ご来訪ありがとうございます。当ブログ管理人は引き続き別ブログを更新しております。よろしければそちらもご覧ください。 「hitomiのたから箱 」http://1yo1yo2haiku.blog16.fc2.com/

2007/12/24

東京の戦跡  ちょっとお出かけ

東大和市文化財 戦災建造物 旧日立航空機(株)立川工場変電所

クリックすると元のサイズで表示します

軍需工場内の変電施設に対する米軍機による攻撃の跡が、そのまま残っています。

クリックすると元のサイズで表示します

昭和20年2〜4月の間に3回の攻撃があり、110余名の死者を出しました。

頭上を101機のB29が飛んでいるのは、どんな様子でしょうか。どんなふうに見えて、どんな音がして、どんな風が吹いて、どんなにおいがするのでしょう。そしてそのとき、人はどれほどの恐ろしい絶望感を抱くのでしょうか。私は何も知りません。

クリックすると元のサイズで表示します

戦争末期、壮年男性はほとんど徴兵されていたでしょうから、この工場で働いていて、米軍の攻撃で命を落とした人は、今のうちの息子ぐらいの少年が多かったのかと思うとたまりません。

その場にいる人間が見る現実は、アメリカが日本を攻撃するなどという抽象的なものではなく、101機の飛行機が、私の勤め先を壊し、私を殺しに来る、というものでしょう。日本人である、軍需にたずさわっている、それだけで殺す理由になってしまう、それが戦争なのですね。

クリックすると元のサイズで表示します

時代は流れて、この建物は満身創痍のフランケンシュタインのような様子のまま、平成5年まで変電所として仕事をしていました。

工場跡地が都立公園になるにあたって、一旦は取り壊される計画が立ったそうですが、残そうと尽力した関係各位のおかげで今もそのまま存在しています。

取り壊しの計画が、もし昭和の時代に立っていたら、簡単にこの世から消えていたのではないでしょうか。あの頃の大人たちは、一刻も早くすべてを忘れたがっていた、時代を完全に変えたがっていた、そんなふうに私は感じていました。

クリックすると元のサイズで表示します

東大和南公園は多摩都市モノレール「玉川上水」駅から歩いて5分。

http://musashinoparks.com/kouen/higashiyamato/
0




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