2007/4/30

2007年4月の入館者  入館者数

【月計】個人422人(前年比−257人)、団体231人(−64人)、計653人(−321人)

4月の入館者は個人、団体とも前年比減の厳しいスタートとなりました。
どちらも過去5年間で4番目に少ない数字です(最少は2005年)。
ここ2年間丸木美術館の入館者数は増加傾向にありましたが、今年は正念場を迎えることになるのでしょうか。
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2007/4/28

ボランティアの日  ボランティア

昨年は約30人が参加した「ボランティアの日」。今年はわずか3人と大幅に参加人数が減ってしまいました。ボランティア常連のDさんと、昨年も参加して下さったA崎さん、そして今回初参加、横浜から来て下さったOさんの3人です。
「継続」という丸木美術館の課題が早くも浮き彫りになってしまった格好ですが、美術館スタッフや、今日から学芸員実習の始まった東京国際大学のS藤さん、S野さんと共に、5月5日の開館記念日に向けて、周辺道路の草刈りやゴミ拾い、ポスター描きなどに汗を流しました。

午前中には東松山CATVのSさんが企画展の取材に来館。
また、朝日新聞西埼玉支局のN記者もボランティアの活動状況や美術館運営の現状、企画展などの取材に来館して下さいました。せっかくボランティアの取材に来て下さったのに、参加者が少なかったのが残念でした。

お昼には川越のM年山さん夫婦が美味しいまぜ御飯を持って来て下さいました。ボランティアの皆さんやスタッフは川を見下ろしながら温かい日差しの下で気持ちよく頂きました。

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写真は、草刈りをするボランティアのA崎さんとDさん

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ポスターを描く学芸員実習生の2人
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2007/4/27

新聞取材  来客・取材

今日は共同通信のK記者が来館し、N事務局長に「存続の危機」以後の美術館の現状について取材して下さいました。
続いて地元埼玉新聞のA記者も来館し、企画展「丸木俊展」を取材。こちらはぼくが担当しました。A記者は、企画展のたびにほぼ必ず足を運んでくれて、写真入の記事を掲載して下さいます。地道な報道には本当に感謝しています。
このところ新聞等の取材が少なく、新年度は入館者数が低迷気味。
やはり「存続の危機」を表に出さなければ丸木美術館の「存続」は困難なのか……という複雑な状況に、やや落ち込み気味だったので、この日の取材は嬉しかったです。
明日は地元の東松山CATVが企画展紹介のために撮影に来てくれる予定です。
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2007/4/24

丸木俊展―女子美術時代から《原爆の図》まで  企画展


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今日から開館40周年記念「丸木俊展―女子美術時代から《原爆の図》まで」が始まりました。
俊さんが画家としてに歩む決意をしてから《原爆の図》にいたるまでの道のりをたどる展覧会です。
今回の企画展の出品作品は84点。大まかに以下の5つのテーマに分かれています。

@女子美術学校と代用教員時代
Aモスクワ家庭教師時代
B南洋群島時代
C池袋モンパルナスと片瀬目白山
D原爆の図デッサン


特に戦前のモスクワ時代のスケッチは、今回新しく額装した作品が多く、見どころのひとつです。
また、原爆の図デッサンも16点ほど選んで壁一面に並べてみました。
上下二段の展示に多少苦労しましたが、あらためて俊さんの卓越したデッサン力を感じさせる迫力のある展示になったと思います。
会期は今月24日(火)から6月30日(土)まで。
ぜひ多くの方に見て頂きたい展覧会です。
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2007/4/20

丸木俊展展示作業  ボランティア

開館40周年記念企画「丸木俊展―女子美術時代から《原爆の図》まで」の展示作業。
展示ボランティアに地元のK林(T)さん、N川さん、茨城県のK田さん、杉並のT岡くんが来てくれました。午前中にはJさんも手伝いに来てくれました。

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予定通り、無事に展示作業は終了。
明日からはいよいよ展覧会がはじまります。
ボランティアの皆さん、ご苦労さまでした。
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2007/4/19

