日本初のサーフィン雑誌『サーフィン・ワールド』!その本の編集から発刊に携わった、“石井秀明”氏に電撃インタビューいたしました!!
全2回に分けてお送りいたします☆ どうぞお楽しみくださいませ〜♪
吉川(以下Y): よろしくお願いします。
石井秀明氏(以下・石井さん): こちらこそ。
Y: じゃぁ、もぉ、雑談で。すぅごい聞きにくいですよ、逆に言ったら。その道のプロの方だから。僕ら逆に、石井さん達がこぉいうの作った時ってのは、僕は一介の。サーフィンワールド出た時、僕は高校生三年生ですのでぇ。で、こぉいうのを見てぇ、当然あれですよ。
石井さん: それじゃぁ〜、今は、高校三年生っていうとぉ。。。
Y: 私は今年で、51です。
石井さん: あぁ、そぉですか。
Y: はい。先輩に連れてかれて、伊良湖ですけどもぉ、最初。雑誌や何かがまだそんなになくて、で、こぉ、こういう本からの情報しかなく。
石井さん: 古いですよねぇ〜。
Y: はい。ホントに。
石井さん: もぉだって、これから33年、経ってる訳ですからねぇ。
Y: そぉですよね、はい。石井さんの名前は、一方的に知ってるだけで。でー、まさかこんな風にお会いすることになるとは。。。
石井さん: それよりぃ、何ですか、今の話〜。。。ですか?
Y: 逆に、率直にじゃぁ、私たち読者の側からするとぉ、最初にこの『サーフィンワールド』を。まぁ、この本を作られるというか、編集長されてたじゃないですか?
石井さん: はい。
Y: で、日本でこの本の、いわゆる日本で最初のサーフィンの本を発刊っていうか、一つのそぉいうものをまとめて、思われた動機っていうか、石井さんがその動機、人には何でもその物事に対してその、思われる時があるじゃないですか。そこが逆に、僕はすごく聞きたかった。
石井さん: それねぇ、あの〜、一口にいえないんですけどぉ。
Y: はい、そうですよね。
石井さん: あの〜、まぁ、何か、神がかり的なモノっていうんじゃないけど、要は“偶然”ですね。そぉいう風に、成り行きで、そぉなった、って事なんだよね。人も一概に言えないんだなぁ〜。段階的に、ポンポンポンポンってね。いわゆるぅ〜、まぁ起こり得ないような事が、まぁ起こって。ね。
Y: はい。
石井さん: まぁ、そんなようなモノ、なるはずが無かったモノにぃ、なってしまった、っていうか。
Y: その頃って、石井さん、おいくつですか?
石井さん: そのぉ、編集長になったのは、25歳の時ですからね。
Y: はい。
石井さん: 大学卒業して、そいでぇ、一旦就職したんですけど、すぐ辞めちゃうんですよ。
Y: はい。
石井さん: その辺があのぉ〜、今の若い子達と結構似てるんですけどね。
Y: はい。
石井さん: すぐ辞めちゃってぇ、そいでそのぉ〜、まぁ、引きこもりじゃなくて、波乗り始めちゃって。
Y: 生まれは東京ですか?
石井さん: そぉです。だからまぁ、仕事辞めちゃって、そぉいう〜、ドロップアウトですね一種の。
Y: はい。あの頃は、フォークソングとか。。。世の中の価値観が変わる時代でしたよね。
石井さん: それがひょんな、そのぉ〜、自分で意識して、そぉいう風になった訳じゃなくて。あのぉ〜、まぁ、何て言うんですか?何かまぁ、職探しの途中で。
Y: なるほど。
石井さん: いつまでもぉ、そんなね、プー太郎しててもしょうがないから。
Y: はい。
石井さん: ね。何か働きなさい。って、お母さんも言うだろうし、そぉいう中から、あのぉ〜、イヤイヤ踏み込んだ所がこの世界だった、って事でね。
Y: なぁるほどぉ〜!
