ヴァルター・ベンヤミン『図説・写真小史』のレジュメを作りました。
いまさらかよと恥ずかしくもありますが、改めて精読してみると大変刺激のある文章でした。また、写真にあまり興味のない人はあまり読んでいないと思われますし、レジュメに選んでもいいかなと思いました。
この『写真小史』で言及されていることは、現在ではもちろん時間的なズレが生じている部分も多くありますが、今も・今こそ持続している問題だと思わされるところも多くありました。非常に広い視野と正確な批判が本当にすごい!思わせます。写真をやっている自分には、制作の可能性を洗ううえでも全くアクチュアリティーを失っていない部分が多分にあり、読み返してみてあらためて驚かされました。
《ヴァルター・ベンヤミン『図説・写真小史』》
@写真の発明と初期の写真理論の誤り
・写真の発明の時期は、書籍印刷術よりもはっきりしている。
カメラ・オプスクーラはレオナルドダビンチの頃からよく知られていたが、ニエプスとダゲールの共同研究により初めて、カメラ・オプスクーラの画像が定着された。(ニエプスの死後、ダゲールによってダゲレオタイプが発表される)
・写真の絶頂期は、写真がまだ産業化されていない時期にあたる写真の発明より10年間だけだった。(ヒル、キャメロン、ユーゴ、ナダール)
・名刺版写真の登場によって写真の産業化が初めて行われる。
名刺版写真の産業としての成功は、写真の営為が資本主義産業の動揺と見えないところで関連を持っていることを示している例としてあげることができる。
【初期の写真理論の誤り】
写真は再現性は神の冒涜であり、芸術家だけが現実を再現する権利を持っているなどの理論、もしくはそれに対する反論。
↑このような写真の技術的な側面は無視し、〈芸術〉についての俗物的/フェティシズム的な観念の対比/対決は、何の成果も挙げられなかった。
・一方ダゲールの発明の推薦者であった物理学者アラゴは、天体物理学や文献学などでの写真利用活用法など将来の展望・可能性について語ることができた。
A写真黎明期の写真家たちの仕事をめぐって
・無名の人を撮影した肖像写真と、無名の人々の肖像画の違い
【肖像画の場合】 時間がたつと誰が描かれているのかは問題ではなくなり、作家の作家性を証明するものとして残る。
【肖像写真の場合】 それを撮影した作家性だけでは語れない部分が出てくる。映し出されている女性がいったいどのような人物だったのか、〈いまーここ〉的なものを観者は探そうとしてしまう。(デイビット・オクタヴィアス・ヒルなどの写真)
・写真は芸術的な利用方法よりも、工学や医学への活用の方が縁深く、写真のスローモーション、拡大などによって通常の人間は気がつかない視覚的無意識を発見される。→衝動における無意識的なものを発見させる精神分析と同様の働きをしている。
・しかし写真は同時に、物質の表情というべき面を開示し、写し出された微細な形象の世界は意味づけが可能でありながらも、呪術的・白昼夢な側面も持ちえていた。(ブロースフェルトが撮影した植物の形象)→技術と呪術、科学と呪術の境界線の不確定性
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これが通俗的な現象として表れたもの→「決してカメラを見入るな」という標語。(ダゲレオタイプの異様な再現性により人々は写真の中の人間と目線があうことを恐れた。)
B初期肖像写真とスナップ写真
・肖像写真のあらゆる可能性は、時事性(新聞など)と写真が、接触が生じていなかったことに基づいている。→写真が文字と一緒に提示されることがなかった時代。
・初期の人物写真(持続性)からスナップショット(一時性)の移行は様変わりした環境世界と対応するものであり対照をなしている。
【初期の肖像写真の特徴】 初期の写真において、屋外の人物写真は、まるで我が家のように人々がくつろぎ、室内のような感覚を作り出している。その特徴は、当時感光板の感度が低かったため長く露光時間を必要とし、そういった撮影に支障をきたさないように静かで隔離された場所が選ばれている。また長時間露光に対応する形でポーズが自然に作り出された。