平和ファンダメンタル祈念展撤去・展示替え  ボランティア

昨日終了した「平和ファンダメンタル祈念展」の展示撤去のため、主催の藝術出版社からスタッフが来館し、後片付けを行いました。
丸木美術館の方は空いた展示スペースに元の展示を戻し、24日(火)からはじまる「丸木俊展」の作品を収蔵庫から搬入しました。
今日はDさんが一日じゅう力仕事を手伝ってくれて、たいへん助かりました。
明日はボランティアが4人ほど来てくれて、「丸木俊展」の本格的な展示作業を行います。

  *  *  *  

昨日雨が降り自転車を美術館に置いたままだったため、今朝は市内循環バスを利用して出勤。
「東松山駅東口」から「浄空院入口」の停留所まで乗車したのですが、降りるときに嬉しい変化に気がつきました。これまでは「次は浄空院入口」というアナウンスだけだったのが、「…丸木美術館ご利用の方はこちらでお降り下さい」と美術館への案内が続いたのです。
時刻表やコースの変化だけではなく、市内循環バスに対する市の取り組み方の変化が感じられ、とても嬉しく思いました。
これで、市内循環バスを利用して丸木美術館を訪れる方も、迷うことが少なくなるのではないかと思います。
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2007/4/18

スマ作品修復計画  来客・取材

先日の理事会で作品燻蒸・修復の予算が承認されたことを受け、今日は絵画保存修復の専門家のOさんとYさんが来館し、丸木スマ作品の修復について具体的な打ち合わせを行いました。
5月の連休明けに状態不良の作品から30点ほどを選んで燻蒸をお願いします。また、《ダリア》《生けた南天》など5点は、額装やマットも変えて、より鑑賞しやすい状態になる予定です。
予算の問題もあり、なかなか一度にたくさんの作品を修復することはできないのですが、長いスパンで少しずつ状態を改善していきたいと考えています。
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2007/4/15

NHKアーカイヴス番組上映会  館外展・関連企画

埼玉県川口市のNHKアーカイヴスで行われたETV特集「ピカは人が落とさにゃおちてこん」の番組上映会に参加しました。
この番組は1994年に放送されたもので、長崎で被爆した作家の林京子さんと丸木俊さんが対談をしています。
番組を企画して聞き手もつとめた元NHKアナウンス室長の西橋正泰さんも来場し、お話をして下さいました。西橋さんは1979年から81年までNHK日曜美術館の司会を務められ、俊さんが出演した「わたしと丸木スマ」の回も担当して下さったとのこと。当時の回想などを交えながら、俊さんや林さんの文章を朗読して下さいました。
ぼくも紹介されて、美術館の企画展案内など、少しだけ話をしました。
50人ほどの参加者で会場はほぼ満室でした。

上映会後の控え室で、担当のNさんには「今後もお互い協力して企画を考えていきましょう」という嬉しいお言葉も頂きました。
NHKアーカイヴスは交通の便が悪く、最寄り駅から徒歩30分以上かかるという立地条件。同じく立地の悪い丸木美術館に対して「ぜひ辺鄙同盟を組みましょう」と、同じく担当者のIさんからも、嬉しいお言葉を頂きました。
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2007/4/14

丸木美術館クラブ「ネジからゆかいなロボットが・・・」  ワークショップ

毎月1回開催している丸木美術館クラブ工作教室。
今日は万年山えつ子さんの案内で「ネジからゆかいなロボットが生まれます」という内容でした。参加者はスタッフを含めて10数人。

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ボランティアのDさんが集めてくれた自動車の部品のネジを接着剤でつなぎ合わせて、ユニークなロボットが次々に生まれます。小さな子どもも楽しめる工作で、わが家の息子Rは大好きな「でんしゃ!」を作ってもらって大よろこびでした。
途中から参加したK理事長も、童心に帰って満面の笑顔で制作に没頭していました。

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今日の妻Tの差し入れは、イチゴの乗ったシュークリームでした。
次回の美術館クラブは5月5日の開館記念日。いつもと違って12時からの開催となります。
案内人は石塚悦子さんで、足袋を使って面白いものを作ります。
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2007/4/13

