2008/7/31

松本・神宮寺「いのちの伝承」展など  館外展・関連企画

午前中に長野県松本市の浅間温泉にある神宮寺のTさんが来館し、原爆の図第6部《原子野》、第12部《とうろう流し》を搬出していきました。
毎年8月に数点ずつ《原爆の図》を展示し、今年で11年目となる神宮寺の展覧会。
とうとう今年で全作品の展示を終えることになります(展覧会は8月1日から8日まで)。
長い間、作品をお借り頂き、本当にありがとうございました。
Tさんには、丸木美術館のイベントの出演者の相談など、さまざまなかたちでお世話になっています。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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昨日(7月30日)から、文京シビックセンターにて今年で4回目となる《原爆の図》展がはじまりました。
今年は第5部《少年少女》、第7部《竹やぶ》、第8部《救出》の3点が出品されています。
原爆の図を見る会・文京の皆さんのご尽力による展覧会です。
都営地下鉄春日駅から徒歩1分という抜群のアクセスですので、東京にお住まいの方はぜひお運び下さい(入場無料、8月2日まで)。

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明日(8月1日)から15日まで、原爆の図丸木美術館支援チャリティ「生命のひかり展」―丸木位里・丸木俊回顧展が、さいたま市大宮区のカフェギャラリーあっぷるはうすで開催されます。
こちらはギャラリー史のTさんのご尽力による展覧会です。
小品の絵画のほか、版画、陶板など50点ほどを展示予定とのことです。

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8月6日に合わせて、各地で丸木夫妻関係の小さな展覧会が次々とはじまっています。
丸木美術館の「丸木俊 絵本の世界展」、埼玉県立近代美術館の「丸木スマ展」、渋谷区立松濤美術館の「大道あや展」とあわせて、どうぞよろしくお願いいたします。
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2008/7/31

NHK−FMラジオにて企画展紹介(予告)  TV・ラジオ放送

明日、8月1日(金)午前中11時15分頃から、NHK−FMラジオ(埼玉県内向け 周波数85.1:秩父は83.5)の番組「いきいき埼玉11時」の「カルチャーインフォメーション」に生出演し、現在開催中の企画展「丸木俊の絵画 鮮やかな色彩の交響曲」を紹介いたします。
先ほど、NHKさいたま局のI田リポーターと打ち合わせを行い、丸木俊の絵本の魅力や、展覧会の見どころ、8月23日に開催するギャラリー・トークの紹介などを7分ほどの電話インタビューでお話しすることになりました。

ふだんはあまりご紹介できない丸木俊の絵本作家としての一面に焦点を当てる今回の企画展。
『かさじぞう』や『おしらさま』、『うしかいとおりひめ』などお馴染みの民話もあれば、『せむしの小うま』、『こまどりのクリスマス』など外国の物語もあります。
繊細な色づかいや線描表現で巧みに表現された世界からは、かけがいのない人びとの生活や文化を奪いとる「力」に対する俊の憤りが逆に浮かび上がってくるようにも思います。
夏休みなので、ラジオをお聞きになった方々が、親子連れで美術館に来てくれると嬉しいですね。
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2008/7/30

実習生初日  学芸員実習

今日から大東文化大学のHくんと東京造形大学のOさんの学芸員実習がはじまりました。
初日は午前中にとうろう作りの準備、午後には軽く美術館周辺の草むしりをしました。
これから8月6日の「ひろしま忌」に向けて、さまざまな仕事をしてもらうことになります。
暑い日が続くので、体調に気をつけながらがんばって働いてください。

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昨日は地元ボランティアのJさんが駐車場やバス停近くの草刈りをしてくれました。
道路沿いの草刈りや館内掃除、イベントに向けた備品の準備、看板作りなど、8月6日までは職員、実習生、ボランティアともに忙しい日々が続きます。
いよいよ夏も本番です。
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2008/7/29

特集展示「丸木俊 ロシアの絵画」  企画展

明日から文京シビックセンターで「第4回原爆の図文京展」がはじまります。
今日は午前中から原爆の図第5部《少年少女》、第7部《竹やぶ》、第8部《救出》の梱包搬出作業を行いました。
すっぽりと空いた2階の展示スペースに、今年は「特集展示」と題して、若き日の俊がロシアを題材にして描いた作品を期間限定で紹介することにしました。

