恋人との共同制作で描いた絵画、家族全員で大量虐殺に巻き込まれたことを想像して撮影した写真など、非常に興味深い作品が数多くありました。
ぼくの心に残ったのは、たくさんの友人にひとつかみの粘土を握ってもらい、それを環状に並べたという学生の作品。一見、リチャード・ロングの現代美術のような印象を受けるのですが、自分の握った粘土を集団のなかから見つけ出すという行為が、黒焦げとなって寝かされた被爆者の肉親を探す行為につながるという深い内容のものでした。

林さんの作品を読んだインドネシアの女子学生の感想を、尾竹さんがお送りしたことから交流がはじまったというお二人。もの静かな林さんと活発な尾竹さんという対照的な性格のお二人が本質的なところで共鳴し合い、互いの仕事を尊敬されている様子がとても良く伝わってきて、心に残る講演でした。

   *   *   *

講演のあと、林さんと尾竹さんにご挨拶し(尾竹さんは以前に丸木美術館に来て下さったことがありました。林さんはもちろん、俊さんと対談をされています)、そのままアーカイブスの建物の1階にある居酒屋へごいっしょしました。NHKアーカイブスの企画者Iさんや国際交流基金のMさん、尾竹さんの学生やお弟子さんを交えて、とても楽しい時間を過ごすことができました。

◆NHKアーカイブスでは、8月30日まで原爆の図1/4パネル《虹》と《からす》が貸出展示されています。こちらもぜひご覧ください。
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2009/7/17

草刈り、草刈り……  ボランティア

ここ1週間ほど、時間を見つけて美術館周辺の草刈りを進めています。
駐車場周辺や美術館前の道路、川へ下りていく坂道や河原など……
美術館のまわりは自然が多く、この季節はどんどん草が伸びていくのです。

地元のK林(T)さんが毎日のように美術館に来てくれて、草刈りを手伝って下さいます。
そして今日は新しいボランティア・坂戸のYさんと鳩山のSさんのコンビが河原の草刈りをして下さいました。お二人は地元で環境系の活動をされている方で、来週末には都内から学生を十数人ほど連れ、バーベキューを兼ねて来館される予定。
「すごい、これは絶好の川遊びスポットだ!」と大よろこびで河原の整備に汗を流していました。

すっかりきれいになった川への道。都幾川の水量もちょうど良く、丸木美術館に来たついでに川遊びも……と思われている方は、今が絶好のチャンスです。
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2009/7/14

「丸木スマ・大道あや展」一部展示替  企画展

7月17日から京都造形芸術大学で開催される「マイ・アートフル・ライフ展」のため、企画者のMさんと運送業者さんが丸木スマ作品16点を搬出しました。
この展覧会は、昨年に川口市立アートギャラリーで開催され、たいへん好評だった企画です。今回はその関西版ということで、川口の展覧会をご覧になれなかった関西方面の方にはぜひご覧頂きたいと思います。
また、9月には長野県のハーモ美術館で、「三人のグランマ展」と題し、アメリカのグランマ・モーゼスと、塔本シスコさん、丸木スマの三人展を行いたいとの依頼も届きました。
昨年から続く丸木スマブーム、このまま各地に広がっていくのでしょうか。

スマの代表作《簪》や《母猫》などの重要な作品が出品されるため、丸木美術館で開催中の「丸木スマ・大道あや展」も一部展示替えを行いました。
《ひまわり》《おはなし》《海の幸》《鳥まんだら》……といった作品が、9月5日までの後期展示に展示室にならびます。
何度見ても心を軽やかにさせるスマ・あや作品。一度ご覧になった方も、ぜひ二度、三度とおいでください!
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2009/7/11

