昨日はお休みの日。
雨で外に出る気も起きない。
結局コンビに行った一回だけ10分程度しか外に出なかった。
まぁ木曜日はずいぶん動き回ったのでそれで良しとする。
レンタルしてきたDVD「マイボディーガード」を見終わり、
一人いろいろ思索にふけりながらカステラを食べる。(うまい!)
そのあとテレビで
「爆笑問題のニッポンの教養」(NHK)を初めて観た。
これがなかなか刺激的なテレビ番組で非常に面白かった。
今回のゲストは山岸俊男(社会心理学)という人。
この人は、いわゆる典型的な心理学者という印象を受けた。
山岸俊男の考えてしては、
人間は動物であると考える。
ということである。
動物であるということはどういうことか?
それは人間が環境に合わせて心を適応していくものなのだということらしい。
テレビ番組の冒頭で、「北風と太陽」の話が出てきた。
そこではいくら理論や倫理を訴えたところで人間は変わりにくいので(北風型)、
環境を変えることによって人間(太陽型)をコントロールしたほうが効率が良いですねということだった。
それにつながる話として山岸俊男は、「安心」と「信頼」の違いについて語っていた。
「安心」とは他者の事を監視しなくても大丈夫ということらしい。
裏切られない、もしくはたとえ裏切られても自分は大丈夫。
つまり「安心」とは他者との関係においてリスクがゼロの状態を意味する。
しかし「信頼」とはリスクが生じる。
つねに裏切られる可能性、危険性を孕みながら他者に何かを任せるということだと。
そして「安心」の状態であれば「信頼」は必要がない。
しかし、人間の関係において「安心」のおけるものではない。
だからお互いがお互いを絶えず監視しあうシステムが必要なのだと。
それが「信頼」しあう社会なのだ。
それで社会の安定が生まれるのだと。
なるほど、それは必ずしもすべて間違っていないかもしれない。
しかし、太田光が的確に突っ込んでいたが、
山岸俊男が人間は動物であるという前提はずいぶん恣意的であった。
彼にとって人間とは動物であるのではなく、
モルモットと同じだというように聞こえた。
人間は操作可能である、
と言いたいだけに聞こえてしまうのだ。
しかも山岸俊男にはそのことに対して、
まったくの疑いや反省が見えないところに問題がある。
ではいったい誰の意思のもと管理・監視を行うのだろうか?
監視や管理を行う事を管理・監視するのは誰なのか?
問題はそれである。
管理・監視のシステム自体に誤りが生じたときにどのような問題が起こるのか。
そして「北風と太陽」とは、
北風も太陽もどちらも「権力」そのものなのだ。
と言うことをこの人は見えているのだろうか?
監視や管理を行えば「信頼」できる社会が成り立つと言うのは、
ずいぶん楽観的だと言える。
にもかかわらずそういったことが実行に移されると、
現実の影響力と言うのは深刻なのだ。
なぜならそれは権力の行使に他ならないからだ。
この問題は非常に今日的な問題だと思う。
この番組内で太田光の批判的な意識は非常に冴えていたので驚いた。
太田光は相手が心理学者であることに臆することなく、
山岸俊男の分析に対して山岸俊男を精神分析するやり方には非常に感服してしまった。
つまりあなたも超越的な位置には立てないんですよ、
ってことなのだ。
そのあとは
「帰ってきた時効警察」を見て、「タモリ倶楽部」を見た。
昨日見たテレビ番組のすべてが面白く、なんと充実したテレビライフ!!!!
とは言いつつも受動的な一日を過ごしてしまった自分に少し反省して、
少し制作をして眠りについた。