つまり初期の写真で作り出された特徴は写真の技術的な要因が大きい。
※また初期の写真の長い露光時間により、写し出されたすべての要素において(たとえば衣服の皺にさえ)長い間観るに耐える緊張感を作り出すことができていた。
【スナップ写真】 何分の一秒のシャッタースピードが可能になることによって、「あるスポーツマンが有名になり、その結果グラフ雑誌の注文がカメラマンたちに撮影されることになるかどうか」(クラカウアー)になった。
C肖像画写真が普及していく過程の中で
・写真の登場により絵画に決定的に与えた打撃は、風景画よりもミニチュア肖像画であった。ミニチュア肖像画家の多くは、職業写真家へ転身した。(ナダール、シュテルツナー、ピエルソン、バヤール)→彼らのような過渡期あたる職業写真家は高い質の写真を多く残した。→しかし写真が普及しネガの修整が一般に行われることになってから急激な趣味の低下が起こった。それは写真が個人の家庭のアルバムに収められるようになった時期でもある。
D肖像写真の初期と凋落期との対照関係
・初期の写真では撮影時に、モデルのポーズを固定するための〈首ささえ〉や〈膝おさえ〉しかなかったが、凋落期には絵画を模倣して不自然でキッチュな小道具やセット、衣装が持ち込まれた。
【初期の写真】 写されたすべてのものにアウラが存在し、もっと明るい部分から最も暗い部分にまで絶対的な連続性が存在していた。
【凋落期の写真】 モデルは、不自然でキッチュなイメージなかに閉じ込められ窮屈に孤立する。(幼少期のカフカ/ベンヤミンの写真など)
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この変化は単に趣味だけの問題や技術だけの問題ではない。
・写真の初期には、対象と技術が厳密に対応していたのに対し、凋落期はこの二つが厳密に、離れ離れになっていったことが大きい。
(初期の写真家は最新の流派に属する技術者であり、顧客は興隆しつつある階級の一員だったので、衣服や着こなしにもこの階級のもつアウラが染み付いていたのにたいし、凋落期にあたる時代は帝国主義的な市民階級が堕落してくことによって彼らからアウラが追放されていた。)
・画像の技術進歩が一つの成熟を迎え、鏡のように鮮明に再現可能になり、今度は写真家たちの方がアウラを捏造することを使命としていった。(1880年代以降)→不鮮明で、人工的に煌きをちりばめた写真の流行(ユーゲント様式、ゴム印画紙など)。にもかかわらず人物のポーズは、パターン化し、硬直ぶりが目につくようになっていくことは、結局アウラの喪失に対して無力であったことを意味している。
Eアジェの写真
【アジェの写真集におけるカミーユ・レヒトの序文】
・写真において写真家が彼の技術に対して持つ関係が決定的である。→絵画と写真という道具の性質ヴァイオリンとピアノに対応させて説明した。
ヴァイオリンー瞬時的に音を探し見つけ出さなければならないー絵画
ピアノー鍵盤をたたけば音が鳴る―写真
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レヒトはここでは写真というメディアのある種の貧しさを指摘している。
【アジェの風景写真の特徴】
・アジェの功績―凋落期の因習的な肖像写真が放っていた息苦しい雰囲気を一掃した。
・絵葉書になるような景観やシンボル的な建築物をほとんど素通りし、どこにでもあるありふれたもの(行方知れずになったもの、漂流物のようなもの)を撮影した。→対象をアウラから解放した。
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写真による複製〈模像〉という手段によって、一回的なものからも同種性をみてとる知覚の働きが生まれた。
【像(絵画や直接的イメージ)】 一回性と持続性が密接に結びついている。
【模像(写像)】 反復可能性と一時性が密接に結びついている。