俊は1937年4月から1年間、1941年1月から半年間の2度にわたり、外交官の家庭教師としてモスクワに滞在しました。「毎日1時間の自由時間に絵を描いた」という回想の通り、スケッチや油彩画を数多く残しています。
その集大成と言うべき大作が、今回、丸木美術館初展示となる《モスクワの四季》〔1944-62年、油彩・カンヴァス〕です。

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1944年4月の第5回美術文化協会展に《解氷期》の題で出品。その後加筆し、《クレムリン》の題で1962年の兜屋画廊個展に出品したこともありますが、長く俊の弟・赤松淳氏に所蔵され、このたび、修復を終えて特別公開されることになりました。
画面上では、モスクワの街を特徴づける高い塔の風景が目を惹きます。しかし、細部をよく見ると、宿舎近くの街路やバレエ劇場、避暑地の野外ホールなど、俊自身の思い出の場所もたくさん描きこまれています。
さまざまな異なる空間を、ひとつの画面上にコラージュするという表現方法は、この時代の作品としては野田英夫や松本竣介を思い起こさせますが、全体に透明感のある両者の洗練された作品に比べ、俊はどこか大地の匂いがするような、力強い作品を描いています。ほぼ同時期に、ヤップ島を主題にしたコラージュの大作(《ヤップの島の物語》、1943年第30回二科展出品)を描いているのも興味深いところです。

8月9日までという限られた期間の展示ですが、《モスクワの四季》のほかにも、油彩画のモスクワ風景や、水彩画の人物像など、俊のモスクワでの生活ぶりが生き生きと伝わる作品を計7点紹介していますので、ぜひお楽しみ下さい。
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2008/7/27

草刈りの日  ボランティア

本来なら、今日は、8月6日の「ひろしま忌」に向けて美術館内外を整備する「ボランティアの日」のはずだったのですが、参加希望者は地元のMさん1人だけ。
結局、「ボランティアの日」は中止ということにして、MさんとN事務局長、ぼくの3人で、都幾川に下りる道の草刈りなどの整備をしました。
3年前に数十人が参加して盛り上がりを見せた「ボランティアの日」でしたが、このところ参加者が極端に少なく、再考の時期を迎えているのかも知れません。

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写真は、草刈りをするボランティアのMさんです。蒸し暑いなか、汗をたっぷりかいて作業をして下さいました。ご苦労さまでした。
あらかじめ母屋のJさんやN事務局長が草刈機で河原への道を整備してくれていたため、今日の作業はかなりはかどりました。

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「とうろう流し」のときに都幾川へ降りられるように、川岸に小さな階段も作りました。
今年は川の流れが大きく変わったため、たくさんの人が流れのそばに集まってとうろうを流すことができそうです。
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2008/7/26

埼玉近美/担当学芸員ギャラリートーク  館外展・関連企画

埼玉県立近代美術館で午後3時から行われた「丸木スマ展」のギャラリー・トークに行きました。
今回の企画の担当学芸員Oさんによるトークです。

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参加者は約30人から多いときで50人ほど。
Oさんは、「山里の息吹」、「季節はめぐる」、「花ひらく」、「大地のめぐみ」……という具合に順を追って展示室をまわりながら、スマの主要な作品や3人の若手アーティストの出品作について、企画者としての立場から興味深い説明をして下さいました。

本物らしく見せる技巧より、スマは自分にとって現実感のある世界を描くことが大切だったこと。
スマは絵がフィクションだと最初から理解し、大胆な色使いで画面全体を生かしていること。
描く対象は自分の好きなものが多いが、思い出して描くのでなく、必ず写生し、観察と経験に基づいて描いていること。
とりわけ、トークの最後にして下さった企画にまつわる話は、強く心に残りました。

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丸木スマは、74歳頃から81歳で亡くなるまでの7年間に集中して絵を描きました。
その短期間に、もちろん絵は上達しているのですが、ほかの多くの画家のように試行錯誤の末に自身のスタイルを完成させたとは言えません。
いわば、絵を描きはじめてからグイグイと上り坂を登っている状態で道半ばにして亡くなった「未完成の画家」であるため、評価をためらう人もいます。
しかし、スマの絵を見ると、多くの人は理屈抜きで顔をほころばせます。
誰でも持っている自分の世界を、好きなように表現していいんだ、と励まされます。
もちろん、誰もがスマのような絵を描けるわけではなく、むしろ、われわれには教育による先入観があるため、真に自由に描くのは難しいかも知れません。
しかし、少なくとも、人間にはこうした可能性が潜んでいると示すことが、今の時代を生きる人を勇気づけるのではないかと思って、展覧会を企画しました。

