2010/3/18

《鳩笛》と《横笛》  来客・取材

以前、藤沢市民ギャラリーの企画で、神奈川県立近代美術館のM学芸員といっしょに丸木夫妻の展覧会を行ったとき、M学芸員が「良い展覧会は、はじまってからも“育つ”もの」という印象的な言葉をおっしゃっていました。
展覧会というのは展示をして終了、というわけではなく、会期中に、その企画を通じて作品や美術館にとって新たな発見があるような、そんな展覧会が「良い展覧会」という意味だと受け止めて、いつかは丸木美術館で、“育つ”企画を手がけてみたいと思い続けていました。

とはいえ、予算規模の少ない丸木美術館では、なかなか手ごたえのある展覧会を企画するのは難しいのですが、今回の「没後10年 丸木俊展」は、少しだけ、“育つ”展覧会に近づいているかも知れない、と思うことがありました。

   *   *   *

先日来館された女性は、「私は《鳩笛》のモデルになりました」と名乗り出て下さいました。
制作は1956年。まだ丸木夫妻が練馬区の谷原に住んでいた頃の話です。
丸木夫妻の近所に住んでいたその女性は、「ピンクの着物を着ていらっしゃい」と俊さんに言われて、鳩笛を手にポーズをとったそうです。

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当時、丸木夫妻は《原爆の図》(おそらく、第10部《署名》の時期でしょう)のモデルも探していて、その女性も「ぜひモデルに」と頼まれたそうですが、さすがに《原爆の図》のモデルは気がひけた、とのことで、《鳩笛》だけのモデルを務めたそうです。
彼女のお父さんがその作品をとても気に入り、「絵をいただくという話もあったのですが、その後曖昧になったままのようでした……」とのこと。
今回は、NHKのニュースに映る会場風景を見て、「《鳩笛》がある!」と驚いて丸木美術館まで足を運んでくださったようです。

   *   *   *

そして、昨日来館して下さったのは、《横笛》(1956年制作)のモデルの方。
やはり、NHKのニュースをご覧になって、「私がモデルになった絵がある!」と気づいて下さったようです。
現在、《横笛》という題がついているその作品は、当時《竹ぶえ》の名で毎日新聞社主催の第3回日本国際美術展に出品されたとのことで、そのときの絵はがきも持参して下さいました。

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展覧会を通じて、半世紀以上前の作品とモデルがつながるというのは、企画した立場としては、とても嬉しいものです。
貴重な体験談もお聞きすることができて、美術館にとっても大きな財産となります。
これからも、今回のようにさまざまな人とつながり、新たな発見を生むような、“育つ”展覧会を企画していきたいものです。
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