「六義園から旧古河庭園、飛鳥山、石神井川 '06/06/01」
▼奥多摩・高尾・東京
■江戸と明治の名園や地形にタイムトリップ
毎月、東京都内の公園・緑地歩きをしているが、これがけっこうおもしろい。ひとつには、自然がないと決めつけられがちな東京だが、歩いてみると意外にいろいろな生きものに出会えるし、登山より時間や行程の制限が少ないので、じっくり観察したりもできる。山を歩いても、ここで養われる知識や感覚は、山をより深く理解する一助もなってくれる。さらには、都市の環境への関心や意識が培われ、都会により豊かな自然をよみがえらせるきっかけにもなると、わたしは考えている。
今回のコースは、六義園、旧古河庭園と、JR山手線駒込駅から近いふたつの庭園をたずねた後、JR京浜東北線王子駅西側の飛鳥山公園へ。さらに石神井川沿いにさかのぼり、JR埼京線板橋駅へゴールインするというものである。

(1)
六義園(写真1)は柳沢吉保が、徳川五代将軍・綱吉から与えられた下屋敷に築いた池泉回遊式庭園で、江戸の大名庭園の姿を今に伝える。実際、園内を巡ると、入り組んだ池畔の道、築山の上からの展望、うっそうと茂った雑木林など変化に富んだ景観を楽しめる。見ごろのサツキをはじめ、ムラサキシキブ、オニタビラコ、コモチマンネングサ、ムラサキサギゴケ、ツメクサ、カタバミ、ドクダミ、タチイヌノフグリなど、いろいろ咲いていた。
駒込駅へもどり、妙義坂を下って、坂の名前となった妙義神社へ。社殿はこぢんまりして新しいものだが、日本武尊がここに陣を構え、太田道灌が戦勝を祈願した所で、豊島区最古の神社と伝えられる。駒込駅前の大国神社もこの神社も桜の古木があるが、このあたりの旧地名は染井で江戸時代には植木屋が多かったとか。染井で生まれた桜の代表がソメイヨシノで、古木の桜も樹形から見てもソメイヨシノと思われる。

(2)
旧古河庭園(写真2)は六義園と対照的に明治の庭園で、現存する洋館と庭園は、鹿鳴館やニコライ堂を手がけた英国の建築家ジョサイア・コンドルによるもの。斜面の最上部に洋館や芝生、一段下にバラ園、最下部に日本庭園が造られている。この斜面はもともとの地形を活かしたもので、先の妙義坂もそうだが、真っ平らと思われがちな東京は意外に起伏に富んでいる。地形を大きく見れば、荒川と多摩川に挟まれた武蔵野台地の一角であり、そこを流れていた小川によって谷や斜面、丘や台地が形成されているのである。
旧古河庭園から平塚神社に詣で、さらに滝野川公園を北側へ抜けると下り坂となって京浜東北線、東北本線などJRの線路に出合う。この斜面は台地と荒川・隅田川の段丘崖なのだろう。崖に沿って北西へ向かうと、すぐ
飛鳥山公園の下(写真3)に着く。この公園は、徳川八代将軍・吉宗が山桜を植え、江戸庶民の行楽の地としたものが発祥とされ、明治6年の太政官布達で上野や浅草とともに日本最初の公園に指定された所でもある。上部には古墳が残っていたり、崖の斜面は自然度が高く、池にオタマジャクシが繁殖していたりする一方、遊具が整う広場に都電やSLが保存されていたり、博物館があったりなど盛りだくさんな公園である。

(3)
公園の北端から石神井川沿いの道となる。王子駅付近は暗渠で、その上に
音無親水公園が整備されている。親水公園を出ると、両岸が切り立ったコンクリートの川が続くが、旧蛇行部分を利用した緑地が3カ所ほどあり、特に「さくら緑地」は小面積ながら武蔵野らしい雑木林、旧河岸の崖などが見られるのは貴重だ。崖に露出する関東ローム層は武蔵野台地を広く覆うもので、前の三ツ峠でふれた箱根・富士山の火山活動による火山灰が堆積したもの。1万年から12万年ほど前の4層からなり、それぞれ1〜10mほどの厚さがあるとされ、噴火のスケールの大きさ、三ツ峠にもつながる地史に思いを巡らせる。さらに川の流れを取りこんだ音無もみじ緑地を経て、埼京線のガードをくぐった所で左へ登れば板橋駅である。石神井川沿いの道は桜並木が続き、付近には赤羽自然観察公園、醸造試験所跡地公園、飛鳥山の飛鳥山博物館、紙の博物館、渋沢史料館など興味深いスポットもあり、また季節を変えて出かけたい所である。

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