2007/10/20

【北海道遠足初日】 「丸木俊・スマの世界」展  調査・旅行・出張

丸木俊の故郷に近い北海道立旭川美術館で開催中の「丸木俊・スマの世界」展を鑑賞するため、近現代史研究者のK沢さん、大学教師のI田さん、丸木美術館理事のM年山さんとわが家の妻T、息子Rの合計6人で北海道を訪れました。

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初日の午後に、さっそく旭川市中心部の常盤公園内にある旭川美術館を訪問しました。
豊かな緑に囲まれ、ゆったりとしたスペースに恵まれた居心地の良い美術館でした。

企画展示室には、俊の戦前から晩年にかけての油彩画や、スマの自然を伸びやかに描いた水彩画を中心に、色鮮やかな100点ほどの作品が展示されていました。
夫の位里との共同制作《原爆の図》で知られる俊ですが、その知名度の割には画業の全貌が未だ整理されていません。
本格的な回顧展が行われたこともなく、俊の作品がこれだけまとまった数で公立美術館に展示されるのは初めてのことです。

出品作品のほとんどは丸木美術館と血縁者(丸木・赤松・大道家)から貸し出されたもので、他には椎名町のギャラリーから数点の油彩画が出ていました。

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残念だったのは、当初は公開されると聞いていた俊の絵本原画(諸事情により長年未公開となっている数多くの作品)が、やはり1点も展示されなかったこと。
また、展覧会直前には、長く行方不明になっていた絵本『ピカドン』(1950年 ポツダム書店:GHQにより即日発禁、原画没収処分を受けた)の原画が発見されたとの報を聞いていたのですが、展示された「原画」は肉筆ではなく、印刷のように見えました。

2002年秋の秩父別「丸木俊展」の際に、地元の小学校の先生の熱心な調査によって発掘された俊の若き日の作品(故郷の人びとが苦学する俊を物心両面から支援するために制作を依頼したもの)がまったく展示されていなかったことにも落胆しました。
せっかくの地元開催なので、「この大地と人びとに育まれて画家・丸木俊が生まれた」と感じさせる展示を見たかったというのが個人的な感想です。

近年、『奔る女たち 女性画家の戦前・戦後 1930-1950年代』展(2001年 栃木県立美術館)や、K沢さんの著作『「原爆の図」描かれた〈記憶〉、〈語られた絵画〉』(2002年 岩波書店)などの仕事により、徐々に進められていた丸木俊の画業についての研究成果が、展覧会の内容にほとんど反映されていなかったことも寂しく感じました。

もっとも、これは開催館の問題ではなく、むしろ、開催館の学芸員が展覧会の内容に関われなかったことが問題だったようで、企画というものの難しさをあらためて考えさせられました。

自戒を込めて書くのですが、展覧会などを企画して作家の位置づけを試みる場合には、先行の調査研究に対して敬意を払いつつ(もちろん鵜呑みにするのではなく)その仕事を発展させる必要があるのではないかと思います。

とはいえ、この展覧会が新潟市新津美術館や北九州市立美術館を巡回することには一定の意味があるわけで、これを呼び水にして本格的な丸木俊研究がはじまることを切に願っています。

  *  *  *

旭川美術館では、常設スペースで戦前戦後の道北の画家たちを紹介する企画(戦時中に生活図画運動を行った美術教師が弾圧を受けた「生活図画事件」なども紹介されていた)も同時開催しており、こちらもたいへん興味深く鑑賞しました。
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