2007/3/31

「廃品復活展」撤去作業  ボランティア

「廃品復活展」の最終日。午前中に収蔵庫で休ませていた《原爆の図》3点の展示と館内の床の汚れ落としを、午後からは「廃品復活展」の撤去作業を行いました。

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今日は10数人のボランティアが参加。地元のDさん、K林(T)さん、今春都立高校卒業のT岡くんという常連組に加えて、東京のF市の中学2年生のIくん、群馬県A郡から3時間かけて来てくれた今春高校卒業のOさん、インターネットでのボランティア募集を見て来てくれた東京N市のOさん、友人の紹介で参加してくれたO町のYさんの4人が初参加です。
川越からはM年山さんグループが昼食のカレーを持って来てくれました。

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もはやボランティアのリーダー格となっているDさん(『ボランティア新聞』創刊号でも特別インタビューを受けています)も、「新しい人が来てくれると活気があっていいね!」とご機嫌でした。
今回の新人ボランティアは、皆(本人または家族や友人が)美術館のHPでの募集告知を見て参加して下さったとのこと。
Y子さんの「私がサブリミナル効果を流し続けたおかげ」(もちろん嘘)という努力が実を結んだ結果です。

N市のOさん、O町のYさんは4月7日(土)のニュース発送にも「来ます」と言って下さいました。
今日は車で来館したYさんは、次回は作業後の乾杯に備えて「電車で来ます」とのことです。
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2007/3/30

レコード芸術』現代音楽部門第3位のCD  販売物

昨日に引き続き細かい事務仕事や在庫の少なくなった商品の発注などを行っています。
丸木夫妻の《原爆の図》をモチーフに作られた『日本作曲家選集・大木正夫 交響曲ヒロシマ』(1953年、映画『原爆の図』の音楽として作曲され、後に交響曲に編曲された)のCDの在庫が少なくなったので発注したところ、担当のE藤さんから「お陰さまで当盤は、『レコード芸術』誌2月号では、2006年中の現代音楽部門において第3位に選出され、平成18年度文化庁芸術祭のレコード部門参加作品にも選ばれました」とのご連絡を頂きました。
映画好きのN事務局長は、「それは凄い! 映画で言えば『キネマ旬報』で3位に選ばれたようなものだね!」と感動していました。

このCDは値段も1,000円とお手ごろです。まだお聴きになっていない方は、ぜひお求め下さい。
丸木美術館入口ホールにて販売しています。
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2007/3/30

来年度以降の課題  入館者数

今年度もあと2日で終わりです。
昨年度は「存続の危機」報道で入館者も増えて、正直なところ、「次年度にこの入館者を維持するのはたいへんだな……」と思っていたのですが、おかげさまで2年連続の入館者増(前年比約2,000人増)となりました。
これも多くの方の努力の成果だと思います。
もちろん美術館スタッフとしては、何とか多くの方に来館して頂こうと様々な努力をしているのですが、来館者が増えるも減るも、先のことはまったく予測がつかず、自分たちの力だけではどうにもならない部分があるというのが実感です。

この数日間で、来年度のはじめに予定されていた300人規模の高校団体の予約キャンセルが2件続きました。特にO市内の県立高校は毎年遠足で来てくれることが恒例となっていたので、今回のキャンセルはスタッフにとっても衝撃でした。
学校団体に関しては、数年前から、かなり危険な兆候を感じています。
例えば、今年度の総入館者数は3年前より2,000人以上増加しているにもかかわらず、団体入館者数は1,300人ほど減少しました。
特に学校団体シーズンの11月の団体入館者数はほぼ半減しています。
教育問題全体の動きも含め、来年度以降に向けて胃の痛くなるような非常に重い課題です。
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2007/3/28

丸木美術館ニュース第89号  美術館ニュース

本日、川越のS印刷所に、美術館ニュース第89号の原稿と、「丸木俊展 ―女子美術時代から《原爆の図》まで」の企画展チラシ、都留文科大学(4月より茨城県内の博物館に勤務予定)のK田さんが創刊した「ボランティア新聞」を無事に入稿しました。
4月7日(土)にニュースの発送作業を行い(ボランティア募集中!)、10日(火)前後には友の会の皆さまのお手もとに届くことと思います。

