2007/2/25  16:16

ピエロの赤い鼻  アーティスト

 ピエロの赤い鼻という映画が僕は大好きです。1960年代のフランスの田舎町。自分のお父さんが毎週日曜日になるとピエロに扮しみんなの笑いものにされているのが嫌いな男の子が、なぜお父さんがピエロになったのかをお父さんの親友に教えてもらいだんだんと心情が変化していくお話です。第二次世界大戦中、ドイツ占領下のフランスでドイツ軍の捕虜になったフランス兵数名が、極限状態のなか、一人の元ピエロのドイツ兵に救われます。そのドイツ兵は命令を無視してフランス兵を助けたためにフランス兵の目の前で上官に射殺されます。その後、助かったフランス兵の一人はピエロになります。そのフランス兵が男の子の父親というわけです。

「いまはただ、きみを笑わせることしかできないけれど・・・・・」

監督は「クリクリのいた夏」でも有名なジャン・ベッケル。ほんといい映画なんで観てない方はぜひ観てくださいませ。泣けます。

 先週の木曜日、僕の知り合いのピエロが亡くなりました。急に死んじゃったんです。拡張性心筋症という10万人に一人しかならない病気で。金曜日の通夜では笑顔のピエロの遺影を前にたくさんの人々が泣いていました。笑わせるのが仕事のピエロがこの日ばかりはみんなを泣かせていました。輿石献太郎さん。けんちゃん。友達の輿石渉くんのお兄さん。前に一緒に仕事もさせてもらったこともありました。小さくて、芸達者で、愛嬌たっぷりのピエロでした。この仕事をしていると自分の最大の武器は笑顔だなーと思っているんですが、けんちゃんも多分同じことを思っていたんでないかな。僕もですが、笑顔だけでこれまでの人生を生きてきたと言っても過言ではないぐらい。大きい口で笑うピエロでした。

 もう見れないのか。目をつむって思いだすしかないのな。こんな事をかってに書くと親戚のかたに失礼かもしれないけれど、僕は思います。けんちゃんはもしかしたら別の誰かが患っていたかもしれない心臓の病気にわざと自分からなったんではないかな。その誰か別の10万人に一人を救うために。

 そんなわけないんだけど。けんちゃんだってもっと生きたかったに違いないのに。もっと風船作りたかっただろうに。もっと人を笑わせたかっただろうに。でもそんな風に思わないとやってられないくらい悲しい出来事です・・・・・・昨日、阿佐ヶ谷から高円寺まで歩いて帰りながらけんちゃんの事を考えていたら、泣いちゃったよ。今も泣けてきた。

 僕もいつ死ぬかわからん。この一時間後に自動ドアに僕のあごが挟まって死ぬかもしれない。そのくらい張ってるからこのえらは。だから僕はいつ死んでもいいようにこのけんちゃんの笑顔に負けない笑顔で生きていこうと思う。とってもいい写真を弟のわたる君が送ってくれました。

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 いつ死んでもいいなんてかっこいいことを言ったのは嘘でした。そんな覚悟はできないや。やっぱり死にたくないのが本音でいざとなったら(ヤクザに絡まれたりしたら)この笑顔でなんとかするしかないんだろな・・・・・
 だから毎日けんちゃんと一緒に笑いましょう。わはは。何があっても笑いましょう。くすくす。人を怒らせない程度に笑いましょう。へへへへ。そのほうがけんちゃんは喜んでくれます。ぐす。



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