2008/6/26

美術館ニュース入稿  美術館ニュース

相変わらずめまぐるしい日々が続いています。
本日午後、予定を2日遅れて「丸木美術館ニュース第94号」そして「ボランティア新聞第6号」、「今日の反核反戦展2008」チラシの入稿をまとめて済ませました。最後の最後で原稿が集まらなかったり、大幅な修正があったりして、久しぶりに冷や汗を流しました。
あとは、もうすぐ入稿締め切りを迎える小図録「丸木俊 絵本の世界」の編集作業一本に絞られました。
とはいえこれが一番たいへんな作業で、「どこかで一晩徹夜をしなければ……」と秘かに考えていたのですが、今日、S印刷のSさんと相談した結果、入稿を3日遅らせても大丈夫ということになりました。
「身体に悪いから徹夜はやめましょう」とSさん。ありがとうございます。

週末には丸木美術館の企画展展示替え、そして週明けからは埼玉近美のスマ展展示に立ち会うというハードな日程だったので、本当に助かります。

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2008/6/22

ホタルの里のキャンドルナイト  ワークショップ

2005年以来、すっかり恒例行事となったホタルの里のキャンドルナイト。
東松山市と丸木美術館共催のワークショップが、今年も行われました。
とはいえ、朝からあいにくの小雨模様。今年は初めてホタルの里へ行かずに、丸木美術館に隣接する野木庵で工作教室を行い、竹のキャンドルホルダーは観音堂前の広場で制作しました。

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今回の美術館クラブ工作教室は、古い下駄と小さな竹の筒を組み合わせたオブジェ作り。案内人は画家の万年山亮平さんです。近くの中学校の美術部と卓球部の生徒が応援に来てくれたこともあり、参加者は27、8名と大賑わいでした。地元ケーブルテレビも取材に来てくれました。

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観音堂前では、市役所や地元の方を中心に、竹を切ってキャンドルホルダーを作ります。
ノコギリで竹を切り落としていくのはなかなかたいへんで、みんな汗びっしょりになって作業をしていました。
一昨日4歳になったばかりの息子Rも、(父に手伝ってもらいながら)はじめてノコギリに挑戦!
思ったよりもがんばって、一所懸命にノコギリを挽き、とうとう一本切り落としました。

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観音堂前の大きなクヌギの樹には、いろんな昆虫が集まってきます。
竹のホルダーを即席の虫かごにして、クワガタを二匹つかまえました。
息子Rは初めて見るクワガタ。「こわいから、いい!」と言って、結局触りませんでした(市役所のお兄さんたちが手を挟まれて「痛い!」と騒いでいるのを最初に見てしまったので、警戒したようです)が、興味深そうに近くにすわって観察をしていました。

夕方から雨が降りはじめ、夜のキャンドルナイト・イベントは残念ながら中止。
来週末にはホタルの観賞会が予定されているので、今度は天気が良いことを祈っています。
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2008/6/20

スマ展最後の準備など  館外展・関連企画

一昨日はもっぱら美術館ニュースの編集作業、昨日は息子の幼稚園観劇教室の付き添い、今日は埼玉近美「丸木スマ展」の出品作品のチェック作業、そしてその合い間に「丸木俊 絵本の世界展」の準備と目まいのしそうな日々はまだまだ続いています。
館内説明の多いシーズンでもあります(今日も1件ありました)。
ニュースの編集作業をY子さんが、スマ作品の運搬をN事務局長が協力してくれるのがとてもありがたいです。

今日のスマ作品のチェックでは、母屋のH子さんといっしょに作品に用いられている素材(水彩、油彩、クレヨン、鉛筆など)を丹念に見直しました。
古いデータで誤りのあるものは、この機会に訂正しておこうとH子さんと話し合ったのです。半日がかりの大変な作業でしたが、今度の埼玉展の図録には(些細なことですが)より精確な資料データを掲載できることになると思います。
週明けにはいよいよ作品が集荷されます。
スマ展の準備もここ数日が勝負となってきました。

ちなみに今日は位里さんの誕生日。位里さんは1901年の生まれです。
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2008/6/17

松濤美術館T学芸員来館  来客・取材

午後から渋谷区立松濤美術館のT学芸員が来館。
T学芸員は、8月5日から開催される「生誕100年 大道あや展」の担当者です。
丸木位里の妹で、70歳を過ぎて絵を描きはじめた大道あや。広島の花火工場の爆発事故で夫を失い、位里に誘われて埼玉県東松山市の丸木夫妻の家に来てから、画家としての道を歩みはじめました。

