紛争に備え証拠必要
【生活らしんばん】 法廷メモランダム
京都地方裁判所第4民事部総括判事 松本久さん-1-
48年静岡県生まれ。73年司法試験に合格し、76年名古屋地裁判事補となり、富山、東京などの各裁判所で主として民事裁判を担当。02年6月から現職。趣味は読書、渓流釣りなど。
たしか土地の境が争いとなった事件で、代理人がついていない本人訴訟であったと記憶している。敷地の周囲に築造されたブロック塀の部分を掘り返したところ、土中からコンクリートを流した簡易な基礎が出てきたため、敷地所有者は塀の外側にある基礎の端が境であると主張し、相手方は基礎は自分の土地内にあり塀の端が境であると主張した。基礎部分の地表面は相手方が花壇の一部に利用していたがこれまで何の異議も出されていなかった。
考えられるのは、自己の土地内に塀と基礎を造り、近隣であることから相手方が地表面を利用することを受容していたか、或(ある)いはできるだけ有効に土地を利用したいと考えて、相手の土地に基礎を造らせてもらったかである。いずれもあり得ることなので、結論を出すには塀を造った当時の事情を詳しく知る必要があったが、関係者は既に他界していて、塀を築造した前後の状況を示す写真などの証拠もなく、現地を見分しても手がかりらしきものは存在せず、当事者も必死に証拠を探すがどうにも先に進まない。結局この事件は、何人かの証人尋問を経て、塀の端を境とし、はみ出た基礎については撤去しなくて良いという形で和解的解決をしたものの、最後まで確たる心証は得られなかった。
このように、審理をしていて、必要な証拠が不足していると感じることがよくある。その場合でも、できるだけ双方の言い分に耳を傾け、当時の状況からすると、いずれがより信用できるか否かにより結論を出すほかはない。過去の話なので当事者双方の供述にあいまいな点があり、その点検には困難が伴い、結論について万全の自信が持てないことも少なくない。冒頭の事件も、隣同士の遠慮もあるだろうが、塀を築造した際に図面や確認書などの必要な証拠を作成していれば、容易に結論に達し得たと考えられるし、そもそも訴訟にならなかったかもしれない。
紛争の早期解決や計画審理が裁判所及び当事者の重要課題となり、訴訟のテンポが加速されている現在でも、冒頭のような訴訟が提起された場合は、なお審理上一定の配慮をする必要は残るとは思うが、今後は当事者にも、取引や生活の場で、将来の紛争に備えて確たる証拠を作成し保管することが求められるのではないかと痛感する。
asahi.com マイタウン>京都 2004年05月25日

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