・ほとんどの写真には人影がない。→場所における気分が欠如させ、撮影された場所における細部を浮き立たせている。→シュールレアリスム写真における環境と人間の疎遠化。
Fロシア映画とザンダーの写真における無名の人々の顔貌
産業化された肖像写真のような(個人の姿を)代表的に恣意的に演出した写真とは異なり、ロシア映画とアウグスト・ザンダーの写真には、無名の人々の顔貌にたいする新しい発見をした。
【ベンヤミンが挙げるアウグスト・ザンダーの人物写真シリーズの意義】
・一枚に現れる表情は非常に繊細なものだが、それぞれの写真が比較されることによって、写し出される人々の成り立ちや性質が初めて理解される。
・当時のドイツは権力移動の時期にあり、そういった中で観相学の訓練が必要になっている。ザンダーのシリーズ写真は、自分が何ものであるのか、他人からどのようなレッテルを貼るのかを知るための、演習用の地図帳になっている。
【複製技術時代の芸術への考察】
・「芸術としての写真」ではなく「写真としての芸術」という視点の必要性。→芸術の機能に関して、芸術作品の写真複製がもたらす影響は、写真における造形の問題よりもはるかに重要である。
・絵、彫刻、建築などの芸術作品は実際に見るよりも写真で観た方が理解しやすいという事実。→それは、芸術作品が集団制作される時代において写真の縮小技術が有効な役割を果たす。
G写真におけるアヴァンギャルドの役割
・風見鶏的ではなく意識的に造形芸術から写真に移った写真家たちは、当時の写真芸術における前衛といえた(モホイ=ナジなど)。
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彼らは、写真が美術工芸化することを多少なりとも抑制させる役割をした。
・モホイ=ナジは、未来派などの例を挙げて、新しいものの出現によって古いメディアは圧迫されることによって、逆に新しい発見、先駆的な表現を見出すものだと言っている。
H創造的写真と構成的写真の対立
・創造的写真は広告ないし連想であり(魅惑と暗示)、それに対立する構成的写真は、暴露あるいは構成である(実験と教示)。
【創造的写真の問題】
・創造的写真は、社会秩序が不安定になるなかでますますフェティシズム化してきている。写真におけるフェティシズムが飽きられないのは、流行によって照明法が変化しているからである。つまり流行の変遷は、照明法の違いだけだということ。
・写真界における「世界は美しい」というという標語―夢想的な主題を扱うことができるとしても、それは新しい認識というよりも、商品化のさきがけに向けられている。
【構成的写真】
ブレヒトの考え=当時の状況において一枚の写真では、他のものに左右される相関物になりはて、写真で確固たる主題を語るためには、〈人工的なもの〉〈演出されたもの〉を構築することの必要性がある。→シュールレアリスム写真によってこの構築された写真は開拓された→それがロシア映画によって展開された。
【アントワーヌ・ヴィエルスとボードレール】
ボードレールの言葉をそのままに受け取ることはできないにしても、ヴィエルスの言葉と対立するものとして重要な位置を持ち続けた。
・ヴィエルス(1855年の発言)
今は全く新しいテクノロジーとして存在する写真も、いずれ芸術のなかに組み込まれることになる。
・ボードレール(「一八五九年のサロン」)
写真の本来の義務とは、写真が芸術作品になるのではなく、諸科学、諸芸術の下婢となることだ。
I写真家の使命
・ヴィエルスとボードレールが言及しなかった写真の特性→写真の信憑性にはさまざまな教示が含まれる。
写真が教示することの可能性とは、言語化された紋切り型の映像ではなく、匿名性の強いアジェの写真(何かを連想させるのではなく、写されたものそのものが見えてくる写真)から読み取れるようなショックである。
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アジェの写真が犯行現場のように思えることは、それは私たちの住む都市のどの一角も本当に犯行現場であり、都市で生活するものすべての人間が犯人といえることの暴露である。