2005/1/31

来住成夫(しげお)様逝去  管区長通信

謹んでお悔やみ申し上げます。
来住神父様のお父様が1月29日朝 お亡くなりになりました。 82歳の生涯でした。
31日 ご家族だけで葬送の儀を行われて故人をお見送りになられました。
管区として、30日のミサを各地で行うようにお願いし、会員一同 ご冥福をお祈りしました。
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2005/1/23

大津波(インドのパショニストシスター家族)  管区長通信

大津波の犠牲者の冥福を祈ります。また、犠牲者の数が次から次へと拡大して20万人を超えています。また、犠牲者の大半は子供たちで、しかも家族からはぐれたり親を失った子供たちが、人買いのターゲットになる情況になっているとのことです。国連ユニセフの活動の健闘を祈ります。 
御受難会のインドの情況がパショニスト・ミッションのネットで紹介されています。
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2004/12/17

鉄道の旅  管区長通信

シノドスは12月6日に終了し、翌日7日、テルミニ駅からミラノに向けて出発。総長秘書エンゾ神父の運転で駅まで15分、意外と近い。しかし、9時半出発の電車は待てど暮らせどこない。ついに10時半も過ぎて10時50分に到着し、すぐに出発。 インターネット上で購入した切符で、チケットレス。しかしなんとなく不安になる。端向かいの人も同じ切符を持っていて少し安心、英語もできて、これは日本では払い戻しのケースですねというと、そうですよと応えてくれて、やり方を教えてくれたがなんとも時間のかかる話でしかも現金ではなく切符の交換のようなものだそうです。。。ローマ郊外を出ると田園風景がつづきます。基本的にこの国は農業国なのかな・・・いやそれよりも日本の自足自給率が低すぎるのが問題なのでしょう。

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2004/12/6

シノドス最終日へ  管区長通信

シノドスも最終日を明日に控えて、5日の今日の日曜日は、委員会に指名された人は居残って宿題をしてたくさんの議決文書を作成していました。 一日ゆっくりと聖ガブリエルの巡礼所を訪問してきましたが、帰ってきてみると10ページ以上の英文の宿題がメールボックスに入っていました。明日までに読んでおかなくてはなりません。それぞれ意見を述べるようにいわれますからね・・・大体賛成意見なので 問題なしと返事しています。 
 グランサッソへの訪問はとても楽しい一日でした。あいにく急に冷えて霧がでてきれいなロッキー山脈を見ることができませんでしたが、それでもガブリエルの亡くなった修道院と遺骨を納めた聖堂、そして巡礼者をむかえる巨大な聖堂、たくさんの許しの秘跡を受けに来る巡礼者、そして聖ガブリエルのとりなしで病気が治った子供たちの感謝の写真やあかしの手紙が貼り付けてある部屋など・・・ここはイタリア人に人気のある聖地なのです。この管区だけが、まだまだ若者の召命があるのです。ローマでは6名の神学生が勉強しています。医者や、弁護士、先生だったひとたちが、人生の方向を変えて司祭の道を歩む決意をする不思議な場所です。聖ガブリエルのお父さんもこの地方の名士で日本で言えば地元の顔役で市長か助役のようなしごとをしていたのでしょう。家族の写真もあったのです。兄弟の1人は自殺したことが書かれていましたが、不幸なことに、フリーメーソンに入っていて、教皇を暗殺するように指示されたために悩んで自殺したという言い伝えもあるとここの出身の御受難会の神父さんが説明してくれました。ガブリエルがいた修道院は、聖フランシスコ自身が建てたといわれている古い修道院の部分を拡張した場所です。同じ場所の出身なのですね。フランシスコ会の修道院でもあったところです。 やはり実際に聖人が出た場所にきてみないと背景は分かりません。
 12月6日は、最終決議案で、コンゴが副管区になります。御受難会がコンゴに宣教して72年の歴史があるのですが、ようやく自立した地位が始まります。でもリストラクチャがあるので日本は他のアジアに吸収されるかもしれませんね・・・メンバーの数からみると一番少ないからですね。
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2004/12/3

