2007/7/31

2007年7月の入館者  入館者数

【月計】個人651人(前年比−176人)、団体651人(+297人)、計1,302人(+121人)
【年間累計】個人2,543人(前年比−533人)、団体3,283人(−107人)、計5,826人(−640人)

7月の有料入館者は個人が前年比176人減。過去5年間で比較すると3番目に多い人数です。
団体入館者は前年比297人と大幅増。とはいえ、前年が極端に少なかったので、過去5年間で比較すれば4番目になります。
全体として月間の入館者が前年度を上回ったのは7月が初めてですが、依然として年間1万6,000人のペースが続いています。
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2007/7/31

神宮寺《原爆の図》搬出  館外展・関連企画

明日からはじまる神宮寺(長野県松本市浅間温泉)の「いのちの伝承2007」に展示される原爆の図第9部《焼津》と第13部《米兵捕虜の死》が搬出されました。
神宮寺さんは1998年以来毎年この時期に《原爆の図》を展示して、今年で計13作品を展示。来年で全作品の展示を終えることになります。
今年は住職のT橋さんが来館して、神宮寺が主催してきた“尋常浅間学校”の歩みのすべてを1冊に収めた『奇跡の学びの軌跡 尋常浅間学校10年鑑100回顧』(企画室僧伽発行)を寄贈して下さいました。262ページの読み応えのある1冊です。小高文庫にて閲覧可能ですので、興味のある方はぜひご覧ください。

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2007/7/28

ボランティアの日  ボランティア

8月6日のひろしま忌に向けて、美術館の外まわりを整備する「ボランティアの日」。
今日の参加者は、すっかり常連となったA崎さん、Y口さん、O保形さん、T岡くんに、川越からK会のM年山さん夫妻とK野さん、T口さん、K村さん。
気温も上がり、炎天下のなか、道路や駐車場の整備を中心とする作業に汗を流しました。
伸び放題の蔓をひきはがし、枝を落とし、草を刈り……このたいへんさを言葉で伝えるのは難しいのですが、本当に皆さん、お疲れさまでした。
昼食には川越のS木(N)さんが美味しい冷汁を用意してくれました。

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午後からは常滑のY川さん、大阪のA立さんが来館し、観音堂前の地面に河原の石をならべて虫や魚など生きものたちの模様を描きました。
母屋のH子さんやM年山さん、近所のE野さんも参加してくれました。
ぼくは恐竜の絵と、鳩のなかに肌の異なる三人の子どもがいる絵(青鳥小学校の壁画)を描きました。
後ほど業者の方がコンクリートを流し込んで石を固定します。楽しい模様がたくさんできて良かったです。

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2007/7/26

戦争と平和と美 ―丸木位里と丸木俊の芸術―  販売物

『敗北を抱きしめて』などの著作で知られる歴史学者のジョン・W・ダワーの文章を収録した小冊子『戦争と平和と美―丸木位里と丸木俊の芸術―』が、本日納品されました。
A5版48ページ、日本語・英語の文章とともに、《原爆の図》第1部〜第14部の画像も掲載されています。
この文章は、1990年に出版された小峰書店の豪華版『原爆の図』画集のために記されたものですが、今回は小峰書店とジョン・W・ダワーさん、そして訳者の袖井林二郎さんのご厚意によって、多くの方に読んで頂くために再録しました。
定価は600円。丸木美術館入口ロビーで販売しています。


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2007/7/25

在外被爆者写真展  特別企画

22日(日)から8月12日(日)まで、丸木美術館2階アートスペースにて「在外被爆者写真展」を開催しています。
在韓・在米・在ブラジルの被爆者写真パネルを中心とした展示です。
会期中は無休、美術館の入館料のみでご覧いただけます。

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主催の在韓被爆者問題市民会議事務局による展覧会の目的は以下の通り。