【丸木美術館ニュース第89号】

表紙の絵 モスクワスケッチNo.254 丸木俊
表紙の文 「女絵かき誕生」 丸木俊

丸木美術館40周年開館記念日
40年前の開館式(丸木美術館理事 市川一郎)
公開トーク「1970年原爆の図アメリカ巡回展」報告―袖井林二郎さんに聞く(2)(丸木美術館評議員 小沢節子)
表紙の絵(丸木美術館学芸員 岡村幸宣)
藤沢市30日美術館「藤沢と丸木位里・丸木俊展」開催報告(藤沢市民ギャラリー学芸員 染谷瑞木)
在外被爆者裁判は続く〜援護法の内外格差是正を目指して(在韓被爆者問題市民会議運営委員・丸木美術館理事 銀林美恵子)

柿の木プロジェクト 被爆二世柿の木植樹報告
作品寄附の報告
2007年1月−3月丸木美術館日誌
友の会会員の声「平和の鳩を世界に飛ばしたい」(横内香苗)
丸木美術館情報ページ
丸木美術館クラブのご案内
市内循環バスが便利に!「丸木美術館北」バス停が4月2日に新設
レンタサイクルもご利用下さい
リレー・エッセイVol.21(丸木美術館評議員 吉川守)
編集後記
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2007/3/27

資料調査in大原社会問題研究所  作品・資料

昨日から、妻Tのレシピ本の撮影が自宅で行われているため、八王子の両親の家に息子Rを連れて泊まりに行きました。
今日は午前中、息子Rを母に預けて、法政大学多摩キャンパスの大原社会問題研究所に資料調査に行きました。この研究所は1919年2月に大原孫三郎によって創立された、社会科学分野では日本でもっとも古い歴史をもつ研究機関です。
戦後の社会運動関係の雑誌や新聞に記された丸木夫妻の足跡や、カットなどの仕事を少しずつ整理していますが、なにしろ厖大な数があるのでたいへんです。

今日は1946年から1950年までの『民報』や『人民しんぶん』、雑誌『改造』などを調査しました。
この時代、丸木夫妻は日本美術会や前衛美術会の結成に参加し、積極的にデッサン会を開いたり、街頭展をしたりという活動をしていたのですが、資料がほとんど残っていないため、足跡をたどることはとても難しいのです。
それでも、丹念に新聞等を見ていくと、ぽつりぽつりと記事があります。何だか砂金拾いのような仕事です。
面白いのは、仕事と関係のない記事で、「うらぶれはてた植物園 破れ垣根から忍び込み木や草花を根こそぎ 夜はさながら百鬼夜行」という小石川植物園の荒れ果てた(植物泥棒が自由に出入りし、夜は茂みの影で売春婦が商売をするという)様子を紹介する記事や、「焼跡の菜園めぐるいざこざを解消 うれしい“カボチャ法案”」という時代を反映した記事などは、つい目をとめてしまいます。

研究所の方も、丸木夫妻が存命の頃に丸木美術館に来て下さったことがあるとのことで、とても協力的に資料調査を手伝って下さいました。
どうもありがとうございました。
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2007/3/25

理事会・評議員会  その他

今日は一日じゅう、理事会、評議員会、合同会議と続く会議の日。
主な議題は2006年度の補正予算と、2007年度の事業計画・収支予算・特別会計の承認。原爆観音堂の再建や役員改選に向けての意見交換も行いました。
大阪から来た評議員のY川さんに袋いっぱいの有機野菜を頂き、日本YWCAのS藤さんには息子Rの絵本2冊を頂きました。

2007年度の丸木美術館の主な事業計画は以下の通りです。
【企画展】
 「丸木俊展―女子美術時代から《原爆の図》まで」4/24−6/30
 「丸木スマ展」7/7−9/8
 「今日の反核・反戦展2007」9/15−10/30
 「JVJA写真展 世界の戦場から」11/10−12/15
 「柿の木プロジェクト展」12/22−3/29
【館外展】
 高浜市やきものの里かわら美術館「原爆の図 丸木位里・俊展」7/14−8/26 原爆の図《幽霊》《虹》《母子像》等
 神宮寺(長野県松本市)「命の伝承2007」8/1−8/8 原爆の図《焼津》《米兵捕虜の死》
 高崎シティギャラリー「丸木位里・俊『原爆の図』展」8/11−8/15 原爆の図《火》《少年少女》《原子野》《救出》等
 北海道立旭川美術館「丸木俊・スマの世界 いのちあるものたちへの賛歌」10/20−12/9
【催事】
 丸木美術館クラブ 毎月1回全12回(美術・工作教室)
 開館記念日 5月5日(土/祝)
 ひろしま原爆忌 8月6日
 東松山スリーデーマーチ 11月上旬
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2007/3/23