シノドス 前半終了 12月1日  管区長通信

28日〜12月1日まで、主には、RESTRUCTURING とは (1)何か (2)何故しなければ成らないのか(3)どのようにするのか が主に討議されたが、どうしても、(2)の何故に関しては、vitality と viability の関係についての理解を深めることが必要だった。 活性化のためにリストラするのであって、死ぬためではない。viability は英語で考えると 生存能力とか維持能力なのであるが、ラテン系のイタリア語やスペイン語では<via>といえば、道であり方法論なので、vitality の目的のためにviabiltiy その手段としての方法を模索するということになる。ボキャブラリーを構築することが話し合われてその委員会が作られた。 38名の委員の中で1人だけ棄権して、皆 <RESTRUCURING >に賛成でしたので、いつまで、どの段階までカレンダーは、次回の総会2006年10月までに、研究課題を提案できるようにダイアローグを会全体でする方向が打ち出され、その方法を第二段階では討議することになります。お祈りください。 シノドスは、12月6日までこれから続きます。2日は中休みで 皆ナポリまで行きましたが、日本人のわたしは、切符がまだ手に入らないので 居残ってパリまでの列車切符を買いました。12月1日夜12時(この時間でようやくインターネットのスピードがあがります。修道院では、大学院の学生の部屋までインターネットが整備されているので、皆が使う時間では、まったく使い物にならないくらいおそいのです・・・・)
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2004/12/1

シノドスが始まる  管区長通信

日曜日は待降節第一日曜日、朝の7時〜修道院のミサで20名ほどのメンバーと一緒にミサ。。。。 お客の神父ばかりだったので誰も準備していない低調なミサだったが・・・
あれこれ準備していたら、昼食一時に遅れて、食べないまま3時からの開会式が始まる。
まだまだ時差の影響があって、8時間の時差に 少し疲れていました。
 3時からの開会式はオリーブのイメージ、ゲッセマネの園での苦しみの祈りから・・・
タイムスケジュールは大変つらいものです。。。休みなしです。
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2004/12/1

ローマの休日  管区長通信

27日朝は、雨、昨日の誕生日はミサもなく、迎えもなく、なにもかもがついていないように感じたけれども考えてみれば、1人でローマを歩くことができたのだ・・・それに雨もあのときだけやんでくれて・・・雨のおかげで浮浪者にも遭遇せず夜道を1人で歩けた・・・・そんな感謝を6時からのミサでささげた。一日遅れの誕生日の休日を過ごすことに決め、10時から雨のローマを散策、市電に乗ってスコラサンタへ、ここはローマの御受難会の管区本部があるところで、有名なエキゾシストのいるところです。たくさんの観光客や巡礼団でにぎわっていました。 そこからバスに乗ってサンタマジョーレの聖堂へ・・・すぐ近くにラテラノ大聖堂があるのに気づきました。以前来たときはまったく気づかなかった。。。。北海道の巡礼団や沖縄の巡礼団を案内したことのある三宅さんという公認ガイドの方に案内していただきました。それでいろいろな知識も今回は身に付きました・・・・昼食は、ローマの古い町並みにあるあまり目立たない場所で食べました。ワインとパスタ・・・これだけでもお腹いっぱい、それに焼き魚を食べてローマを満喫した気持ちになりました。夕方は、メジュゴジエの聖母のメッセージを真剣に受け止めているグループに案内していただきました。途中から眠くて寒くなって帰りました。カンドー神父のあとをつとめるアモール神父と一緒にミサができるはずだったのですが、我慢できずに帰りました。残念だった。ローマでもっとも有名なエクソシストと一緒にミサをささげられたのに・・・このチャンスは二度とこないでしょう。内面は恐れたのかも・・・
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2004/11/29

