宇宙の話で救われたんだ  

以前、ショウジョウスタイルの初めにMCで話した宇宙の話ですが、
もう一度記して置こうと思いました。




今現在有力なお話しでは、

ビックバンと言う爆発からこの銀河含めた宇宙が始まり、
そして今も広がっていると言う事があります。


今も宇宙の果てではフワフワと、
広がって、少し縮まって、また広がってと、
海のクラゲが泳ぐ様な動きで、広がっているそうです。




でも広がりには限りがあるのではないか。
それがとても気になります。
「0」と「1」は確かに判断出来ますが、
「∞(無限)」はこの宇宙で存在するのでしょうか。




そこで広がりが終わる時があるとしたら、
どうなるかと言うと、
収縮が始まるそうです。




そうすると僕達人間世界で何が起こるかと言うと、
時間が逆転するのではないかと。
墓から生まれて(日本では火葬場ですが)
母親のお腹に戻ってゆく。
情報を得ながらではなく、
捨てながら生きていくわけです。



ここまでが5年くらい前、聞いたり読んだりした話です。
僕はこの話しを聞いて、
不思議と人との別れが悲しくなくなりました。
(だからと言って悲しくないとは言ってませんが)
楽しい日々にいつか戻れるのであれば、
その楽しい日々を増やすだけです。




しかしそのビックバンは一度だけだったのでしょうか。
そして伸びた宇宙の収縮は、必ずしも正しい方向で行われるのでしょうか。
一度形が変わったものは、
近い形に戻れても、
二度と同一の形に留まれない理屈です。





その繰り替えされた収縮の差により生まれたもの、
それが現在の地球上で確認される不可解な現象なのではないかと。

ピラミッドやナスカの地上絵やモアイ像。
わからないのも無理はありません。
前のビックバン生まれたものなのですから。


勿論仮定です。

でも今思うのは何度繰り替えされても
今の妻と共に過し、
東京で暮らす母から生まれたい。
そう思います。
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「富士山日記2010 第二回」  富士山日記

僕がその時目にした母親は、
それから5年後の今の僕の心にも、
変わらず住み着き続けています。


一歩足を踏み出すのだって、
自分の身一つでも登るのは一苦労、
何度も荷物が邪魔か考えた。


そんな中その彼女が背負っていたのは、
10歳くらいの自分の息子と、
その子と自分の荷物でした。


一歩一歩ゆっくりと、
ただ頂上を目指し、
テンポを変える事なく、
登っている姿。






僕は同じ様に息子を背負って登れるだろうか。





きっと通常の生活に置ける心境では、

逆に体が危険だとか、
引き返すべきとか、
富士山登山で考えるべきではないとか、
いくらでも回避する考えは持てると思います。



でも僕は自分の足で確かめる事しか選べませんでした。



今日登ろう。







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