2009/3/31

市内循環バスの時刻が変わります!  その他

3月最終日の今日は、新しく事務局に入るS木(E子)さん、K田さんと、Y子さん、岡村で打ち合わせを行いました。
明日からは新事務局員のN野さんも加わって、新体制がスタートします。

そしてもうひとつ重要なニュースが。明日から市内循環バスの時刻表が変わります。
これまでと大きく変わることはありませんが、どの時刻も少しずつ早まっているので、バスをご利用の方は充分にご注意、ご確認の上、ご来館下さい。

【市内循環バス唐子コース時刻表】
○丸木美術館行き
11:27 東松山駅東口→11:44 浄空院入口
12:00 高坂駅西口→12:18 丸木美術館北
14:25 東松山駅東口→14:42 浄空院入口
15:05 高坂駅西口→15:23 丸木美術館北
16:15 東松山駅東口→16:32 浄空院入口
○帰り
12:00 丸木美術館北→12:30 高坂駅西口
12:33 浄空院入口→12:46 東松山駅西口
14:58 丸木美術館北→15:28 高坂駅西口
15:38 浄空院入口→15:51 東松山駅西口
16:48 丸木美術館北→17:18 高坂駅西口
18:01 浄空院入口→18:14 東松山駅西口
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2009/3/29

日本アンデパンダン展「母性vs受身」  他館企画など

昨年秋に丸木美術館の企画展「シシュポス・ナウ展」で行われたアート・パフォーマンス「母乳vs受身」。
その際に出演した増山麗奈さんの“桃色ゲリラ”と、“受身絵画”の佐々木裕司さんが、国立新美術館で開催されている「日本アンデパンダン展」に出品し、パフォーマンスを行うというので会場に駆けつけました。
アンデパンダンとはフランス語でIndependants―自立・独立を意味する言葉で、無鑑査・無褒章・自由出品の美術展。丸木夫妻の原爆の図第1部《幽霊》(発表当時の題は《八月六日》)が初めて発表されたのも1950年の第3回展だったという歴史ある展覧会です。

今回のパフォーマンスの内容は、“母性vs受身”。
特別ゲストとしてタンゴのダンサー集団も登場しています。
ダイジェスト編集した動画をご覧ください。



増山さんも佐々木さんも相変わらずすごいパワーです。
丸木美術館でパフォーマンスを演じてもそれほど違和感はありませんでしたが、ルーブル美術館展などを同時開催している国立美術館の「澄ました」空間には、二人の突き抜けたパワーは違和感抜群!
7月にはパリに乗り込んでパフォーマンスをするという野望を抱えているそうなので、こちらもとても楽しみです。

   *   *   *

館内でのパフォーマンスの後は、「六本木大祓いの儀」と称して路上に繰り出し、六本木通りをパレード。
佐々木さんは六本木通り約2kmを柔道の受身で踏破、増山さんはTVブラ(!!)を装着して踊り歩き、その後を全長10mの巨大ミミズがうねりまわるという乱痴気騒ぎ。
“反心の貧困”デモとして申請しているので、警官約10名とパトカーが先導し、この怪しい集団を保護しながら路上を歩かせてくれるのです。



路上から歩道の通行人を観察するのも興味深く、日本人は(見てはいけない)と目をそらす人も少なくありませんでしたが、外国人は喜んで立ち止まり、結構写真を撮ったりしていました。

彼らの今後の動きには、これからも注目していきたいと思います。
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2009/3/28

Nさんの送別会  ボランティア

この3月で、18年間丸木美術館に勤務したN事務局長が退職されることになりました。
そこで、ここ1週間のうちに3度の送別会が行われました。

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最初は先週の日曜日。理事会・評議員会が行われた後に野木庵でN事務局長を囲んで理事・評議員の方々を中心とする送別会が行われました。
皆さんから集められた寄付金で、記念品として丸木位里の水墨画《天山山脈》をプレゼント。
「余白の多い絵が好き」というNさんは、力の抜けた位里さんの水墨の妙味あふれる絵画を喜んで受け取ってくれました。

