2006/2/28

2006年2月の入館者  入館者数

【月計】個人364人(前年比+66人)、団体379人(+328人)、計743人(+394人)
【年間累計】個人8,392人(前年比+2,477人)、団体6,770人(+410人)、計15,162人(+2,887人)
=2月28日現在

月計の個人入館者は昨年2月を上回ったが、一昨年2月の536人には及ばなかった(一昨年は丸木スマ展の会期中だったので入館者が多かった)。団体入館者も一昨年2月の458人にはわずかに及ばず。しかし、2月15日に来館した学生団体206人が大きく、全体で前年比394人増と健闘。
年間累計では昨年度の13,021人をすでに2,000人上回っており、3月の団体の予約状況を見ると、最終的に一昨年度の16,029人にほぼ並ぶことが予想される。
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2006/2/28

問い合わせの多い一日  来客・取材

電話、FAX等で支援芸術祭の申し込み、問い合わせが殺到する一日。
地元在住のSさんが来館され、小沢昭一や新藤兼人らに色紙の出品を諒解してもらえたとの報告を頂いた。深謝。
友の会のHさんも来館。今日から上野の東京都美術館で始まる「日本アンデパンダン展」に三里塚の連作を出品されるとのこと。ポスターと案内を持ってきて下さる。
その他、細々とした応対の多い一日だった。
午後はDさんが来館。閉館後の館内清掃を手伝ってくれる。
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2006/2/28

「まなぶ」2006年3月号  掲載雑誌・新聞

労働大学出版センターから発行されている“働くものの月刊学習誌”「まなぶ」2006年3月号に丸木美術館特集。「想像するための装置」(N事務局長)、「原爆の図を観る」(岡村学芸員)、それぞれのインタビューを元にした記事7ページが掲載。存続支援の方法も紹介されている。定価400円。
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2006/2/26

赤松俊子 南洋ノートよりC  作品・資料

21日午前6時 ツツタウの声もきかずに朝寝の旅人は、朝食を忘れて、山をかけ下りる。突堤の先で船の人たちのみそ汁が、青いはつぱを浮かせて煮立つてゐた。塩つぱい酢い匂ひが腹にしみて、ジユツとつばきが舌の奥ににじみ出た。
今日も船べりで歌を唄ふ。いつどこからのつたのか陽気な唇のうすいまつげの長いカナカの娘が、寄つてきて肩をたたく。
『あんたも友達だ、コンパニーになるよ』
『うん うん』
とびつくりしてゐる私をほつといて一人でしやべつて一人でうなづいてゐる。
眉を上げて目を一寸下見使ひにあごを前にほんの少ししやくつて『うん うん』とうなづいてみせる。
この茶褐色の陽気なブロンズは仲々ゆるやかなゼスチュアで、なめらかな魅力がある。
二人で肩をくんで唄ふ。
あの唄もこの唄も、キーンとのどをはつて、高く唄ふ彼女の声。なげやりな捨ててしまつた、どこにも勿体ぶつた所のない姿だけに、悲しいまでに人をひく力を持つた娘である。
『ほれ、たべなさい』
にゆつとつき出す、見るとビンロー樹の實に石灰をふりかけて、ギムァ(カブイ)の葉でまいた、例の、島民たちが赤いつばきをペツペツと地べたへはく、あの實なのである。
受け取つて、一寸ながめたが、そして彼女の顔をみると、目と口が、『どう?』と言つてゐるので、思いきつて、ガリッと喰ふ。ヒリヒリする石灰の味が舌をさす。多少がまんはしてゐたのだがよほど妙な顔をしたらしい、
『舌がやけるから石灰を少しにしなさい』
と笑いながら彼女は言ふ。だがもうかんでしまつた石灰は舌にべつとりついてはなれない。
『ベツ』と海にはき出すと、緑にわき立つ波に、もう眞赤な汁がはき出されて消えてゐた。
『ベツペツ』とつづけてはき出す。皆眞紅のつばきだ。はき出しながら海を見てゐると、咬んだ右の方の歯の上からぽーつと熱くなつて、それが頭の右側に廻り、それが徐々に左側の方へも廻つて、熱く、ゆらりゆらりとたゆとうて行った。
『頭が熱い』と頭を指してみせると、『うん、そうか、ねよう』といきなり肩をつかんで船室へ連れて行つた。
むんむんとむせる船室に、茶褐色の島民も、それに近い陽やけした邦人の男たちもほんの八畳足らずの船室につめ寄つて寝てゐた。私たち二人もそのほんのわづかのエンヂン室の側にある壁を取つて細長くねた。彼女は頭が痛いかとひたひをさすつてくれたが、その銀の指輪をはめた裏の桃色の手は、肢体からくるなよやかさに比して、ゴソリと硬い感触だったのでびつくりした。それから黒びかりする彼女の二の腕に受けるエンヂンの振動をながめてゐるうちにすっかり寝こんで仕舞つた。
カヤンガルに着いたといふ声を聞いて、いつものやうにパツとはね起きようとすると、ベタベタした汗でびつしよりになつてゐてしかも船室はむんむんと息苦しく暑い空気で一つぱいだつた。
(つづく)
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2006/2/25