神戸からの来館者  来客・取材

今日は、朝一番に神戸YWCAの方が来館して下さいました。
1月の講演を聞いて、「ぜひ美術館を訪れたい」という声があがっているので、その下見に来て下さったのだそうです。
なにしろ距離が遠いので、簡単にツアーを組んで来るというわけにはいかないのですが、「やはり実際に本物の作品を見ると感じるものがありますね。平和資料館の展示と違って、そこに人間がいたんだ、ということが伝わってきます。特に子どもたちに見せてあげたい」との感想を聞かせて下さいました。
神戸YWCAの皆さん、ぜひご来館下さい。お待ちしています。
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2007/3/21

石塚悦子さん「親子展」  特別企画

丸木美術館アートスペースで、石塚悦子さんの「親子展」がはじまりました。
今日は午後からオープニングパーティが開かれました。

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石塚さんは、丸木美術館クラブの工作教室にたびたびお手伝いに来て下さる画家の方で、今年の5月5日開館記念日の工作教室でも案内人を務めて下さいます。
M年山さんとはかなり古くからのお友だちで、二人が肩を寄せ合って何やら楽しそうに談笑している姿は、まるでぐつぐつ煮え立つ鍋の前で行われる「魔女の集会」のようです(良い意味で)。
今回は、石塚さんのご両親とお姉さん、妹さんの5人家族の作品を一同に会した「親子展」。
バラエティに富んだ作品の前で、オープニングを祝う穏やかな時間が流れていました。
展覧会は31日(土)まで行われます。
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2007/3/20

保育園卒園遠足  来客・取材

今日は毎年恒例のA保育園の卒園遠足。園児たちは森林公園駅から1時間かけて歩いてくるのです。
《原爆の図》の前では、みんな真剣な顔で静かに作品を見ていました。もちろん彼らなりに、原爆の絵から様々な思いを汲み取っていることでしょう。
その後は川に下りてお弁当を食べ、自然のなかでたっぷりと遊んでいました。
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2007/3/18

2007年4月の館外企画情報  館外展・関連企画

第91回イメージ&ジェンダー研究会

日時:4月8日(日)13:30〜18:00(研究報告は14:15から)
場所:世田谷男女共同参画センターらぷらす(世田谷区北沢2−8−18北沢タウンホール11階)研修室4
交通:小田急線・京王井の頭線「下北沢」下車南口より徒歩5分、または小田急バス「北沢タウンホール」下車(駒沢陸橋〜北沢タウンホール)

【研究報告】14:15〜
1.「こうの史代から中沢啓治へ―記憶と政治の葬送に抗して―」
報告者:木村智哉(千葉大学大学院 社会文化科学研究科) コメンテータ:池川玲子
2.「「原爆の図」―ジェンダーの視点から」(仮題)
報告者:小沢節子(日本近現代史研究) コメンテータ:池田忍
※非会員は参加費500円が必要です。


NHK川口アーカイブス番組上映会

日時:4月15日(日)13:30〜
場所:NHK川口アーカイブス2階
ETV特集「ピカは人が落とさにゃ落ちてこん」(1994年放送)
番組内容:丸木俊さんと、長崎で被爆を経験した作家の林京子さんの対談。
※当時ディレクターと聞き手を担当した西橋正泰さん(元NHKアナウンス室長)のお話もあります。
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2007/3/17

美術館クラブ「陶芸家からの秘密のプレゼント」  ワークショップ

今日の美術館クラブは画家の谷口幹郎さんの案内で、「陶芸家からの秘密のプレゼント」。
このところ参加者はスタッフ含めて7〜8人と少ない回が続いている丸木美術館クラブ。考えてみると、毎年冬の間は参加者が少ない気もしますが……

