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2013/3/18

吉原弁財天と関東大震災 旅立った魂は・・・  ちょっとお出かけ

吉原弁財天は、ほど近い吉原神社に合祀された弁天様です。

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遊郭であった吉原一体は、遊女たちが「足抜け」しないよう塀で囲まれており、出入りは大門一箇所となっていたそうです。

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大正12年9月1日午前11時58分関東大震災発生、この一帯は大きな火災が発生しました。しかし、唯一の逃げ道である大門が閉められてしまい、逃げ場を失った人々はこの場所にあった吉原公園の池へ次々と飛び込みました。

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現在の池から視線を上げると、奥にNTTの建物があります。

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そちらのほうまで広がる深い池だったため、飛び込んだ490名ほどの人々はこの池で溺れ、命を落としたという悲しい場所です。

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現在では園内はきれいに整備され、お地蔵様にも新鮮なお花がたくさんお供えされていました。

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最初にこの場所に入ってきた時、弁天様の目はどこを見ているのかわからない表情でしたが、お参りをして再び見上げると、しっかりとこちらを見てくださっているように感じました。なぜ、一度目に黒目の場所がわからなかったのか、全く不明です。

この場所は、人によっては強い霊気を感じるといいます。私も実は、一歩足を踏み入れた途端全身にゾクーッと寒気がし、鳥肌が経ちました。何かに波長があってしまったのでしょうか。


ただ、ここで亡くなった女性たちが身売りされた遊女だったから、悲惨な死に方をしたから、かわいそうだと評価をくだすのは違和感があるし、成仏のために供養しなくてはという考え方にも抵抗があります。

自分がその立場だったら、東北の貧しい寒村に生まれ(実際そういう人が多かったらしい)口減らしのために身売りされるという、厳しいけれども与えられた運命を受け入れ、生きていた存在であったとしたら、後々までその時の価値観で評価され同情されたいかな、と。

私は、その時が穏やかであろうが悲惨であろうが、旅立った魂には、すぐさま天から救いの手が差し伸べられると思いたいのです。

魂は現世を生きる人間の供養によって成仏するものでしょうか。それほど生きている人間が強い力を持つ有能なものなのかと、そこが信じられません。

ここで手を合わせるのは、先人の魂と、それを救いそして今私たちを見守っている大きな存在へ、敬意をお届けするためです。

私はこの場所に立って、そのように感じました。皆様はどのように思われるか、余裕があれば足をお運びくださいね。


吉原弁財天
台東区千束3−22

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