美術館クラブ「木工所でもらった木クズが変身だよ」  ワークショップ

月に1度のワークショップ、丸木美術館クラブ工作教室。
今日は造形作家・小林政雄さんのご案内で「木工所でもらった木クズが変身だよ」。
いつものスタッフ仲間のほか、寄居町から小学1年生と2歳の兄妹が参加して下さいました。
毎回材料を提供して下さるのは、川越でアトリエ「カルディア会」を主宰するMさんなのですが、今回の材料は太鼓を作る際に切り落とされたケヤキの端材。

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写真を見て頂くとよいのですが、これって「木クズじゃないじゃん!」と参加者の皆は心のなかで叫んだことと思います。
Mさんは「参加してビックリ!というのが面白いのよ」と言いそうですが……
この端材を紙やすりで削って滑らかにして、カラーインクで絵を描くというのが今回のテーマ。

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さっそく土間に布を敷いて、みんなでやすりをかけます。木がやわらかいので、子どもたちもきちんと削れます。

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その後は畳の上で色付けをします。大人たちも夢中になっています。
子どもたちは……外でバッタを追いかけるのに夢中。

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子どもたちが戻ってきたところで、作品をならべて記念撮影。
ケヤキの表面の凸凹の味を生かして、家の表札を作る人もいました。

その後は妻Tの差し入れのバナナロールケーキをみんなで食べてお茶にしました。
子どもたちも大満足のワークショップ。
次回は8月6日、ひろしま忌に行います。
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2009/7/11

『日本児童文学』掲載  執筆原稿

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小峰書店から発行されている雑誌『日本児童文学』2009年7-8月号(2009年8月1日発行、第55巻第4号)の特集「でかけよう! 出会いの夏」に、丸木美術館の紹介記事を掲載させて頂きました。

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毎年8月6日に行っているとうろう流しの行事や、昨年夏の企画「丸木俊 絵本の世界展」や現在開催中の「丸木スマ・大道あや展」の紹介です。
ほかには宮沢賢治記念館や鎌倉文学館、板橋区立美術館、東京大空襲・戦災資料センターなどの施設の紹介記事も掲載されていて、たいへん読み応えのある一冊です。

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2009/7/11

REDS WAVE 出演のお知らせ  TV・ラジオ放送

7月19日(日)午後1時からラジオREDS WAVE(うらわFM、78.3MHS)の「しげひろまことのkikiミミ・ダンボ」という番組に、丸木美術館理事の万年山えつ子さんと岡村が生出演することになりました。
6弦ベース奏者のしげひろまことさんは、2002年のひろしま忌に丸木美術館で演奏をして下さった方です。
浦和地域限定の放送ですが、以下のHPからインターネットでも中継されると聞いています。

http://web.mac.com/makoto6stb/kikimimi/TopPage.html

丸木美術館の日頃の活動について、きっと万年山さんが、笑いあり、笑いあり……と賑やかなお話をして下さると思うので、ぼくは脱線した話を軌道修正する役割に徹しようと思っています。

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2009/7/7

赤松俊子 戦前の油彩画寄贈  作品・資料

東京都東大和市にお住まいのUさんから、赤松俊子(丸木俊)の戦前の油彩画をご寄贈いただきました。

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Uさんのお祖父さんは、赤松俊子が千葉県市川市で代用教員をしていたときの小学校の校長先生だったそうです。
その関係で油彩画を譲り受け、長いあいだ家に飾りっぱなしになっていたとのこと。
額装もせず、むき出しのままで飾っていたため、作品はかなり汚れていますが、代用教員時代の作品(おそらく1935年頃の絵と思われる)はほとんど現存していないので、たいへん貴重な作品と言えるでしょう。
作品を受け取りに東大和市にうかがうと、静かで落ち着いた環境のなかに、個性的でしゃれた建築の自宅兼アトリエに案内されました。ご自身も版画家として活躍されているUさん。学生時代は丸木夫妻ともゆかりの深い画家の山下菊二に教えられたこともあるそうで、いろいろと楽しいお話を聞かせて頂きました。

作品はいずれ修復・額装をしたうえで、企画展などの機会にご紹介させて頂きます。
本当に貴重な作品をどうもありがとうございました。
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