2009/10/31

講演会「中村正義と映画」  イベント

午後1時より野木庵にて現在開催中の企画展「中村正義展」の関連イベントとして講演会が行われました。

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中村正義の美術館館長の中村のり子さんも来館され、「ふだん見慣れている作品なのに、場所が変わると、こうも違うのか、というほど違って見えてくる。20年ほど前に丸木美術館と交換展をやったときに、丸木夫妻が“うちの美術館より作品が良く見える”と言ってくれたことを思い出す」とイベントのはじめに挨拶をして下さいました。

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予定では針生一郎館長が「中村正義の真価を語る」はずだったのですが、諸事情により針生館長の講演は11/7(土)午後1時に延期。その代わりに、近年、膨大な中村正義生涯年譜を編纂されている研究者の笹木繁男さんが、中村正義の生涯を丹念にたどりながら、「自分の描きたい絵を描き続けた信念に生きた画家」と語ってくださいました。

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続いて映画監督・プロデューサーの武重邦夫さんが、小林正樹監督の映画『怪談』(1965年)の「耳無し芳一」のシーンに使われた中村正義作《源平海戦絵巻》の映像を紹介。「様式的な美しい映像にこだわる小林監督と、怨念のこもった武士の醜い死に様を描いた正義の個性のぶつかりあいが大きな特色」と解説をして下さいました。
武重さんは今村昌平監督のもとで長く助監督などの仕事を務められたのですが、今村監督は正義をたいへん尊敬されていたとのこと。正義の独創的な写楽研究にも注目されていて、正義、今村監督、フランキー堺さんの3人で写楽の映画を作る計画もあったそうです。
資金面などの事情により写楽の映画は結局実現せず、フランキー堺さんはのちに篠田正浩監督の映画『写楽』の企画総指揮を務めることになるのですが、武重さんは正義とともに写楽研究家を次々と尋ね、「正義先生が三白眼で研究者に次々と詰め寄り、インタビューがご破算になる様子をフィルムに撮影したことがある」と笑いながら回想されていました。

武重さんは、正義が写楽への関心を元禄時代に生活絵画を復興させた“町絵師”の姿に重ねあわせていたのだろうと興味深い指摘をされ、いつか「人間・正義」を描いた映画を作りたい、との意欲も語って下さいました。

笹木さんと武重さん、中村正義という画家の姿を追い続けるお二人の話はとどまるところを知らず、講演後も流々庵に場所を移して、日が沈むまで延々と続いていきました。
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