2012/7/21

代官山ヒルサイドフォーラムにてトーク  講演・発表

葉山で「松本竣介展」を観た後は、代官山へ戻ってヒルサイドフォーラムで開催中の「マクリヒロゲル、粟津潔の世界展」へ。
午後5時から、都立第五福竜丸展示館の安田和也学芸員と「ベン・シャーン、丸木位里、俊、粟津潔と……いまぼくたちが思うこと」と題するトークを行いました。

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(写真提供:小林俊道氏)

安田さんにはいつもお世話になっていますが、ごいっしょにトークをするのは初めて。
もっとも、緊張感はまったくなく、スライドを交えながらのリラックストークとなりました。

はじめに安田さんが、粟津潔が1955年に日宣美新人賞を受賞した『海をかえせ』のポスターを紹介し、海が米軍の演習場に使われた社会状況と第五福竜丸につながる木造漁船の歴史について説明されたあと、話は原水爆禁止世界大会のポスターの仕事へと移っていきます。

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《原爆の図》で世界的な知名度があり、原水禁運動の象徴的な画家となっていた丸木俊は、第1回原水禁大会をはじめ、初期の頃は2度ほどポスターの仕事を手がけていたのですが、「運動であっても、画家ではなく、専門のグラフィックデザイナーの仕事が必要」と当時の事務局員Yさんが判断されたことから(それは英断だったと思います)、第5回目からは粟津潔、杉浦康平の共同制作でポスターが作られるようになります。
そして作られたのが、日宣美特別賞を受賞したという上の写真右から2つめの作品。ちょっと分かりにくいですが、粟津潔による“群死”というベン・シャーン風のデッサンの上に、杉浦康平が無機的な放射状の直線を配し、爆心地の情景をデザイン的に表現しているのです。
ちょうど新聞連載で、「見えない」核をいかに「見える」ように描くか、という問題を考え続けていたので、このポスターの表現は、私にとってはまさに鮮烈な、興味の対象そのものでした。

   *   *   *

さらに話は、丸木夫妻の原爆の図巡回展や、ベン・シャーンの“ラッキー・ドラゴン・シリーズ”、水木しげる、ヤノベケンジ、岡本太郎へと広がっていきました。
キーワードは、“核を表現する”。
美術館と博物館の違いこそあれ、“3・11以後”ではなく、その前から、丸木美術館と第五福竜丸展示館は、核をめぐる表現の紹介という点では、ほかに類のない活動をしてきました。
ともに予算規模が小さいため、知恵を絞って工夫を重ねなければ、なかなか企画もできない施設ではありますが、これからも連携して、少しずつ活動の幅を広げていきたいと、あらためて思うトークでした。

会場には、先日丸木美術館で被爆ピアノコンサートに出演して下さった、ピアニストの崔善愛さんや女優の斉藤とも子さんもわざわざおいで下さいました。
ご来場いただいた皆様には、心から感謝いたします。
そして、貴重な場を設定して下さった、粟津ケンさんにも感謝。
いつも背中を押して下さって、嬉しいです。
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