2011/1/19

特集展示「大逆事件」  企画展

クリックすると元のサイズで表示します

ちょうど100年前の昨日、1911年1月18日は、明治天皇暗殺謀議があったという理由で、幸徳秋水ら24名に死刑判決が下された日です。
いわゆる「大逆事件」あるいは「幸徳事件」と呼ばれるこの事件は、1週間後の1月24日に幸徳秋水、大石誠之助、内山愚童ら11名、翌25日に管野スガが処刑されるという当時としても異例の早さで強引に幕が下ろされました。
わずか数名による謀議を意図的に拡大し、社会主義・無政府主義運動家への弾圧を行った明治時代最大の国家権力によるフレーム・アップ(でっちあげ)事件。
丸木位里・丸木俊夫妻は、1980年代後半に取り組んでいた《足尾鉱毒の図》連作の一環として、水墨による屏風画の大作に描いています。

「大逆事件」で処刑された幸徳秋水は名文家として知られ、足尾鉱毒問題を田中正造が明治天皇に直訴した際には、その直訴状を起草しています。
《大逆事件》の作品が《足尾鉱毒の図》に関連して描かれたことには、こうした連想もあったことでしょう。
しかし、それ以上に丸木夫妻は、日本の急速な近代化にともなう産業革命によって社会の不平等や不合理が拡大したこと、そして、その問題点に気づいて声をあげた人びとを権力者たちが強引に抹殺したことのつながりに、後の昭和期における戦争の悲劇の前触れを感じたのではないでしょうか。

今回、丸木美術館では、「大逆事件」による処刑から100年という節目の年を迎えるにあたり、現代にも重なるような社会と人間/権力と人権の問題を見つめなおすため、“特別展示”として、丸木夫妻の共同制作《大逆事件》とともに、太田市が所蔵する《足尾鉱毒の図》のうち第1部《足尾銅山》、第2部《押し出し》をお借りして展示紹介いたします。

展示期間は1月22日(土)から2月19日(土)まで。
暖房のない館内は深々と冷えていますが、その張りつめた冷たい空気のなかで、100年前の時代を象徴する事件を再考するのも、また意味があるのではないかと思います。
0



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