2009/8/28

【広島2日目】丸木位里生誕地  調査・旅行・出張

広島2日目。
以前から一度訪れたいと思っていた、広島市安佐北区安佐町飯室油木の丸木位里生誕地へ。
安佐町飯室は、行政上は広島市になっているとはいえ、市内からは太田川をかなりさかのぼったところにあります。
可部駅からバスに揺られて約40分。運転手さんに行く先を確認すると、「本当にそんなところに行くの? あそこは行っても何もないよ」と念を押されました。
目的地である「飯室西」の停留所が近づくと、位里の母校である飯室小学校やスマの絵を所蔵している安佐町公民館、位里の絵が残っている浄国寺など、聞き覚えのある場所を見つけることができます。それらを次々と通過して(いつかは訪れてみたいですが)、「飯室西」で下車。
本当は、もうひとつ先に「油木」という停留所があるのですが、急行バスに乗っていたので、通過してしまうのです。

「飯室西」から「油木」までは、太田川と山に挟まれた狭い国道を約10分の距離。
大型トラックがスピードを出して通過し、歩行者などほとんど通らない危険な道です。
歩きはじめてすぐに、長沢橋のところで野生の猿が国道を駆け抜けていくのを見ました。
丸木スマの絵《ふるさと》には、村はずれの木に猿が描かれていますが、飯室は今もそういう場所なのですね。

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やがて「油木」に到着。といっても、集落と言えるほどの集落はありません。
丸木の家も土地も戦前に人手にわたっているため、どこがその場所だったのか、今となっては見当もつきません。

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福音館書店から出ている大道あや聞き書き一代記『へくそ花も花盛り』には、この「油木」の家の様子が細かく語られていますが、当時も家が三軒ほど並ぶだけの静かな場所だったようです。
国道から太田川に下りる小さな階段があったので、川へ下りて写真を撮りました。

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丸木美術館は「都幾川の風景が故郷の太田川を思い出させる」との理由で現在の場所に建てられたのですが、実際に位里さんの故郷を流れる太田川は、都幾川よりずっと水量も多く、雄大な景色の川でした。

   *   *   *

その後は(丸木夫妻も何度も絵を描いている)景勝地の三段峡を訪れようと思ったのですが、停留所でバスを待っていると、(こんなところで人が乗ってくるはずがない)と思われたのでしょうか、運転手がスピードを落とさずバスを通過させようとしたので、あわてて手を振ってバスを止め、乗りこむことができました。

夕方5時には中国新聞のK記者と待ち合わせて研究者のKさんとともに取材を受け、6時からは広島大のKさんと合流して台湾料理店で美味しい料理をたっぷり頂きました。
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