今日は母屋のJさんとH子さんが、当時の生活の様子やあやさんに関する記憶を、Tさんにお話ししました。
「面白い話ならいくらでも出てくるけど、展覧会の役に立つような話はできない」というJさんでしたが、T学芸員にはかなり参考になっていた様子です。
ぼくも個人的に関心があったので、3件の館内説明や、絵本原画展、埼玉スマ展の準備の合い間に少しだけお話を聞かせて頂きました。
丸木夫妻を中心に、多くの画家や詩人、陶芸家たちが集まる文化的なコミュニティができていた1970年代から80年代の丸木美術館。いつか、その時代のコミュニティの記憶を掘り起こし、展覧会にまとめることができたらいいな……と、ぼんやりと考えています。

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2008/6/16

埼玉スマ展図録色校正  館外展・関連企画

月曜日は美術館の休館日ですが、都内のM印刷に行き、埼玉近美で開催される「丸木スマ展」の図録の色校正に立ち会いました。
埼玉近美のO学芸員、デザイナーのYさん、M印刷のMさんといっしょに、校正刷りを見ながら、一点一点画像の色を調整していきます。
「花の部分、赤が強いのでもう少し抑えて……」
「ここにはちょっと黄をいれましょうか?」
「全体的に色調をポジに近づけてください」
という具合で、夜8時を過ぎるまで作業は続きました。

個人的な感想としては、ほとんどの画像が落ち着いた発色で、原画のイメージをほどよく残し(印刷物なので、原画の色に忠実にしすぎても違和感が出てしまいます)、見ていて気持ちの良い仕上がりになっていると思います。
デザイナーのYさんの腕が良いのですね。
Yさんは、今回の図録では、できる限り作品の画像を大きく掲載して、スマの細部へのこだわりを伝えたいとおっしゃっていました。
限られた予算、限られた頁のなかで、最大限にスマ作品の魅力を引き出す、まさにプロの仕事だと感心しました。

丸木美術館では、予算の都合で、こうしたかたちで作品図録を制作することはないので、今回はとても良い「社会科見学」をさせてもらっています。
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2008/6/15

小高文庫の詩人  来客・取材

以前、丸木美術館ニュースでエッセイを書いて頂いた、“小高文庫の詩人”こと須田純一さんが、ひさしぶりに来館。
詩集『此処から (原爆の図 丸木美術館)から』を大量に寄贈して下さいました。
「詩人として紹介されちゃったから、少しは形になったものを差し上げなくてはと思って……」と照れる須田さん。
小高文庫を訪れた方に無料で配布して下さいとご本人が希望されるので、さっそくM子さんがその案内を書いて小高文庫に設置してくれました。

須田さんの詩集より、冒頭の一篇をご紹介します。


   丸木美術館から


沖縄へ 広島へ 長崎へ 此処から何処へ

それとも 岩国へ 六ヶ所村へ
何処までもいい加減な俺だけれど 水俣へ 柏崎へ 東海村へ
ヴェトナムへ イラクへ ソマリアへ
とどのつまりは東京へ 狼のように 餓えた心を持ちながら
死がその腹を満たすとでもいうように彷徨のか

思えば 俺の詩は 完成したことが無い
だとしても 今は書き続けるしかない
何が言いたいのか 少しでも伝わるように
理解など 糞食らえ と思ってきたが
何かが こんなところで俺を待ち受けていたのだ

何処へ
此処からどこへ
しばらく前まではわかっていたような気がしたが
未来は常に曖昧のまま今になってしまう
だが 此処から見通せば
何処かに行き着ける気がする
何処かに
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2008/6/13

ボラ新聞+世田谷ボラ交流会  ボランティア

7月の美術館ニュースに同封する「ボランティア新聞」編集会議のため、スタッフのK田(N)さんとM園さんが来館。
K田(N)さんは、茨城県自然博物館の同僚を連れてきてくれました。
今回の「ボラ新聞」では、5月の世田谷美術館とのボランティア交流会の報告を特集。毎回1人のボランティアを取り上げてインタビューする「丸木の人々」のコーナーでは、古くから丸木美術館に関わっているW本さんを紹介します。

   *   *   *

7月12日(土)には、世田谷美術館とのボランティア交流会第2弾(世田谷美術館編)も決定。
ボランティア新聞編集長に、以下の呼びかけ文も書いてもらいました。
興味のある方は、ぜひ丸木美術館事務局までご連絡ください。

