断続的に写真の作品の分析をシリーズ的に書いていきます。このシリーズでは主に現代美術のフィールドでの写真を扱います。もし、美術的な文脈ではない写真であっても、作品分析はあくまで美術的な文脈から考えていきます。
現代美術の中での写真は、80年代以降においてポストモダンの役割を強く担いました。しかしその副作用として、写真作品はその文脈的な位置づけに回収されすぎて、少なくともここ日本の言説においては概説的に片付けられすぎているのではないか。
またそのため、写真の拡張性が失われ、フォーマットや様式に画一性が強いられすぎたのではないか。もしくは、美術的な写真に対するイメージの偏向が強く、ディテールにおける判断がおざなりにされすぎているのではないか。という考えが僕自身の中にはあります。
写真が言説的にもしくは状況論的に、美術の中である機能を担うことは完全に終えていると考えているので、ここでは概説的な整備を行い写真という文脈のポテンシャルを明確化するようなことはしません。
このシリーズでは、制作や作品の見るときのあり方に、何かしら広がりを持った思考方法を作り出せればという目的で書いていきます。最近、飲み会の席である批評家の方が、「写真について語ることは実質的にはもう何もない」と言っていました。それは美術の文脈のなかに限っていうなら尤もだとも思いますが、写真はもう少し違う見方をできるのではないかと思っているのでやっていきます。