「原爆の図」修復調査のこと  作品・資料

N事務局長から22日の総務委員会と23日の「原爆の図」の修復保存のための予備調査の報告があった。
「原爆の図」の調査は、絵画保存研究所のKさんたちが来館して、「原爆の図」の反り、剥れ、汚れ、墨皺や、丸木スマ作品の黴の状態などの簡単な点検が行われたとのこと。ただし、絵画の補修は、長期間にわたる材質等の本格的な研究調査が必要であり、数千万円単位の予算が必要になるという。Kさんの意見は助成金の申請を考えた方が良いとのことだが、そのためには都道府県レベルの文化財認定という基準があり、今後の方針についての見通しは簡単には立たない。
10時半頃、26人の団体が来館し、「原爆の図」の前で館内説明を行う。
午後2時からは毎月1回行われているワークショップ「丸木美術館クラブ」が野木庵で行われた。
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2006/2/25

美術館クラブ「素晴らしい版画を自分流に」  ワークショップ

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2月25日の回は、画家の草薙静子さんの案内で、「素晴らしい版画を自分流に」。参加者はスタッフを含めて20人程度。色刷りされる前の北斎の版画のコピーに、自分流に彩色するという内容。前回1月のワークショップが雪のために中止になってしまったので、今回はその時の「カルタでコラージュ」と二本立てで行った。
妻Tの差し入れの手作りお菓子は、イチゴとバナナのロールケーキ。ワークショップの後には、Hさんのギターで「おんぼろ水車」の歌も歌った。
次回は3月25日(土)、布作家の青海しとみさんの案内で「魔法のポケットだー(ジーンズのポケットが壁掛けに)」。材料費500円、親子でも一人でも年齢にかかわらず参加可能。興味のある方は丸木美術館まで。
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2006/2/22

国際シンポジウム「戦争と表象/美術 20世紀以後」  他館企画など

丸木美術館とも関連があり、とても興味深いシンポジウムが開かれますのでご案内します。
ぼくも仕事の都合を合わせてぜひ行きたいと思っています。

3月4日(土)午前9時45分〜午後5時、3月5日(日)午前10時〜午後5時
東京国立博物館平成館大講堂(定員350名)
日英同時通訳 シンポジウム参加無料
主催 国際シンポジウム「戦争と表象/美術 20世紀以後」実行委員会
共催 千葉大学大学院社会文化科学研究科

【第一日】
総合司会 長田謙一(千葉大学教授)

●第一セッション 日露戦争から15年戦争へ
再考・青木繁「海の幸」―「ゼツェッシオン」/日露戦争  長田謙一(千葉大学教授)
日露戦争の戦跡  一ノ瀬俊也(国立歴史民俗博物館研究部助手)
第1次大戦ドイツ人捕虜の芸術活動  安松みゆき(別府大学文学部芸術文化学科助教授)
雲崗石窟・写真・前衛  五十殿利治(筑波大学大学院人間総合科学研究科教授)
山口蓬春と戦争表現  水沢勉(神奈川県立近代美術館企画課長)
討論 司会・コメント  丹尾安典(早稲田大学文学部教授)

●第二セッション アジアと日本
中国服の女性表象―戦時下における帝国男性知識人のアイデンティティ構築をめぐって  池田忍(千葉大学文学部助教授)
記実と想像:十七世紀のオランダと鄭成功台湾大戦の版画について  蕭瓊瑞(国立成功大学助教授兼同大藝術センター副主任)
アジア服復活:岡倉天心・インド・衣服の政治生命  ブリッジ・タンカ(デリー大学教授)
『同庄異夢』歴史修正主義と世代間葛藤―『わしズム』の例を通して  シュテッフィ・リヒター(ライプチヒ大学日本学科主任教授)
南京虐殺と女性  若桑みどり(川村学園女子大学教授)
討論 司会・コメント  久留島浩(国立歴史民俗博物館教授)