石井さん: そんな「サーフィンの雑誌やろぉ」なんて、夢にも思ってなかったから。
Y: そぉーなんだぁー!ずっと構想しててぇ、でこぉー、「いつかはこぉいうの作ってやろぉ!」みたいなのとかぁ。
石井さん: いや、無いですよ。
Y: 書くのがスゴイ好きだったとかぁ。
石井さん: じゃないんですよ。多分構想してたら、出来なかったと思いますね。
Y: はい。
石井さん: 構想じゃなくてぇ、要するにこぉ、直感ですよ。
Y: はい。
石井さん: 直感っていうか、それも、自分がボーッとして気が付かないような事をね、「やっぱりこぉいうのやってみたら、どぉなんだろうか?」。。っていう風にぃ、まぁ僕に向けた人はいましたけどね。
Y: はい。
石井さん: その人は別に、サーファーでも何でもなくて、ヨットマンですけどもね。
Y: はい。
石井さん: まぁ、その雑誌社はヨットの雑誌を出してた、雑誌社だったから。
Y: はい。
石井さん: そこに僕は、まぁもぐりこんだ訳ですよ。
Y: あー、じゃぁ、そこから「こぉいう本を作ろう」って話になって。
石井さん: そぉ、降ってわいて、ね。それでまぁ、その辺の事も、まぁ私自身も整理したことが無いんでね。まぁあの、いわゆる、それをまとめたら一冊の本でしょうね。(サーフィン・ワールド)
Y: そぉですね、はい。
石井さん: そぉいうようなモノだと思うんだけど、生憎〜、そぉいうような機会も無いしぃ、これからもあるかどうか分からないんでぇ、今はそぉいう風にね、お聞きになられてぇ、あのぉ〜、整理されてない、って訳ですよね。
Y: はい。
石井さん: それ、言い始めたら、一晩かかっちゃいますよ。ハハハハハ。
Y: アハハハ、じゃぁ、この辺にしといて(笑)。もぉ、ざっくばらんにお聞きしますよ。
石井さん: はいはい。いいですよ。
Y: サーフィン始めるきっかけは、何だったんですか?逆に。
石井さん: うーん、だから、まぁこれもね、ただあのぉ〜、「面白そうだな」ってぐらいな、淡い気持ちですよ。最初は。
Y: はい。要はまぁ、身の回りっていうか、自分の取り巻きのところで、誰かがやってて、って。
石井さん: んー、じゃなかったですね。
Y: それでもない。
石井さん: でもなかったしね。あ、隣のね、僕んとこ“大森”ってとこなんですけど、隣の“鎌田”っていうところでぇ、友達が、サーフショップを始めたんですよ。
Y: あのぉ〜、紀藤さん?
石井さん: ザ・サーフの。
Y: 紀藤さんだ。
石井さん: 彼が、そのー、ショップを始める前にぃ、当時「ショップ」っつてもぉ、コーヒーショップとさ、サーフショップが分かれてるような、そぉいう店ですよ。
Y: はい。
石井さん: ね。始めるために、「サンドイッチぐらい作れなきゃいけない」っつってね、あのぉ〜、あたしらの溜まり場の喫茶店にね、修行にぃ〜、見習いに来てたんですね。彼が。
Y: はい。
石井さん: で、「随分あんちゃん、色黒いねー」ってからかってて、「何だ、サーフィンでもやってんのー?」ぐらいな感じで。まぁ、俺もやってみよぉかな〜って感じで。
Y: はい。
石井さん: まぁ、その前から板を持ってたんだけどね。それはロングボードだったですよ。
Y: はい。
石井さん: だけど、まぁ、実際には、その『ザ・サーフ』は71年にできたのかな。
Y: はい。
石井さん: その当時の板を入手して、そいでね、色々連れてってもらったり。そんな感じですね。
Y: なるほど。じゃぁ、その辺のきっかけは、普通の人とそんなに変わらないですね。
石井さん: 何んにも変わらない。
Y: 何んにも変わんないっすね(笑)。
石井さん: 全然変わんない。変わんないどころかね、もぉ〜、どぉしよぉもない、ビーチバムで。
Y: ひゃっはっは、いやぁ〜、そぉなんだぁ〜。
石井さん: だからぁ、波よりもね、ビーチの女の子の谷間を見てる方が。
Y: 一緒ですね!ガハハハハ。
石井さん: 全然一緒。それはぁ、今も変わってないですけどネ。
Y: そぉですね!フハハハハハ!