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次の送別会は金曜日の夜。
地元の「天の園」や市職員を中心とした集まりで、丸木美術館からは4月から事務局長代行となるS木(E子)さんと岡村が参加しました。
場所は丸木美術館近くの予約制カフェ天の園。都幾川を見下ろす絶好のロケーションにあるかつて茅葺だった農家を改装した素敵なスペースです。
こちらの記念品はN事務局長の希望で「ビール券」。
地元の方々とのつながりはここ数年、N事務局長になってから生まれたものでした。
N事務局長は美術館周辺の「ホタルの里」整備事業にも熱心に参加しており、美術館を離れた今後も整備事業には一市民として参加するとのこと。
夜遅くまで会話も楽しくはずみました。

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最後の送別会は土曜日の夜。
行きつけの料理屋Kで、ボランティアや美術館職員などごく内輪の人たちの楽しく賑やかな会になりました。
記念品は、これもN事務局長の希望で「作務衣」でした。
さらにH川さんがギターの弾き語りをNさんに捧げ、大学時代からの友人Wさんが得意の「サンドイッチの歌」を披露するなど、大いに盛り上がりました。

   *   *   *

Nさんとの関わりは、はじめて学芸員実習に来た時から13年になります。
ともに仕事をするなかでさまざまなことを学び、とりわけ美術館に対する考え方の基盤を形成する上で、ぼくにとってNさんはとても大きな存在でした。
余計なものを身につけず、常に身軽な生き方を望んでいた彼にとって、自ら望まぬ事務局長という役職が重荷になっていることは、以前から幾度となく聞かされていました。
数年前に、Nさんが住居にしていた(そして美術館関係者の集いの場でもあった)M寺の庫裡を離れたとき、そう遠くないうちに美術館を辞するのだろうということも予期していました。
「転がる石には苔が生えない」
これがぼくがNさんから学んだもっとも大きなことだったのかも知れません。

Nさんにはこれからも命を大切にして、明るくしたたかに生きてほしいと思います。
長い間お疲れさまでした。そして旅が良いものとなることを祈ります。少し休んだ後には、きっと人に必要とされる仕事が待っていることでしょう。
本当にいろいろありがとうございました。
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2009/3/27

朝日新聞「前衛バカ伝説」  掲載雑誌・新聞

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本日『朝日新聞』夕刊1面「ニッポン人脈記 前衛バカ伝説」に“平和への軍旗「原爆の図」”という見出しで《原爆の図》をとりまく人間列伝が掲載されました。
《原爆の図》を描いた丸木位里・丸木俊夫妻や、《原爆の図》を背負って全国を巡回したヨシダ・ヨシエ、野々下徹、丸木美術館館長の針生一郎、針生が前衛芸術の手ほどきを受けた岡本太郎、花田清輝、昨秋に丸木美術館で若手芸術家の実験的な企画展を企画した坂口寛敏という方々の名前が紹介されています。

記事を担当されたのは田中三蔵記者。ヨシダさんへの取材は昨年12月14日に丸木美術館で行われました。

http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1109.html

ここ数日、記事を心待ちにしていたヨシダさんから何度もお電話を頂いていたのですが(たまたま大きなニュースが多く、掲載日が数日延びてしまったのです)、ようやく掲載されて何よりでした。

4月発行の『丸木美術館ニュース』では、この取材に同席した内容も含めて、丸木夫妻とヨシダさんの関わりをまとめた記事を掲載していますので、本日の記事とあわせてぜひご覧ください。
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2009/3/26