(岡村のメモより、内容要約)

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スマについては、丸木美術館が多くの作品を所蔵していることもあって、説明をしたり文章を書いたりする機会が多くあります。しかし、他館の学芸員の方がスマについて語るのを聞く機会はめったになく、今回はとても参考になりました。

25日時点で「丸木スマ展」の来場者数は約5,000人とのこと。
会場では絵を見ながら談笑している人の姿も見られ、図録も順調に売れているようです。
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2008/7/22

団体来館/夏休み  その他

午前中、町田市の中学校団体が来館。
2グループに分かれ、2階の《原爆の図》の前で続けて館内説明を行いました。
太陽光を取り入れる設計の2階展示室は、夏は温室のように空気が温まり、そこへたくさんの人が入ると、暑さで頭がぼうっとなります。
説明する側も集中力が落ち気味になるにもかかわらず、生徒たちは静かに落ち着いて話を聞いてくれました。
暑さのなかでの絵画鑑賞……しかし62年前の広島の暑さを、絵を見ながら思い起こす人もいたのではないでしょうか。

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この説明の仕事を最後に、午前中で美術館を退館。明日から3日間の夏休みに入ります。
丸木美術館は7月20日から8月末まで無休となり、来館者も多く忙しいことから、例年は10月頃に夏休みをとっていたのですが、今年から息子が幼稚園に通いはじめたため、息子の休みに合わせて、はじめて7月に休暇をとることにしました。
明日は飯能へ川遊び・キャンプに行ってきます。
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2008/7/21

都内美術館・画廊まわり  その他

丸木美術館の企画展チラシ・ポスターを持って外回り&打ち合わせの一日。

渋谷区立松濤美術館では、今日が最終日の「河野通勢展」にかけつけ、次回企画「大道あや展」の担当学芸員Tさんに「丸木俊 絵本原画の世界」展のチラシとポスターをお渡ししました。
丸木位里の妹・大道あやの生誕100年を記念する展覧会は、8/5からはじまります。会場を訪れる方のなかには、丸木美術館の企画に関心を寄せる方も多いことでしょう。

京橋のギャラリイKには、次回企画「今日の反核反戦展 2008」のチラシを置かせて頂きました。
今年の反戦展には、ギャラリイKのUさんの協力により、太平洋戦争や靖国問題などをテーマに制作をするインドネシアのイスワント・ハルトノさんの作品が特別展示されます。
今日はその打ち合わせも兼ねての訪問でした。

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今年の4月より、丸木美術館ではチラシ持参の方は入館料100円割引になっています。
埼玉スマ展や松濤あや展、ギャラリーKなどの会場で丸木美術館のチラシを見かけた方は、ぜひそのチラシをお持ちの上、丸木美術館にご来館ください。
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2008/7/20

丸木美術館を支える会  来客・取材

午前中に越谷市の「丸木美術館を支える会」の皆さまが来館されました。
2006年以来、3年連続の来館となります。
入館の前に、今年もまた、丸木美術館支援のためのカンパを頂きました。

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N事務局長がカンパを受け取り、存続の危機以後の丸木美術館の運営状況を報告。
その後、2階の《原爆の図》の前で館内説明を行いました。
毎年来館のたびにお聞きになっている方もいらっしゃるので、今回は少し内容を変えて、《原爆の図》が、その成立過程のなかで無数の被爆者の記憶を背負っていることの意味などを中心にお話しました。
これまでは8月6日直前に来館されていたので、(《原爆の図》貸出が多いため)実は「支える会」の皆さんは《原爆の図》の連作がすべてそろっているのをご覧になるのは今年が初めてです。
「やっぱり、全部を観られるというのはいいですね」という率直な感想も頂きました。