ローマ本部への道  管区長通信

主の平和
 こんにちわ! なかなかインターネットに近づけないので、記事をアップできません。
関空を9時半に出発して夕方8時半ごろパリに到着(現地時間1時半)、それから一時間以上遅れてローマに飛びました。パリでは日本からの茨木の高校の修学旅行生が団体で乗ってきたので席は満席、隣に京都産業大学の学生が一緒でした。関空からローマまで同じ便は3名、ローマのレオナルド・ダ・ビンチ空港に到着したものの、迎へがなく、インフォメーションで、本部までの道順を聞く。地下鉄の駅を教えてもらい、ドルをユーロに替えたが、これは歴史的に高い値段、142円ぐらいだったでしょう・・・4万円で250ユーロ、電話のカードを30ユーロ支払ったが、電話しても通話できず、列車に乗ってローマ市内へ、列車は5ユーロ、地下鉄に乗り換えて1ユーロ、すべて6ユーロでした。空港ではタクシーの運ちゃんが、140ユーロでローマまで安くしておきますと勧誘されたが乗らなくてよかった。でも雨が激しかったので、誘惑に負けそうでしたが、手元にあるお金は220ユーロ・・・考えるまでもなく、列車を選びました。
地下鉄の駅は、Chiro Missimo というベンハーの競技場の近くで、コロシオはすぐ近く、しかし地下鉄の上り口から本部までの道のりが分からないで駅員に聞くと、観光案内の電話につないでくれて、英語の説明ですぐに分かりました。マザーテレサの会がホームレスを90名くらい養っているグレゴリオ聖堂の建物の横を登っていく・・・、丁度雨が上がってくれたので助かりました。石畳の坂道で重い荷物を転がしながらなのでとても疲れました。もうすでに日本を発って23時間たっています。岡の上にある本部修道院までてくてく歩きましたが、なんと惨めな気持ちなのでしょう。。。到着すると、すでに8時半で、夕食は終わりつつありました。明日来ると思っていたなどと皆が申し訳なさそうに弁解してくれた。 わたしも日にちをもっと正確に書かなかったからと謝って、食事にありつきました。元総長のホセが親切に肉の料理を探してくれて
持ってきてくれてようやく食事も終わりました。ここは100名くらいの修道者が一同に食べているので、あっというまにおかずはなくなるのです。。。。こうしてローマの一日目は過ぎました。.
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2004/11/22

顧問会 11月22日  管区長通信

11月22日
 ようやく紅葉が出始めたところです。明日のもみじまつりは見ごろになるでしょう。
後援会のみなさまは、朝から手伝いに来てくださいました。若い人がいないので、
老骨を鞭打つそんな感じで、会長の吉本さんは、心臓の血管が90%詰まっていて、
金曜日に入院して 血管拡張の風船をいれてようやく午後から会場準備に見えました。
ほんとうに7名くらいのボランティアですので みな過労でした。
 顧問会は午前中だけで、午後からは解散、わたしは皆さんに合流して汗を流しました。
 顧問会は助祭さんたちの叙階の志望表明を受けて 承認決議をしたこと、寄付金の受諾の承諾、台風23号による被害状況の説明、共同体の日のプログラム進行の確認、会員の遺言書の作成を奨励すること、準管区会議2006年7月までの委員の選出や準備会議の日程の確認、などなど 詳細は共同体の日に来住神父より説明を受けてください。 畠
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2004/11/10

御受難会シノドス (続)  管区長通信

12月1日
  午後 総長顧問会への具体的提案
      構造改革の討論の範囲
      総長顧問会の責任、構造改革についての総会メッセージの作成
      構造改革のプロセスについての理論的なレベルと共通理解
      構造改革についてのシノドスの結論
12月2日
      文化施設ツアー
12月3日 
      財政についての報告
      国連NGO活動の報告
      宣教本部担当部長報告
12月4日
      管区長総会
      開会討論  ベタニアの家についての討議
12月5日
      案内つきオプション・ツアー
12月6日 エルサバドル分管区の準管区への昇格承認
      総会決議文書の承認  総会閉会
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