2007/2/3

原爆観音堂のこと  その他

神戸から帰ってから数日間、原爆観音堂の取り壊しという現実に直面し、日誌を記入する気力が沸きませんでした。
1日(木)夜には来年度の企画委員会が開催されました。
2日(金)午後には原爆観音堂が完全に撤去されました。

先日の神戸の講演では、「丸木美術館とその周辺環境は、丸木夫妻が(《原爆の図》とともに)残したもうひとつの“代表作”」と紹介しました。
丸木夫妻の残した歴史ある建築物、そして多くの人の祈りの場があっけなく姿を消したことについては、今も心の整理がつきません。

原爆観音堂の再建計画についてはここ数日で二転三転し、正式に決定するのはしばらく先になりそうです。
ぼく自身の心の整理がつかないこと、そして丸木美術館としての公式な経過説明については慎重を期する必要があることから、この学芸員日誌には今後も原爆観音堂取り壊しの経緯については記さないことにします。
一個人としては、丸木夫妻や丸木美術館に関わる多くの方々のためにも、迅速かつ正確な経過報告が行われることを望んでいます。
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