今回の材料は陶芸家の野口稔さんと小久保栄二さんから頂いた陶器の破片や素焼きの粘土の塊。この不思議な素材を組み立てて、面白いオブジェを作るのです。

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写真左は丸木美術館でも個展を開催したことのある画家の大塚直人さん。大きめの石の塊を塔のように組み立てて、重量感のある作品を作っていました。

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今日はいつも中心になってくれているM年山さんが山形へ帰省し、わが家の妻Tも仕事で欠席(差し入れのごまと抹茶のプリンは届きました)。ぼくは息子Rを連れての参加です。
最近毎回参加してくれる東松山市内在住のYちゃんが、息子Rといっしょに遊んでくれました。
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2007/3/15

NHKさいたま局のM田リポーター  来客・取材

夕方、M年山さんに突然呼び出されたNHKさいたま放送局のM田リポーターが、(午前中に担当番組の放送があったにもかかわらず)来館されました。
M年山さんは、以前放送でお世話になったM田さんに、古い薬箱のなかに収めたお雛さま(さまざまな木製の廃品を使って作ったもの)をプレゼントしたくて呼び出したのですが、理由も知らされずに呼ばれた彼女は「何ごとか?」とドキドキして駆けつけたそうです。ご苦労さまでした。

M田さんは企画展「廃品復活展」を鑑賞した後、今日の番組で紹介した川口の若い切り絵作家の録画DVDを見せてくれました。
作品そのものも面白く、とても印象深かったのですが、M田さんが話してくれた(実際の放送ではカットになってしまった)彼についての話がさらに興味深かったです。心の痛みを伴う深いよろこびが彼の作品をいっそう輝かせているのだと感じられました。
同時に、M田さんの取材対象者への優しく鋭い視線にも、とても感心しました。これからもがんばってください。
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2007/3/15

丸木俊モスクワスケッチ  作品・資料

最近、美術館ニュースの編集作業や4月の企画展準備などを行いつつ、丸木俊の戦前のモスクワスケッチを調査しています。
俊は1937−38年と1940年の2回、通訳官と外交官の子どもの家庭教師としてモスクワに滞在しています。現在丸木家に残っている当時のデッサンはおよそ400点。
ひとつひとつの作品を見ていくと、俊の卓越したデッサン力が、異国の刺激を受けて、まさに固められていった時期であったことが感じられます。
4月下旬からはじまる丸木俊展では、ぜひこのモスクワ時代のデッサンを紹介したいと思っています。

今回の調査で、俊の初の二科展入選作《白樺の林》(1939年=現在所在不明)の下絵と思われる(構図がそっくりの)1939年5月20日の日付の入ったデッサンを見つけました。
俊は自伝のなかで、その年の初夏にシベリアの面影を求めて北海道の阿寒地帯にスケッチ旅行に行ったと回想しています。
また、故郷の北海道の摩周湖、阿寒湖、羽衣の滝などを描いたスケッチのほかに、1941年夏の丸木位里との結婚後に広島を訪れた際に残した三段峡や飯室(位里の出生地)の山のスケッチなどもありました。
「池袋モンパルナス」の呼称で知られるアトリエ村時代、俊はメキシコ帰りの北川民次らと絵本の研究会をしていたのですが、「1941年9月28日 北川先生のお宅で」と記された《伊勢えびの図》というスケッチも見つけました。宇佐美承著『池袋モンパルナス』には「俊に岡惚れし、位里に嫉妬していた」と紹介されている“北川先生”、伊勢えび奮発してくれたんだなーと思うとちょっと可笑しかったです。
1945年1月の日付の入った《仕事をする峯さん》というスケッチもありました。
彫刻家の峯孝は丸木夫妻のアトリエの隣に住んでいた方です。ぼくが丸木夫妻のアトリエの跡を探しに行った2001年には、峯さんはまだご存命で、当時のままの場所にお住まいになっていました。
いろいろと、興味深い資料が出てきます。

今回の丸木俊展では、《白樺の林》下絵をはじめ、さまざまなデッサンを紹介したいと考えています。
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2007/3/8