丸木スマ・大道あや展  企画展

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午後、S印刷所の営業担当Aさんが来館され、次回企画展のチラシを入稿しました。
次回企画展は「丸木スマ・大道あや展 ―命を織りなす絵画―」です。
昨年夏、埼玉県立近代美術館(丸木スマ展)、渋谷区立松濤美術館(大道あや展)と同時に首都圏で二人の大規模な回顧展が行われました。
NHK新日曜美術館でも特集され、たいへんな反響を呼んだのですが、残念ながら二人の絵を同じ会場で見ることはできませんでした。
そのため丸木美術館では、丸木美術館の所蔵する丸木スマ作品を中心に、近隣の大道あや作品所蔵者の方から作品をお借りして、ささやかながら二人展を開催しようと企画しました。
スマ作品約50点に対し、あや作品は数点とあまりバランスはよくありませんが、母子の絵画を比較して楽しむことのできる絶好の機会になることでしょう。

会期は6月13日(土)から9月5日(土)となります。
会期中には、スマ・あやの作品との共通性を感じさせるような位里・俊の作品も常設展示で紹介しようと考えています。
ぜひお楽しみください。
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2009/3/24

丸木美術館ニュース第97号  美術館ニュース

この一週間、理事会・評議員会や3月いっぱいで退職するN事務局長との仕事の引き継ぎなどでバタバタしていましたが、本日、無事に丸木美術館ニュース第97号とボランティア新聞第9号の原稿を、S印刷さんに入稿することができました。
今回は諸事情によりスケジュールがかなり厳しかったので、予定通り入稿できてひと安心です。
納品予定日は4月3日(金)。ニュース発送作業は4月4日(土)、ボランティア募集中です。

今回の美術館ニュースとボランティア新聞の内容は以下の通りです。

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丸木美術館ニュース第96号(発行部数3,200部)

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表紙の絵 丸木位里・丸木俊《沖縄戦の図》(佐喜眞美術館蔵)
表紙の文 丸木俊「沖縄をはじめて訪ねて」(『日中』1978年12月号より)

5月5日開館記念日スケジュール・出演者プロフィール
われら「記憶」の継承者たらん(原爆の図丸木美術館評議員・吉川守)
《足尾鉱毒の図》の思い出(田中正造大学事務局長・坂原辰男)
「大津定信展」を終えて(現代美術家・大津定信)
〈ガザ〉とは何かからの報告(京都大学教授・岡真理)
丸木夫妻とヨシダ・ヨシエ(原爆の図丸木美術館学芸員・岡村幸宣)
原爆文学の再問題化にむけて―原爆文学研究会の活動―(広島大学准教授・川口隆行)
情報ページ
丸木美術館クラブのお知らせ
リレーエッセイ(原爆の図丸木美術館新事務局員・中野京子)
新事務局体制のお知らせ
原爆の図釧路展の情報
フォト・ギャラリー 2009年3月7日平野亮彩展初日(撮影:奈良間隆哉)
編集後記


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ボランティア新聞第9号(発行部数2,700部)

編集・発行=神田成美、満園節子

〔連載〕丸木の人々(第8回)今までありがとう! 奈良間隆哉さん
〔特集〕発掘!丸木美術館ボランティア史 黎明編第1回「都幾川沿いの丸木美術館」 鈴木房江さん

小高文庫便り3 満園節子さん
活動報告
連絡掲示板

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友の会会員の皆さまのお手許には4月中旬に届くことと思います。
どうぞご期待下さい。
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2009/3/14

美術館クラブ「シュガークラフト!」  ワークショップ

ホワイトデーに合わせて……というわけではないのでしょうが、今日の丸木美術館クラブ工作教室は大島翠砂さんによる「シュガークラフト!」。
いつもM年山さんのオドロキの素材に慣れている参加者にとっては、あっと驚く“マトモ”なワークショップになりました。

