2011/1/31  18:19

雪ダマル  

 正月に帰れなかった実家へ帰った。岐阜の飛騨高山のずっと山奥にある実家。子どもの頃は家族で高山市内に住んでいたけれど、両親は退職してから絵本の美術館をやるために山奥に移り住んだ。ちょっと前までは清見村、今は清見町と呼ばれる国道158号のおどり峠を超えたあたりに美術館兼実家がある。

 東京はこんなポカポカなこの頃ですが、飛騨は今年もなかなの雪。実家はいつものように何も変わらずしっかり雪に埋もれていました。絵本美術館は冬は休館するので冬眠中。各地でたくさん雪の被害がでているけど奥飛騨は雪が降ったら素直に冬眠してしまう。だいたい雪が降るのにわざわざ新幹線なんか動かすから止まるんだ。諦めも肝心だと思う。
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家に入る前にとりあえず1曲

 今回帰ったのは家の雪かきのためと、兄弟や姪っ子甥っ子に会うため。1日しかいられなかったので、着いてまずはすぐに雪かき。屋根から落ちた雪の上にさらに雪が積もってずしりと重い。マツコデラックスをシャベルで持ち上げるような感じで雪の壁を少しづつ切り崩した。
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 こんな雪が毎年降るんだから父ちゃん一人じゃ無理だなと思いながら真っ暗になるまで雪をかいた。

 大汗をかいて、そのまま甥っ子や姪っ子たちと遊んだ。宮崎の小1と横浜の小2の甥っ子が歳も近いせいか1番仲よく遊んでいたが、お互いライバル意識が高く何かあるとすぐに自慢話大会になっていた。僕も一緒に遊んでいたんだけど、多分同学年か同レベルに思われたらしく、終始顔が四角いとからかわれていました。かわいいから許しました。
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 みんなで作った雪だるま。僕は小さい頃、ユキダルマと言えなくて、「ユキダマル、ユキダマル」とよく言っていたと九州の姉ちゃんが教えてくれました。そう言えばトウモロコシもトモロコシだったな。

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 両親はなんでこんな山奥にわざわざ引っ越したんだろう、と今さらながら考えてしまう。自然はすばらしい。美術館も本当にいい仕事。でも市街からほぼ完全に孤立した場所に老夫婦で住むのは大変なだけ。冬は特に過酷だ。長女は歌をうたい、次女は九州、僕は東京で芸人、妹は母親ダンサー。そんな頻繁に家には帰れない子どもばかり。

 まだ元気だけど、もし親が本当に倒れたらどうしようかと最近よく考えるようになりました。田舎に親がいる人は誰もが抱く心配事だと思います。前に両親と話した時に、母親が、「もうしばらくしたらもう少し暖かい関東のほうにでも引っ越す?」なんて冗談ぽく本気でお父さんに言っていました。でも父親は、「おれは死ぬまでここやな」と静かに言っていました。理由は「春がいいんだ」だそうです。

 こんな両親を見守れるように頑張らなくてわと帰るたびに思います。ボードビルアゲイン涙!

 両親が営む絵本美術館「ポレポレハウス」はこちらです。春は3月半ば(雪の量によります)頃からオープンします。一人旅はもちろん、家族でもカップルでもお近くに来たさいはどうぞ。絵本と絵本の原画がたくさんあります。お茶もできます。宿泊コテージもあり。春から初夏にかけて咲く水芭蕉はすごいです。
ポレポレハウス→http://www.porepore-house.com/

 ではまたー



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