2008/1/10

「原爆の図三部作展覧会記録」を発掘  1950年代原爆の図展調査

先日発送した丸木美術館ニュース第92号の紙上で「1950年代《原爆の図》巡回展の資料を探しています!」と呼びかけたばかりですが、今日、小高文庫の洋間を片づけていたら、今まで見たことのない桐の箱を発掘しました。
開けてみると、昔の展覧会の案内状などといっしょに、茶色に変色した一枚の紙が・・・
ガリ版で印刷された「原爆の図三部作展覧会記録」という資料でした。
欄外には俊さんが手書きで以下のように記しています。
「これは1950年−51年までの間の展覧会の記録です。その後のものはまだ、まとまっていませんので資料をバラバラのままお送り致しました。」

1950年代の《原爆の図》巡回展の資料はほとんど残っていないと言われ、その全体像は謎に包まれていました。
しかし、今回発掘した資料は、それぞれの展覧会の内容が克明に記録されており、かなり早い時期に整理されたものと推測されます。
いつ、どのような目的でまとめられたのかは不明ですが、初期《原爆の図》巡回展の研究には大いに役立つ資料です。

これまでに刊行された画集や関連書籍には記されていない事項も数多く掲載されている貴重な記録ですので、少々長くなりますが全文書き写すことにしました。

   *   *   *

原爆の図三部作展覧会記録

東京上野美術館 日本アンデパンダン展に1部作“幽霊”を出品、当時は“八月六日”と題す。
1950年2月8日から18日まで
主催 日本美術会


東京丸善画廊“原爆之図展”
1部作“幽霊”デッサン100点出品
1950年3月21日から24日まで
主催 桃季会
発起人 村雲大撲子、内田巌、後藤貞二、別府貫一郎、椎名剛美、水沢澄夫


東京渋谷東横デパート“水爆原爆展”に1部作“幽霊”デッサン20点出品
1950年7月末10日間
主催 東横デパートに於ける展覧会に特別出品として展観


東京丸善画廊“原爆之図三部作完成展覧会”
1部作“幽霊”2部作“火”3部作“水”デッサン100点出品 ピカドン絵物語64枚出品
1950年8月7日から13日まで
主催 平和を守る会
後援 ポツダム書店


東京銀座三越“原爆之図三部作完成展覧会”
1部作“幽霊”2部作“火”3部作“水”デッサン250点出品
1950年8月15日から20日まで
主催 平和を守る会
後援 ポツダム書店


東京東日本交通協会に於て“原爆之図三部作完成記念会”
1950年8月18日
主催 平和を守る会、日本美術会、婦人民主クラブ、日本戦没学生記念会
講師 淡徳三郎、大田洋子、武谷三男、内田巌、八田元夫、丸木赤松


広島県山県郡加計町“原爆之図三部作表装完成展覧会”
かけ張りからはずして三尺に六尺の軸物とし24本の軸物完成
1950年9月26日
主催 加計町美術同好会
後援 中国新聞社加計支局


広島市爆心地文化会館
1950年10月5日から9日まで
主催・広島美術観賞会
われ等の詩の会同人の原爆の詩を展覧し、会場に於いて朗読会を催す
五流荘に於いて座談会


九州志免炭坑
1950年10月19日
主催 国鉄労働組合志免支部、青年婦人部平和実行委員会
後援 国鉄労働組合志免支部文化部美術サークル、旭映画劇場
座談会1回


八幡市大谷会館
1950年10月21日から24日
主催 八幡製鉄文化サークル協議会
後援 八幡製鉄労働組合
座談会 朝日新聞西日本労組が主催して小倉にて座談会 会場其他にて3回


福岡市新天会館
1950年10月25日から27日まで
主催 丸木位里、赤松俊子後援会
後援 新天町商店会、西日本新聞
座談会 職場美術協議会主催、婦人民主クラブ福岡支部主催


久留米市金文堂3階
1950年10月28日から30日まで
主催 丸木赤松後援会
後援 久留米美術鑑賞会
座談会 2回
久留米市平和問題懇談会へ出席
坂本繁次郎氏を訪問 原爆使用禁止署名の賛同を得家族一同署名


松江市公会堂
1950年11月12日から15日まで
芸術祭特別参加
主催 日本美術会山陰支部
島根新聞社夕刊山陰両社は前後3回にわたって写真入りの大報道し積極的な好意ある協力をした


米子市明道校講堂
1950年11月18日から20日まで
主催 米子市、米子市文化協議会、自由大学米子教室
後援 西部労協、米子美術家協会、日農西部地区連、高中小各教組
18日明道校に於いて講演と座談会
米子市長野坂寛治氏は推薦状を各方面へ発送した


大阪市大劇地下
1951年1月27日から2月28日までの1ヵ月間
主催 婦人新聞社、関西主婦連合会
後援 大阪府、広島市
吹田にて講演会を開催、座談会2回


選抜秀作美術展(朝日新聞社主催)に原爆之図三部作選抜される
1951年1月20日から31日まで日本橋三越にて開催、あまり画面が大きいため陳列出来ず、そのむね会場へ展示した。


前橋市麻屋デパート
1951年2月14日から18日まで1部作2部作3部作ならびにデッサン100点は大阪大劇地下劇場へ出品中であるため、3部作の模写を完成して陳列。デッサンは未発表のものを出品した。
主催 群馬美術鑑賞会
賛同発起人 市川為雄(評論家)関口志行(市長俳人)等46人の推薦を得て開催。
群馬県教育長小畠軍造の推薦挨拶状を得て各学校長に発送。各高・中・小学校(4年以上)団体にて参観、前橋市民の4分の1入場
講演会 前橋公会堂に於て
座談会 3回