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毎年8月上旬になると、丸木美術館の入館者は1年でもっとも多くなります。
《原爆の図》を観ることで、被爆者に思いをはせたいとの気持ちから、来館される方も多いのではないかと思います。
けれども、1年でもっとも《原爆の図》が貸し出されることが多いのも、また8月上旬なのです。
今年は、7月30日から8月2日まで文京シビックセンターに第5部《少年少女》、第7部《竹やぶ》、第8部《救出》が、8月1日から8日まで長野県の神宮寺に第6部《原子野》、第12部《とうろう流し》が貸し出されます。
なるべく多くの作品を貸し出すことのないように、スタッフもできるだけ配慮しているのですが、それでも7月から8月にかけての数日間は5点の作品が不在になってしまいます。
代わりに、空いたスペースには《原爆の図》複製パネルや「原爆の図デッサン」を展示し、新たに修復をして展示可能になった俊の油彩画の大作《モスクワの四季》などを紹介する予定です。
特に《モスクワの四季》は、7月29日から8月9日までの短期間の限定展示。
若き日の俊のモスクワ滞在の記憶が、画面の細部にコラージュされたとても興味深い作品です。この期間に丸木美術館を訪れる予定の方は、どうぞお見逃しのないように。
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2008/7/19

共同通信社取材  来客・取材

以前、丸木美術館の存続の危機報道の際にもお世話になった共同通信社のH本記者が来館し、《原爆の図》の美術的な評価の変遷について取材を受けました。
H本さんは、事前にヨシダ・ヨシエさんや小沢節子さんにも取材されていたため、その報告なども聞きながら、連作としてひとくくりで見られることが多いものの個々の作品の成立過程がまったく異なる《原爆の図》の評価の難しさや、主題の抱える社会性と絵画そのものの距離感をどうとるべきか、といった問題などについて、こちらの考えていることを話すというより、意見交換のようなかたちで対話を進めました。

H本さんは8月の原爆の時期に合わせて今回の記事を配信されるとのことで、現時点では具体的な掲載予定はわかりませんが、8月から9月にかけて、各地の新聞に掲載されることになりそうです。
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2008/7/19

美術館クラブ「着物の古布でコラージュ」  ワークショップ

毎月1回行われるワークショップ丸木美術館クラブ工作教室。
今月は民芸アーティスト・古神篤子さんの案内による「着物の古布でコラージュしよう!」でした。

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古神さんが寄付して下さった子ども用着物の古布が机の上に広げられると、約10人ほどの参加者は、鮮やかな色彩と洗練された図柄に思わずため息。
このきれいな古布を、ハサミで惜しげもなく切っていくのです。

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ふつうは布をハサミで切ると、切り口がほつれるのですが、カルディア会のM年山さんたちがアイロンで裏地をつけて下さったので、ザクザクと切ることができます。
鶴や松、独楽、兜、弓矢などの図柄を生かし、思い思いにコラージュしたのが以下の作品。

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「来年の松飾りはこれで行こう!」という声もありました。
毎回、思わぬ素材に驚かされるのが楽しい美術館クラブ。
次回は8月6日「ひろしま忌」で、“海からの贈り物”を使って工作をします。
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2008/7/17

NHK新日曜美術館「埼玉近美スマ展」紹介  TV・ラジオ放送

7月20日(日)NHK教育テレビ新日曜美術館(午前9時から10時、再放送は午後8時から9時)番組内の「アートシーン」で、埼玉県立近代美術館で開催中の「丸木スマ展 樹・花・生きものを謳う」が紹介されます。
数分間の短い紹介ですが、ぜひご覧ください。
じわじわと評判を呼んでいるという埼玉スマ展。この放送によってさらに多くの方が来館されると良いですね。
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2008/7/15

峠三吉「にんげんをかえせ」朗読CD  販売物

峠三吉の原爆詩集「にんげんをかえせ」の朗読CDを制作した好村俊子さんが来館されました。
好村さんは俳優として長く舞台で活躍され、また、声優としてもシャーリー・マクレーンの吹き替えや、アニメ「アンパンパン」のヤギおばさんの役などをされています。
峠三吉の詩の朗読を思い立ったきっかけは、お兄さんの冨士彦さんが、原爆詩集を制作中の峠三吉と広島の療養所で一緒だったこと。その後、富士彦さんは、朗読会を主催した「広島に文学館を!市民の会」の前身である「広島文学資料保全の会」創設に尽力し、7年前に亡くなりました。好村さんは、富士彦さんの遺品にあった峠三吉の作品を読み、朗読CDの作成を決めたそうです。
CDに収録された詩のなかには、丸木夫妻の《原爆の図》を主題にした「「希い」―原爆の図によせて―」も含まれています。

