私は15歳で肺癌と診断された。あなたがこれを読んでいる時私はもうこの世にはいないかもしれない。なんて書くだけ書いてみるが、実際死ぬ気はさらさらない。なぜなら今私は長い入院生活から脱出し家にいるし、学校にも少しずつだが行くようになった。一人で歩けるし食事もできるしお風呂も入れる。友達と楽しい話で盛り上がり授業も普通に受け部活はダンス部に入ろうと思っている。
至って普通の女子高生になりつつあるのだ。
実際病気もよくなっている。そう、私は若いんだ!笑
こんな堅い文章を書く程私は優等生っぽい学生ではない。普段の友達とのメールでは文末はほとんど゛笑゛。必要ないのにカタカナ変換する単語もあるし必要ないのに小文字変換する。そういうのも若さなんだ!笑
病気をして思ったこと。
ありきたりかもしれないが、「普通でいること」の素晴らしさだ。
ただ歩けること。目が見えて耳が聞こえて…五感が正常なこと。
好きに出かけられて好きに行動できて思いっきりやりたいことができること。
何より、健康な体に生んでもらったこと。せっかく健康に生んでもらったのに病気にしてしまって、両親には申し訳ないと思う。
「普通」「健康」でいること。今そんな状況にいる人は、今の自分を大切にしてほしい。もっとキレイになりたい、やせたい、勉強ができるようになりたい、もっと自分がお金持ちだったら…。自分には何も才能がない。とりえがない。友達と上手くいかない。片想いで辛い。
人間には悩みはつきものだと思う。でも、それでもあなたは健康なのだ。自由だ。行動の制約は何一つ受けない。
病気の前の私はそれに気付いていなかった。もっとやせないと自分の価値は無いかのような、そんな風に思っていた。また、高校受験を控え必死だった。課題をこなせない私は落ちるんじゃないかと本気で思っていた。普通の人より多くの学校を受験予定校にして担任の先生には「ここはいらないでしょ」と何度も言われたが変えなかった。結局4校全勝。しかし最後の学校の合格発表の前日にはすでに38度の熱を出していた。1月頃から風邪っぽい状態で市販の風邪薬や町医者でもらった解熱剤でしのいでいた。自分でも、これではまずいとわかっていた。でも受験勉強をやめる訳にはいかなかった。
受験が終わるととりあえずほっとした。そして私は卒業までの中学での行事を思う存分ENJOYした。浅草での演芸観賞。球技大会。2日連続の遊園地遠足。そして卒業式。
卒業式練習の頃から右の肋骨が痛かった。近くの診療所に行ったがレントゲンは撮らず、髪の毛くらいの細いひびが入っているのだろうということだった。安静に、ということだったが良くならない。結局卒業式の後の謝恩会の後のボーリングも私だけ見学。痛くてボールが持てなかったのだ。
そんなこんなで散々といえば散々だったが私は本当にいい仲間に出会えた。卒業した次の次の日の私の日記には、「また会えるよね。うん、きっとすぐ会えるよ。」とある。入院中もお見舞いに来てくれたり、心に染みるメールを送ってくれた。本当に、みんな、大好きだ。
私は、「どうして私が病気にならなければいけないのか」とは思わない。でも、不自由な状態が長く続いていることには「なんでこんな目に会わなければいけないのか」と思う。この2つは結局同じことのようだが私は違うと思う。