桐生市モリマサ百貨店
1951年2月22日から25日まで
主催 群馬美術鑑賞会
賛同発起人 前橋と同じ
飾りつけを終えて一日滞在し大阪会場のあとかたづけに行く。


横須賀市市民会館別館
1951年3月27日から31日まで
主催 三浦文化協会
後援 日本美術協会神奈川県支部
賛助員 菊池田次氏はじめ藤森成吉氏市会議員県会議員等11名を得て開催
座談会 市民会館別館に於て


鎌倉市由比ヶ浜青年会館
1951年4月5日から7日まで
主催 日本美術会神奈川支部
後援 丸木位里、赤松俊子後援会
賛同発起人 大仏次郎、小牧近江、畑中政春、川端康成、田辺至、吉野秀雄、中村塚二、婦人民主クラブ鎌倉支部、青婦人連絡協議会、文学会カマクラ


仙台市マルエス・ストア
1951年4月16日から18日まで
主催 宮城県労組職場懇談会、宮城県青婦人協議会


山形市美術ホール
1951年4月22日から24日まで
主催 山形市美術ホール
山形県文教課、山形県教育組合の全面的な支持を得て開催
山形新聞夕刊山形は連続写真入りで大きく報道する。真壁仁氏の批評掲載
座談会各方面の人々と懇談。
地方青年団体で参観 かけつけた時は25日であった。


秋田市教育会館
1951年4月27日から29日まで
主催 黎明洞洋画研究会
後援 秋田県綜合美術職盟、秋田営林局美術サークル、北日本美術院
座談会 地方文化人連絡より参集


大阪生野町大瀬天理教会
1951年5月8日
主催 平和を守る会生野支部
特に婦人宣伝隊の活動がめざましい
座談会 会場に於いて


大阪市生野町御幸森朝鮮小学校
1951年5月9日
主催 平和を守る会生野支部
朝鮮の青年と少女の活動、それと日本の中年婦人の活動
講演会 会場に於いて


大阪市生野町田島朝鮮小学校
1951年5月10日
主催 平和を守る会生野支部
朝飾りつけて夜とりかたづけ朝飾りつけて夜はずすという非常に困難な展覧会であったがそれぞれに成果をあげつつ会場を異動し田島小学校へは見落していたという人々がかけつけ夜おそくまで観覧者が続いた。


大阪市天王寺駅阪和線2階
1951年5月11日から13日まで
主催 天王寺鉄道管理局、国鉄労組南近畿地方本部
委員長三好氏は連日作品の解説にあたり書記長も世話役となって活動
座談会 会場に於いて行う


奈良市椿井町社会館
1951年5月15日から17日まで
主催 国鉄労組奈良支部
後援 奈良日日新聞社
奈良日日は紙面をさいて原爆展を支持
天王寺から文化部員が出張して活動、奈良支部長も連日活動した。


松本市第一公民館
1951年5月20日から25日まで
主催 ロゼ
後援 松本市
講演会 松本大学寮に於いて


長野市城山公園大会場
1951年5月27日から31日まで
主催 世界連邦建設同盟長野支部
後援 長野市、北信美術会
座談会 ふじやに於いて医師、画家、其他文化人多数参集
町内婦人会団体で参観した。この事は長野としては珍しい事だと主催者が語っていた。


弘前市[は]デパート5階
1951年6月16日から18日まで
主催 弘前市婦人会、エレガンス美術学院、ルンビニ学苑
後援 弘前市、弘前市医師会、民主主義科学者協会、津軽文化協会、国立弘前病院患者自治会、東奥日報社弘前支社、陸奥新報社、弘前新聞社
弘大の学生が主になって活躍
黒石町婦人会主催の座談会に出席 小原爆展を開く
大鰐町にて座談会をひらく、学校の先生方集る
デッサン写真を展観
エレガンス美術学院に於いて講演会開催
座談会2回


盛岡市川徳デパート画廊
1951年6月20日から22日まで
主催 日本美術会岩手支部
後援 岩手県教育委員会
講演会 中学校講堂にて
座談会 高中小学校の先生方参集
記念祝賀会 文化人、盛岡美術学校校長、世話人等参集
座談会 青年画家参集


福島市・福ビル3階ホール
1951年6月24日から26日まで
共同主催 福島県教員組合、福島市役所職員労働組合、福島県職員労働組合本庁支部、福島市婦人団体協議会、彩心会
後援 福島市、福島民報社、福島民友社、福島時事新聞社、国鉄労組福島支部、福島映画サークル協議会
座談会 5回


京都丸物百貨店5階
1951年7月14日より24日まで
主催 京都大学同学会
後援 京都府、京都市、全官公、京教組、民科、宗教人懇談会、広島・長崎県人会(同大)
1部作“幽霊”2部作“火”3部作“水”4部作“虹”5部作“少年少女”デッサン50点、ピカドン絵物語64枚出品
京都同学会製作のパノラマ、医学部門、物理、化学、政治、経済の原爆に関する展示150点
長崎、広島の被害物陳列、文学作品の展示など、原爆展の綜合的な形体がここに初めて完成。
200名の学生が連日活動に当り会場では一せいに各部門の説明に入り、街々で十数ヶ所のスチール展を行い、市民、学生、婦人、労組など綜合され組織された有機的な活動の中に開催された点でも最も完成された綜合展といえる。
座談会 4回
青年学生平和問題懇談会に出席
京都展までの展覧会総日数158日、総入場者約50万人


東京丸善画廊
1951年8月6日から11日まで
4部作“虹”5部作“少年少女”出品
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