【第二日】
●第三セッション 第2次世界大戦期T 日本という国家と表象
ダンス 朝鮮・日本  木村理恵子(栃木県立美術館学芸員)
戦時期日本のシンボリズム  河田明久(早稲田大学非常勤講師)
目的芸術としての戦争美術とプロレタリア美術〜「昭和の美術」展を通して  澤田佳三(新潟県立近代美術館学芸員)
戦時とモダン・デザイン  森仁史(松戸市教育委員会)
戦争と建築  五十嵐太郎(東北大学助教授)
討論 司会・コメント  吉見俊哉(東京大学大学院情報学環教授)

●第四セッション 第2次世界大戦期U それぞれの国家と表象
現代ロシアの戦争映画  鴻野わか菜(千葉大学文学部専任講師)
ファシズム期のイタリア彫刻  上村清雄(千葉大学文学部史学科助教授)
原爆体験と表象  小沢節子(早稲田大学他非常勤講師)
ドイツ国防軍の犯罪と表象  ウルリケ・ユライト(ハンブルク社会研究所)
討論 司会・コメント  三宅晶子(千葉大学文学部教授)
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2006/2/22

赤松俊子 南洋ノートよりB  作品・資料

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▲南洋ノートの寄せ書き

暮れ落ちたたまなの葉越にギラギラと金属性の光を持つ月が高く上つてゐた。裸になつて、タンクの水を浴びに行く。
『水浴びてゐるよ、のぞいてはいけないよ』
月の林の中の弱いランプの光に向つてさけぶ。なま暖かい天水に石鹸がうまくとけて、体中泡ぶくになる。立ち上つて水を肩から浴びる。天水がやわらかい感触で体を流れ、陽やけした手足を除いて青白い程の胴体が月光に輝き、乳房の影が青黒く腹部にうつる。
林から用あり気に出て来た島民がヘタヘタと足音を地に吸はせて、側を通り過ぎるが、さつき叫んだのがきこえてゐるのかふり向いて見やうともしない。

月夜の熱帯の山に、青黒い風が海から吹いて来て、嶺のタコの木を吹きさらす。
ニヨキニヨキと方向をまちがえてのびた枝を急角度にもとへもどそうとして、その中途から風に吹きさらされ、もうどうにでもなれと風にまかせてのびほうけたのか、奇妙なタコの樹がはげ上つた枝の頂きにわずかの葉をのせて、月夜に何かを物語つてゐた。
青黒い風が海から吹いて来て、やせた山嶺の椰子の木を吹きさらす。だらりと両手を下げた椰子の葉、葉脈にギラギラと月光がきらめいて、冷たい静かな物語りを、青黒い風にのせてゐた。
青黒い風が海から吹いて来て、山嶺のわずかに立つ樹々に何かを問ひかける。ヒヨウヒヨウと熱帯の地に、何か解けない冷たいなぞが、青黒い風にのつてかけぬけてゐた。
(続く)
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2006/2/22

「豊崎博光写真展」関連書籍  販売物

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「核が作り出した世界 豊崎博光写真展」の開催に伴い、以下の関連書籍を入荷しました。
美術館入口ホールにて販売していますのでぜひお求め下さい(3月24日まで)。

アトミック・エイジ 地球被曝はじまりの半世紀(築地書館 2,100円)
母と子でみる 水爆ブラボー 3月1日ビキニ環礁・第五福竜丸(草の根出版会 2,310円)
マーシャル諸島 核の世紀 1914−2004(日本図書センター 上下巻セット 10,000円)
核爆発実験と原子力発電による ヒバクとヒバクシャ(たんぽぽ舎 400円)

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2006/2/21

豊崎博光展初日  企画展

「核が作り出した世界 豊崎博光写真展」が始まった。
初日の今日は、毎日新聞が朝刊埼玉版で「世界の核被害を訴えて」という大きな見出しで紹介。「各地で『ヒロシマ・ナガサキ』が繰り返され、人びとの健康のみならず伝統文化や精神生活が壊されていることを知ってほしい」との豊崎さんのコメントも掲載された。
展示替えのボランティアをしてくれたJさんが来館し、改めて会場をじっくりと見て行く。

絵画保存研究所のKさんと連絡をとり、「原爆の図」の修復を目的とした作品調査を24日(金)に行うことが決まった。Kさんは表具師とカメラマン、そしてパリの大学から修復の研修に来ている学生を含めた4人で丸木美術館を訪れる予定。
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2006/2/20

松本へ作品返却・食堂「ピカドン」  その他

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▲松本市内の食堂「ピカドン」

美術館は休館日だが、朝8時に出勤して長野県松本市の神宮寺まで「涅槃図」の襖絵(6面)を返却に行く。Y子さんがワゴン車を運転してくれる。天候が心配されたが、昼頃神宮寺に到着して無事に襖絵を返却するまでは雪も降らず、帰り道は雪の中の走行となったものの、予定通り午後5時前には美術館に帰還することができた。