在外被爆者とは、現在日本以外の外国に住んでいる原爆被爆者のことです。
その範囲はアジア諸国、北米・南米ほか20数ヵ国に広がり人数は少なくとも5000人以上と思われます。
在外に生活する被爆者は日本の被爆者援護法の枠外におかれてきました。そのため在外被爆者の方々は毎年のように国会議員への陳情や裁判を行ってきました。
『被爆者はどこにいても被爆者』との言葉に示されるように訴えによって裁判の勝利によって多くの権利を勝ち取ってきました。しかし、在外被爆者は老齢化とともに日本への渡航は困難になっていますが、依然として国・厚労省は手帳取得には渡日は必要であるとし、在外公館等での手続きを認めていません。これらにより未だ在外被爆者の問題は解決されずに今日まできております。
多くの皆様の理解とご協力を得るため2005年に第1回在外被爆者写真展を東京で開催しました。今回これをもとに新たに写真を追加・補修等を行い、在外被爆者写真展を開催し、韓国・ブラジル・米国を中心に在外被爆者の歩みや実情を紹介したいと思っております。
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2007/7/24

町田の中学生団体  来客・取材

午前中、東京町田市の中学校団体22人が貸し切りマイクロバスで来館しました。
平和学習をテーマにしているグループだそうです。時間をたっぷりとっているとのことでしたので、2階の《原爆の図》の前でいつもより少し長めの館内説明を行いました。
引率の先生のお話では、前日に「南京大虐殺」など丸木夫妻の作品のテーマについて自主的に調べてきた生徒もいて、絵の前でそれぞれ感じたことなどを話していたそうです。
元気いっぱいの生徒たちは、鑑賞の後には都幾川に降りて行き、服を着たまま泳いだり、水をかけあったり、豪快に水遊びをしていました。
「こうなることは十分予想できました……」と頭をかかえる引率の先生でしたが、自然の中で遊んだ楽しい思い出のなかには、きっと《原爆の図》と向き合った記憶も深く刻まれることでしょう。
ところで、全身ずぶ濡れになった男子生徒たち。帰りに美術館から大量のビニール袋を提供したのですが、マイクロバスの座席は濡れずにすんだのでしょうか? ちょっと心配です……
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2007/7/23

高浜市原爆の図展ギャラリートーク  講演・発表

2泊3日で愛知県高浜市の「やきものの里かわら美術館」へ出張に行ってきました。
地方の特産品である「かわら」をテーマにした美術館として活動しているきれいな3階建ての美術館です。陶芸創作室やフランス料理のレストラン、ミュージアムショップなども充実しています。

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企画展示室は1階と2階に分かれ、1階には原爆の図《幽霊》《虹》《母子像》と全15部の写真パネルが、2階には《原爆の図デッサン》と丸木位里の水墨画、丸木俊の油彩画などが展示されていました。
担当のK学芸員によると、地元マスメディアの注目度も高く、これまであまり縁のなかった新聞社からも問い合わせがあるなど、各紙に大きく取り上げられたとのこと。
22日のギャラリートークも、64人の参加者が集まる盛況となりました。

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ひとつひとつの作品を解説しながら歩くには、やや多すぎる感もあり。
後ろの方に立ってしまった方は作品を見ることができないので、少しずつ場所を移動するなど気を配りながら、1時間ほどのトークを行いました。
ちょうどこの日の朝のNHK新日曜美術館で、靉光が特集されていたので、急遽、丸木位里と靉光との親交なども紹介しましたが、結構テレビをご覧になっていた方も多かったようで、頷きながら聞いて下さる姿が目立ちました。
(余談ですが、靉光の番組を担当したのは、旧知のNHK広島放送局のSディレクター。8月3日午後8時には広島地域限定のNHK総合「ふるさと発スペシャル」で再び靉光の特集が放映され、丸木位里の作品なども紹介されるとのことです)

   *  *  *

今回の出張には、妻Tと息子Rも同伴しました。
2人の狙いは7月からスタートした新しい新幹線N700系。
夏休み初日とあって、家族連れであふれた東京駅のホームに新型車両が到着すると大歓声があがりました。
新発売のNゲージや、記念シールなどのグッズを手にして息子Rは大よろこび。
名古屋からは名鉄に乗って、常滑に住む丸木美術館評議員Yさんのお宅に泊めて頂きました。
現在、常滑の地で“自然農を探究”しているYさん。新鮮野菜も手打ちうどんも美味しかったです。
Yさんの友人で、常滑で陶器ギャラリーを開いているKさん(何度か丸木美術館にも来られています)のお店にもおじゃましました。

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息子Rは粘土をこねながら、Kさんに「N700系作ってー」と焼き物の新幹線をおねだり。
自宅でお菓子教室を主宰している妻Tも、大好きな器をたくさん購入していました。

おかげさまで、とても楽しい旅行になりました。
お世話になった皆さま、どうもありがとうございました。
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2007/7/18