丸木ボランティアのみなさまへ

こんにちは、丸木ボランティアのなるるんです。
いつもボランティア新聞で、暖かいご協力をいただきましてありがとうございます。

今回は、みなさまにお願いがあって連絡致しました。
ご協力いただいた方はご存知かと思いますが、先月4日開館記念日の前日に、ボランティア新聞主催で世田谷美術館のボランティアとの交流会を行いました。

交流会が実現した経緯はこうです。
もともと世田谷美術館は、学芸員の岡村さんに紹介していただきました。
教育普及活動やボランティア活動に興味があった私は、世田谷美術館が先駆的な活動を行っていると聞いて、子どもパンフレット作りやボランティア新聞に役立つことがあるのではと、2度取材へ訪れました。
その中で、世田谷美術館のボランティアの活動を見学し、他の美術館に視察(交流会)へいくのが恒例行事になっているという話から、丸木行きが決定し、丸木のボランティアが集まる会館記念日の前日に交流会を行ったわけです。
なんと、30数名もの世田谷美術館のボランティアの方が来てくださり、「今までで一番楽しい交流会」になったと喜んで帰られました!

そしてこの交流会の第二弾、丸木側のボランティアが世田谷美術館へ視察に行く企画をお知らせしたくて、みなさまにご連絡いたしました。
日程は以下の通りです。

日程 7月12日(土) 午後4時 世田谷美術館現地集合(電車の方は3時半用賀駅集合)
参加費 500円(飲食代) ※飲み物・食べ物差し入れ大歓迎!

交流会とは言っても、中身はお食事をしながらの気軽な会ですので、どうぞ時間のある方はふるってご参加ください!!世田谷の方々は、丸木で大歓迎を受けたので、今度は私たちをどうやって歓迎しようかと、いろいろと考えてくださっているようです☆
先方への連絡もありますので、お手数ですが出欠席を7月5日(土)までにご返信ください。よろしくお願いいたします。
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2008/6/12

「丸木俊 絵本の世界展」チラシ入稿  企画展

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なんとか一日で熱を下げて、予定通りに出勤。
7月5日からはじまる「丸木俊 絵本の世界展」のチラシを完成させ、無事に入稿を済ませました。

今回のチラシの表紙は、Y子さん、M子さんの「夏らしく」という希望により、絵本原画『うみのがくたい』(1964年福音館書店刊)を取り上げました。海の上に響くクジラやイルカたちの演奏に合わせて、今回の企画展の副題も「鮮やかな色彩の交響曲」としました。
出品作品の最終的な選定はこれからですが、現時点で予定している絵本原画は以下の通り。

ヤシノミノタビ(1942年帝国教育出版部刊)
でてきておひさま(1958年福音館書店刊)
こまどりのクリスマス(1960年福音館書店刊)
そりにのって(1961年福音館書店刊)
うみのがくたい(1964年福音館書店刊)
ロシアのわらべうた(1969年さえら書房刊)
せむしのこうま(1971年学研刊)
かさじぞう(1975年世界文化社刊)
千代とまり(1977年講談社刊)
あそびましょ(1977年偕成社刊)
うしかいとおりひめ(1977年偕成社刊)
まえがみ太郎(1979年偕成社刊)
ひろしまのピカ(1980年小峰書店刊)
くびかざりとぬすっと(1981年同朋社刊)
みなまた海のこえ(1982年小峰書店刊)
おきなわ島のこえ(1984年小峰書店刊)
とうろうながし(1985年偕成社刊)
んぶらこっこ すっこっこ(1999年福音館書店刊)

また、8月23日(土)午後2時から、企画展ギャラリー・トークの開催も決まりました。
出演は、丸木ひさ子さん(絵本作家・丸木俊の姪)と、企画担当学芸員の岡村です。
参加者は当日の入館券が必要となります(事前予約不要)。

夏休みにふさわしい楽しい企画展にしたいと考えています。ご期待ください。
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2008/6/11

発熱してしまいました・・・  その他

昨日、明け方に「なんか身体が熱いな」と思って目が覚めたところ、足もとがふらふらするので、体温を測ると38度を超えていました。
このところ家事や育児に多くの時間を割き、その上、埼玉スマ展や俊絵本展の準備で午前2時や3時に起きる日が続いていたので、疲れが出たのでしょう。
あらためて、家事・育児って本当にたいへんだなぁと実感しています。

