長い間この日記から離れておりました。
忙しかったこともありますがしばらくコンピュ〜タのない生活をしてみたいと思いました。
現代では、インタ〜ネット環境の中でしか生活し難くなっているように言われています。
本当でしょうか?
私の母親は80数歳になりデジタルの世界なんか全く知りませんが毎日何の不自由もなく生活しています。
私も、ここ2〜3ヶ月コンピュ〜タの電源を入れない生活をしてみましたが、特に不便も不自由も不利益も感じないで生活できました。
少なくとも現在の日本ではデジタル環境に無知で無関心でも十分快適に生きていけるようです。
少し前にT.V.の電源コ〜ドを引き抜きT.V.のない生活をしてみたこともあります。
T.V.のない生活は快適でした。
ヨメサンとの会話がそれ以前とは比べ物にならないほど増えました。
わが家は数年前からヨメサンとの二人だけの生活になっていますが、子供たちもいる家庭なら昔懐しい家庭の団らんが実現するかもしれません。
T.V.が無ければそれはそれで別の生活があるものだとつくづく思いました。
基本的に世に氾濫する情報はデ〜タです。生のデ〜タには本来なんの意味もありません。
デ〜タは分析し、解析し、利用して初めて意味のある情報になるはずなのです。
現代人はその気も無いのに入ってくる過剰な情報に生活を脅かされている。としみじみ思います。
情報は手に入れたいと「意識し」そのために「手段を凝らし」手に入れた情報は「解析して利用」するもののはずです。情報入手そしてその利用には知性と費用が不可欠なもののはずだったのです。
ところが現代では情報は放っておけばほぼ無料で無制限に入ってきます。
そして、その多くは個人にとって無意味な単なるデ〜タに過ぎません。
しかし、多くの人はその単なるデ〜タに過剰な意義を感じているように思えます。
現代人の多くは単なるデ〜タに過ぎない情報に躍らされているように思えてなりません。
私を含め多くの人達は、デ〜タに過ぎないデジタル世界の情報に躍らされているネット・ジャンキ〜に近い状態にあるように思えます。
コンピュ〜タの電源を切ってこんな生活から離れてみると現代はまだまだアナログの世界だと実感します。おそらく人間の生活が続く限り基本はアナログなのでしょう。
デジタルでしか生活できなくなったらそれは人生とは言えなくなるのじゃないでしょうか??
30年前にアップルを買った頃には「たかが道具」に過ぎなかったパ〜ソナル・コンピュ〜タがこれほど人間の生活に踏み込んできて支配するようになるとは思いもしなかったなぁ〜!!

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