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大島さんによれば、「粘土遊びは楽しいけれど、油粘土の独特のにおいが昔からちょっと嫌だった。でも、シュガークラフトなら甘い香りで粘土遊びが楽しめる!」とのこと。
砂糖のもと(?)を少量の水で溶いて、手で念入りに混ぜれば、4歳の息子Rでも楽しめる粘土遊びのはじまりです。
大人も子どもも色つき粘土を使ってすっかり夢中になりました。
普通の粘土に比べると、すぐに固くなってしまうという違いがありますが、できあがった作品は力作揃い! もちろん、食べても美味しいです。
手についた粘土(もとい砂糖)を食べても身体に害ではないので、小さな子どもも安心です。

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楽しい制作のあとは、妻の差し入れのシュークリームをみんなで食べました。
作って食べて二度美味しい、なんとも珍しいワークショップでした。

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2009/3/13

5月5日は沖縄特集  イベント

愛知県の常滑からY評議員が来館し、5月5日の開館記念日の打ち合わせを行いました。
薩摩藩による琉球侵略から400年、明治政府による琉球処分から130年という節目の年にあたる今年の開館記念日は、“沖縄特集”です。
Y評議員は昨年から、“沖縄特集”を実現するために尽力されています。

現時点での大まかなスケジュールは、以下のとおりとなっています。

午前中 沖縄戦フィルム1フィート運動の会企画制作の映像上映
12:00 丸木美術館クラブ(工作教室)
12:45 開館記念日の集い
13:00 【吹きわたれ!「沖縄(ウチナー)ぬ けーし風(かじ)」】
     ●シンポジウム〈語り継ぐ「沖縄の記憶」〉
     基調講演:比屋根照夫氏(琉球大学名誉教授)
     対談:比屋根照夫氏、外岡秀俊氏(朝日新聞アジア担当編集委員)
     ●マブイぐみ(「まことの魂を汲みとる、の意)コンサート
     出演:海勢頭豊氏


これから広報などさまざまな準備で忙しくなりそうです。
現在編集中の『丸木美術館ニュース』第97号でも、開館記念日の特集を組んで詳しい内容をお伝えします。

乞うご期待!
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2009/3/12

『丸木スマの絵画』改訂版入稿  販売物

2005年に発行し、以後好評につき版を重ねていた小図録『丸木スマの絵画』の改訂新版の編集作業が終わり、無事S印刷に入稿しました。
表紙をこれまでの黄色から緑色に変え、ページ数も8ページ増の32ページとなっています。

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今回の注目は、広島県立美術館や広島在住の丸木位里の親族の協力を得て、収録作品の数が大幅に増えたことです。
また、昨年、埼玉県立近代美術館で開催した「丸木スマ展」の際の研究成果を生かして、巻末に詳細な年表も掲載しています。

価格はこれまでと変わらない600円。小図録は3月中に納品予定で、新年度から美術館ロビーにて販売いたします。
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2009/3/11

田中正造大学・坂原事務局長来館  来客・取材

3月7日より「丸木位里・丸木俊 足尾鉱毒の図展」がはじまっています。
今日は栃木県より田中正造大学の坂原辰男事務局長が来館されました。
坂原さんは、丸木夫妻が《足尾鉱毒の図》を描く際、ともに現場取材をされた方です。