 この異形のまえに自分を立たせ
 この酷烈のまえに自分の歩みを曝させよう

 頁を追って迫る声は闇よりも深く
 絵より絵へみちた涙はかわくことなく重く
 まざまざと私はこの書中に見る
 逃れていった親しい人々 死んでいった愛する人たちの顔を

 むらがる裸婦の無数の悶えが
 心にまといつくおののきのなかで
 焔の向うによこたわったままじっと私を凝視するのは
 たしかわたし自身の眼!

 ああ 歪んだ脚をのべさせ
 裸の腰を覆ってやり
 にぎられた血指の一本々々を解きほぐそうとするこの心を
 誰がはばみえよう

 滅びゆく日本の上に新しい戦争への威嚇として
 原爆の光りが放たれ
 国民二十数万の命を瞬時に奪った事実に対し
 底深くめざめゆく憤怒を誰が圧ええよう

 この図のまえに自分の歩みを誓わせ
 この歴史のまえに未来を悔あらしめぬよう


CDの表紙画には、好村さんのたっての希望で、丸木俊の《原爆の図デッサン》から少女像が使われました。

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定価は2,000円(税込価格)。丸木美術館の入口ロビーでも販売しています。
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2008/7/13

埼玉近美/アーサー・ビナードさん講演会  館外展・関連企画

午後3時から埼玉県立近代美術館の講堂で、アーサー・ビナードさんの講演会「絵の居場所 丸木スマが輝く時代」が行われました。定員100名の会場はほぼ満席でした。
ビナードさんは、1967年米国ミシガン州生まれの詩人で、日本語で詩を書き、2001年に中原中也賞を受賞。現在は詩作のほかに、エッセイや絵本、ラジオのパーソナリティの仕事など多方面で活躍しています。
そして、以前から丸木スマの絵のとても良き理解者でもあります。
今回は、前日に青森放送でラジオの収録があり、当日も午前中に別の場所で講演会を行うという多忙なスケジュールのなかを、わざわざかけつけて下さいました。

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ビナードさんがスマについての講演をされるのは今回が2回目になります。
前回は2006年8月6日の「丸木美術館ひろしま忌」。
そのときには、「張り合わんけんの スマさんの絵をめぐって」と題し、
「スマさんは、70歳を過ぎて絵を描きはじめましたが、同じようにおばあさん画家として知られるグランマ・モーゼスと比べると、活躍した期間が非常に短いんですね。そのため私は“夭折した画家”と考えています」
「スマさんのような画家を、従来の芸術の世界の外に位置する存在という意味で“アウトサイダー・アート”という呼び方をしますが、スマさんには“アウトサイダー”という言葉が似合わない。むしろ、対象物の外観をとらえるのではなく、日常生活や性格などを内側から描くという意味で、あえていえば“インサイダー・アート”の画家だと思います」
「スマさんの絵を見ると、高齢社会の問題も考えさせられます。スマさんの絵は、私たちに70歳を過ぎてからの可能性を示してくれます。また、安易な危機意識に振り回されないための足場になる力をもっています。人は老いると今まで見えなかったものが見えてきます」
……というような、独特の持論を語って下さいました。

今回は、そのときのお話をベースにしながら、日本や米国の詩を引用して、スマの世界の奥行きの深さを紹介して下さいました。
たとえば、室生犀星の《駱駝》における擬人化・デフォルメの妙味とスマの絵の共通性。
グレイス・ペイリーの自然への畏れと、スマが自然から学び取った生死と向きあう姿勢。
ジョン・モフィットの「何かを見るとき、見ているものになりきらないとそれを見たことにはならない」という詩と、スマの自然観察の積み重ねの厚み。
なかでも、ロングフェローの「いまわの挨拶」という詩は(以前にもビナードさんが朝日新聞のコラムで紹介されていましたが)、スマの絵の魅力と可能性をよく連想させてくれます。

For age is opportunity no less
Than youth itself, though in another dress,
And as the evening twilight fades away
The sky is filled with stars, invisible by day.


