2011/6/23

まちだ市民大学「世界の中の日本の役割」講演  講演・発表

午後6時半より、町田市の市民大学「今、改めて核を学ぶ」の第9回講座として「世界の中の日本の役割〜丸木美術館の活動を通して〜」というテーマで講演を行いました。

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講座の受講生は、主にシニア世代の方々約60人。
今までの講座ではどうしても福島が話題の中心となり、広島の原爆についての話がなかったというので、前半では丸木夫妻がなぜ《原爆の図》を描いたのか、そして近年調査に取り組んでいる占領下の巡回展について話をしました。
2時間という長めの講座だったため、途中20分ほど、1953年に公開された記録映画『原爆の図』(今井正・青山通春監督)も上映しました。

講座のテーマは「世界の中の日本の役割」という、私にとっては荷が重いと思われる設定でしたが、事前にスタッフの方が、丸木美術館の日常の活動を出発点とすることで、たんなる講義ではなく、市民の方たちが核問題を自分たちの生活に着地させることができるのではないかという狙いを説明して下さったので、少し気が楽になりました。
そうしたこともあって、後半部分では、「記憶の集積を伝える」「現代社会とのつながり」というふたつの視点から、美術館活動を軸にした話をしました。

「記憶の集積を伝える」では、犠牲を明らかにするためには正確に整理された「記録」も必要だけれども、その「記録」だけではこぼれ落ちてしまうような、ひとりひとりの人間の「記憶」を語り伝え、つなぎとめていくことが重要ではないか、という考えを話しました。

過去を思い出す行為は、死んでいった人たちの“生”に再び命を吹き込むことになるということ。
核兵器が戦争を抑止するのでなく、悲しみの「記憶」こそが私たちの未来を変え、戦争を抑止しているのではないかということ。
そうした「記憶」の物語が、新たな別の悲しみに直面してしまった人たちの心の支えになっていくであろうということ。

また、時代を越えて語り継ぐためには、常に“新たな視点”から問題を再発見していく姿勢が重要ではないかという話もしました。
人に大切なことを伝えるためには、「こうすれば伝わる」という成功体験を持つことも必要ですが、「これでいい」と経験によりかかってしまうと、たちまち「伝える力」は新鮮味を失ってしまいます。
新しい世代に伝えていくためには、彼らとともに新鮮な気持ちから出発して、いっしょに考えていくという姿勢を忘れてはいけない。これは、ふだん丸木美術館で学生たちに話をすることが多い自分に対しての自戒を込めて、話しておくことにしました。

最後に、そうしたことを考え続けながら、丸木美術館はどんな活動をしているのかを具体的に紹介するため、「現代社会とのつながり」という視点で話をしました。
「OKINAWA展」、「第五福竜丸展」、「チェルノブイリ展」など近年の企画展を簡単に紹介。
作品に触れることによって心が動き、世界が今までと違って見えるような――過去と現在をつなげながら想像力を広げていく芸術表現を大切にしていきたいという内容です。
もちろん、それは文学でも、音楽でも、詩でも、写真でも、映画でも、漫画でも何でも良いと思うのですが、世界(今の世界だけではなく、これから先の未来の世界も含めて)に対する私たちの役割があるとすれば、こうした「記憶」を伝える表現を大切に育み、伝え残していくことではないか、と話して、全体のまとめとしました。

   *   *   *

一日の疲れが出る時間帯、しかも2時間におよぶ長丁場にもかかわらず、しっかり最後まで聞いて下さった受講生の皆さんに感謝です。
そして、講座に招いて下さった市民大学スタッフの皆さま、本当にありがとうございました。

講座のお誘いがあったのは福島原発事故以前でしたが、こうした厳しい社会状況のなかでお話をする機会を頂き、また、別の専門家の方の講座にも参加する機会があったことは、私にとっても非常に勉強になりました。

「丸木夫妻の仕事の本当の価値が、今になってようやくわかってきた」という受講者のひとりの感想が忘れられません。
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