性暴力を問う〜被害者たちの叫び
<1>実名告白 2000人つなぐ
「なぜ隠れなきゃいけないの」
(2010年2月12日 読売新聞)
小林美佳さん(34)(東京都)は毎晩、勤務先から帰宅すると、パソコンと向き合う。
画面に浮かぶ新着メール。
私も性暴力の被害者です
誰も分かってくれない
死にたい
同じ苦悩を味わった女性たちのつぶやき。<話してくれてありがとう>。一つずつ、思いを巡らせながら返信を終えると、午前3時を回っていることもある。
2008年4月、「性犯罪被害にあうということ」を著し、実名で体験を公表した。以来、ホームページに掲載したアドレスに、多くの女性たちからメールが届く。
初めて打ち明けます
言えてよかった
勇気を振り絞っただろう、告白に胸が詰まる。「行き場を失って、ここにたどり着いたんだと思う。私にできるのは、精いっぱい受け止めること」
こうして、つながった「仲間」は、2000人を超えた。
□■□
00年8月、道を尋ねてきた2人の男に車に押し込まれ、強姦(ごうかん)された。カッターナイフの刃を出し入れする音、スピーカーから響く大音量、恐怖で凍りついた体――。
20分後に解放された時、24年かけて築いた自分のすべてが崩れ去った、と感じた。
〈汚れた体〉〈生け贄(にえ)〉――。自らを蔑(さげす)む言葉ばかりが頭を巡る。あの車に似た車や大きな音に出くわすと、震えがとまらない。記憶が途切れ、折り返しの電車で何往復もしていたことがあった。体重は13キロ減った。犯人の行方はわからない。
迷った末、身近な人に打ち明けた。「お前だけがつらいんじゃない」「誰にも言わないで」とさとす家族。「ごめん」「何も言えない」と困った顔をする友人。腫れ物に触るような態度が、「黙っていろ」という圧力に思えた。周囲とすれ違い、気持ちが荒れた。最初は受け入れてくれていた恋人も、「支え切れない」と去っていった。
2年後、事情を知る別の男性と結婚。「マイナスの人生を一気にプラスに」と願ったが、夫に体を求められるたび、こっそり吐いた。3年で離婚した。
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転機は、インターネットで見つけた、性暴力の被害者が集う掲示板だった。
「顔見知りに」「薬を使われた」「就職面接と偽られた」――。あまりの多さに驚いた。
同年代で、事件に遭った時期も近い「りょうちゃん」の書き込みを見つけた。冷静に意見を述べ、ほかの被害者にも的確にアドバイスしている。
思い切ってメールすると、すぐに返事が来た。〈わかるよ〉の一言に、心から癒やされ、やり取りを重ねた。
思い通りにならない心身のつらさ、被害を隠して生きるやましさ、周囲に理解されない苦しみ……。すべて分かち合えた。
仲間の輪が広がるにつれ、共通して抱える〈生きづらさ〉が見えてきた。「悪いのは被害者じゃないのに。いつまでも隠れていなきゃいけないのか」。誰かが立ち上がって声をあげないと、思いは伝わらない。実名で、自らを語る覚悟を決めた。
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実名手記への驚きと反響は大きく、小林さんが講演やシンポジウムで発言する機会も増えた。
人前で話すたび「美佳さんって強いんですね」と言われる。そうじゃないのに、と恥ずかしくなる。
今でも壇上で涙がとまらなくなり、パニックに襲われる。体験を語った翌日はぐったりする。それでも活動を続けるのは、そこでまた、仲間と言葉を交わし、つながれるから。
「一人でも多くの被害者の声を聞きたい。そして『あなたの気持ち、わかるよ』『あなたの存在は尊いんだよ』って言ってあげたいんです」

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