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2013/10/29

八甲田雪中行軍の後藤伍長像  旅行

映画「八甲田山」が公開されたとき、私は中学二年生でした。

見ませんよ怖いもの!見たくもないのにテレビで特集番組が組まれたり、テレビCMをたくさんやっていたり、怖かったですね〜。14歳、恐怖心が一番植えつけられやすい年頃ではないでしょうか。

ねえ?

だから八甲田と聞くと、内心「ヒッ」とおののく感じと、百年以上前のことで先入観持ったら失礼ジャンと自らを諌める気持ちと、複雑なんだんす、実は。


後藤房之助伍長は、1902年1月に行われた雪中行軍が遭難し兵士が次々と凍死する状況で、最終的に一人で行軍を続け、仮死状態のところを救助隊に発見された人です(他生存者10名)。

この銅像が建ったのが、1906年とご本人も存命中のことなので、その姿はちゃんとリアルなのでしょうね。

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冬に雪が積もると、ちょうど雪面に伍長が立っている姿になるのでしょうか。それとも埋まってしまうのでしょうか。

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お顔が若いですね。調べたら、後藤伍長は20歳のとき軍に徴集され、雪中行軍で遭難したときは23歳でした。この遭難のために両手両足を切断しましたが、その年の9月には郷里の宮城県に戻り、後年村会議員を勤めたそうです。

お疲れさまでした。


と、そしてまたこの銅像のある場所は、心霊スポットと言う人もいるそうですよ。林の中から兵隊の行進がなんとかだとか、駐車場の脇にあるトイレがどうとかだ、とか。

この日も寒くてねえ。冷えるからトイレ行きたかったけど、そちらのトイレは遠慮しておきました。

あー、今日は書いていて寒くなりました。


でもそっか。伍長のところで怖いイメージの八甲田とちゃんと向き合って恐怖心が昇華して、これからは「美しい自然を持つ八甲田」としてお付き合いしていけるってことだね!

前日に行った三厩に行きたがっていたのも14歳の私です。14歳から解放される49歳だな。


今回の旅程はこちらにございます。
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