1987年7月に発行された『丸木美術館栃木館 童画原画の家だより』第7号には、坂原さんの記された「丸木先生夫妻随行記」という記事が掲載されています。
そこには、1987年5月19日に渡良瀬遊水池となった旧谷中村をはじめ、足尾鉱毒・田中正造に関連する史跡をまわる丸木夫妻の行程が詳しく記録されています。
   *   *   *
09:00 栃木館を出発。
10:25 渡良瀬遊水池の下宮の堤防に到着。旧谷中村残留民の子孫Tk氏と合流、検問所を通り延命院跡に着く。途中、渡良瀬研究会Tm氏と合流、Tm氏は強制破壊当時の写真を見せながら谷中村の歴史を語り、Tk氏は親から伝えられた谷中村の様子を語る。
その後、役場跡を見学し、Tk氏と別れ合同慰霊碑を見る。Tm氏と別れる。
12:30 合同慰霊碑を出発。
13:10 館林の茶館「万里」到着。市議Y氏が出迎え、昼食を御馳走になる。
14:35 鉱毒反対運動の拠点となった雲竜寺に到着。川俣事件の碑、救現堂、田中正造の墓を見学し、本堂で鉱毒事件関連資料を見る。
15:25 佐野市郷土博物館に到着。Tm氏と再び合流し職員と懇談。田中正造の生涯をたどったビデオを鑑賞し、遺品・日記・資料展示物を見る。
16:45 喫茶店「エッグ」で休憩。
17:45 佐野市小中町の田中正造生家に到着。旧佐野市郷土博物館館長S氏と合流、田中正造生家内や隠居所でTm氏を交え話を聞く。
19:00 田中正造生家を後にし、佐野市内の料亭でS氏と対談。
21:00 栃木館に帰着。
   *   *   *
朝早くから夜遅くまで、丸木夫妻が精力的に取材を重ねていた様子がよくわかります。
坂原さんは、以下のように随行記を結んでいます。
「私は、田中正造研究に携わって5年近くになりますが、今回は色々と教えられる物がありました。御夫妻とも高齢ながらも、行く先々で人々の話を熱心に聞き、写真を撮っている。この『鉱毒の図』の製作に取組む情熱と体を張っての絵画製作のエネルギーに胸を打たれました。また正造が遺したシラミの話や生家の小猫に関心を寄せる気持ちは、全ゆる小動物(いのち)を愛するというとてつもない心の広さを感じました。“鉱毒の図”が完成する事により、再び繰返しては成らない鉱毒被害と被害者・その歴史と戦争に繋がった国策。また全地球的規模で侵されている自然破壊に対して、世論に訴える大きな力となる事を、私は期待しております。」

「足尾鉱毒の図展」関連イベントとして、5月6日(木/祝)午後2時から、坂原さんをお招きして「足尾鉱毒事件は終わっていない」と題する講演会を行うことも決まっています。
詳細は後日掲載いたしますが、丸木夫妻が晩年に力を注いだ足尾鉱毒事件について、詳しくお話を伺うことのできる貴重な機会となりますので、ぜひ多くの方にお運びいただきたいと思います。
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2009/3/10

読売新聞「この街に生きる」  掲載雑誌・新聞

先日取材のあった『読売新聞』の連載「この街に生きる」東松山の巻その3として、丸木美術館に長年かかわってきた地元の方々の記事が朝刊地方欄に掲載されました。
記事には、約30年間理事を務めた元東松山市教育長の田口弘さん、約20年間にわたり丸木夫妻の身辺の世話をした江野とみさん、そして俊さんの姪で養子となった丸木ひさ子さんが紹介されています。
田口さんは「両先生は、自然に囲まれたこの場所を愛していた。だから地域に奉仕したいと、公共施設に作品も寄贈してくれた。どれも平和を訴えたもので、2人の意思は、この地で引き継がれています」と語り、江野さんは俊さんとともに畑で自然と一体になった自給自足のような生活をしていたことを回想しながら、「みな、両先生の魅力に引かれて集まってきた。影響を受けた人たちが、2人の言葉を後世に語り伝えていってくれると信じています」と語ります。
ひさ子さんは「作品に向かっているときは厳しかった。特に『原爆の図』を描いているときは、まるで戦争を引き起こした理不尽さに怒りをぶつけているようだった」と振り返り、俊さんが発した「平和を望むなら努力しないと」という言葉が今も忘れられないと語っています。

今日は「記事を読んできました」と受付で声をかけて下さる方も多く、平日にしては来館者でにぎわっています。とくに地元の方が多く来られているようで、嬉しいです。
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2009/3/8