昼食は松本市内の信州大学前にある食堂「ピカドン」に行った。この食堂のご主人は広島の宇品港で被爆した経験を持ち、被爆の事実を隠してはならないと1961年に開いた食堂に「ピカドン」の名をつけたのだという(2005年5月24日朝日新聞記事より)。
Y子さんはラーメン、ぼくはかきあげ丼を注文。いずれも500円ちょっとの値段で、定食はご飯おかわり自由という学生向けの食堂だった。食べ物商売の店に「ピカドン」と名づける思い切りの良さには驚かされる(実際、子どもに囃し立てられたり、大人に白い目で見られたりしたこともあったという)が、店内には10人ほどお客さんが入っていて、何だかちょっと安心した。
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2006/2/19

豊崎博光展展示替  ボランティア

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▲「豊崎博光写真展」展示風景

「没後10年丸木位里展」のために長野県松本市の神宮寺から借りた丸木夫妻共同制作の襖絵「涅槃図」を梱包し、「豊崎博光写真展」の写真110点を企画展示室に展示。
地元ボランティアのKさんが「老人は朝早いんです」と言いながら(Kさんは老人というより、とても真面目な方なのだと思う)開館前から手伝いに来てくれる。若者ボランティアのJさんは、オリンピックのカーリングを朝まで見たために寝過ごして、昼頃から手伝いに来てくれる。
Jさんといっしょに、2階の絵本原画室の作品や、1階新館ロビーの展示物なども入れ替えたが、「豊崎博光展」の写真は作品点数が多いこともあって、予想外に展示に時間がかかり、午後7時過ぎまで作業をした。途中、午後6時頃からDさんも仕事を終えて駆けつけて来てくれて、最後は大人数で一気に仕上げた。

午前中、立正佼成会のグループが来館し、「原爆の図」の前で館内説明を行う。
また、今日は川越の団体「遊びの学校」が野木庵でシタールのコンサートを開催し、お昼にカレーライスをご馳走になった。コンサートは見たかったが、展示替えが忙しく、まったく顔を出せなかったのが残念。
美術館を閉館した後(Dさんが高坂駅まで車で送ってくれた)、みんなで駐車場へ歩いていたら、急ブレーキの後にドスン、と車が何かに当たる音が聞こえてきた。帰り道、近くの十字路に通りかかると、路上でタヌキが横たわって死んでいた。しっかりとした体つきの大きなタヌキで、外傷はほとんどない。車から降り、両足をつかんで持ち上げて、藪の中に移動する。身体はまだ生温かかった。合掌。
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2006/2/19

没後10年丸木位里展の入館者数  入館者数

企画展「没後10年丸木位里展」展が終了。NHK新日曜美術館のアートシーンで取り上げられたこともあって、「位里さんの作品をまとまって見られて良かった」という来館者の感想も聞かれた。丸木夫妻の個人制作の画業を紹介することの必要性をあらためて実感。
会期中(11/1〜2/17)の入館者は2,588人(個人1,577人、団体1,507人、招待・友の会472人)。招待入館者が多かったのは、会期中にスリーデーマーチがあったため。
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2006/2/18

企画展展示替  ボランティア

「没後10年丸木位里展」が昨日で終了したため、企画展示室の作品を撤去して、収蔵庫に収める。同時に丸木スマ展示室の作品も展示替え。「母猫」「内海の魚」「村の夕暮れ」「ひまわり」など代表的な作品を選んで展示する。Dさんが仕事の合い間に手伝いに来てくれる。
神宮寺の襖絵の梱包を明日に残し、その他の「丸木位里展」の作品を撤去してスマ部屋の展示を完了した時点で今日は終了。
午前中、15人ほどの小グループの館内説明を行う。
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2006/2/17

Kザイクさん来館  来客・取材

明日に迫った「豊崎博光写真展」の展示替準備を進める。企画展示室の壁面に展示写真を並べた図面を作成し、最終的な展示の構想を練る。今回は壁面に対して作品数が多いので、すべて展示すると作品の間隔がかなり狭くなってしまう。点数を落として間隔にゆとりを持たせるか、すべての写真を展示するか、判断の難しいところではある。

午後、「今日の反戦展」に出品してくれた作家のKザイクさんが来館。
Kザイクさんから、赤松俊子「南洋ノート」が面白いという感想を聞き、勇気付けられてノートの判読作業を進める。Kザイクさんは、「原爆の図」という文脈で語られないところの丸木夫妻をもっと知りたい、特に、俊さんの南洋体験は民俗学的にもとても面白いのではないか、と感想を述べてくれる。2008年の「明かされる南洋の日本美術展」や、ペルーの天野博物館の話などで盛り上がる。
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