2011/11/18

板橋区立美術館「池袋モンパルナス展」  館外展・関連企画

午後3時から板橋区立美術館の企画展「池袋モンパルナス展」(11月19日〜1月9日)の内覧会・レセプションに行ってきました。

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池袋モンパルナスに夜が来た
学生、無頼漢、芸術家が街にでてくる
彼女のために、
神経をつかへ
あまり太くもなく、細くもない
在り合せの神経を――


(小熊秀雄「池袋風景」より)

1930年代、現在の池袋を中心とする一帯に、アトリエ付き住宅群が建設され、画家や評論家、詩人、演劇関係者らが次第に集まり、暮らすようになりました。
詩人の小熊秀雄は、この集落を芸術の都パリのモンパルナスに重ね合わせ、「池袋モンパルナス」と呼びました。
「池袋モンパルナス」に暮らした画家のなかには、靉光や松本竣介、寺田政明、麻生三郎、古沢岩美、井上長三郎、吉井忠、そして若かりし日の赤松俊子(丸木俊)と丸木位里もいました。
戦争に向かって国全体が突き進む暗い時代のなかで、自由を求める若き芸術家たちにとって、「池袋モンパルナス」は束の間の解放区のような空間だったのです。

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これまで、たびたび企画されてきた「池袋モンパルナス」の展覧会。
今回の大きな特徴は、後の時代からの“回想”ではなく“同時代”の視点を重視しながら検証しているところです。

図録に収められた「吉井忠の日記」(1936-1945)は、その意味で今回の企画の核をなす貴重な資料だと言えるでしょう。
1936年2月26日、いわゆる「2.26事件」の日からはじまり、1945年5月2日に故郷の福島へ疎開をするまで続けられたこの日記は、一人の画家が「池袋モンパルナス」という空間で、激動の時代と向き合いながら何を考え、どのように日々を過ごしていたかが生々しく伝わってきます。

たとえば1941年4月6日の日記。
この日の早朝、吉井は“放浪の画家”長谷川利行の死を知り、夕方には福沢一郎と滝口修造がシュルレアリスムを危険思想と警戒する特高に検挙されたことを知ります。
時代の渦の中で翻弄される芸術家たちの姿を象徴するような一日です。

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6日/ Dimanche細雨/朝 寺田を訪ねる。長谷川利行、板橋養育院で昨秋発狂。今春早く死んだこと聞く。秋頃遺作展やるさうだ。彼も天才だった。一寸感慨に打たれる。二人で井上氏を訪ね絵を見る。青い絵が美しい。(…)夕方、例会に行かうとした所へ佐田君来る「福沢さん持って行かれた」と云ふ。いささか驚く。「直ぐ研究所に行って集る人に坊ちゃん病気今晩例会中止といふてくれ」と云ふ。すぐ出かける、はりがみする。/浅利、丸木(註:丸木位里)、ヒゲ(註:古沢岩美)、麻生氏等と会ふ。瀧口アヤ子さんも来る「昨日の朝、瀧口さん、杉並署に持って行かれたので原稿止める」と云ふ。それで大体今度の事のリンカク解った。皆に事情を云はずcaféのみ別れる。瀧口さんと銀座のヂヤーマンベーカリーに(9時)行く。薮内、ハリガミを見て何かを察して来る。(何か会の改組の話位に思ったらしい)話をすると流石に愕然として、井上、佐田、土井氏等と集まり、前後策について話す。二人とも昨日朝、自宅からていねいにつれて行かれたと云ふ。前後の話を総合して判断すると、当局がシュールレアリズムの性格の研究をしたいのらしい。美術文化展はこのまま期日に開きたいと皆で云ふ。展覧会を見れば当局の人々も我々の仕事を理解するだらうし又我々がどんなに我国美術文化の建設に骨を折っているかも解ってくれるだらうからと云ふことになる。/井上氏等、明日内閣情報局長の桑原氏に会っていろいろ話をして来ると云ふ。明夕6時に東京パンに集まることになって別れる。雪がチラチラする。(…)帰宅してオレも誤解を受けそうな本を処分する。当局にも我々の真意が解ったら何事もなく了解がつくだらうと云ふ。全くの誤解なのだから。

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この他にも、2.26事件や日米開戦時の社会の興奮状況、シンガポール陥落や1945年3月の東京大空襲の生々しい描写など興味深い記録は多々あり、もちろん、「池袋モンパルナス」の画家たちがどのように交友していたのかという日常の様子にも心が惹かれます。

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今回、丸木位里の出品作は《花王》(1943年、原爆の図丸木美術館蔵)と《ラクダ》(1938年、広島県立美術館蔵)の2点。
丸木俊の出品作は油彩画の《自画像(飢え)》(1944年、個人蔵)、《位里の像 2》(1945年、個人蔵)、《デッサン会》(池袋モンパルナス時代、個人蔵)の3点と、デッサンの《仕事する峯さん》(1945年1月、個人蔵)です。

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俊が隣に住んでいた彫刻家の峯孝を描いたデッサンは、2007年に丸木美術館で開催した「丸木俊の絵画」展で初めて紹介したので、ご覧になったことがない方も多いでしょうが、企画の狙いである“同時代”の空気を伝える作品のひとつであると思います。
会場では、デッサンの前に峯孝の《寺田政明像》(年代不明、板橋区立美術館蔵)が展示され、彫刻作品の向こうに“仕事する”作者の姿を見ることができるという構成になっていました。
よく見ると、デッサンに描かれた制作中の彫刻は《寺田政明像》に似ていて、同一作品の可能性もあるのではないかと思います。

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会期中には講演・朗読・コンサートなど多彩なイベントも開催予定。
12月10日(土)には、《原爆の図》研究などで知られる近現代史研究者の小沢節子さんが「巴里と帝都のあいだで―再考〈池袋モンパルナス〉の画家」と題する講演会を行います。
時間は午後2時から3時半まで(聴講無料、先着100名、事前予約不要)。
小沢さんは瀧口修造や松本竣介についての著作もあり、興味深い講演会になることでしょう。
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