2012/7/19

『東京新聞』「非核芸術案内」第1回  執筆原稿

2012年7月19日付『東京新聞』4面「3.11後を生きる」欄に、岡村が執筆した「非核芸術案内」が掲載されました。
第1回目は丸木位里・丸木俊夫妻の原爆の図第1部《幽霊》などをとりあげています。
これから5週ほど、毎週木曜日に連載させて頂く予定です。

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以下、冒頭から少しだけ抜き出して紹介します。

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 芸術は人間の営みのなかから生まれる。核の脅威は、その営みに直結するから、今日、非核芸術と呼ぶべき表現があらわれることは、決して不思議ではない。
 「芸術の役割は見えるものを表現することではなく、見えないものを見えるようにすることである」とは、画家のパウル・クレーの言葉だ。もちろんクレーの言う「見えないもの」とは魂の領域を指すのだろうが、それも含めて、核に対峙する芸術を想うとき、この言葉が頭をよぎる。

 核の脅威、とりわけ放射能を人間は知覚できない。その危険性を隠そうとする社会的な力が働くことも、少なくない。非核芸術の歩みは、こうした「見えない」核を「見える」ものとしてあばき出す試みの連続だったといえるだろう。
 核の脅威を最初に世界へ知られた作品といえば、原爆の図が挙げられる。広島出身の水墨画家・丸木位里と、妻で油彩画家の赤松俊子(丸木俊)は、原子爆弾投下後の広島に駆けつけ、その惨状を目撃した。米軍占領下の一九五〇年、厳しい検閲制度が存在し、原爆被害の実情が公開されなかった時代に、二人は原爆の図第一部《幽霊》を発表する。
……

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担当のH記者からは、局長さんや部長さんからもお褒め頂いたとのメールが届きました。
また、多くの方からご感想なども頂いています。本当にありがとうございます。

夜には、詩人のアーサー・ビナードさんから電話があり、原爆の可視化と人間の肉体の問題について、話をしました。ちょうどアーサーさんも、原爆をテーマにした、ある新しい企画を考えているので、いろいろご協力することになりそうです。

7月26日(木)掲載の第2回では、絵画、デザイン、映画、写真、漫画など多様な領域の表現と、職業的な表現者ではない体験者の絵画を取り上げながら、原爆表現の可能性/不可能性について考えます。
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