東松山CATV取材  来客・取材

昨晩は息子Rに気管支喘息の発作が出て、睡眠不足のまま出勤。
午前中に館内説明を行い、東松山CATVに企画展の取材を受けましたが、全体的に朦朧とした状態で一日を過ごしました。

今回取材して下さった東松山CATVの女性スタッフは、「ほたるの里のキャンドルナイト」でお世話になったのですが、丸木美術館への取材は初めて。
企画展を見ながら、「スマさんの絵はとても面白いですね。これは子どもたちも楽しめそう」と感想を話してくれました。
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2007/7/16

理事会・理事評議員懇談会など  その他

15日は役員改選後初の理事会と理事評議員懇談会が開かれました。
あいにくの悪天候のなか、新評議員をはじめ多くの役員が参加して下さいました。
ぼくは数日前からの湿気のせいか、体調不良気味。懇談会終了後早々に帰宅し、翌16日もお休みを頂きました。
16日には小高文庫で執筆する詩人のスダッチ・スダールの読書会が開かれたのですが、残念ながら参加できませんでした。

なぜか妻子にも喘息のような症状が現れ、家族3人で眠れぬ夜が続いて消耗しています。
新潟の地震や柏崎の原発も気になりますが……
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2007/7/14

美術館クラブ「ハガキの葉に手紙を・・・」  ワークショップ

毎月1回土曜日に開催している美術工作ワークショップ「丸木美術館クラブ」。
今回は岡田恵子さんの案内で、ハガキの語源となった多羅葉樹(たらようじゅ)の葉に手紙を書きました。
多羅葉樹は、葉の裏にひっかくように文字や絵をかくと黒く浮き出て残るため、昔は経典などを書き写すときに使用したそうです。ハガキ(葉書)の語源もこの多羅葉樹に由来しているとか。

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先を尖らせた割り箸でそっと線を引いてみると、しばらくは何も残らず、あれ?と思うのですが、やがてじわっと黒い線が浮き上がります。

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しかも、この葉っぱのままの状態でも、ちゃんと切手を貼れば本当に葉書として郵送してもらえるそうなのです! 面白いですね。

今日は台風の影響もあって参加者はスタッフを含めて10人程度と少なかったのですが、みんな楽しく盛り上がっていました。
M年山さんが切手も用意してくれたので、ぼくは妻と息子に宛てて、息子の大好きなSLの絵を描いて送ることにしました。無事に家まで届くかな?
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2007/7/11

車椅子用昇降リフト設置  その他

丸木美術館の南側階段に新しい車椅子用昇降リフトが設置されました。
従来のように車椅子ごと布で包みこんで宙吊りにする(!)という方法ではなく、利用者がリフトに座って2階へあがることができるシステムです。
本当はエレベータが設置できると良いのですが、残念ながらそこまでの予算はありません。
それでも、一応は車椅子の方が安心して2階の展示を見ることができるようになったので良かったです。
ご利用の方は、お気軽に美術館受付までお申し出ください。

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このところ毎日のように雨が降り、そのせいか来館者もあまり多くない日が続いています。
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2007/7/10

鎌倉近美・藤沢聞き取り調査  作品・資料

丸木夫妻が片瀬で《原爆の図》を描きはじめた頃の関係者に取材をするため、藤沢市に出張。
藤沢市民ギャラリーを訪れて、同ギャラリー学芸員のS谷さんといっしょに、1948年の夏から秋にかけて丸木夫妻のデッサン会に参加したというAさん(当時湘南高校美術部員=男性)、1951年頃に原爆の図第5部《少年少女》のモデルになるためアトリエに通っていたというSさん(当時小学3年生=女性)のお話を伺いました。
そこで初めて知ったのは、原爆の図第5部《少年少女》に描かれているほぼすべての人物像は、実はSさんのごきょうだい4人(2人のお姉さんと1人のお兄さんとSさんご自身)を繰り返しモデルにして描かれていたのだという事実。
「これは兄、これとこれは一番上の姉ですね。これは私、これも私かな……」と画集を前に次々と指さしていくSさんに、「なるほど、似ている!」と皆納得。
当時片瀬公民館の前で寿司屋を営んでいたSさん一家。お父さんの「大事な仕事をしている人だから協力してあげなさい」という言葉に、恥ずかしがりながらモデルを務めたものの、すでに中学生だったお姉さんは「男の人の前でモデルはやらない」と言い、そのため制作中は一度も位里さんは姿を見せなかったそうです。
ほとんど俊さんが一人で描いたといわれる《少年少女》には、実はこんな理由があったのかも知れません。