見栄えは違うが、本当は老いが、若さに
負けないくらいの可能性を孕んでいる。
日が沈み、夕闇が迫ると、昼間はまったく
見えなかった星が、天いっぱいに現れる。


ビナードさんの話は次第に熱を帯び、スマ作品を絶賛する言葉に会場も大いに盛り上がります。
「スマさんの《ひまわり》とゴッホの《ひまわり》なら、私はスマさんの《ひまわり》をとります。まったく保険会社は何をしているんでしょうね(かつて某保険会社がゴッホの真贋不明?の《ひまわり》を数十億円で落札した件を指す)。でも、スマさんの絵を億の値段で売ってくれと言われたら、丸木美術館はどうします? 売らない? でも運営が厳しいからね?」
「スマさんの《めし》は世界に誇る名作です。大きな美術館でモネといっしょに展示したら? モネがちょっとかわいそう。スマさんの作品の強度に負けてしまう」
「日本の食糧自給率が低下していますが、スマさんは自給率100%の人だったんですね。それが絵にも表れている。今度丸木美術館で展覧会のタイトルに使ってください。“自給率100%!”って。いや、“自給率120%!”がいいですね」

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埼玉近美の担当学芸員Oさんは、講演の後の挨拶で、「美術の作品を文学など他の分野から語るのはとても面白い試みだと思います」とおっしゃっていました。
会場の方々も、ビナードさんのユーモアあふれる語り口に、とても満足されていた様子です。
一応、講演のお膳立てというか、出演交渉の口利きをした立場としては、ひと安心でした。

ビナードさんは、文化放送で毎週木曜日の朝6時30分からラジオ番組のパーソナリティを担当されています。こちらの方も、ちょっと宣伝。早起きの方は、ぜひお聴きください。
今回の講演会では、番組内でも案内をして下さったので、リスナーの方もずいぶん来られていたようでした。
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2008/7/12

世田谷美術館ボランティア交流会(visitor編)  ボランティア

5月4日に世田谷美術館のボランティアを迎えて行われた交流会。
今日はそのお返しに、丸木美術館のボランティアが世田谷美術館を訪れ、交流会を行いました。
参加者は、乳幼児を含めて12人とやや少なめで残念だったのですが、夕方4時に世田谷美術館に到着。
まず講堂で、現在開催中の企画展「建築がみる夢 石山修武と12の物語」について、担当学芸員のN田さんにレクチャーして頂きました。

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従来の概念を覆し、自然環境や社会状況との関わりのなかで独自の方法で建築の可能性を捉えなおすという仕事を続ける建築家の石山さん。
住んでいる家の上に、畑づくりなど自然環境の循環を目ざして緩やかに新邸「世田谷村」の建築を続けたり、カンボジアのプノンペンに10年以上の歳月をかけて市民グループの手でレンガを積み「ひろしまハウス」を完成させたりという活動には、とても興味を惹かれました。
その後、企画展と常設展を各自で鑑賞。世田谷美術館のボランティアの皆さんが、丁寧に鑑賞の案内をして下さいました。

閉館後は、ボランティア・ルームで交流会。
世田谷美術館の「シェフ」、教育普及担当課長のT橋さんを中心に、ボランティアの皆さんがさまざまな料理を作ってもてなして下さいました。

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写真は、料理を前に熱心に説明をして下さるT橋「シェフ」。
丸木美術館では和食が中心だったので、世田谷では「洋食でもてなそう」という作戦だそうです。
とても温かいおもてなしと、美味しい料理に丸木美術館のボランティアも大感激。
「これからもぜひ交流を続けていきましょう」と、世田谷美術館ボランティア担当学芸員のA谷さんも笑顔でお話して下さいました。

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また、この日の交流会では、文化ボランティア全国フォーラムの世話人でもあるOさんにお会いしました。
Oさんはかつて丸木美術館の近くの国立女性教育会館(NWEC)で長くボランティアをしていたこともあり、丸木美術館と世田谷美術館がボランティア交流をしていることをとても喜んで下さっている様子。
今年の10月に東京で行われる文化ボランティア全国フォーラムの分科会にも、世田谷美術館と丸木美術館が協力して参加しようという話が持ち上がっています。
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