『日本児童文学』編集長来館  来客・取材

午後、『日本児童文学』(隔月刊、小峰書店)のN編集長が来館されました。
『日本児童文学』を発行している日本児童文学者協会は、児童文学の普及運動と主とする児童文学者の団体で、1946年3月に創立されました。初代会長は小川未明。作家、評論家、研究者、翻訳者、読書運動家などで構成される会員と、著作権継承者である準会員によって構成され、綱領に「民主主義的な児童文学を創造し普及する」と示されているように児童文学運動団体としての性格を持っています。
赤松俊子(丸木俊)も1948年7月に桜井書店より刊行された『日本児童文学選 年刊第1集』のなかで、坪田譲治作「サバクの虹」の挿画を手がけるなど関わりの深い団体です。

N編集長は、今年の7・8月号の特集「でかけよう! 出会いの夏」で丸木美術館を取り上げて下さるとのこと。今年の夏は丸木スマ展を予定しているので、昨年行った丸木俊絵本原画展の話なども交えながら、多くの親子に足を運んで頂ける内容にしていきたいと思います。

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2009/3/6

大道あやさんの花  作品・資料

午後からときがわ町のS木(E子)さんといっしょに、越生時代の大道あやさんと親しく交流されていたMさんご夫妻の別荘にお伺いしました。
川のせせらぎの聞こえるとても素敵な別荘で、われわれがお訪ねするとちょうど薪ストーブで焼き芋を焼いているところでした。
さっそく焼き芋を頂きながら、越生でのあやさんとの交流についてお話を伺い、あやさんから頂いたという大輪の花の絵を見せて頂きました。

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小品ながら細かいところまで丁寧に描きこんでいて、見ていて気持ちがやわらかくなるような明るさを感じます。
「いいですね。ほっとするような作品ですね」とお話をしながら、6月から丸木美術館で行う「丸木スマ展」への特別出品を承諾して頂きました。
今度の「丸木スマ展」では、東京周辺にある大道あやさんの作品もできるだけお借りして特別展示する“ミニ母子展”になります。

丸木美術館を訪れた人の心を和ませるような、やさしい展示にしたいと思っています。
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2009/3/4

企画展展示替など  ボランティア

日曜日は企画展の展示替え作業。
企画展示室で行われていた大津定信展の作品を撤去し、「足尾鉱毒の図」を展示しました。
展示ボランティアに参加して下さったのは、K林(T)さん、M木さん、M上さん、M園さん、A崎さん。
今回展示したのは第2部《押し出し》、第3部《渡良瀬の洪水》、第5部《谷中村耕勢破壊》と《谷中村野やき》《大逆事件》の5点です。
このうち、第3部と第5部は会期中に第1部《足尾銅山》、第4部《直訴と女押し出し》と入れ替えます(4月20日)。

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また、《原爆の図》展示室のうち、第12部から14部までを展示していた1階の部屋を入れ替え、特別展示の「平野亮彩展」の作品をならべました。
こちらは平野さん夫妻に加え、M年山さん夫妻とDさんが展示作業の手伝いをしてくれました。
原爆の図よりさらに大きな《炎える王道楽土》。満州国の歴史を1枚に描いた作品のスケールには圧倒されます。

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この日は東京から広島子ども派遣団が来館し、《原爆の図》の前で館内説明を行いました。

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そして、大雪が心配された今日4日ですが、さいわい雪もたいしたことがなく、無事にキャプション貼りや看板作りなどの展示替え作業はほぼ完了しました。
身重のM子さんがキャプション切りの作業をがんばってくれました。M子さんは来年度から産休の予定ですが、新しく事務局に入るN野さんにキャプション作りの秘伝を授けてくれたので、これからも安心です。

また、サトエ記念21世紀美術館のE口学芸員が久しぶりに来館して下さいました。
いろいろと仕事がたいへんそうですが、どうぞお身体に気をつけてがんばってください。
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