池袋モンパルナス展・中村正義展  他館企画など

美術館の休みをとって、午前中に板橋区立美術館の「池袋モンパルナスの作家たち」展を観に行きました。
入館無料のコレクション展で、丸木夫妻の作品は展示されていなかったのですが、先日のイメージ&ジェンダー研究会で千葉大学のI先生が紹介していた古沢岩美の《憑曲》(1948年)を見てきました。

池袋モンパルナスと呼ばれる東京椎名町のアトリエ村に、丸木夫妻は、俊さんがモスクワから帰国した1939年頃(位里さんは結婚後の1941年夏)から、1948年夏に藤沢市片瀬に転居するまで暮らしていました。
二人は当時を回想する文章をあまり多くは残していないのですが、敗戦後の1947年5月に結成された前衛美術会において、丸木夫妻は自宅でデッサン会を開催したり、定期的に街頭展を開催したりと中心的な役割を担っていたようです。
先月、『民報』(『東京民報』)に掲載された前衛美術会の記事を調べていたところ、1947年7月から隔月で1年間、銀座の天元画廊で開催されていた街頭展(位里個展、俊個展を含む)が、会の方向性を巡る内紛を予感させる記事と共に消滅していたことがわかりました。
街頭展の終了は、丸木夫妻が片瀬に転居した時期とも重なります。
丸木夫妻は、体調を崩した俊さんの療養のために片瀬に転居したと語っていますが、前衛美術会を巡る状況の変化が、丸木夫妻の転居に何らかの関わりがあるのかも知れないとふと思いました。

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午後は川崎市麻生区の中村正義の美術館を訪れ、「没後30年・春展」を観ました。
住宅街のなかにひっそりとたたずむ小さな美術館。この美術館を訪れるたびに、ぼくはいつも心が励まされます。
今回の展示は、正義の生涯の画業において、もしかするともっとも重要かも知れない《舞子》三部作が初めて並ぶという必見の展覧会でした。
静かな空間に独りで座り込み、心を揺さぶられる絵と向き合う時間は、本当に日々の疲れが消えていく思いです。
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2007/4/8

イメージ&ジェンダー研究会  館外展・関連企画

午前中、家族で助産院の集まりに参加して、夕方から都内で開かれた「イメージ&ジェンダー研究会」に参加しました。
二人の報告者のうち、最初の方の発表(「こうの史代から中沢啓治へ―記憶と政治の葬送に抗して」という内容)は間に合わずにほとんど聞くことができなかったのですが、小沢節子さんの報告「《原爆の図》―ジェンダーの視点から」は最初から聞くことができました。
内容は、《原爆の図》を契機とする表現(行為)のなかから丸木俊が獲得していった「ジェンダーを主題とした思想」についての報告でした。小沢さんのお話はいつも新鮮な刺激を与えてくださるので、とても勉強になります(語り口調も含めて)。
5月5日にはその小沢さんと神奈川近美の水沢さんがお話をして下さいます。楽しみな半面、主催側としてはそろそろ内容などの打ち合わせをしなくてはいけないな、と思っていた矢先、小沢さんにもせっつかれてしまいました。

会場では千葉大のI先生(また今年もゼミで来館して下さるとのことです)や栃木県立美術館のK学芸員にもお会いすることができました。
今秋の旭川美術館での「俊・スマ展」についても話題になり、ぜひ旭川訪問ツアーを組みましょうとの声もあがっていました。
そのあたり、丸木美術館としても(その場で提案したT田理事を中心に?)前向きに検討する必要があるのかなと思っています。
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2007/4/7

美術館ニュース発送作業  ボランティア

今日は美術館ニュース第89号の発送日。
ボランティア参加者は地元のDさん、K林(T)さん、川越のS木(N子)さん、K会の皆さん(M年山さん、T口さん、K村さん、K野さん)、大田区のT田さん、茨城のK田さん、杉並区のT岡くん、越生のYさん、西東京市のOさん、習志野市のMさんの計13人。
たくさんの方が参加して下さって、午後には無事に発送作業が終わりました。