石井さん: ハハハハハ。
Y: それが無くなると死んじゃいますからね。
石井さん: だから、真面目ですよ、異性関係はね。それはもぉ、お聞きじゃないかも分かりませんけどね。
Y: いや、色々読み返してみると、今日もチョロっと時間がある時にSC、面白い事書いてあるなと。でも昔の本は、結構リアルに書いてあるから好きですよ。今の本は、打消しちゃうじゃないですか?
石井さん: いや、返ってね、そのー、読者の方の方がぁ、昔のものをね、ひっくり返して読んでくださったりするんだけども、自分自身っていうのはね、怖くて、恥ずかしくて、ね。なかなかねぇ、「読もう」って気にならないもんですよ。
Y: 結構でも、リアルに、真実を書いてありますよ。こぉ、写しちゃいけないよぉな写真も出てきますしぃ。
石井さん: うーん、あれねぇ。
Y: こんな事言っちゃいけないですけどぉ。
石井さん: あれねぇ、ちょっとあのぉ、今―自分で思ってもね、「あれ、何?」みたいな。
Y: 今載せたら絶対マズイもの、一杯この中にありますもん。ホンットに!
石井さん: あの、ね。
Y: 大らかだったなぁ〜、って。昔は?
石井さん: 大らかっていうか、あの、言ってみればね、「怖いもの知らず」って言うの?
Y: はい。
石井さん: 無鉄砲だよねぇ、いくら何でもね。
Y: いや、でも、いい時代だなぁ〜と思いますよ。その、アドベンチャーファミリーみたいなのも。
石井さん: 時代がまだほら、開けてたから。今みたいにね、閉塞感もなくてぇ。そのぉ、人間には、“我々には未来があるんだ”っていうー、最後の時、みたいな感じだったじゃないですか。
Y: そぉですね〜、70年代真ん中だと、ベトナム戦争が終焉してぇ。
石井さん: 『エコ』なんて、80年代に入ってからだからね。
Y: 無いです、無いです。
石井さん: だからもぉ〜、70年代なんてのは、GMとかが、つぶれたけどもね。キャデラックとかさぁ。
Y: カマロとかに憧れてました!
石井さん: もぉ、メチャメチャ格好良かったじゃない、カマロも、シボレーも、ね。
Y: はい。
石井さん: スティングレーとかさぁ、アメ車がメチャメチャ格好良かったもんね。そんなぁ、エコなんか、あるわけないよ。
Y: ホントその通りです、無かったですよねぇ。
石井さん: でもー、私の今の生活は、全くあのぉ〜、島のね、暮らしでエコなんですよ。
Y: はい、お噂は聞いてます。
石井さん: あのぉ、歩きだし。歩いて海行って、帰って来る。
Y: それもぉ、いいですか?聞いちゃって。
石井さん: はい。
Y: 何故、石井さんは、八丈を選ばれたんですか?
石井さん: んー、だからねぇ、それぇ〜。選んだ訳じゃないんですよ。
Y: 何となく、そこに行かれたんですか?
石井さん: いや、何となくっていうかぁ、だからぁ、多分ね。“そぉいう場所”っていうのがあると思う。私にもあるし、多分、あなたにもあるっていうかね。まぁあのぉ〜、つまり、人はその、生まれつきその“自分所属する土地”っていうのが、決まっているっていうか、今おられる所が、その場所かどぉかは、ともかくとしてね。
Y: はい。
石井さん: あのぉ〜、他のそぉいう場所があるっていうよぉな形でぇ、あのー、私の場合は、流れ着いたかな。あのぉ〜、私の場合ミッシングですからね。
Y: はい。
石井さん: 行方不明ですから。非常に申し訳ない事を、読者の皆様にはね、その、何もね言わずにね、あの。まぁ、『非常識』ですよ。
Y: うーん、でも、人間的ですね。
石井さん: うーん。
Y: 何か、初対面だけど、何か感じるものがある。
石井さん: だから、そのぉ、ようやく、人間にこぉ近づいてきて、ね?っていうか、逆に言うとぉ、そのー、人間をやめた時に、殺した訳ですよ。まぁ、だからそのぉ、一種の社会的な自殺ですよね。
Y: はい。
石井さん: そのぉ、突然いなくなってなんて、あのー、聞いた事ないでしょ?何か、「廃刊します」とかなんだとかね、「長い間、ご購読ありがとうございました」とかね。普段買わない人でも、買ってくれますよ。
Y: そぉですね。
石井さん: 大抵だから、みんな引退とか何かとかやって、そいでまた稼ぐでしょ?