それでも何とかバスに乗って(さすがに自転車はやめました)美術館に出勤し、スマ展のデータ修正作業や絵本展の画像取り込み作業(週末にY子さんがかなり手伝ってくれたので助かりました)、企画展チラシのデザイン、館内説明など、もろもろの始末をしたのですが、さすがに今朝は体温が39度台に突入し、熱のせいか身体じゅうが痛むので、お休みを頂きました。
いろいろとスケジュールが立て込んでいて、あまりゆっくり休養をとるわけにもいかないので、今日のうちに何とか熱だけでも下げておきたいです。
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2008/6/6

埼玉スマ展図録打ち合わせ  館外展・関連企画

埼玉県立近代美術館のO学芸員に誘われて、急きょ恵比寿のデザイン事務所に「丸木スマ展」図録の打ち合わせに行ってきました。

せっかく都内に出るので、途中、渋谷区立松涛美術館に寄って、夏の「大道あや展」の準備で忙しくされているはずのT学芸員にご挨拶。
やはり、というか、T学芸員は大道あやさんの資料の少なさに困惑されている様子だったので、冷たいお茶を頂きながら、少しばかり情報交換をしました。
開催中の企画展「河野通勢展」もちらりと覗き、かなり見応えのある内容に心を動かされたのですが、「スマ展」打ち合わせのため、またあらためて訪れることにしました。

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スマ展の図録は、デザイナーのYさん、Tさんの丁寧な仕事のおかげで、とても良いものができそうです。
また、今回のスマ展に出品して下さる若手作家の安藤栄作さん、かわしまよう子さん、須田悦弘さんの皆さんが、図録用にスマさんへの素晴しいメッセージを書いて下さいました。O学芸員の丁寧な文章とあわせて、スマの世界が多角的に紹介されていて、何だかとても感動的です。
スマさんファンの手もとに置かれて、長く親しまれる図録になると良いな、と思います。

事務所では、かわしまよう子さんにも初めてお会いしました。
繊細な植物写真を撮影されるかわしまさん。その人柄もとても繊細で、しかし芯のしっかりした方のように見受けられました。プロフィールを拝見すると、同い年なのですね。
http://www.ne.jp/asahi/higashi/kaze/
会期中の7月6日に、アーティストトークや公園内の植物を摘んで飾るワークショップもして下さるので、とても楽しみです。

丸木美術館では、ふだんきちんとした図録を作らないので、こうした機会に図録作成の現場を覗かせて頂けることは、個人的にも、とても勉強になります。
もちろん、他館の学芸員やデザイナーさん、作家さんといっしょに仕事をすること自体、ぼくにとっては、嬉しい刺激です。
何だか学芸員じゃないみたいな話ですが、落ち込むようなことがあるとき、こうした刺激は、「もう一度がんばってみよう」と勇気を与えてくれるのです。
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2008/6/5

絵本原画撮影  企画展

このところ、埼玉県立近代美術館の「丸木スマ展」の準備に追われて(今日も午前中に色校正が届きましたが)、丸木美術館で7月5日(土)からはじまる「丸木俊 絵本の世界展」の方がすっかり遅れています。
この機会に、丸木俊の絵本の画業をひととおりまとめて小図録を発行しようと思っているので、やるべきことは山積みなのですが……

今日は収蔵庫に一日じゅうこもって、絵本原画の写真撮影を行いました。
戦前の南洋絵本から、日本や外国の民話や童話、創作絵本、そして原爆、水俣病、沖縄戦などの記録絵本……俊さんは本当に幅広いジャンルの絵本を手がけています。
繊細な線描、鮮やかな色づかいについ見とれてしまいますが、時間がないので機械的にどんどん撮影をしていきます。
この膨大な絵本の仕事を見ると、あらためて丸木俊という画家の力量に圧倒されます。
今回の企画展では、1作品につき4〜6点に絞って、できるだけ多くの絵本原画を紹介したいと考えています。
現在町田市国際版画美術館で開催中の「美術家たちの南洋群島」展で、担当のT学芸員から「南洋展展示の赤松作品は、赤松再発見、再評価の場になっています」との嬉しいお言葉を頂きましたが、この絵本原画展もぜひ、「絵本作家・丸木俊」の再発見の場になって欲しいものです。
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2008/6/4