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昼食はM年山さんが準備して下さったパンとロールキャベツ、フランクフルト。それにS木(N子)さんの生ハムサラダ。
作業終了後は、S木(N子)さんが焼いて下さったチヂミなどをつまみながら皆で乾杯。
美術館前の桜も満開で、のどかなお花見になりました。

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写真はなぜか熱心にT田さんが撮影していたタンポポ。
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2007/4/6

ボランティア新聞創刊  美術館ニュース

夕方、S印刷さんから丸木美術館ニュース第89号と企画展「丸木俊展」チラシ、ボランティア新聞が納品されました。
明日はボランティアが集まってニュースの発送作業を行いますので、友の会の会員の皆さまには週明けにはお手もとに届くことと思います。
今回の一番の見どころは茨城県在住の若手ボランティアKさんが発行した「ボランティア新聞」創刊号
Kさんは、丸木美術館に集うボランティアの人たちの活動や声をつなげていきたいという思いで、(新社会人としての準備で忙しいにもかかわらず!)新聞を発行してくれることになりました。
今回の紙面は、「創刊にあたって」「活動報告」(2006年12月末〜2007年1月)の記事に加えて、「連載 丸木の人々」第1回にボランティア常連のDさんのインタビューを掲載。また、特集「丸木に棲む」には、事務局スタッフ4人が紹介されています(棲んではいないんだけど…)。「連絡掲示板」には次回ボランティアの募集スケジュールも掲載されています。
ぜひ皆さま、「ボランティア新聞」を温かく見守りつつ、ご協力をお願いいたします。
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2007/4/4

丸木俊展の準備  企画展

朝方は好天だったものの、午後から雷を伴う雨となりました。
美術館のまわりの桜は今が見頃ですが、今日の雨で少し散ってしまうかも知れません。

現在、4月24日(火)からはじまる丸木美術館40周年企画「丸木俊展―女子美術時代から《原爆の図》まで」の準備にかかっています。
戦前のロシアや南洋の絵画、そして戦後の《原爆の図》に向けた人体画を中心に出品作品リスト案を制作し、会場の配置案を練っているところです。
この時代の丸木俊の作品は、女絵かきとしての形成期に当たるため、本来なら数多くの作品を展示してじっくりとその流れを見せたいところですが、展示スペースや予算の問題等もあり、なかなか選定も難しいのです。
それでも今回は思い切って期間を絞ったため、その分、内容の濃い企画になるのではないかと思います。

この冬の調査で、1937年から38年にかけての最初のロシア滞在から帰国した後の俊の足取りがずいぶん明らかになってきました。また、二科展の最初の入選作《白樺の林》(1939年、現在は所在不明)の下絵が現存することも明らかになりました。
当時の団体展などの出品履歴の調査もかなり進んでいます。
今回の展覧会では、そうした調査の成果も生かして内容を詰めていきたいと思っています。
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2007/4/4

『日本書法』特集“丸木位里―混沌たる墨―”  掲載雑誌・新聞

書道芸術社より刊行されている季刊誌『日本書法』Vol.10玉水萌芽号(2007年3月25日発行)の特集に「水墨画家 丸木位里―混沌たる墨―」が取り上げられました。

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表紙には水墨画《九龍の滝》、巻頭カラーで《臥龍梅》《鵜》《牛》《ドナウ》《竹》《雨乞》《松韻》などの代表作が掲載され、美術評論家の生尾慶太郎さんが文章を書いて下さっています。
また、書道雑誌らしく晩年の位里の書「悪事千里行」「好事魔多し」「血を以て血を洗う」「死に赴くは易し」「死は鴻毛より軽し」「天長地久有時尽」「若鮎躍動」「一粒百万倍」が紹介され、美術ジャーナリストで書家の小熊日々軌さんが解説をされています。
美術館案内やお勧め書籍などのページもあり、ぼくも丸木位里についての解説文を書かせて頂きました。
銀座・東京鳩居堂など専門店のほか、丸木美術館入口ロビーでも販売していますので、ぜひお求め下さい(定価2,000円)。
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