Y: はい。
石井さん: そぉじゃないんだもん。
Y: うーん。
石井さん: ね。だまって止めちゃったら、そこでもぉ、レッテルでぇ、要するに後戻りできないところにー、そのまま行っちゃったわけですよね。
Y: はい。
石井さん: 要するにぃ、『世間一般の常識からは、外れてしまった』というところに、来てるわけですよね。
Y: はい。
石井さん: それはだから、社会的な自殺ですよ。
Y: はい。
石井さん: ね。それから25年経った。それはもぉ〜、何かあのぉ〜、「死のう」とは思いませんけど、そのぉ〜。。。楽しい思い出ばっかじゃない。むしろー、ね、それこそぉ、物凄い苦しみが襲ってきた。そのぉ、やめてしまうような事をしてしまったことによってね。
Y: はい。
石井さん: 多分―、5年とか10年ぐらいの長い間、いわゆる「暴れっぱなし」ね。状態、ね?暴れっぱなし状態の中で、ずっと波乗りをやってたわけですよ。
Y: はい。
石井さん: まぁ、ここぉ〜、50代入ってからはね、まぁ自然にそぉいうあれで、おさまってきて、今もぉほぼね、もぉ〜、波と、ね、自分と、もぉ一つになった生活?
Y: はい。
石井さん: 前にね、畑があって。そいで、まぁ〜、それだけの生活なんでぇ。まぁ、あのぉ〜、恥ずかしい話ですけど栄養失調で倒れて、こないだも。ここ来る前、倒れたんですよ。
Y: ほぉぉ〜。
石井さん: 栄養失調。
Y: 昭和20年みたいですね。
石井さん: うん。あの、だからぁ、それでも、あのー、ま、だからそぉいう生活ですね。
Y: もぉ何年ぐらい経たれるんですか?八丈に行かれてから。20数年、経っちゃったんですか?
石井さん: うん、あのー、そこにー、まだあのぉ、家を建ててね、19年になりますけどもね。その前にやっぱり、4、5年いましたからぁ。
Y: はい。
石井さん: そこの波に惚れ込んじゃったんですね、タコスっていう所だけど。
Y: 何かあるんですね、石井さんにとって。
石井さん: うーん、だからね、惹きつける何かがぁ、あの、僕が言ってるのはぁ、そのぉ〜、サーファーにとって、所得っていうのはね、お金じゃないんだと。
Y: はい。
石井さん: ね?それは字のごとく、『所を得る』、つまりぃ、“その場所を得る”っていう事でぇ、「それが一番だ」と。ね?それはぁ〜、だからそのぉ、いわゆる、森の中の一軒家みたいなところで、普通、あぁいうところ、みんな部落って、固まって生きていく、助け合いながらやっと生きていくって生活でしょ。
Y: はい。
石井さん: 私の場合はだからもぉ、ほら、いつも一匹狼だから。そんな所にポーンてあれしちゃったもんだから、みんな「寂しい所に家建てちゃってー」みたいな。
Y: あぁー、なるほど。
石井さん: だけどぉ、私にしてみればさぁ、朝早くからね、ステレオガンガンかけようが、どこにも聞こえないし。
Y: そぉですね。
石井さん: 海行っても、自然?さえぎるものは何も無い。電線も見えない。家も何も見えない。人間の構造物が何も見えないところでぇ、寝起きして、朝起きて、起きた時点から、もぉ一目で、波がどうか分かるってことはぁ、波と24時間一体の生活なんですよ。そいで、歩いてる訳ですよ。だから、お金かかんない訳ですよ。ホントは燃料入れなきゃいけないんだけど、ね?ちょっと燃料がガス欠気味でぇ、こないだ倒れちゃったんだけどぉ。
Y: ふーん。
石井さん: 鉄分がね、鉄分が測定不能なぐらいにぃ。
Y: 少なくなっちゃった?
石井さん: 数値で言うと、4っていう所なんだよね。
Y: えぇ〜っ!?