また、芸大を目指していたAさんは、夏休み中に学校のデッサン室が閉鎖されたため、「本当の画家に絵の秘伝を教えてもらおうという色気もあった」との理由で、当時片瀬に転居してきたばかりの丸木夫妻のデッサン会に参加。
「だけど何にも教えちゃくれないし、位里さんは『普通のデッサンじゃつまらんから、もっと変なポーズを描こう』と言い出すし、ここにいて変な癖がついては芸大に通らない、と思って、やがて行くのをやめてしまった」そうです。
「まあ、二人とも物静かで優しくて、とても、その後に原爆の絵を描くようになるとは思わなかったなあ」
「それでも、俊さんから『画面全体を細かく描くのでなく、ポイントだけをしっかり描くといい』とか、『風景をその場で描かずに覚えておいて、後から思い出して描くという方法もある』と教えられたことは後々まで覚えていたなあ」
と、楽しいお話を聞かせて下さいました。
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2007/7/8

高浜市かわら美術館「原爆の図展」搬出  館外展・関連企画

7月14日(土)からはじまる愛知県高浜市のやきものの里かわら美術館「原爆の図 丸木位里・俊展」。
今日は、かわら美術館のK学芸員と運送業者の皆さんが来館して、一日がかりで搬出作業を行いました。
原爆の図第1部《幽霊》、第4部《虹》、第11部《母子像》に加えて、丸木夫妻の「原爆の図のためのデッサン」20点、位里作品12点、俊作品10点、原爆の図複製写真パネルなどの資料も運びます。立ち会いのかわら美術館K学芸員といっしょに、作品の状態を念入りにチェックしてから梱包を行うのです。

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作品がよその美術館で展示されるときには、いつも丸木美術館で見るのとは違った表情を見せることがよくあります。
今回のかわら美術館では、いったいどんな表情を見せてくれるのでしょうか。
7月22日(日)のギャラリートークが楽しみです。
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2007/7/7

ニュース発送作業  ボランティア

丸木美術館ニュース第90号の発送作業日。発送ボランティアにA崎さん、Dさん、S木(N)さんが来館。お昼からは川越のMさん・Hさん姉妹とK野さん、T口さんのK会グループがハヤシライスを差し入れに持ってきてくれました。

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皆さんの頑張りのおかげで、発送作業は午後5時すぎに無事終了。明日集荷に来てもらって、数日後に友の会会員の皆さまのお手元に届くことになります。

午前中には、さいたま市内の私立高校美術コースの学生が来館。2階の《原爆の図》の前で館内説明を行いました。引率の先生も「絵は、きれいなもの、ここちよいものばかりではない。悲しいこと、つらいこと、それでも描かなければならないこともある」と、お話されていましたが、生徒たちは真剣な表情でひとつひとつの作品に対峙していました。

今日は「スマおばあちゃんの夏休み」展の初日。さっそく親子連れの姿が目立ちました。
ささのはさらさら のきばにゆれる
おほしさまきらきら きんぎんすなご
子どもたちの歌声で、「そうか、今日は七夕だった!」と気がつきました。

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原爆観音堂には、観音像や羅漢さまが安置され、千羽鶴、峠三吉の詩などが飾られました。
「末長く、無事に建ち続けますように」と、そっと心の短冊にお祈りです。
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2007/7/6

NHK-FMラジオ「カルチャーインフォメーション」  TV・ラジオ放送

午前中11時15分頃から、NHK−FM放送(埼玉県内向け 周波数85.1:秩父は83.5)の番組「いきいき埼玉11時」の「カルチャーインフォメーション」に電話で生出演しました。子どものための丸木スマ展「スマおばあちゃんの夏休み」の紹介です。
子どものためのギャラリートークや、美術工作教室などの宣伝もできたので良かったです。

信濃毎日新聞の名古屋支局の記者からも電話取材があり、今月14日からはじまる高浜市やきものの里かわら美術館「原爆の図展」についていろいろとお話をしました。

明日はいよいよ「スマおばあちゃんの夏休み」展の初日。
美術館ではボランティアの方々といっしょに一日がかりでニュースの発送作業を行います。
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