被爆柿の木植樹式  イベント

東松山市環境保全課が中心になり、唐子地区ハートピアまちづくり協議会や唐子小学校、丸木美術館などが1年がかりで取り組んできた「柿の木プロジェクト」。
今日は唐子中央公園に長崎の被爆二世柿を植える植樹式が行われました。

はじめに、唐子小の3年生が作った竹のモニュメントを、植樹予定地を囲むように馬蹄形に埋設しました。

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モニュメントの隣には、「はは からこ いのち つらなる へそのさと へいわの いのり まるき かきのき」という文章が書かれた看板が設置されました。
子どもたちが命名した柿の木の名前は「かきっ子かき太郎」です。

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植樹式には、「柿の木プロジェクト」の中心メンバーである現代美術家の宮島達男さん、樹木医の海老沼正幸さんや、地元の多くの方々が参加して下さいました。
子どもたちをはじめ、参加者のひとりひとりが土をかけ、被爆二世柿は無事に植樹されました。

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その後、丸木美術館のM年山さんの指導により、子どもたちみんなで「平和の響き」(「線路は続くよ」の替え歌)を歌い、記念写真を撮影。とても賑やかで楽しい会になりました。

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皆の願いの込められた被爆柿の木。元気に育って、唐子の地にしっかりと根を下ろしてもらいたいものです。

宮島さん、海老沼さんたち「柿の木プロジェクト」の一行は、その後丸木美術館を見学され、小高文庫でゆっくりとお茶を飲んで下さいました。
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2007/3/7

美連協シンポジウム「世界の中の日本美術」  他館企画など

美術館連絡協議会創立25周年記念シンポジウム「世界の中の日本美術―創造・演出・鑑賞」を聴講するため、東京国立博物館平成館大講堂に行きました。
記念講演はフェリス・フィッシャー氏(フィラデルフィア美術館東アジア美術部長)の「日本美術の魅力」と、西野嘉章氏(東京大学総合研究博物館教授)の「美術館・博物館の現在、ミュージアムの未来」。
特に後者の講演は丸木美術館にも参考になるところがあるのではないかと思って聴講しました。
西野氏の講演の中で興味を惹いたのは、『モバイル・ミュージアム』という概念。従来の一箇所集中型の施設ではなく、展示コンテンツを流動化させ、社会の中へ出て行くという発想は、針生館長も常々提案している「移動美術館」そのものです。
この発想、実は50年ほど前に他ならぬ《原爆の図》が実践しているのです。
《原爆の図》を描いた丸木夫妻は、三部作完成と同時に作品を軸装して移動可能にし、全国(やがては世界中)を巡回しました。正確な記録が残っていないほど各地で展覧会が開かれ、一年間で64万人以上を動員したとの記録もあります。
やがて《原爆の図》は複製も作成され、丸木夫妻の手を離れて、おそらくは同時に二箇所以上で展示されることもありました。
その時の熱気が今も丸木美術館の存在を支えていると考えれば、『モバイル・ミュージアム』の成果は(少なくとも当時は)たいへん大きなものであったと言えるでしょう。

その後行われたパネルトークには、彫刻家の舟越桂さん、神奈川県立近代美術館企画課長の水沢勉さん、渋谷区立松濤美術館主任学芸員の光田由里さん、世田谷美術館長の酒井忠康さんがパネリストとして参加しました。
こちらの内容もたいへん興味深いものでした。特に、各地に巨大美術館が誕生し、世界規模で二極化が進む現状において「小さな美術館がベスト」「小さいことのアドバンテージを探すことが重要」という話がパネリストの方々から出たのは、生き残りをかける“小さな美術館”の職員としては勇気づけられる思いでした。
水沢勉さんには、今年の5月5日(土/祝)の「丸木美術館40周年開館記念日」に来館してお話をして頂く予定になっています(近日中に詳報)。
今日のパネルトークを聴講して、5月5日がとても楽しみになりました。

今日はシンポジウムの他に、午前中にお茶の水図書館(女性専門図書館)と国際子ども図書館を回り、1940年代の丸木俊の仕事を調べました。
また、東京都美術館の「日本アンデパンダン展」に出品された友の会のH多さん夫妻の作品を鑑賞しました。
移動中は常に駆け足でした。
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