石井さん: 「先生、普通どのぐらいなんですか?」「50以上」
Y: はー。。。
石井さん: 4、だからね。倒れる訳だよ。
Y: 倒れますねぇ。ウッハハハハ。
石井さん: いや、結構ね、その、哀れみじゃないんだけど、そぉいうねぇ、供養してくださる方がね、いてね。最近ね、何か食べてますけどぉ。つまりね、これ、どぉいう事かと言うとぉ、「波乗りが、飯より好き」っていう事だと思うんですよ。
Y: そぉですねー。三度の飯より好きってやつですよね。
石井さん: 現にそれ、やってんだから。
Y: はい。
石井さん: ちゃんと、「人並みの飯を食おう」と思ったら、何か働かなきゃいけないわけでしょ?
Y: いや、現代社会はそぉじゃないと難しいですよ。
石井さん: 無理ですよねぇ。
Y: えぇ。
石井さん: だから、そっからは外れてますよ。
Y: 今は特に、難しいですね。昭和の時代から、今平成に入ったところでは。もっと昔だったらぁ、そのぉ、僕の子供の頃は回りに田んぼがあってぇ、僕は昭和30年代の生まれですけどぉ。普通に畑があって、トマトとかトウモロコシなんかがあってぇ、で、水はさすがに井戸から水道に、名古屋市内ですからなってましたけどぉ、ボットン便所でぇ。だから、そぉいう子供時代の記憶があるからぁ、普通にそぉいう生活だしぃ。
石井さん: うん、だから、私のぉ、あのぉ、東京の暮らしもぉ、まぁちょっと開きはあるけれどもぉ。
Y: ちょっと発展してますからね。
石井さん: 東京と名古屋だと、少しギャップがあるから、そぉ、だけどほぼ同じですよ。
Y: 全然普通に、そぉいう風でしたよ。必ず近所に、うるさいジジィとかババァがおって、ドしかられて、悪さすると。
石井さん: 一緒だよ、そぉいうのは、ね。今は無くなっちゃったから。
Y: 何かこぉ、消えそうな裸電球で、電柱はまだ木の電柱で、って時代ですから。
石井さん: それも真っ直ぐじゃなくて、ちょっとこぉ。
Y: そぉです、そぉです。薄暗くって。
石井さん: あれがね、何とも言えないこぉ、あれでね。
Y: で、ドブがあってっていうような時代です。
石井さん: 家の外にゴミ箱があったでしょ?木箱の。
Y: はい。でー、田んぼの時期になるとぉ、川とかから水を入れるじゃないですか。
石井さん: はい。
Y: と、大きい川から流れてくるとぉ、モロコとかフナとか、普通に流れて来てぇ、で、それをアミですくってぇ、一晩寝かすとドロを吐くんですよ。それをお婆さんがぁ、こぉ煮込んでぇ、食べたっていうのとか、あとぉ、イナゴとかをこぉ、またとっ捕まえてきて、子供の頃食べました。
石井さん: なるほどね。
Y: 人間的ですよ、そっちの方が。どっちかって言うと。
石井さん: うーん。まぁ、だから、そこから、まぁあの、サーフィンも、関係もそぉいう風に変わって行って、まぁあの、回帰していく、っていうのかな。だったんじゃないかなぁと思いますけどね。
Y: まぁ、石井さんにとっては、それがすごく心地が良かったんだと、僕は思います、きっと。
石井さん: まぁだから、そぉいう風に、あのぉ、苦しんだ挙句、まぁあの、成れたって事で、あのー、まぁ、自分がその止めたっていう、こぉいう仕事をね、あぁいう形で辞めてしまったっていう事はね。
Y: だって、SCイキナリなくなりましたよ、僕の記憶で言うと。
石井さん: そぉなんですよ。それはだからね、非常にね、あの、読者の皆さんには申し訳ないことなんで、それはね。まぁ、もう一度、ちゃんと謝んなきゃいけないと思ってるんですけどね。ま、懺悔ですよ。それをー、その、身をもってね、自分の、その生活をもってね、示したい。ある意味。この姿をね、見ても、話で聞いても、「一体どぉなってるんだ?死んでるんじゃないのか」っていう、ね?
Y: ウハハハハハ。仙人ですね。

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