最近、全てのことは同じゴールなんではないかと思っている。
世の中には、色々な仕事や学問があって、一見音楽とか芸術の分野というのは、ちょっと他分野とは違った世界のように思われますが、そうではない気がします。
全ての分野、例えば天文学や生物学、数学などは、内容こそ違うものの、最終的に到達する所は同じなんではないだろうか。
というのは、ボクの小学校の時の同級生と久しぶりに話した時のことがきっかけだったんだが、彼は東大の大学院に行って、様々なことを勉強し、研究していて、宇宙や人間の話しになった。
宇宙の真理というのは、まだ到底分からないことがあって、それをどう処理しているかというと、現実に確認しているかしていないかに関わらず、消去法、のような考え方らしい。
例えば、地球がどうやって生まれたとか、宇宙はどうやってできたか、というのは今この時を生きているボクたちには、目の前にして現実として確認することはできない。
つまり、考えられる説のなかで矛盾がないものが真理として、答えになる。
ただし、その答えは本当に真実なのかどうかは、今のところ確認することはできない。
これはとても面白い。
答えが真実かどうかわからないものを、学問としてるのだから。
それから、ボクたち自身のこと、人間についても、分かっていることはほんのわずかだそうだ。
よく、幽霊とか亡霊とかっていうのは、まだ人間のわからない現象として、時に面白がられているが、よく見られるのは、霊能力者VS科学者、みたいな感じで、たいてい科学で霊現象が解析できるかを戦わせている。
ただ、科学も、まだ未知の領域に関しては、真理といっても仮定でしかないとすると、霊がいないともいるとも、現実としては確認できない。
だから、結構科学者は逆にそういったものを恐がったりするそうだ。
結局の所、科学は着実に進歩はしているものの、まだ全然解明できないことがあるということだ。
では、なぜわざわざ、見えないものを真実にして、学問とまでしてしまうのだろうか。
ボクは、それは人間が「人間」自身を知るためだと考えている。
その辺りが、だんだん音楽や芸術と重なってくる気がしている。
科学を究極に突き詰めて、もし全てが分かる時が来たら、「人間」が解明されます。
では、音楽や芸術を(学問的にも)究極に突き詰めた時、なにが起きるんでしょう。
ボクは同じ結果だと思います。
音楽や芸術には人間性が出るのは言う間でもありません。
そういったものが究極に発展した時、その先にあるのは、「人間」が解明される、と考えるのは不思議ではありません。
ただ、それは言葉で現すものではないかもしれませんが。
全てはスタートも同じでゴールも同じ。
ただ、その間にある過程は異なる。
科学と芸術、どちらが先に「人間」にたどり着くと思いますか?
ボクはもちろん、芸術にかけたいですねえ。

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