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2011/4/11

皇居東御苑<江戸城跡編>  ちょっとお出かけ

皇居東御苑は、旧江戸城本丸、二の丸、三の丸の一部を皇居付属庭園として整備したものです。入園は無料ですが、一定以上の人数が入らないよう入口で札を受け取り、出口で戻します。が、この日はそれはナシとなっていました。

出入りができるのは大手門、平川門、北桔橋(きたはねばし)門の3箇所、今回は大手門から入りました。

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大手門は江戸城のいわゆる正門、登城する大名が通った門です。



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門を入ってしばらく進み、道なりに左に曲がるといきなり目の前に迫る高い石垣。これはいったい何のため?その右側の石垣に気をとられていると、左側には・・・

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百人番所(警備の詰め所)が、登城する大名に警戒の視線を向けていたことでしょう。

この入口周辺の威圧感は、諸大名に地元の城との財力・組織力の違いを認識させ、謀反を起こす気などまかり間違っても持たせないための心理的誘導ではないでしょうか。その発想は戦によって世を平定する時代において必要な処世術だったのでしょう。

でけえなあ、とビビリつつ二の丸から本丸へ向かいます。

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勾配がかなり急な汐見坂を上ると本丸です。

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当時はこの方角の先に日比谷入り江が見えたことから、汐見の名が付いたそうです。

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天守台。外観5層、内部6階建ての天守閣が19年間だけ存在しました。

↑ごらんのように現在では天守台の周囲は広い空間となっていますが、江戸時代には黒い屋根瓦の建物がびっしり建っていたそうで、それもまた迫力のある眺めだったことでしょう。

ところで、また変なことを言う人になっちゃいますけど、なんかこの天守台の上は気持ちよくない、なんか変!とっとと降りたくなりました。天守台中央部にはベンチが置かれていますが、座るどころかそこまですら歩いて行きたくない気分。なんでしょう?城は大抵そこにいると気持ちよいもので、天守のない盛岡城もその場所に立つとスーッとしたほどなのに。

江戸城焼失の後再建しなかったのは、当時の人は何かをわかっていたんじゃないのかしら?
何かがきっとまずかったんですよ。

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天皇陛下がここにお住まいになって長いので、天皇とは堀の内側にいるものと違和感なく捉えていましたが、京都御所の周囲には堀などありませんね。中を見ると幕府(つまり軍事政権)時代の名残りが見られ、
「そうか、そういう場所なのか」
と、京都の人の主張を少しだけ理解したつもりになりながら、天守台から存外に近い北桔橋門から退出しました。

今回は時間が押していたので、松の廊下跡や現存する唯一の櫓、富士見櫓のほうは行けなくてザンネン。また行こう。次に行くときは無料ガイドツアーも利用したいと思いました(なぜ利用しなかったかは次回)。

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