本年度の源内塾は、「平賀源内の生涯とネットワーク」として、源内をめぐるさまざまな人的ネットワークを探索してゆく。
その一環として、9月9日に、戯作者・狂歌師のネットワークをお話させていただく機会があった。
志度を訪れるのは、昨年の法要以来、9ヶ月ぶりのことになる。
ここ数年、芳しくなかった体調や、日々の雑事を口実に、香川を訪れる回数が少ない。
今年も、9月になって初めてうかがうというのは、実に不勉強も極まりないところだ。
ただ、今年は、例年の法要(今年は12月15日の予定とうかがった)に加え、12月1日に柴野栗山記念館でお話させていただくことになりそうだ。
とすると、9月に1回、12月に2回の訪問ということになる。駆け込みで年3回というところか。これから秋・冬に向けて、体調を整えておきたい。また、それまでにいくつかの原稿を完成させておかねばなるまい。
今回も、できれば数泊して必要な資料を見せていただくつもりでいたのだが、実際には9月9日のとんぼ返りであった。
平賀さんのご好意によって、急なお願いであったにもかかわず『平賀源内全集』特装本の撮影をさせていただけたことと、その場で砂山副会長に古い資料を出していただき、入田整三氏の筆跡を確認させていただけたことが大きな収穫であった。
また、源内孫弟子に当たる森羅亭万象の狂歌幅(新資料)を見せていただいたことは、じつに眼福であった。
森羅亭の狂歌短冊は数多いが、それほど見事な幅(二代目風来山人譲りの「卍象」真印を捺す)を見たのは、久しぶりのことであった。
いずれも、改めてこの場で感謝申し上げたい。
志度湾より、小豆島方面を望む。
同じく志度湾より、屋島、八栗山(五剣山)方面を望む。

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