ヨシダ・ヨシエ氏健在  イベント

毎年恒例になっている都内私立女子高校の来館と美術評論家ヨシダ・ヨシエ氏の講演会。
今年も「後期高齢者だ!」と言いながら元気にヨシダ・ヨシエ氏はやってきました。
毎年女子高生に囲まれて記念写真を撮るこのイベントを、ヨシダさんはとても楽しみになさっているようです。
「若い子に戦争の話をするのは難しい」と言いながらも、講演がはじまればたっぷり1時間、お話に熱が入ります。

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講演の前には、事務所で今夏埼玉県立近代美術館で行われる「丸木スマ展」について雑談をしました。
若い頃から丸木夫妻の家に出入りしていたヨシダさん。1956年11月にスマさんが出入りの若者に殺害されたという事件のこともよく覚えていて、「あのときはすぐに駆けつけて、その現場をはっきりと見た。警察からも尋問を受けた」とおっしゃっていました。
そのスマさんの死について、1957年1月に『婦人公論』に書いたのが、なんとヨシダさんにとって初めて大手出版社から依頼された原稿だったとか。
「おばあちゃん画家丸木スマさんを偲ぶ」というその原稿、さっそくスマ展図録の資料一覧に加えさせて頂きました。

原爆でかけがえのない犠牲を出したおばあちゃんには、きっと埋めることのできないような大きな空白が心の片隅にあったに違いないのに、おばあちゃんの湧き立つような力は、その空白を細々と埋めるわびしい所作ではなく、別のところからその空白を抑えつけてしまうような、溢れかえるイマァジュに恵まれていたのだ。すぐお隣りに、そんな恐しい空白があるからこそ、おばあちゃんはせっせと働き、大きく笑いとばし、またせっせと絵筆を動かしていたのではなかろうか。

というくだりが心に残る文章です。
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2008/6/3

埼玉「丸木スマ展」チラシ完成!  館外展・関連企画

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7月25日(土)から8月31日(日)まで埼玉県立近代美術館で開催される、「丸木スマ展 樹・花・生きものを謳う」展のチラシが届きました。
スマの晩年の代表作《簪》(かんざし)を表面に大きく掲載し、「おばあちゃん、はじける!」というコピーを添えた明るいチラシです。

埼玉県立近代美術館ニュース「ソカロ」2008年6月・7月号にも、担当学芸員のOさんがスマ展紹介文を書いて下さいました(以下、一部抜粋)。

《簪》には、スマが生まれ暮らした山里の木々や草花、さまざまな種類の鳥や動物、そして小さな虫たちのいきいきした姿が満ちあふれています。こうした生命あるものたちは皆、スマが大好きな主題です。これが4度目の院展入選ですから、たしかに絵は上手になっていたでしょう。しかし、スマは美術教育を受けていないどころか読み書きもしません。学んだり比較したりして思い悩むのがプロであるとすれば、スマはそうした芸術家らしさについてまったく無知でした。むしろ、自分が生きてきた世界をしっかり見定めていたからこそ、自由でいられたにちがいありません。描くことと生きることが同じになった、と含蓄のある言葉を残したことからもわかるように、スマはもはや描く理由を思い悩んでぶれる必要がなく、自分の目で見て感じたとおりに、屈託なく突き進んでいったのです。
 スマの絵が芸術と呼ぶにふさわしいかと聞かれたら、私も首をひねります。でも、その絵を見るとおもわず顔がほころんで、やっぱり惹きつけられます。自分がこうありたいという世界がはっきりと見えていて、なおかつそれを現実のかたちにしたスマという人間の力が、まっすぐに伝わってくるからです。このような絵をなんと呼んだらいいのでしょう。


このところ、Oさんと年譜や文献一覧などのデータを何度もやりとりしながら、図録作成のための最後の調査をしています。
今日も電話でいろいろと報告を頂いたのですが、これまでわかっていなかった(生前に発行された図録にも記録されていなかった)展覧会や個展などの記録が、かなり判明してきました。
「従来の美術の外側」に位置するスマを、一人の等身大の絵描きとして、初めて本格的に取り上げ、調査することになった今回の展覧会。丸木スマ研究が大きく前進することになりそうです。

また、今回は、スマのほかにも、安藤栄作、かわしまよう子、須田悦弘という若い3人の美術家が出品し、スマの世界と共演して下さいます。
特に、繊細な木彫で実物大の花や草などを作り出す須田悦弘さんは、10年ほど前、ぼくが学生の頃に子ども向けワークショップのお手伝いをしたこともあり、こんなところで再会するとは!と、こちらも個人的にはとても感慨深いです。
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