刑務所で採用面接、出所と同時に職と住
再犯防止の試み
「ネッカチ」と呼ばれるバンダナの巻き方を先輩から教わる男性(右)=大阪市内、矢木隆晴撮影
刑務所内で採用面接をし、仮釈放と同時に仕事と住まいを提供する。こんな取り組みをお好み焼き店チェーン「千房(ちぼう)」(大阪市浪速区)が始めた。刑務所を出ては舞い戻る「再犯者」が後を絶たない現状に、中井政嗣社長(64)が「まず社会で受け皿を増やさなければ」と、運営に民間の力を借りるPFI刑務所で、正社員に道を開く採用に踏み切った。
クリスマスが近づいていたある日の午前、まっさらなユニホームに袖を通した男性(28)が、大阪市内の千房の店舗の調理場に立った。
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」。元気な声をあげる。サラダ用のタマネギを刻む手は、まだぎこちない。レシピを覚えようと、先輩に質問を続けた。
お好み焼きの材料が書かれたレシピを見る男性=大阪市内、矢木隆晴撮影
パートで採用されたこの男性は、前日の朝、山口県のPFI刑務所「美祢(みね)社会復帰促進センター」から仮釈放されたばかり。窃盗罪で執行猶予中に再び電気製品を盗んでリサイクルショップに転売し、懲役刑として2年10カ月、服役することになった。
雪が降るなか、迎えにきた千房の社員と刑務所を出て、大阪・ミナミの本社に直行。個室のある社員寮や新しい洋服、下着が用意されていた。まかないの食事も出る。
身元引受人の店長はもちろん、13人の同僚はみな、男性の事情を知っている。
「ムショでは上の命令に従うことが求められたけど、娑婆(しゃば)では自分から質問して仕事を覚えていかないと」。男性はこう同僚に語り、「社会で働くのがすごくうれしい」と言って笑顔をみせた。
刑務所の食堂に、求人告知が出たのは昨年6月。「人生をやり直すくらいの気持ちを持って応募してください。あなたの後に続く者がいることを忘れないように」という中井社長のメッセージが添えられていた。13人が応募、4人が7月末の面接に進んだ
2010年1月4日19時35分 asahi.comニュース 社会 その他・話題
男性は訪れた中井社長と1時間半、向き合った。刑務官の立ち会いはなかった。
「どうして刑務所に入ったん?」。ずばり聞いてきた中井社長に、男性はこれまでの半生を洗いざらい話した。幼いころに両親が離婚。父親が事故死した後、親類に育てられた。高卒後はとび職や飲食店などで働いたが、長続きしない。ギャンブルに大金をつぎ込んで借金を重ね、妻子とも別れた。仮釈放されても、行くあてはなかった。
そして、「失ったのは信用。頑張っている姿をみせる最後のチャンスやって思います」と決意を語った。
翌日、内定となった。
中井社長が刑務所内での採用募集を思い立ったのは、出所後の受け皿がないことが再犯の引き金になりやすいという話を、PFI刑務所の運営にかかわる企業から人づてに聞いたことだった。
自身も中学卒業後、丁稚(でっち)奉公に出て苦労を重ねてきた。事業を拡大させるなかで人を雇いたくても、大学や高校の新卒業生から見向きもされない時期があった。人に頼まれて非行少年を採用し、店長に育て上げたこともある。
刑務所での募集について、社内では「客商売。イメージが悪くなるのでは」と反対する意見もあった。千房は今、海外1店を含め64店を展開している。従業員約700人のうち正社員は162人。不景気で売り上げが落ち、高校の新卒採用を抑えているなかでの採用に疑問の声も出た。
しかし、中井社長の思いは強かった。「法的に罪を償ったらリセットしたろうよ。過去は問わない。今とこれからが大切や。この採用が成功したら後に続く企業も出てくる。受刑者に夢と希望を与えたいんや」と押し切った。同じ刑務所の別の男性も内定し、仮釈放を待っている。
「頑張って、自分で稼いだ給料で生活する普通の暮らしがしたい」
社長の思いに応えるように男性は語った。当面はパートとして時給900円で働く。刑期が満了するのは6月22日。それまでの頑張りが同僚に認められたら、晴れて正社員になれる。(高木智子)
2010年1月4日19時35分 asahi.comニュース 社会 その他・話題

4